第二十三話 繭包
探索者雨宮董子。〈繭包〉スキル持ち。
はじめて聞くスキルだ。
だけど……
「それで……どうして全裸?」
雨宮は顔を赤らめて俯く。
「最初にそれですか、園先さん」
「俺を知ってるのか」
「お二人はそれなりに目立ちますから」
「名前はどこで」
「それはJECAのほうで教えていただきました」
個人情報を勝手に漏らせないはずだけど。そのあたりはやり方次第か。
「それであんたは魔物じゃないと」
「はい。こうして隠すことなく身を晒しているのにお疑いですか」
「隠さな過ぎて怪しいんだけど。いやに冷静だし」
「きゃー。えっち」
「今さらの棒読みかよ」
しかも昭和なノリか。
命の危機ならもっと混乱してそうだが。
「それについては私のスキルについて説明しなければなりません。ちょっと長くなります」
「勿体つけてないでさっさと話せよ。できれば三行で」
俺を軽く睨む雨宮。小さく息を吐く。
「仮死状態で無敵。
死に顔見られてハズカ死ぬ。
今は悲しき透明人間」
ぼそぼそと雨宮。
「えーと、つまり。透明ゾンビ?」
「誰が魔物ですか、理解力なしですか!」
怒られた。全然分からない。
「仕方ない。長いバージョンでいいよ」
バックパックからペットボトルを出して雨宮に渡す。
「あ、どうも。嬉しいです。何もお返しするものがなくてスミマセン」
全裸行動の人に対価は求めないよ。
「私は高一のときに偶然見つけたダンジョンを踏破しています。出来たばかりのダンジョンで魔物もいなくて、そこでコアスキル〈地図〉を得ました。他のスキルも選べたみたいですが混乱していて、気付いたらそれを取得してました」
雨宮もダンジョン踏破者だったのか。
「高校卒業後はダンジョン探索者チーム〈S級冒険者たち〉に参加しました。〈地図〉スキルが有用として誘っていただけたのです」
夢いっぱいなチーム名だね。
「〈S級冒険者たち〉は、陸自の特別調査班に協力して、この桜堤ダンジョンで活動しています。そして先週、第十二層を移動中、すけすけスネークに遭遇したのです」
ちょっと待て。
「すけすけスネーク?」
「初めての魔物でしたから名前が分かりません。園先さんたちに合わせてすけすけスネークと。略してすすスでもよろしいかと」
「いや、略すなよ。それよりどうしてその名を知っている。誰にも話してないんだが」
すけすけスネークははななが勝手に付けた名前だ。俺とはなな以外が知るはずがない。
頷き合う俺とはななに構わず続ける雨宮。質問は後ですか。
「何が起きたのかも分からないまま、私はすすスに呑み込まれました。両腕が砕かれ体が捩じれたところで慌てて〈繭包〉を発動しましたが、少し遅かったようです。魔物の腹の中で意識を失ったまま運ばれ、園先さんお二人に助け出されたのです」
「……へー」
「〈繭包〉は致命時身体保護、仮死化のスキルです。これは〈S級冒険者たち〉が探索中に得たスキルオーブを、防御が弱すぎる私に提供して下さったものです。防御力が上がる代わりに仮死状態になるという使いどころの難しいスキルですから、万一のときの保険ですね。私もあのとき初めて使ったのです」
凄いスキルだとは思うけどな。魔物の腹の中で生き延びるんだから。
「そして〈繭包〉には使用後硬直があります。つまり、意識があっても体がまったく動かせなくなるのです」
「ああ。ということは、あの時意識はあったのか。それで俺たちの話は聞いていたと」
「そのとおりです」
柔らかな笑顔で頷く雨宮。
「私を助けくれたのが、おとうさんとはななさんという親子なこと。稀有な再生スキルのお陰で私が生き返ったこと。すすスをあっさりと倒せるほどの実力者なこと。などが分かりました」
大体聞かれてるのか。
「なのに無防備な裸のまま放り出されて絶望したまであります。命の恩人にトキメいた私がバカだったのでしょうか。せっかくバール片手に娘さんを連れた王子様が現れたのに」
