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第十八話 猫のひみつ


 桜堤さくらづつみダンジョン探索から三日。

 放送局系出版社のドイツ語会話教材用のイラスト十数点のデータを送信した俺は、仕事場でゆっくりとコーヒーを飲んでいた。

 はななはこの時間はまだ小学校だ。

 片道徒歩三十分の登下校は苦にもしてないようだ。ダンジョン通いで足腰が強くなった、というより取得した多数のスキルが相互に作用しているのか、自覚できる程度には身体能力が向上している。体育の授業でも思わぬ記録が出そうになって慌てたらしい。

 俺自身も基礎体力が上がり、それに応じて集中力にも変化があった。仕事面でもその恩恵を感じている。


 よく知られた事実として、ダンジョン外ではスキルは使えない。

 けれど俺たちはその枠をはみ出しかけている。

 俺とはなながこれまでに取得したスキル数は十二個ずつ。間違いなく日本で、恐らくは世界でも最多レベルの取得数だろう。しかも全てがダンジョンコアからのスキルだ。コアから得られるスキルとオーブからのスキルには、効果や使い勝手に大きな差があるとされている。


 国家やそれに準ずるような大組織が、意図的にダンジョンを確保しコアスキルを取得させない限り、個人がこれだけの数を揃えるのは不可能だろう。けれどそうした権力ほど、属人的な異能を個人に集中させるとは思えない。とは言え非人道的な人体実験まがいのスキル集中をしている国もありそうだが。

 ダンジョンの発生場所はランダムであり、同一人物が数十回もその発生に出くわすなど本来ならあり得ないことだ。毎回ほぼ同一地点で発生するわが家の庭先ダンジョン。これが公になる場合は相当な騒動を覚悟しないといけない。


 窓からアルミ門扉のある生垣と、植え込みの中の庭石が見える。あの庭石はこの家の前の所有者の趣味だ。正直古臭いし邪魔でもあるのだが、よくその上でジュヌヴィエーヴが日向ぼっこをしている。ジュヌヴィエーヴは向かいのお屋敷の飼い猫だ。

 初夏の日差しは強いけれど、この時間はちょうどいい木陰になっていて、いつもの堂々とした白猫の姿がある。だらりと液体になって昼寝中だ。猫という生き物は人間を羨ましがらせるために存在しているのだろうか。


 今日から桜堤ダンジョンの入場制限が解かれ、再び一般探索者と観光客に解放された。浅層でのダンジョンクエイクの影響調査が終わったのだろう。あの日のダンジョン内死者・行方不明者数はゼロ。助けた女性も無事に戻れたようだ。


 今回の桜堤ダンジョンでの収穫は、多数の魔石とスキルオーブ二個、マジックオーブ一個だった。コボルトのスキルオーブ〈俊足ダッシュ〉が手数料引き後四十万円で売れたのが有り難い。濡れウサギの〈聴感ヒアラ〉は二十二万円。ドロップ頻度の比較的高いオーブだそうだ。どちらも俺とはななには不要なスキルなので手放した。濡れウサギのマジックオーブ〈重量軽減ウェイタ〉は俺がこのまま荷物に交ぜて使うことに。

 すけすけスネーク(仮)の落としたスキルオーブ〈隠身ハイド〉は助けた女性に持たせて置いてきた。


 そのすけすけスネークの魔石ストーンはかなりの大きさだったが、期待した髙値は付かなかった。発電燃料としての価値がほぼ定まったのと、ロマン系の研究も一段落して神秘性が薄れ、重量換算で売買されるようになっていた。以前より値下がりしているのだ。

 魔石の利益だけだと経費が賄えるか微妙。やっぱりドロップアイテムを手に入れないと個人探索者は厳しいな。


「あー。なるほど、これか……」


 俺はPCのモニターを通して、軒下に設置してある監視カメラの映像を漁っていた。解像度とFPSの低い設定なので不鮮明なところもあるけれど、うちの庭全体が広角フレームに入っている。

 四月半ばの映像に、芝生に突然空いた穴、そこに飛び込む白い猫らしき姿、猫が戻ると消滅する穴の様子が映っていた。


「ジュなんとかさんは、この時にダンジョン踏破してスキルを取ったのか」


 穴の直径はおそらく一メートルちょっと。かなり小さなダンジョンだ。俺とはななが気付く前に猫のジュヌヴィエーヴがダンジョンを殺していたのだ。

 隣宅警備員までしてくれていたとは。猫しゅごい。


「……え。まだある?」


 さらに遡り一月、冬晴れの日。庭に開いた穴に入る白猫。そして帰還する映像。

 俺はメモリーカードを差し替える。すると去年の十一月にもジュヌヴィエーヴの勇姿が。


「てかこれ、どう見てもダンジョンが現れる前からスタンバってるよな。待ち構えてるよ」


 俺たちはいつもダンジョンを発見次第、速攻で踏破消滅させている。そしてそのダンジョンの正確な発生時間を控えておくために、カメラの映像を遡って確認していた。つまりそれ以外の部分は特にチェックしていなかった。

 去年七月のカメラの設置以降、猫のジュヌヴィエーヴは少なくとも三回はダンジョンを単独で踏破している。そして先日は俺たちと一緒に。もはや立派な探索者だ。世界のどこかでは野生動物が本能のままにダンジョンを攻略してたりするのだろうか。


「しゅごすぎます、ジュなんとかさん」


 この家の庭に最初のダンジョンが生まれて一年半になる。それから二十四のダンジョンを踏破したつもりだったけど、この記録を見た限りでは二十七のダンジョンが発生していたのだ。もしかするとそれ以上。

 ジュヌヴィエーヴは三つ以上のスキルを持っているのか。ダンジョンを消滅させているということは、そういうことだ。

 そして、最短十日と認識していたダンジョンの発生間隔が、実は七日であることが分かった。それ以上家を空けるとダンジョン発覚のリスクが高まる。

 俺たちが放っておいてもジュヌヴィエーヴが何とかしてくれるのかな。猫頼みのセキュリティーとか不安しかないが。


「ただいまー」


 大分時間が経っていたようだ。ジュヌヴィエーヴ秘蔵映像完全保存版に夢中になってしまった。


「おかえり、はなな。冷蔵庫に桃ゼリーがあるよー。手洗いはしっかりなー」

「はーい」


 狭い家だから姿が見えなくても会話ができる。

 ふと庭石を見ると、すでにジュヌヴィエーヴの姿はなかった。


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