第十六話 神酒
※欠損を含む酷い怪我の描写があります。ご注意下さい。
魔物を倒すとドロップアイテムを落とす。
ほぼ確実に落とすのが魔石。そして稀にスキルオーブやマジックオーブなどの宝珠、マジックアイテムが落ちることもある。
しかしこれは、そのどれでもない。
「どうしよう、おとうさん、おとうさん。どうしよう」
「落ち着いて、はなな。怖がらないで」
涙目で震えるはななを抱き寄せる。
「息はしてないね。もう心臓も止まってる。気の毒に」
女が倒れていた。いや落ちていた。
おそらくこの人は魔物の腹に入っていたのだ。よく〈隔絶〉で真っ二つにならなかったものだ。けれど所謂心肺停止状態だ。
両腕の肘から先は千切れ、脚も捩じったように曲がっている。髪の毛は頭の片側だけわずかに残っている。裂けたり溶けたりで衣服も原形を留めていない。乳房が露出しているので女性と分かる。上半身の皮膚は爛れた薄皮のようだ。下半身の肌が異様に白いのは、失血と消化液に浸かったせいだろう。
魔物の死で消化液も消えたのか、濡れそぼった状態ではない。
見た目は完全に手遅れだが、何故か〈探知〉にかすかな生の気配がある。今にも消えそうだけど。
そっと頬に触れてみる。
「冷たく……ない」
俺は〈治癒〉スキルを使おうとして止める。
それでは不十分と分かる。はななの持つスキルじゃないと無理そうだ。
「い、生きてるの?」
「はなな。〈神酒授与〉を使おう」
「え、でも。やったことないよ」
「大丈夫。できるよ」
バックパックの底からアルコール飲料を取り出す。180mlのアルミ缶だ。無炭酸だと小容量缶は選択肢が少ない。
タブを開けて小さな缶をはななに差し出す。受け取ったはななは、両手指で缶を包んだまま視線を落とす。
「でもでも。ハジメテは、お……」
「急いで。きっと上手くいくから」
小さく頷くはなな。瞼をぎゅっと閉じ、缶に口を付け、たっぷりと中身を含む。
「んんっ……」
アルコールの刺激で顔をしかめる。子供には五%の度数でも強いけれど、これより薄いと効果がないらしい。
すぐにはななの両頬が光を放つ。スキルが発動していた。
口の中で神酒が強く発光している。血の透けた赤色ではなくひたすら白い光だ。正直変顔だけど、どこか神々しくもある。
はななのスキル〈神酒授与〉は、ソーマと呼ばれる神の酒を与える能力。口に含んで浄化、活性付与したアルコール飲料を他者に飲ませることで、傷病に絶大な回復効果がある。口移しでも容器に移し替えてもOK。口移しのほうが効果が大きいらしい。ただし容器での保存はできない。
俺がすでに〈治癒〉を取っていたので、はななに〈神酒授与〉を取らせた。安全のためのスキルはスルーできなかったのだ。子供に酒を扱わせることになったのはアレだが、おっさんの口移しより絶対に効能あるだろう。
そしてもちろん、はななは飲み込んでいないからセーフ。児童の飲酒にはあたらない。ない。
頬を膨らませて俺を見るはなな。両頬が輝いて新種のホタルのようだ。神酒だけに。
仮死状態では自力で飲み下せないだろう。口移しは無理か。
「お行儀悪いけど、そのまま吹き付けて。プーって」
はななが目を見張るが俺は強く頷く。
鼻で大きく息を吸うはなな。
そして光る霧を盛大に吹き付ける。
霧は重力や空気の流れを無視するように漂い、女性を覆い包んでいく。
そこからの変化は劇的だった。
全身が白い光に包まれると、黒髪がみるみる伸びて肩までの長さに。肌を覆う火傷のような爛れが消え、脚の捩じれが矯正され、両腕の肘から先が再生していく。それらが同時に、急速に進行していた。
そして変化が収まると、女性の剥き出しの胸がゆっくりと上下に動き始める。血の気の戻った唇がかすかに開き、吐息が漏れる。
「成功みたいだね、はなな。よく頑張った。ありがとう」
アルコールで咽ていた顔を上げるはなな。ホッとした笑みを浮かべる。ミネラルウォーターのペットボトルを開けて渡す。スキルの使用より瀕死の人を前にしたことがショックだろう。
「服はもどらないの?」
「さすがに生き物だけだと思うよ」
「おねえさん、おっきなお胸だね」
「そだねー」
ぺったんこのはななから見たら大きいよな。いや待てよ、仰向けでこの形状保持は確かに立派かもしれないな。さっきまでの犠牲者然とした悲惨な状態から、生気のある裸身に変わったので、目の遣り場に困る。
