第11話:密室の甘い誓いと、解けない熱
暖炉の薪がパチパチと音を立てて爆ぜ、小さく赤い爆ぜ薪の光が二人を優しく照らしていた。
セドリックの力強い腕に抱かれながら、汐里は暖炉の炎をじっと見つめていた。
セドリックの体温はあたたかく、彼の胸に顔をうずめているだけで世界で一番安全な場所にいるような心地がする。けれど——汐里の胸の奥には、ふつふつと小さな焦りと申し訳なさが広がっていた。
(相手は王宮の公爵……。セドリックは私を守るために、自分の屋敷も、騎士団長としての立場も全部捨ててお尋ね者になってくれた……)
自分を庇うために全てを敵に回したセドリック。彼の犠牲の大きさに胸が潰れそうになり、汐里はどこか遠くを見つめて黙り込んでしまっていた。
そんな汐里の小さな変化を、セドリックが見逃すはずもなかった。
彼の分厚い手が、不安そうに強ばる汐里の髪を優しく撫で上げる。
「汐里……? どうした、急に静かになって。どこか痛むのか?」
「あ……ううん、どこも痛くないわ」
自分を気遣う彼のどこまでも甘く優しい声音に、汐里はキュッと胸を締め付けられた。そっとセドリックの胸元から顔を上げ、彼の黄金色の瞳をまっすぐに見つめる。
「……セドリック。私ね、あなたの足手まとしになりたくないの。あなたに守られるだけの存在じゃなくて……あなたの妻として、ちゃんと隣に立ちたい」
「何を言う……。君は足手まといなどではない」
セドリックの分厚い指先が、汐里の顎を優しく掬い上げた。
見つめ合う距離は、互いの吐息が触れ合うほどに密接だった。黄金色の瞳には、愛おしさに揺れる汐里の顔だけが映っている。
「君がその聡明な頭脳で毒の正体を突き止め、命がけでこの証拠を持ち出してくれた。君がいなければ、俺は奴らの陰謀に気づくことすらできず、王都の民を見殺しにするところだったんだ」
「セドリック……」
「感謝しているのは俺のほうだ、汐里」
セドリックは愛おしさを抑えきれないように顔を寄せ、汐里の柔らかい唇をゆっくりと食んだ。
「ん……っ……」
チュッ、と甘い音を立てて何度も重ねられるキス。
昨夜の甘い熱が蘇り、汐里の背筋に痺れるような快感が駆け抜ける。
深く、熱く、舌を絡ませる濃密なキスの合間に、セドリックの掠れた低い声が耳元へ落ちた。
「こんな状況だというのに……君を抱きしめていると、理性が壊れそうになる」
「あ……っ……」
セドリックの大きな手が汐里の細い腰を滑り、着ている服の隙間から直接、すべらかな背中の肌へと潜り込んできた。熱い掌が肌を撫で上げるたび、汐里の身体がびくっと甘く跳ねる。
「追っ手の恐怖など忘れるくらい……俺で満たしてやりたい」
「セドリック……私も……あなたを感じていたいの……っ」
恥ずかしさを捨てて自分から胸元にしがみつき、爪を立てるように彼の背中を抱きしめる汐里。その健気な姿に、セドリックの黄金色の瞳が狂おしい歓喜で濡れた。
セドリックは汐里の華奢な身体を軽々と抱き上げると、暖炉の前にある大きなソファの上へ押し倒した。
「汐里……俺の愛しい妻……」
重厚な騎士服を脱ぎ捨てたセドリックの、鍛え上げられた男らしい肉体が上から覆いかぶさる。大人の男の暴力的な体温と、甘い香木の香りが汐里の部屋全体を支配した。
薄い衣類が手際よく解かれ、肌と肌が直に触れ合う。
セドリックの熱い唇が、汐里の唇から、赤く染まった頬、耳たぶ、そして鎖骨へと深く痕を残すように降ろされていく。
「あ……んっ、セドリック……っ」
