第二十話 階層のふしぎ
乾いた炸裂音が連続する。岩肌に幾重にも反響し、音源の位置も方角も分からない。そしてすぐに止む。
「発砲音かな」
ダンジョン内とはいえ銃火器を使う者は限られる。自動小銃みたいだったし、自衛隊だろうか。
自衛隊は災害派遣の名目でダンジョンに潜っている。
日本に初めてダンジョンが発生した混乱期、各自治体から要請され陸自が人命救助と行方不明者捜索のため出動し、その活動が八年経過した今も継続されていた。今後のダンジョン災害派遣に備えた調査活動である。
ダンジョン発生の原因も仕組みも分かっていない。ダンジョンが突然凶悪な存在に変化しないとも限らないのだ。一気に大規模化し地下インフラを破壊するとか、魔物をダンジョン外にまで押し出すとか。
日本に発生したダンジョンを最も数多く踏破しているのは自衛隊だ。そのノウハウを組織として保持しておきたいのだろう。
ダンジョンを観光資源のように扱う者もいれば、あくまで異常事態として警戒を続ける者もいる。そうでなければ困る。
「遭遇戦にでもなったかな」
「そーぐーせん?」
「いきなり魔物に出くわしたのかも。もう銃声はしないから片付いたのか」
自衛隊の調査部隊は積極的に戦闘はしないと聞いている。あくまで調査で魔物の殲滅が目的ではないそうだ。
あまり近付きたくないが、迂回しようにもその位置が分からない。
「おとうさん。あれ」
進行方向左に明かりが見えた。天井近くまで上がった眩しい光球がゆっくりと落ちる。照明弾か。位置を知らせているようだ。自衛隊のダンジョン活動は秘密という訳でもないし、民間の探索者もいる場所だから、事故防止のための配慮なのかも知れない。
「このまま進んで大丈夫そうだね」
こちらの進路は右に大きく曲がっている。
集まって来るオークを視界に入る前に無慈悲に始末しつつ、下層への階段を目指す。
この桜堤ダンジョンは発生から三年が経過したにもかかわらず、第十七層までしか探索が進んでいない。その理由は、ダンジョン深度に応じた銃火器の威力逓減現象にある。
第三層では自衛隊の制式小銃による斉射で潰れたトマトになっていた魔物が、第七層では即死しなくなり、第十一層では踏み止まって反撃してくる。ダンジョンに持ち込み得る高威力の銃火器を使っても第十七層では魔物を止めることができない。第三層のゴブリンは雑魚でも、第十七層のゴブリンは強敵なのだ。別に上位種という訳でもなく、見た目すら変わらないのに。
火器は徐々に無効化され、魔物の生命力は次第に強化されていく。しかし不思議なことに、下層の魔物が上層のものより身体能力が優れているとも言えないのだ。
ある時、下層で苦戦した魔物が上層まで上って来たことがあり、決死の態勢で迎撃したところ、あっさり倒せたという。普通にその階層に出る魔物と同様に。
これはつまり、ダンジョンの階層そのものに彼我の戦闘能力を逆転する仕掛けがあるということだ。
おそらく未だ解析できていない魔素の濃度が原因だろう。ダンジョンは深度に応じて高濃度の魔素を供給し、それが理不尽なバランスを作り出している。
概ね第十八から二十層辺りが通常兵器による攻略の限界域になっている。それ以深に潜るならダンジョンスキルに頼らざるを得ないのだ。
ここ第十二層から先は魔物の敏捷さと堅固な防御が一段と際立つ。プロ探索者としても相当な練度と覚悟を求められる階層だ。
そんなところに小学生の娘を連れた素人装備な父親が来れば、驚かれ呆れられ非難されるのは必然だ。正気の沙汰ではない、子供の命が大切ではないのか、もはや虐待だ、などとご親切な圧力を掛けられる。まあ、他人が同じことをしてたら俺もそういう目線になると思う。
だから俺たち親子は〈探知〉をフル活用して、他の探索者とは極力接触しないように心掛けることになる。コソコソ探索だ。お説教は嫌だもんな。
「はなな、ヘルハウンドだ。任せた」
「うん」
通路を駆け抜けて襲い来る五匹の狼型の魔物が、はななの〈操雷〉による紫電で弾け飛ぶ。どれだけのスピードで迫ろうと雷撃には及ばない。
「ちっ。またこいつらか」
ぶぎぃメキメキと、続くオーク軍団が姿を見せることもなく、俺の〈操重〉でひしゃげる。即消滅させる。
「むー」
「どうした、はなな」
「おとうさんがオークを見せてくれない」
「そんな魔物などいない」
「えー」
愛娘の目には触れさせない。魔石をさっさと回収。ヘルハウンドの落としたマジックオーブも拾う。
辿り着いた第十三層への階段は、ツタ植物に完全に塞がれていた。色は緑ではなく赤。これは赤蔦という魔物で、触れると毒のある無数の棘が突き出る。魔物界の有刺鉄線だ。
「どうしようか。焼けばいいんだけど、狭い所で火は使いたくないしな」
「じゃあ〈発振〉?」
「そだね。それがいいね。もうちょっと離れようか」
毒棘以外にも何かしてくるかもしれない。あるいは棘を爆発的に飛ばすとか。動きの遅い魔物は意外と侮れないのだ。
「ひえひえ〈発振〉!」
はいはい。
はななの〈発振〉は任意の範囲の水分子の振動を操作できるスキル。放電する〈操雷〉や超切断の〈隔絶〉と同じく、あまり至近距離で使って欲しくないスキルだ。
一瞬で凍り付いた赤蔦がシャラシャラと崩れ落ちる。温度低下が凄い。乾燥しているはずのダンジョンに冷霧が出るほどだ。後にはぽっかりと空いた通路、小さな魔石とスキルオーブが残された。
「オーブでたー」
「はななが倒すと高確率で出るな」
これは〈星運〉の恩恵なのだろう。パッシブスキルと思っていたけれど、どうやら意識して発動するタイプらしい。その都度お願いしないと幸運は訪れないようだ。オンオフできる御守みたいだな。
「どんなオーブかは後で。早く下りちゃおう」
オーブを撫でているはななを急かす。
魔物は時間が経過すると再生する。長い階段を下りている途中で復活されても嫌だ。同じ場所で再生するとは限らないけれど。




