第十三話 ダンジョンの奏者
第十層の地図を確認しながら進む。
深い層ほど構造が変化しやすい。通路が延びたり新しい空洞が生まれていたり。植物の根が地中に伸びる感じに近いかもしれない。
それなりに探索者が来ているはずだが、めったに出会わない。それだけこの階層が広いのだ。
魔物のいない部屋での小休憩を挟みつつ、第十一層への最短ルートを進み、大広間に続く通路で一旦止まる。ライトを絞って最小の照度にする。
「ずいぶん集まってるな」
「なになに、なんのマモノ?」
大広間の中、〈探知〉で感じる魔物の数は六十以上。真ん中にやや大きな気配がある。
「たぶん濡れウサギだね。前に一度出くわしてるよ。こんなに群れるなんて聞いてないけど」
〈気配遮断〉で気配を極小にし〈明視〉でこっそり覗いてみる。
すり鉢のように中央が窪んだ、ほぼ円形の空間。ウサ耳がざわざわと震えている。間違いなく濡れウサギだ。
濡れウサギは中型犬サイズで見た目が野うさぎの魔物。動くたびに何故か水滴を撒き散らす。凄く汗かきなのだろうか。いつも怯えるようにプルプル震えていて、敵意を感じさせないが、いきなり飛び掛かり、肉を削ぎ骨を砕く噛み付き攻撃をしてくる。顎の力が異常に強い。一撃喰らっただけで終了しかねない。まさにうさぎショック。
「天井の真ん中が低くなってるから〈光芒〉はダメか」
レーザービームを撃ち下ろす範囲攻撃も、上空にスペースが無いと起点の光膜が展開できない。
「ウサギさんはつよくないよね」
「噛み付きだけだしね。でも無闇に刺激すると一斉に突進されるかも。あの数は怖いな」
あんなに集まるなんて、どんなイベントだろう。定例ウサギ集会かな。
反対側に抜ける通路があるだけの構造だから、爆炎攻撃なんかしたらお釣りが凄いことに。いやむしろその後の酸欠が怖いか。
「中央にいるボスっぽいのがどう動くかも分からない。普通の探索者ならこれは迂回一択だろうけど」
下の第十一層へは、通常は別ルートが使われている。今からそっちに回ると時間を大きくロスする。近道優先が仇になったかな。
「おとうさん、わたしが〈調律〉使ってみる」
「え。けど庭先ダンジョンのゴブリンにしか使ったことないだろ。あんな数大丈夫なのか」
二匹のゴブリン相手に試しただけのスキルだ。
「スキルさんができるって言ってる。やっちまいなって。わたしの頭のなかで」
「そんな乱暴なスキルさんと付き合っちゃいけません」
はななが唯一背負っていた小ぶりのケースを下ろす。ダンジョンには場違いな軽量の武装が入っている。カチリと留め金を外し、中身を取り出して胸に抱く。
「いでよ、チカラをときはなて。わがドーコクの胸でユーキューのセンリツをかなでよ」
「えーと。普通に楽器らしく扱ってあげてね」
はななの武装はウクレレ。
可愛い水色のボディだが安っぽくはない。そして刃物や弾丸が仕込んであったりもしない。あくまで楽器だ。
これはかつて母親にねだって買ってもらったウクレレだ。けれど実は、はななが母親にねだり、母親がそれを俺に丸投げしたことをはななは知らない。「いまは亡きおかあさんが選んでくれた想い出のウクレレ」を「本当はおとうさんが適当に尼さんでぽちったウクレレ」に今更訂正することなどできないのだ。できたら鬼である。
母親を喰らったこの桜堤ダンジョンに持ち込むのはマスト。はななとしては意味のある行為なのだ。
スキル〈調律〉は敵性存在への幻惑や行動抑制などの効果を持つ。
敵の動きを大幅に制限するデバフとして使える。そう意識して音声を発するだけで、魔物に対して絶大な効果を及ぼす。そして味方には影響がないのもありがたい。
音声は自身の声でも、奏でる楽器でも、何なら手拍子や足を踏み鳴らす音でもいいのだ。それが空気を震わせ対象に届きさえすれば。
はななが濡れウサギから見える位置に立ち、ポロンとGコードを響かせる。途端に全身から青い光が放たれる。〈調律〉が発動している。
音に反応したのか、あるいは光か、ウサギたちが一斉に顔を上げこちらを見る。暗視系のスキルがなくても、闇の中にちらちらと琥珀色に光る多数の瞳が見えただろう。
『ねえ、ほらみてごらん。かこもみらいも、こんひゅーじん……』
はななが器用にコードを変えながら歌い出す。
