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第二十四話 インビジブル


「たぶん雨宮のことは忘れないと思う。それだけ強烈な印象を残したよ。お疲れ」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあこれで。俺たち日帰り組だから戻るよ。達者でな」

「たっしゃでー」

「……え?」


 立ち上がりバックパックを背負い直す。

 雨宮も慌てて立ち、ブランケットを体に巻き付ける。


「待って待って、また置き去りですか」

「人聞き悪いな。話は聞いた、それでいいだろ。ブランケットはあげるよ。新品だからお父さんの匂いはしないけど」


 突き放して来た道を戻る。雨宮が追って来る。


「ちょっと。はやい、速いです」

「はななも明日学校だし、俺も仕事がある。あんまりのんびりできないんだよ」


 子供の小走りくらいの速度。今の俺とはななにとっては流すようなペースだが、雨宮には速いのだろう。砂地だからまだマシとはいえ裸足にはキツいかもしれない。必死に追いすがるが次第に引き離されていく。

 ふと後方の雨宮の気配が薄くなる。


「おとうさん。ブランケットが飛んでる」


 振り返ると、空飛ぶ絨毯よろしくブランケットが追い掛けて来る。ほぼ俺の頭の高さに浮かんで。

 雨宮が再び〈隠身ハイド〉スキルを使ったようだ。みるみる距離を詰められる。


『〈隠身〉は、見えなくなるだけでなく、身体能力も上がります。これで、ついて行けますよっ』


 得意気な声。姿はまるで見えない。ブランケットが水平にはためくということは、両手で端を持って掲げてるのか。全裸グ〇コかよ。


「雨宮はホントに後先考えないな」

『見えないのでお邪魔にはなりません』

「不気味なブランケットに付きまとわれる身にもなれよ」

『はっはっは』

「今のうちに距離を稼ぐ。勝手にすればいいさ」

『はいっ』


 砂地の魔物たちを避けながら、無理そうな場合は距離のあるうちに始末。拾えない魔石はあきらめる。こうして上の第十二層へ。


『凄いです。あれだけの魔物をあっさりと』

「でないとここまで来れないよ」

『道理で来る時も魔物に出くわさなかったんですね』


 結果的に俺たちが雨宮の露払いをしていたわけか。

 第十二層は石垣とかを作りたくなる形の岩がごろごろしている階層だ。起伏も激しい。雨宮にも履物が必要だろう。


「この層に装備を置いたんだよな。どこか分かるのか」

『はい。幸い〈地図マッパ〉は〈隠身ハイド〉と併用できるみたいです』

「〈地図〉はダンジョンコアのスキルか」

『そうです。オーブスキルは併用できないことも多いみたいですが、コアスキルは制約が少ないそうですから』


 俺とはななはが持つのは全てコアスキルだ。好きなだけ多重使用している。コアスキルのほうが自在なんだな。

 これと言って特徴のない岩棚をブランケット(雨宮董子)が登る。がさごそと荷物を引き出す音。


『ありましたー』


 バックパックと一緒に飛び降りてくる。

 岩陰でブランケットが畳まれ、バックパックの中から衣類と装備がするりと出てくる。実に奇妙な光景だ。


『あの。なんで二人して見てるんですかっ』

「いいじゃないか減るもんじゃなし」

『最低のセリフですね』


 最低です。


『見つめられると着替えにくいです』

「見えないが」

『そういうことじゃなくてですね。着替える仕草とか、想像されたりするのが恥ずかしいんです』

「そうなの?」


 はななに振ってみる。


「ん? えーと。うん、そうだよー」

『ほらー。女の子ならそうですよ』


 いや、はななも分かってないだろ。

 けれど透明人間着衣ショーは未体験の不思議さで、とても目が離せない。あえて嫌われようとしている俺だが、タブー感が半端ない。


「あ……いや、済まなかった雨宮。俺が軽率だったかもしれない」

『どうしました、急に』

「衣類で女体が形作られていくのは、思ったよりエロかった。肌が見えなくてもな。これは、恥ずかしいもんだな……」

『にょたいとか言わないで。なに勝手に見て恥ずかしがってるんですかっ。恥ずかしいのはこっちですよ。あっち向いてっ』


 透明人間に見るなと言われる。

 すぐに衣服と装備一式を身に着けた雨宮が現れた。

 まだ〈隠身〉を解いていないので〈リビングアーマー布の服バージョン〉といった感じだ。中身が透明からっぽ。顔はナイトグラスとマスク装着で誤魔化している。


『硬直がありますから〈隠身〉は解きません。このまま行きます。これなら足手まといになりませんから』

「〈穏身〉は時間制限ないのか?」

『一度発動すれば解除するまでは大丈夫ですよ。長時間発動したままだと、解除後の硬直もそれなりに長くなるみたいです。まだ検証中ですけど』

「ゲートを出れば解除されるよな。ならそこでサヨナラだな」

『冷たすぎませんか。もう他人な気はしないのに』

「いや、めちゃくちゃ他人だが」

「おとうさんが、やさしくない」

「はなな以外には優しくない。そんな父さんでいいんだよ」


 あまりこいつと関わりたくないのだ。


『恥ずかしげもないですね、この親子。うらやま』

「おねえさんも、おとうさんにやさしくしないとダメだよ」

『ああ、はななちゃんはいい子ですね。私をお姉さんと呼んでくれるなんて』

「お姉さんは、年上の女性への汎用呼称だからな。他意はないぞ」

『実は私、ファザコンなんです』

「聞きたくなかったな。それはフケ専とは違うのかよ」

『お父さん系ならお任せください』

「いや、結構だ」

『私、年上に見られがちなんですよ。高一のとき、公園で見ず知らずの小っちゃな子におばちゃんて呼ばれたことがあるんです』

「ふーん」

『私ショックで。それがおばちゃん初体験でしたね。それから一月くらいはその男の子をどうやって殺そうかとばかり考えてました。バレない方法をいろいろ調べて、ついに四つに絞りました』

「怖えーよ」

『その後の中間テストは、それはもう散々な結果でした』

「冗談だよな。それでこの話、まだ続くの?」


 無駄話をしつつ着実に上層へ向かう。

 回避し切れない魔物は接近を許さず俺とはななが倒す。


「そういえば、雨宮に聞きたいことがあったんだ」

『なんでしょう』

「あの時はななの〈神酒授与ソマテ〉で怪我は完全回復したと思うけど、それ以外はどうだった? つまり以前からあった不調まで治ったとか、体調が変化したとか」

『それはありますね。とても感じます』

「というと」

『実は生まれつき気管支系にちょっと問題があって、この歳になっても少し無理をすると息苦しさを感じてたんですが、それが無くなりました』

「治ったってこと?」

『もうちょっと様子を見ないと分かりませんけど、まったく気にならなくなりました。これもはななちゃんのお陰ですね』

「そうか」

『わずかに背が伸びた気もしますし』

「ホントかよ」

『あと近視気味だったのがすっかり改善して、子供のときみたいな視力に』

「マジ?」


 それは羨ましい。俺も〈神酒授与〉して欲しい。

 はななと目が合うと、赤くなって俯く。どうしてだ。父は対象外なのか。

 つまり〈神酒授与〉の回復効果はダンジョン内の怪我に限らないということだ。


「それを誰かに話したか?」

『心配ないですよ。誰にも言ってません。私が助かったのも〈繭包シールディング〉の効果ということになってますから』

「それについては感謝しよう」

『これが知られれば大変なことになるのは私にも分かりますから。でも、上から目線のお礼も悪くないですね。これで少し前進ですかね』


 一人で前進してろ。


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