「ここも……ここも、全部俺のものだ。誰にも指一本触れさせない……」
「っ……あ……!」
指先が繊細な肌を辿り、秘めた熱を愛おしむように解きほぐしていく。
追われる身であるという緊張感が、逆に二人の感覚を異常なほど研ぎ澄ませていた。
セドリックが深く身体を重ねてくるたび、汐里は甘い悲鳴をあげて彼の首元へしがみつき、彼の名前を何度も熱っぽく呼んだ。
「セドリック……っ、セドリック……大好き……っ」
「ああ……汐里……! 君を愛している……死ぬまで、離さない……っ!」
トクトクと波打つ互いの激しい鼓動が一つに溶け合い、汗ばんだ指と指が強く深く絡み合う。
外の冷たい闇を忘れるほどに、二人は密やかな隠れ家の中で、互いの存在と愛を刻み込むようにどこまでも深く、濃厚に抱き合い続けたのだった。
◇
やがて呼吸を整え、熱い余韻を残しながら、二人は暖炉の前で今後の反撃に向けた作戦を練り始めた。
少し赤みの残る肌を服で包み、汐里はプロの研究員としての表情を取り戻すと、卓上の書類をペンで整理していく。
「……セドリック、ガルディス公爵を追い詰めるには、ただの『証拠』だけじゃ足りないわ。相手は王位継承権すら持つ巨大な権力者……ただの毒殺事件として揉み消される可能性がある」
「ああ、その通りだ。公爵の権力を使えば、裁判など開かれずに俺たちが処刑されて終わりだろう」
「だからこそ、『科学的な公開証明』が必要なの」
汐里の言葉に、セドリックは愛おしそうに彼女の腰を抱き寄せたまま、興味深そうに眉をひそめた。
「公開証明……?」
「ええ。ガルスの作った『魔力回復薬』を飲むと、なぜ一時的に元気になるのか……そして、なぜその後で重い後遺症が出るのか。その化学的なカラクリを、王都のすべての民と他の貴族たちの前で実験して見せるのよ!」
汐里は目を輝かせて続けた。
「水銀と鉛が身体を破壊するメカニズムを可視化して、被害者たちの症状と完璧に合致させれば、どんな権力者だって『捏造だ』とは言えなくなるわ。民衆の怒りと他の貴族たちの疑念が爆発すれば、ガルディス公爵も無視できなくなるはず!」
汐里の斬新で大胆な発想に、セドリックは一瞬目を見開いた後、誇らしげに低く笑った。
「くっ……ふはは! やはり君は最高の妻だ、汐里! 権力には『民衆の目』と『動かぬ真実』を突きつける……完璧な反撃計画だ」
その時、隠れ家の勝手口の扉が「トン、ト・トン、トン」と規則的なリズムで叩かれた。
黒狼騎士団の秘密の合図だ。
セドリックが汐里を背後に庇いながら静かに扉を開けると、黒い旅装束に身を包んだ副団長ライナーが滑り込んできた。
「団長! 無事でしたか!」
「ライナーか。王都の状況はどうなっている?」
ライナーは険しい表情で、息を整えながら報告を始めた。
「状況は悪化しております……! ガルディス公爵の手回しにより、王都全域に『黒狼騎士団長セドリックと、異世界の毒殺魔の捜索願』が出されました。さらに……公爵は自らの私設軍隊を動かし、救護院の患者たちを『隔離』と称して監禁し始めております!」
「な……っ! 救護院の人たちを!? 何のためにそんなことを……!」
汐里がショックで立ち上がると、ライナーは苦々しく吐き捨てた。
「汐里様の経口補水液で回復した患者たちは、ガルスの毒の生き証人です。公爵は……彼らの口を封じるつもりです!」
「奴め……どこまで卑劣なまねを……!」
セドリックの黄金色の瞳に、激しい怒りの炎が燃え上がった。