「さてと、あっちの小部屋に運ぼう」
本音ではこのまま放置したいところだが、置き去りにしたらすぐに魔物の餌だ。せっかく助けたのに魔物のために新鮮な食材を用意しただけになってしまう。
女性の背中と太腿裏に腕を差し込み持ち上げる。一応身体強化の〈御動〉スキルは使っている。意識が無い人はマジで重いから間違って落としては大変だ。
「おとうさん、オーブがあるよ」
女性が横たわっていた真下、ちょうど尻があった辺りに、スキルオーブらしい緑色の輝きがあった。アボカドくらいの大きさの魔石も近くに落ちている。かなり大きいな。
「後で見てみよう。魔石も拾っといて」
「はーい」
通路を横に入った岩室の中、薄手のタオルを敷いて女性を仰向けに横たえる。あられもない格好だけど着せる物がない。
「この人の意識が戻ってからが大変かも。マトモな人ならいいけど、めっちゃ誤解されたりして。何が起きたか覚えてるかな」
「目がさめたら〈気配遮断〉でにげちゃう?」
「そうもいかないよね。ここまで来れるってことは、何か対魔物用のスキルを持ってると思うけど」
上半身は完全に裸。今にも剥がれ落ちそうなショーツと片脚だけの筒になったカーゴパンツ、履いていたコンバットブーツは溶けて張り付いている。
有り体に言ってアウト。斬新過ぎるコーデだ。着けていたはずのプロテクター類は全て魔物と一緒に消滅している。身元を知る手掛かりは何もない。もし魔物の腹の中でさらに消化が進んでいれば体も残らなかったと思う。魔物に属さない部分だけが残ったのだろう。
俺は着ていた厚手のシャツを脱いで広げ、女性の体に掛ける。百均のビニールレインコートもあるけど、ペラペラで透けているので裸よりエロいというか、むしろ犯罪臭がする。これくらいで許して欲しい。
女性に向けて手を合わせる。こんなんでゴメンな、南無南無。生き返ってから手を合わせるとか、意味が分からないが。
ダンジョン内は冷え込んだりしないから防寒面は問題ないはず。マズそうなら〈治癒〉を掛けよう。けどこのまま目覚めないと俺たちも動けないな。
「キレイなおねえさんだね」
「困っちゃうよな」
「キスしちゃうの?」
「しないから」
思春期か。何故かはなながちょっと不機嫌だ。
瞼を閉じていても整った顔立ちなのは分かる。女性を容姿でどうこう言いたくないけど、こんな状況では男の立場は危うい。
あのおっさん、ダンジョンで裸の美女を拾ったらしいぜ、みたいなネタ話になりがちだ。現場の凄惨な空気など知りもしない勇者たちに叩かれるのだ。被害者ポジションに美女がいれば桁違いの数の勇者が湧いてくる。まさに湧者。
全裸美女と女子児童を伴ってダンジョンから出てきたおっさん。娘と一緒に女性を救助した父親というのが唯一の事実だし、ダンジョン関係者の対応も問題ないだろう。
けれど隠し撮りされた画像をアップされ、それが拡散していくうちに、ワイ勝ち組、ダンジョンで全裸美少女拾ったったwww、なんていう頭の悪そうなスレッドが某掲示板に立つのだ。しかも幼女までとは許せない、と責められる。それが実の娘と分かれば、鬼畜かよとさらに叩かれる。ワケが分からない? 分からないよね。事実なんてどうでもいい人たちがいるんだよ。一枚の画像から全てを看破できる賢者さんたちが。
そして助けた女性が、状況を覚えていない、気がついたら裸だった、怪我もしてないのに、どうして、この男だれ、なんてことになったら即詰みだ。
あれ、これは逃亡一択では?
いや。疲れてるのかな俺。いくら何でも被害妄想が過ぎるな。
それはともかく真面目な話、はななの〈神酒授与〉を初めて使わせてみたが、これは問題ありだろう。
俺の持つ〈治癒〉はダンジョン内での負傷を治癒するスキルだ。かすり傷でしか試していないが、軽い欠損くらいなら回復できるらしい。
けれど〈神酒授与〉は、死後の経過によっては蘇生も可能なようだ。そう思わせるスキル名でもある。重度の負傷も欠損もしっかり完全回復するだろう。
世間に知られると、ダンジョン外での傷病もダンジョン内で〈神酒授与〉すれば治せるのではと受け取られかねない。事実がどうあれそう思われるのは怖い。色々と理由をでっち上げ、圧力を掛けて試させようとするだろう。
頭の中に、可愛いはななの唇を奪おうと迫る群衆が見える。父親的には絶対ナシの光景だ。もはや悪夢である。




