第十五話 異変
「わっ」
「はななっ!」
地面が大きく揺れた。はななの背を支え腰を落とす。
大岩が擦れ合うような地鳴りが空洞を震わせる。咆哮じみた重い響きだ。
「地震じゃないねこれ。たぶんダンジョン震だ」
「ダンジョンは生きてるってこと?」
「ああ。ここは今も成長してるんだな」
ダンジョン震はダンジョンの構造が大きく変わるときに発生するという振動だ。ダンジョンは通常樹木の根が広がるように徐々に成長していくが、時折一気に拡大を見せることがある。おそらくそうした現象が起きたのだろう。
ここ桜堤ダンジョンは第十七層まで探索が進んでいるが、ダンジョンコアからスキルを抜き取って消滅させる、あるいはコアをダンジョン外に持ち出さない限り、ダンジョンの成長は止まらない。桜堤ダンジョンは推定全二十層の中深度ダンジョンとされているが、本当のところは実際に踏破しないと確認できないのだ。
揺れが収まるのを待ち〈探知〉を全力展開。
近くで魔物が動いている気配はない。
「どんな変化が起きてるのかさっぱりだな」
「また大きくなったの?」
「かもしれない。新しい階層が増えたのか、階層が広がっただけかは分からないけど、どちらにしてもここより深い所で何かあったはずだよ」
変化の詳細が判明するまでは闇雲に進まないほうがいいだろう。命懸けの探索なんて御免だ。
「戻るよ。今日はここまで」
「わかったー」
はななも素直に従う。はなななりにダンジョン探索というものを理解しているのだろう。回避できる危険は冒すべきでないと。イケイケの脳筋じゃなくてよかった。
来た道を戻る。
「おとうさん、なにか、来るよっ!」
「何だ、これは!?」
広い空洞を横断中、はななが強張った顔で振り返る。
巨大な気配がやって来る。初めての感覚だ。俺たちが抜けてきた通路を辿り、凄まじいスピードで迫っている。
二人とも〈気配遮断〉を最高レベルで発動して身構える。
ごおっという風の音。
「……!」
はななをかばい脇に退いた俺の背中を、巨大な何かがギリギリで掠める。上手く姿が捉えられない。まるで透明な特急列車が至近を通り過ぎたかのようだ。
そいつは空洞の端に達すると、こちらに向き直る。姿は見えないが気配で感じる。この魔物はヤバい。
「〈遅滞〉!」
対象の速度を下げるスキルを使う。とにかく相手を捕捉しないことにはどうにもならない。しかし発動した感覚があるにもかかわらず、そいつの姿は見えない。
「もしかして、姿そのものを消してるのか」
捉えているのは気配だけだ。こいつは透明魔物なのか。
「はなな! 父さんの合図で〈操雷〉の雷撃、全力で!」
「はいっ!」
〈探知〉に全神経を集中。タイミングを計る。
魔物が突進すべく全身に力を溜める。俺はその予備動作を冷静に感知、動きを予測する。はななの命も掛かっている。焦って失敗は許されない。無理でもやるのだ。
「今だっ!」
魔物が動き、射程に入った瞬間、強烈な紫電が放出される。
はななの最高出力の雷撃だ。相手のスピードを上回るには雷が有効なはず。
おそらく直撃だったのだろう、そいつが地響きを立てて転げる。のたうち回る。それでも昏倒まではしていない。雷撃に耐性があるのか、それとも圧倒的に格上なのか。
明滅するように姿が現れ消える。太さが俺の身長ほどもある大蛇、というか鎧を纏ったウナギのような魔物だ。透明化のスキル持ちか。
「ここは場所が悪い。〈御動〉で逃げるよ」
「はーい」
自在に動ける広い場所で回り込まれては堪らない。この速度の相手に全方位警戒なんて無茶だ。戦うなら有利な場所を選ぶか、できれば逃げ切りたい。
俺たちは全速で通路内に撤退する。普通の人間には残像しか見えないほどの走りだ。来た道を最短で戻り、第十層への吹き抜けを一気に駆け上る。一息ついて振り返る。
「ふう。さすがにここまでは登って来ないだろう」
「おとうさん。わたしもそう思ったけど、口にはださなかったのに……」
え。フラグなのかこれ。まだ安心できないのか。
ちなみにファンタジーあるあるの、魔物はダンジョンの階層を越えられない、なんてことはない。必要とあれば越えて来る。だからあいつも、もっと深い層から上がって来たんだろう。第十一層の魔物にしては強過ぎる。完全にイレギュラーだ。
「先の通路まで行くよ。もうひと頑張りだね」
はなながウクレレ演奏で濡れウサギを殲滅した大広間を過ぎ、その先の通路に入る。この階層なら通路も狭い。あいつが来ても縦横には動けないだろう。こちらの攻撃スキルの照準も合わせ易い。
「あ。来たか」
「やっぱりー」
「マジであの吹き抜けを上ったのか。まさか空飛んでんじゃないよな」
すでにウサギ広間を通過中。雷撃の痺れも取れたのか高速で追っている。俺たちを逃がす気はないようだ。
「はなな。〈隔絶〉を頼む。ここなら外さないだろう」
〈隔絶〉による切断は超強力だが連発はできないのだ。外すと後がない。広い場所で動き回る相手に使うのは難しい。
俺はリビングアーマーから奪い、床面に突き刺しておいた大剣のようなものを引き抜くと、ブンと一振りし通路に向けて構える。
「やはりこれを使うことになるとは……」
「ただのぐうぜんだよね」
「そうとも言う」
ごりごりと岩肌を擦りながら魔物が迫る。気配に集中。もう少し引き付けないと。
不可視の強敵の圧力。背筋が凍る。
くわっと大顎が開いた気配。俺たちを丸呑みにする気か。逃げ場などない。けれど誘い込まれたのはこいつの方だ。
「遅延!」
俺のスキルで動きの鈍った魔物に、振り上げた大剣のようなものを全力で投擲。もちろん身体強化の〈御動〉スキルも全開で。
ぐごっという呻き声。
大剣のようなものが中空に浮かんでいる。口内に突き刺ささったらしく巨体の動きにブレーキがかかる。
「はななっ!」
「わかて、〈隔絶〉!」
不可視の切断面が水平に出現。
隠蔽が解け、眼前に姿を現す魔物。あまりの近さにぎょっとする。離れて並んだ黄色い目が俺たちを睨む。
けれど既に長い体は上下に分かたれている。竹を割ったように真っ二つだ。すぐに光の粒子となって消えていく。
もう強敵の気配は無い。仕留めたのだ。
「ふぅ。よくやったね、はなな」
思わず脱力して座り込みそうになる。緊張が解けた時の猫の気分かな。毛繕いでもしてリラックスしたいものだ。とはいえ油断大敵。
「デカくて速くて見えないとか、反則だよな」
「のようなもの、折れちゃった」
落ちている鉄の欠片をはななが指先でつつく。
そしてその先の石畳に視線を移す。
「……え、あっ、おとうさん。なに、あれ……」
「どうした。またオーブか?」
はななの指差す先、ヘッドガードのライトに照らされて。
そこには驚くべきものがあった。




