第十一話 ドロップあれこれ
ブクマ、評価、誤字報告も感謝です。
誰も来ない小部屋でトイレを済ませ、入り口に黄色の小石、通称『うんち石』を置く。
これはここで用を足しましたのサインだ。大でなくてもうんち石。ダンジョン入り口の売店で買える。土産品としても何故か人気だ。碁石そっくりだが蛍光色なので光が当たると目立つ。フラワーマーブルとかいう小洒落た名前にする動きもあったそうだけど結局うんちに押し流された。
ダンジョン内で気付かずに大を踏んで転ぶと、危険な上にメンタルが凄まじく削られる。もはや呪いだ。スライムと思って総員で警戒したら小さな水溜りでしたでは泣きたくなる。有機素材が主原料で魔物が忌避する成分も入っているとか。ドロップアイテムがダンジョンに吸収される頃にはうんち石も消えている。開発者は偉いな。これはダンジョンエチケットなのだ。うんち石を買わないヤツはクソ。
「また階段だよー」
「見通しが悪いから足下に気をつけて。下りだと石段が見えにくいからね」
「ほーい」
狭く不規則な石段を下り、やって来た第九層。
ここは曲線の多い構造だ。岩が融けて固まったかのような流線が目立つ。これで石灰岩みたいな色なら誰もが鍾乳洞を連想するだろう。滑らかなシルエットの柱が林立している。
暗緑色の岩肌にラメのように光を反射する鉱物が含まれている。これは未知の金属らしく素材系企業で盛んに研究されている。ダンジョン産のレアメタルとして利用法の特許取得競争が熾烈なのだという。本当にそれだけの素材価値があるのか素人にはさっぱりだが。
地中に浸透したダンジョン領域と、本来の土壌は、不可侵の障壁で隔てられている。地下に向かって枝分かれした袋状の空間の境界がその障壁になり、その空間の内側に様々な鉱物を模した迷宮構造が創られている。
その鉱物はありふれた金属に酷似しているが、ダンジョン外では見られない奇妙な組成をしているそうだ。分子密度が低いにもかかわらず、強度も鉱物としての特性も、類似する既存の鉱物に劣らないという。
この疑似鉱物生成の謎を解明できれば、新たな素材革命が起こると期待されている。
「こんにちはー」
「こんにちは」
片手を挙げ挨拶しつつ近づく
岩窟自体が三叉路になっていてそこに二人の探索者がいた。明るい水色のツナギの制服、ベルトやブーツもお揃いでカメラ付きのヘッドガードを着けている。企業所属か委託された探索者だろう。短い電気槍を装備している。長剣みたいなシルエットだけどあくまで杖扱いなのかな。
「Pです」
「こちらはCです」
個人探索者なのを明かす必要もないけれど話をスムーズにするためだ。常識的な探索者をアピール。ダンジョンでは、いい天気ですねという挨拶は虚しい。常に硬天なのだ。
「右通路の先、9B16で試掘作業中です。行かれるならご注意ご配慮お願い致します」
女性の平坦な声がする。男女の組み合わせだったのか。意訳すると、邪魔すんなよ、離れてろ、というお願いだ。
「了解でーす」
はななが子供と気付いたのか二人とも目を見開くが、何も言ってはこなかった。マジかよな顔をしただけだ。
「大きなグループみたいだ。迂回するよ」
「きれいな石をあつめてるの?」
「たぶんね。いろいろな鉱物を調べるのがお仕事なんだよ」
〈探知〉でも二十人程が大岩窟にいるのが分かる。感知範囲外にはもっといるかも。そちらを避けて反対側の通路に入る。
「正面から五匹来るよ」
「コボルとうさん、だっけ。走ってる」
「コボルトな」
はななも一度遭遇したことのある魔物なら〈探知〉の反応だけで判別できるようになってきた。
コボルトは鼻面の長い犬顔の魔物。二足歩行する獣の姿で後肢が著しく発達している。体格ははななくらい。青黒い毛で全身が覆われていて牙が鋭い。単純な噛み付き攻撃だがゴブリンよりはるかに敏捷だ。
暗闇の中で小さな青色の光点が揺れる。コボルトの目の光だ。ダンジョンの住人だけに暗視能力は当然ある。ライトに頼る探索者だと、かなり接近されてから気付くことになる。俺もはななも〈明視〉スキルのおかげで落ち着いていられるのだ。〈明視〉は暗い場所だけでなく明るすぎる場所でも良好な視界が保てる便利スキルだ。
