第二十二話 再会
魔石とドロップアイテムを整理してバックパックに詰め直す。
「あんまりのんびりもしてられないから行くよ」
「つぎの階は」
「様子を見たら引き返す予定だよ」
「はーい」
第十四層への通路らしきものが見えてくる。そこまではほとんど遮蔽物がない。足早に、そして〈探知〉全開で進む。
「……って、やっぱり」
「おとうさんっ、これって……」
知っている気配。
大きく、速い。俺たちを阻むように真正面から迫る。姿は見えない。
「あいつか」
「すけすけスネーク」
「落ち着いてはなな。今度はちゃんと倒せるから」
体長二十メートルの極太の蛇。一度仕留めているし動きも分かっている。確かに速いが直線的に襲って来るだけだ。不可視の魔物とはいえ〈探知〉でマーキングした状態なら、いちいち捕捉しなくても現在位置を追尾できる。もう見えないことで動揺したりしない。
前方で砂塵が巻き上がる。〈探知〉で捉えた位置と同じだ。はななが俺の隣で腰を落とし、手刀を水平に構える。前回あいつを真っ二つにした〈隔絶〉の予備動作だ。
「今度は父さんに任せて。でも油断しないで見てて」
気配に集中する。速度自慢の相手だとタイミングがシビアだ。
「〈遅延〉、〈操重〉」
全身に遅延を、そして頭部の一点にのみ集中して重さを増す。
強制的にブレーキを掛けられた魔物の頭部がひしゃげ、砂地が陥没する。圧力に耐え切れなかった頭骨の砕ける音が空気を震わせる。
大口を開けることも、その極太の蛇のような姿を晒すこともなく、魔物の気配が消える。そして魔石が残る。
「やっつけたね、おとうさん」
「ああ。でも父さんが仕留めると、やっぱりドロップアイテムは出ないんだな」
俺は幸運のおっさんではないようだ。ドロップアイテムが出た例がない。やはりはななの〈星運〉に運を吸われているのか。もしドロップ率がこんなに渋かったら探索者たちの強化もなかなか進まないだろう。
魔石を拾ってバックパックに。前回入手したマジックオーブ〈重量軽減〉のお陰で荷物の重さはまだ気にならない。
「あっ。こんどは、うしろっ」
「うん。気付いてるよ、心配ない」
すけすけスネークのお替りだった。この階層が本拠地なのかな。何匹来てももう負ける気はしないが。
突進して来る魔物を同じく〈遅延〉と〈操重〉の組み合わせで始末する。もうパターン化して覚えた。隠し玉の攻撃でもなければ脅威にはならない。初回にあんなにビビったのが嘘のようだ。
魔物が息絶えて消滅する。瞬殺過ぎてこちらも不可視のまま消えてしまった。
「お、おとうさん、ドロップアイテムが……」
「マジかっ。ようやくか……って!」
けれどそこにオーブはなく、一糸まとわぬ裸の女が倒れていた。
なんでやねん!
関東人の俺を強制的にエセ関西弁にするほどの驚愕だった。
「生きてるのか」
「おっぱいは」
その言い方だとおっぱいが別の生き物みたいだよ。
呼吸でわずかに上下している。怪我もなく命に別状はなさそうだが、なんだか見覚えのある膨らみだ。その先端部も。
「てかこれ、こないだの人じゃないか」
「キレイな人だよね」
前回のように瀕死ではない。ただし完全に裸だ。パンツすら履いていない。でも不埒な気持ちにはならない。なれない。状態が奇麗すぎてむしろ違和感。
「人間じゃないのかも。すけすけスネークの一部とか。これが本体で蛇が幻影とか。脱皮したとか」
「あのおねえさんにしか見えないよー」
「蛇の腹からまた出てくるなんて有り得ない。姿をコピーされたのかも」
魔物と思えば裸身にも心は動かない。人間に近ければ近いほどむしろ嫌悪感が湧く。人に擬態する魔物なんて悍ましいだけだ。そこには人への害意しかないだろう。
「ダメ、おとうさん。殺しちゃダメっ」
俺が〈芯懐〉を使おうか迷っていると、はななが俺の腕を掴む。
〈芯懐〉は対象を内部から連鎖的に崩壊させるスキルだ。超強力だが発動にタイムラグがある。動き回る相手には使いにくい。
確かにこの気配は魔物ではない。けれど現れた状況は異常だ。しかも魔物の中から出てくるのは二度目なのだ。はななに危険が及ぶかも知れない。ここは非情に徹して……
「おちついて、おとうさん。助けてあげないと」
「うーん……」
はななの目の前では殺せないな。ここは殺気を抑えて助けるフリをしておこう。
恐々抱き上げて岩陰に運び、薄いコットンブランケットの上に横たえる。もう一枚を上から掛ける。前回のこともあり、万一の人命救助用のアイテムとして用意してあった。早速使うことになるとは思わなかったが。しかも同じ人とは。
魔物には効果がないはずの〈治癒〉を掛けておく。人間なら体力が回復する。
俺とはななも砂の上に腰を下ろす。
「また食べられちゃうなんて、かわいそう」
「だとしたら間抜けもいいところだよ」
そんな迂闊な人間がいるだろうか。とにかくすぐに目覚めてくれないと今日はこのまま時間切れで終了だ。
「魔物の気配はしないけどな」
「すけすけスネークがいたからみんな逃げちゃったのかも」
「そうじゃなくて、この人が」
「魔物には見えないよー」
「また仲間が探してるかな。近くには誰もいないみたいだけど」
この階層は不人気なのか他の探索者の姿がない。難度が高いからだろうけど。
「こほっ」
女性が小さく咳き込む。意識が戻りそうだ。
「うごいたよ」
「動いちゃったね。はぁ……」
両瞼が震え、大きく息を吸う。
女性が体を起こす。ブランケットがずり落ちないように押さえながら。瞼をゆっくりと開く。ふと慌てたように髪を整える。
年齢は二十代半ばだろうか。目の色も普通だ。白目がなかったり赤い瞳だったりはしない。魔眼持ちじゃなさそうだ。
「あの。えと、初めまして。ではないですね。先週は危ないところを助けていただきありがとうございました。そしてまた助けていただくことになるとは。私も驚いております」
女性は深々と頭を下げる。
「私は探索者の雨宮董子と申します。〈繭包〉というスキルを持っています」