「それ王子様の欠片もないからな」
放り出したかったのは事実だが。
「あれはお仲間がそこまで来てたし、あんたが保護されたのもこっそり確認したんだよ」
「客観的にはそれを置き去りと言います。素敵なシャツまでプレゼントしてくれたのに。期待させるだけさせて捨てるなんて。お父さんみたいな匂いのする男物のシャツに、顔をうずめて泣きました」
「加齢臭の世界へようこそ。あのシャツはできれば返してね。今じゃ入手困難だから。きっちりクリーニングよろしく」
シャツを着る以外の用途で使用しないように。
置き去りについては責められても仕方ない、と思わなくもない。
「それで、今日もまたすけすけスネークの腹の中だったのはどうしてだ」
「はい。あれからチームに救助されて地上に戻って、病院で検査を受けました。体には何の異常もなく疲労もないと太鼓判を押されましたが、衣服のほうは手の施しようがないと言われました」
「病院は中身専門だしな。衣服の治療を頼まれても困るだろ」
「そして私は静養中という扱いで、現在はチームとは合流していません」
「なら素直に静養してればいい」
「お二人は週末か休日しか探索していないと思いまして、昨日からダンジョンゲートを見張っていたんです」
「なぜそこまで」
「どうしても直接お礼を申し上げたかった、そしてお仲間に加えていただきたかったのです」
「仲間?」
「命を救われたのですから当然です。そして同行者に強者を求めるのは探索者の性です」
「ウソつけよ。俺たちがゲートを通るときになぜ声を掛けなかった」
「お二人が仲間をお求めでないのは分かりましたので、人目のある場所では流してしまわれるかと」
「まあ、適当にあしらってスルーしたな、きっと」
「ですから劇的に再会しようと思いまして」
「劇的だったのは認めるが、普通ならドン引きだ」
「事故りまして」
「事故なのかよ」
「実はこっそり後を追っていたのですが、あまりにお二人の探索ペースが速く、離されるばかりでした。〈地図〉スキルのお陰で見失うことはありませんでしたが、焦った私は園先さんにいただいたスキルまで使うことになりました」
「何だっけ。確か〈隠身〉か。自分で使ったんだ」
すけすけスネークがドロップしたスキルオーブだ。透明人間になれるけど、服までは透けないとか、他のスキルと併用できないとか、使いどころが分からないスキルだった。
「貴重なスキルオーブをありがとうございました。お陰で魔物に襲われることなくここまで到達できました。けれど……」
「けれど?」
「いきなり背後からすすスに丸呑みにされました」
「〈隠身〉はどうした」
「元になった魔物には通じないみたいです」
「あー。そうなのか。ありそうな話だな」
他のオーブスキルにもそうした弱点があるかもな。注意が必要だ。
「そして〈繭包〉で身を守り、ここにいます」
「うん。確かに長い話だったな」
戦利品を仕分けながら話を聞いていたはななもちょっと呆れている。
「〈隠身〉は着衣や装備までは不可視にできないだろ。どこに置いたんだ」
「十二層の岩場に隠してあります」
「そこからずっと全裸だったのか。俺たちにスルーされるとか考えないのかよ。使用後硬直もあるんだろ」
「動けない裸の美少女をスルーできる男はいません」
美少女なのか。自分で言ってるよ。
相手頼みもいいところなのに、よくそれだけ思い切れるな。失敗すれば魔物の餌だ。
「無謀すぎるわ。男だってこんな怪しいトラップは警戒するよ」
「だからこそ、すべてを賭して追いかけたのです。そして願いどおり、ふたたびお二人に救われました」
雨宮はそれだけの強い思いを、俺たちにではなく、このダンジョンに抱いている。この変な女は他人を巻き込んででも深層を目指すつもりだ。
俺はこの女に心当たりがあった。




