第12話:闇夜の救護院と、奪還作戦
「救護院の人たちを監禁……っ!? 経口補水液でやっと命を取り留めた患者さんたちになんてことを……!」
ライナーの報告を聞き、汐里は怒りで握りしめた拳を震わせた。
ガルディス公爵は、自分たちの不正や悪行の証拠を消すためなら、罪のない庶民の命などゴミのように切り捨てるつもりなのだ。
「団長、救護院の周囲には公爵の私兵が二十名以上配置されております。『感染症の拡大を防ぐため』という名目で出入りを完全に封鎖し、今夜半にも施設ごと火を放ち、全員の口を封じる腹積もりかと……!」
ライナーの悲痛な声に、セドリックの黄金色の瞳が冷徹な怒りで細められた。
「……愚かな。罪なき民の命を軽んじ、己の保身のために焼くなど……断じて許さん」
セドリックは静かに立ち上がると、壁に立てかけてあった漆黒の大剣をその手にとった。昨夜から今朝にかけて汐里と深く愛し合い、彼女の温もりに満たされた彼の身体からは、団長としての圧倒的な覇気と殺気が溢れ出している。
「ライナー、潜伏中の団員に合図を送れ。今夜、救護院の監禁を解除し、生き証人たる患者たちを全員救出する」
「はっ! 直ちに!」
「待って、セドリック! 私も行くわ!」
汐里はセドリックの腕にしがみつき、まっすぐに見つめた。
「患者さんたちの中には、まだ体調が戻りきっていない人もいるはずよ。救出の時の症状の確認や、パニックになった人たちを落ち着かせるのは医療の知識がある私にしかできないわ。……お願い、連れて行って!」
「汐里……」
セドリックは一瞬、危険な戦場へ汐里を連れて行くことに躊躇の表情を見せた。けれど、彼女の瞳に宿る強い意志と、自分を信頼しきった眼差しを見て、愛おしそうに目元を和らげた。
「……分かった。だが、俺の側を片時も離れるな。君の身に万が一のことがあれば、俺は世界すべてを敵に回して暴れてしまう」
セドリックは汐里の腰を引き寄せると、熱い情熱を込めて深いキスを降らせた。
「ん……っ……」
短くも濃厚なキスの余韻に汐里が吐息を漏らすと、セドリックは自らの漆黒のマントを彼女の肩へ抱え直させた。
「行くぞ。奴らに本物の『騎士の裁き』を見せてやる」
◇
深夜。雨がしとしとと降りしきる王都の東地区。
普段は静まり返る救護院の周囲は、不気味な暗闇と私兵たちの足音に包まれていた。
松明を持った公爵の私兵たちが、建物の周りに木柴を積み上げている。
「急げ! 子爵様からの命だ。夜明け前に火を放ち、中の奴らごと焼き払うぞ!」
「へっへ、病死ってことにしときゃ誰も怪しまねぇよ」
下種な笑いを浮かべる私兵たちの背後の暗闇から、冷気を含んだ声が響いた。
「——誰を焼き払うだと?」
「なっ……何奴!?」
振り向いた私兵の視界を、閃光のような剣筋が切り裂いた。
ドカァン!!
「ぎゃあああっ!?」
セドリックの一振りが放った凄まじい衝撃波により、木柴を積んでいた私兵たちが吹き飛ぶ。闇の中から現れたのは、漆黒の甲冑を纏い、黄金の瞳を怪しく光らせる「黒狼騎士団長」その人だった。
「セ、セドリック……!? なぜお尋ね者がここに……ひぃっ!」
「命が惜しくば失せろ。民を害する刃に、容赦はせん」
セドリックの大剣が闇を裂き、襲いかかる私兵たちを次々と叩きのめしていく。背後からはライナー率いる黒狼騎士団のエリートたちが雪崩れ込み、混乱する私兵たちを瞬く間に制圧していった。
「汐里、今だ!」
「ええ!」
セドリックが切り開いた道を抜け、汐里は救護院の固く閉ざされた扉を押し開けた。
「皆さん! 無事ですか!?」
建物の中では、怯えた患者たちが身を寄せ合っていた。衰弱したおばあさんや幼い子どもたちが、汐里の姿を見て涙を流す。
「汐里様……! 救いに来てくださったのですか……!」
「大丈夫よ、もう安心してください! 私たちがついています!」
汐里はすぐさま患者たちの脈を取り、体調を確認していく。
「セドリック! 患者さんたちはみんな無事よ! でも、外は雨だし、この大人数を隠れ家まで移動させるのは……」
「問題ない」
セドリックは汐里の元へ駆け寄ると、彼女の肩を抱き寄せ、頼もしく微笑んだ。
「王都の『裏社会』と繋がる地下水道の隠しルートをライナーに確保させてある。患者たちはそこを通って、騎士団の安全な別邸へ避難させる」
そして、セドリックは公爵の私兵から奪い取った「救護院放火の指示書」を高く掲げた。
「これでまた一つ、ガルディス公爵の決定的な証拠が手に入った。……汐里、準備は整ったぞ」
「ええ……!」
汐里は胸の前で拳を強く握りしめた。
「明日の朝、王都の大広場で……『ガルスの毒』と『公爵の陰謀』を暴く公開実験を行いましょう!」
二人の強い絆と怒りが、巨大な悪を追い詰める決戦の火蓋を切ったのだった。