ダンジョン魔物は敵性生物様存在と呼ばれるだけあって、躊躇いなく侵入者に襲い掛かって来る。ダンジョン初期から繰り返された友好的コミュニケーションの試みは全て失敗している。
「わたしやる」
「大丈夫?」
「うん」
はななが一歩前に出る。腰を落とし右手で手刀を作り、胸の前で水平に倒す。
「わかて、〈隔絶〉!」
はななが手刀を振り切る。ギィン、と神経を震わす音がして、極細の火花の直線が壁面に現れる。通路の左右に、水平に、まさに手刀の高さで。
一瞬で全てのコボルトの首が胴体から離れ、転がりながら光の粒子になって消えていく。倒れた胴体も魔石を残して消える。
〈隔絶〉。はななのスキルだ。任意の面を境界として物体を切り分ける。有効範囲内なら生物も無生物も漏れなく切断できる。鋭過ぎて血飛沫や破片がほとんど散らない。
「この切れ味は怖いよな」
凄まじい鋭利さに鳥肌が立つ。
当のはななは慌てた様子でコボルトのドロップに駆け寄る。
「おとうさん! これ。これー!」
「どうした?」
「オーブでたー!」
「ま、マジで?」
床面の襞になった窪みに、緑色に輝く結晶がある。楕円形でわずかに平べったい。キウイフルーツくらいのサイズ。ダンジョンコアより小さくやや濁りのある結晶だった。
「これがスキルオーブか。実物は初めて、いや、さっき三層でもチームリーダーみたいな人が出してたな。あのコボルトが落としたのか」
「どうしよう。どうしよう」
ドロップアイテムを期待していたのに、いざとなると手に取るのを躊躇っている。まあ慎重なのは良いことだ。
「ダンジョンコアと同じで、触れさえすればスキルが理解できるらしいぞ。えーと……さ。さささわってみて、ごごごらん」
「おとうさんコワいからかまないでよ」
「冗談だ」
俺がスキルオーブを拾い、手に握って念じてみる。
なるほど。これは身体強化系のスキルか。
「わかった? なんだったー?」
「〈俊足〉ってスキルだね。ダンジョンコアみたいに幾つかの候補からの選択はないみたいだ。瞬間的に動きが速くなるスキルだってさ」
なんちゃって縮地みたいなことができるかも。
オーブをわくわく顔のはななに渡す。すぐに目を閉じて念じる。スキル詳細のリーディングだ。
「ふーん。あいての動きもおそく見えるって。だけど使ったあとはじぶんも動けなくなっちゃうみたい」
そうなのか。俺はデメリットまでは読めなかったな。
「も一回貸してみて」
オーブを受け取り再度思念を受け取る。
「……ああ。確かにそうみたいだ。父さんも感じた」
一定時間内だけ速く動けて、それに応じて後で動きが鈍くなると。速度先払いなスキルか。
こちらから読もうとしないでイメージが流れ込むに任せた方がいいようだ。どうやら俺ははななより慌てていたらしい。
「で、どうする? はなな使う?」
「んー、びみょう?」
「結構速くなるみたいだよ」
「誕生日にコアがくれた〈御動〉があるもん。あれのが上だよね」
ダンジョンが誕生日プレゼントを贈るはずもなく、その日に庭先ダンジョンが現れてスキルを得ただけだ。
コアスキル〈御動〉は速度だけでなく身体強度と身体制御も向上する。速く動けるだけでなく、ゆっくりと正確に動くこともできる。これが意外とありがたいのだ。手に持ったメモ帳にペンで直線を引くときも奇麗に書けたりする。きっと起爆装置のコードを焦って切断するときも手が震えたりしないのだろう。そんなインポッシブルな機会があるとは思えないが。
俺のスキルを羨ましがったはななも取得している。しゅっ、びゅんっ、とキレの良い動きができるのだ。
「下位スキルってことかな。〈御動〉なら使った後のペナルティーもないし。さらに速くなるにしても動けなくなるのはちょっとな」
多人数のチームならこのスキル持ちがいれば決定力になるかも知れない。フォローもできるし。けれど二人だけのチームでは隙になってしまう。
〈俊足〉のスキルオーブををどうするかは保留にして、取り合えずバックパックに仕舞う。




