第十二話 これは剣じゃない
ぽつぽつと遭遇するゴブリンやコボルトを仕留めつつ、桜堤ダンジョン第十層に下りる。
ここは第九層と違い人工的かつ直線的な構造だった。レンガのような石のブロックで組み上げた堅牢な迷路だ。床面も緻密な石畳になり、いかにも地下牢という雰囲気がある。なのに自然物とも思える粗さや不規則性も感じる。何とも不思議だ。
そして罠というほどではないが、足を取られそうな段差や、一人ずつでないと抜けられない隘路があったりする。一体誰がこれをデザインしているのだろう。
「この音って」
「うん。生きた鎧だな。この階層に出るはず」
カチャッ、カチャッという足音。そして剣先を引き摺る音。大剣を持つ全身鎧の武者が出たようだ。ただし中身は空っぽ。実に謎な代物だ。
「一体だけだから父さんがやるよ」
「おとうさんカッコいい」
「いや、地味に行くからね」
「カッコわるい」
「いきなり下げんなよ。少し離れてて」
やがて暗闇から大柄な全身鎧のシルエットが現れる。歩みを止めることなく近付いて来る。黒光りするヘルムは古臭いバケツ型だ。中世か。
進路を塞ぐ俺を敵と認めたのか、ガチッと石畳を踏み締める歩き方になる。大剣を正眼に構える。話に聞く通りの、物理攻撃オンリーのリビングアーマーのようだ。
俺は〈御動〉スキルの効果を確かめるため、得物のバールを手放し前傾姿勢を取る。
次の瞬間〈御動〉を発動、一瞬で距離を詰め、リビングアーマーの横腹に体側を密着、剣ごと腕を手繰って体落もどきを決める。腰を支点にした奇麗な投げ技だ。
宙で縦に一回転したリビングアーマーは、重い金属音と共に地面に叩き付けられる。迷わず籠手を踏み付け、緩んだ手から大剣を奪い、距離を取る。
無手になったリビングアーマーは、意外に機敏な動きで起き上がると、大剣を取り戻そうと突進してくる。
愚直な動きの全身鎧。その膝上に斬撃を加える。刃筋も何もない、只の打ちかましだ。ネット動画で見たクリケット競技の掬い上げるスイングみたいに。
本体から外れた右脚が天井まで飛び、リビングアーマーの体が傾ぐ。返す剣を喉元に叩き付けると、弾き飛ばされた兜が後方に転がっていく。
何故か俺の影が石畳にくっきりと伸びている。振り向くと、はなながヘッドガードライトの光量を最大にして、こどもスマホで動画を撮っていた。撮影用の照明だったのか。バッテリーの無駄使いだよ。
「はなな、やめなさい。ちゃんと周囲を警戒する!」
「だいじょうぶ、てぶれホセーもばっちり」
そういうことじゃないのに。
尻餅をついたリビングアーマーの元に、兜が転がり戻る。外れた右脚は一旦消滅してから元の位置に再生される。
おお、凄いファンタジー感。魔物が消えるのは見るけど、パーツとはいえ現れるのは初めて見た。
連撃を浴びせ、兜と右籠手を弾き飛ばす。立ち上がるのを待ってやることもない。さらに左膝も切り飛ばす。
「この戦いはフィクションです。動画に登場する探索者は架空のキャラクターであり、この人物は実在しません」
「おとうさんはジツザイするよー」
鎧パーツを暴力的に外され、剥がされ、バランスを崩して転げ回るが、痛覚が無いのか痛みに悶える様子はない。本当に中身が空っぽで、鎧を全て剥がしたら何も残らないだろう。魔石はどこにあるのかな。
俺は剣を片手持ちし、空いた左手をリビングアーマーの硬い胸に当てる。そして鎧全体へと〈御動〉を延長する。鎧に力を流し込み、その動きを支配するかのように。
するとリビングアーマーの動きが明らかに鈍る。強化ではなく弱化するように仕向けているのだ。
思った通り〈御動〉スキルは、自分だけでなく対象の生物にも作用するようだ。俺とはななが〈御動〉発動中に体が触れると、力が混じり合うというか、影響範囲がぼやけるような奇妙な感覚がある。つまり互いの力が干渉していたわけだ。
相手の動きを遅らせたり、麻痺させたり、逆に強化したりもできそうだ。接触してないとダメだから使いどころは選びそうだが。得物を伝って作用させられればもっと良かったのに。
はななの体で試したくなかったので、手頃なこいつを実験台にした。
さて、もういいかな。
大剣を両手持ちにして一気に畳み掛ける。
「これはあくまで剣のようなものですから、刀剣類ではないのです」
「だれに話してるの?」
「とっさのことで、凶器である可能性には思い至りませんでした。よって所持、使用にはあたらないのではないでしょうか」
「なんでかイイワケしてる」
「そしてこれは、正当防衛以外の何ものでもないのです」
「わたしたちが侵入しておそいかかったよ」
「どうぞその点をご勘案いただければ幸いです」
「おとうさん戦いかたうざい」
「ぐすっ」
八つ当たり気味に大剣をフルスイング。最後に残った胸当て部分を弾き飛ばすと、ようやく力尽きたのか全てのパーツが消え、魔石が落ちて転がった。何処から湧くんだよこの魔石。
「あれ? 剣は消えないのか」
「剣て言っちゃってる」
「いや、剣のようなもの」
「……」
魔石とドロップアイテム以外は残さないのかと。あ、でもゴブリンは棍棒を残すことがあったな。土産屋でも売られていたりする。でもこれはしっかりした造りの大剣だ。
「どうしてかな。父さんが掴んでたからか?」
「ドロップアイテムじゃないの」
「何も浮かばないな。ただの剣のようなもの、だね」
柄を握っても、分厚い刃に触れてみても、何の思念も浮かばない。刃渡りは一メートル近い、無骨で傷だらけの鉄剣。それなりの重量もある。
俺は石畳の隙間を見つけて、そこに刃先をぐいと差し込む。力一杯に。地面に突き立つ剣の出来上がりだ。魔石をバックパックに仕舞い、バールを拾う。
「さて行こうか」
「ようなものはおいてくの?」
「……重い」
手が塞がるし、バールがあれば十分。売値も期待できないだろう。できれば魔石も幾らか置いて行きたいくらいなのだ。やっぱりアイテムボックスが欲しいな。
「うーんと、帰りにまだあったら拾うかも」
「拾わないよね。わすれる気だよね」




