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千年の扉を超えて、一途な騎士団長は離さない〜  作者: しろねこ


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第2話:解けない熱と、密やかな記憶


(……嘘でしょう……?)


石造りの見知らぬ寝室。


汐里は息を呑んだまま、ベッドの傍らに腰掛ける男から目を離せずにいた。


自分を見つめる、夜闇の中でも怪しく輝く澄んだ黄金色の瞳。そこにある熱量と面影で、彼が「あの少年」だと頭では理解できる。……けれど、視界に収まる目の前の姿は、汐里の記憶にある彼とはあまりにも違いすぎていた。


かつて守ってあげなければ折れてしまいそうだった華奢な少年は、どこにもいない。


そこにいるのは、広くがっしりとした肩幅、黒い騎士服の上からでもわかる鍛え上げられた分厚い胸板、そして冷徹なまでの美貌を湛えた、完全に「大人の男」だった。


一歩近づくだけで肌を圧迫するような重厚な威圧感。


男特有の低い熱を孕んだ体温と、甘く濃厚な香木の香りがふわリと鼻腔をくくすぐり、汐里の喉が引きつるように鳴った。


(背も……私よりずっと高くて……手が、すごく大きい……)


自分が見知らぬ異世界に連れてこられた戸惑いと、目の前の男が全身から放つあまりに強い男としてのフェロモン。二つの衝動が混ざり合い、汐里の心臓は胸肋を破らんばかりに暴れ狂っていた。


「……怖がらせて、すまない」


汐里の身体の微かな震えに気づいたのか、セドリックは悲しそうに眉を下げた。


彼はそっと自らの姿勢を低くし、汐里を見上げるようにしてベッド脇に膝をつく。威圧感を消そうと身体を小さくするその真摯な仕草に、ほんの少しだけかつての少年の面影が重なった。


「君の戸惑いは当然だ。家族も、仕事も……慣れ親しんだ世界から、俺の我が儘でいきなり引き剥がしてしまったのだから」


「セドリック……私、本当に異世界に……? どうして……」


震える声で尋ねる汐里に、セドリックは噛み締めるように答えた。


「俺は……14年間、一度として君を忘れられなかった」


「14年……? 私は……私にとっては、つい8年前のことなのに……」


「ああ。君の世界とこちらでは時の流れが違っていたんだ。俺にとっても、あの1ヶ月は……地獄のような人生で唯一の光だった」

セドリックは切なさの混じった笑みを浮かべ、大きな手をそっと伸ばした。


壊れ物を扱うように繊細な手つきで、汐里の指先に触れる。彼の手のひらは分厚く、剣を握り込んできた硬いタコがあり、暴力的なまでに温かい。その熱が皮膚を伝ってじわじわと体内に染み込んでくる。


「本当は……俺がもう一度、君のいる世界へ行くつもりだった。14年間、血眼になって古文書を調べ尽くしたよ。……だが、どれほど方法を探しても駄目だった」


セドリックの黄金色の瞳が、苦悩に陰る。


「君の先祖は1000年前、この世界へ渡ってきた人間だ。だから君の血筋には、この世界の波長を受け入れ、定着できる特別な体質が受け継がれている。……だが、この世界の住人である俺が君の世界へ行けば、『世界の修正力』によって存在を消滅させられる。異世界の人間が、君の世界に留まることは不可能なんだ」


「そんな……だから、私を……?」


「ああ。1000年に一度、満月の夜にだけ重なる時空の波長を使い、君を召喚するしかなかった……。君の人生を奪う罪は、一生をかけて俺が償う。どんな罵りでも受ける。

だから……俺を捨てないでくれ、汐里」


大人の男の逞しい体躯でありながら、子供のように切なく請う声。


その濃厚な愛の重さに、汐里の胸がキュッと締め付けられた。


指先から伝わる彼の熱い体温が、忘れるはずもない『あの夏』の記憶を力ずくで呼び起こす。


汐里にとっての8年前——14歳の夏。


暴風雨の夜、傷だらけで倒れていた少年セドリック。


親に見つかったら警察や病院へ連れて行かれ、離れ離れになってしまう。幼い汐里は必死の思いで、母屋から離れた古い敷地の奥にある「薬草乾燥室の倉庫」へ彼を隠したのだ。


両親に気づかれないよう、毎日自分の夕食を少しずつ残して運び、傷の手当てをした。


最初は野生の獣のように警戒し、手首を痛いほど掴んで鋭い眼光で睨みつけてきた彼。


けれど、汐里が母屋の台所でこっそり作り、温かいままスープジャーに入れて運んだコンソメスープを差し出したとき——。


『……熱いから、気をつけてね』


フーフーと息を吹きかけて匙を差し出すと、彼は疑わしそうに一口含み……その黄金色の瞳を信じられないものを見るように見開いたのだ。


旨味が染み渡り、緊張の糸が切れたように彼の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。


それからというもの、彼は汐里にしか心を開かなくなった。


暗い倉庫の中で、肩を寄せ合って過ごした秘密の1ヶ月。


汐里が学校から帰って倉庫の鍵を開けると、彼は安堵したように目を輝かせて駆け寄ってきた。汐里が勉強している隣で、珍しそうに教科書を覗き込んでいたセドリック。


『しおり……なにを、している?』


『お勉強だよ。将来、薬を作る研究員になりたくて』


『……せい……やく……?』


聞き慣れない言葉に首を傾げる姿が可愛くて、汐里は笑った。


『そう。製薬。病気で苦しむ人を治す、魔法みたいな薬を作る仕事!』


『……すごいな。しおりの夢は、とてもあたたかい』


そう言って照れくさそうに笑った少年の顔。


そして……「世界の修正力」によって彼が空間へと溶けるように消えてしまった、あの地獄のようなお別れの日。


『泣くな、汐里……! 俺は必ず、お前を見つける……っ!』


(あの少年が……本当に、14年もの時間をかけて……)


回想から戻った汐里の前にいるのは、もう守ってあげるべき少年ではない。自分を軽々と抱き上げられるほど逞しくなった、一人の成熟した男だ。


自分をさらってきた男を責めるべきなのに、14年という絶望的な歳月を自分一人への愛だけで生き抜いてきた彼の思いの重さに、胸が潰れそうになる。


「汐里……」


セドリックは、固まる汐里の頬へとゆっくり手を滑らせた。


親指が汐里の唇の端を優しく撫でる。息が触れ合うほどの至近距離。彼の胸筋の厚みが、汐里の肌に直に伝わっていた。


「君の夢を奪った俺を、許さなくていい。……だが、君を二度と手放すつもりもない」


彼の低く掠れた声が、鼓膜を甘く痺れさせる。


大人の包容力と、決して逃がさないという強い独占欲。その狭間で、汐里の心臓は激しく不協和音を奏でていたのだった。


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