俺のお気に入りアーティスト、ラナデールが最近リリースした曲を演ってくれるのが嬉しい。ビターでアンニュイ。はななにはまだ早い大人の味だし、正直調子も外れている。けれど親目には神パフォーマンス。きっと曲の最後には、意味もなく中指を立ててくれるはず。
〈調律〉は歌が上手くなるスキルだとはななは言うが、たぶんそんな効果はない。
濡れウサギの群れ全体が青く光る靄に包まれている。スキルの効果が行き渡ったようだ。
『わかくこいするわたしたち。もうなにもいらないの……』
魔物の群れを見下ろし、青く輝きながらウクレレを弾き歌う女子児童。ダンジョンらしくないと言えばらしくないが、ダンジョン以外ではこんな奇妙な光景はあり得ないだろう。
「どれくらい効いてるか確かめるよ。そのままイイ感じでお願い」
発動している〈探知〉、〈明視〉に身体強化の〈御動〉を重ね、バール片手に大広間へと下りて行く。ウサギたちは〈調律〉の効果で体が重く動きも緩慢になり、もはや数を活かした攻撃などできないはずだ。
ふと、群れ全体の気配が揺らぐ。何か変化の兆しか。
俺は近くでうずくまるウサギにバールを振り上げる。ここまで近づいてもウサギは全く反応できないでいる。こっちを見る余力すらないのか。
「……はぁ?」
群れを包んでいた光る靄が拡散し、全ての濡れウサギが消え去る。一体何が起きた。
「おとうさん! 〈調律〉がきれちゃった!」
「……あーっと、大丈夫。心配ないよ。はななもおいで」
大広間の床には魔石が転がっている。ウサギの数だけ。これは〈調律〉だけで衰弱させ倒してしまったということか。凄いぞ。
まさかあの可愛いはななボイスが、実は殲滅系の超音波になってたとか? ガキ大将リサイタルかよ。
ボスらしい個体を警戒してたのに、違いが全く分からなかった。下りてきたはななも呆気ない終わりに驚いている。
「さ、さすがふろろカーボンだよねー」
ナイロン弦からフロロカーボン弦に張り替えてある。理由は魔物に強そうだからとはなな。絶対気のせいだが指摘はすまい。
「オーブがでてるー! 二個もでたー!」
「うん。これってスキルオーブと、マジックオーブだね」
触れて確かめると、スキルオーブ〈聴感〉とマジックオーブ〈重量軽減〉だった。
〈聴感〉は感知系のスキルで聴覚を強化する。おそらく俺たちの〈探知〉スキルの劣化版。
マジックオーブは、誰でも簡単に魔法が使えるドロップアイテムで、魔法の道具のようなものだ。属人的なスキルと違い譲渡も可能。確かこの〈重量軽減〉は、体重が軽くなるのではなく荷物が軽くなるという素敵効果のはず。ドロップ例も多い人気オーブだ。
「本当にはななの〈星運〉スキルのお陰かも知れないね。ウサギの数も多かったけど」
運系のスキルは効果を実感しにくい面がある。スキルを持たない場合との違いがよく分からないのだ。幸運に鈍感になりたくないけれど。
「あっ。〈星運〉忘れてた」
「なんと」
「うぐぅ……」
だとすればこれが通常のドロップ率だろうか。〈星運〉は意外にもパッシブスキルではないので、魔物を倒す前に発動しておかないとダメなのだ。
「はなな、父さんが〈重量軽減〉使っていい?」
集め終えた魔石の重さにうんざり。量が多い。
「いーよー。おとうさん荷物たいへんだもん。キンニクツーつらいよね」
身体強化の〈御動〉も常時発動スキルではないので荷物運びには向いていない。〈重量軽減〉は需要があり換金し易いオーブだが、俺の筋肉痛には代えられない。
「荷物に交ぜておけばよかったはず。……おっ?」
バックパックに放り込むとあら不思議、劇的に背中が軽くなった。もしかして三分の一くらいの重さじゃないか。これは楽チンだ。
軽くなるのはあくまでバックパックだけで、俺の体に変化はない。ポケットに入れると衣服が軽くなる。重い装備などに使う場合も多い。
もちろんダンジョン内だけの効果で外では使えない。うっかり忘れてそのまま出口を通ると、一気に重さが戻って潰されるかも。再利用もできて便利だが、効果が徐々に薄れるとか、負荷を掛け過ぎると消えるとか言われている。そこは自分で確かめるしかない。
「おとうさんスキップでごきげん」
「スキップじゃないよ。足取りが軽いのさ」
いい気分なのは確かだけどね。




