深層
金級へ昇格した三日後。
俺とアークは、深層へ向かうための準備を整えた。
剣。予備の短剣。解毒薬。止血薬。麻痺毒。魔力回復薬。保存食。水袋。縄。小型の天幕。魔物除けの薬。研究用の紙と筆記具。古代の地図。ギルドから借りた深層周辺の記録。そして金色の狩人証。
出発前に狩人ギルドで進入経路を申請する。
受付の女性は書類へ目を通し。
最後に俺の顔を見た。
「帰還予定は十日後ですね」
「はい」
「予定を過ぎても、救助は出ません」
「聞いています」
「深層では、金級狩人も簡単に死にます」
「それも聞きました」
女性は書類へ印を押す。
「それでも行くんですね」
「はい」
『わいは止めましたで』
アークが足元から念話を送る。
「一緒に来てるけど」
『主一人で行かせたら、もっと危ないですやん』
受付の女性には聞こえていない。
だが。
アークが不満そうにこちらを見上げていることには気付いたらしい。
僅かに表情を緩めた。
「よい相棒ですね」
「はい」
『分かっとる人ですな』
ギルドを出る。
朝のダリスティは、既に多くの人で賑わっていた。
商人が店を開き、荷馬車が石畳を進み、兵士が城壁の上を巡回している。
やがて、前方へ巨大な森が見えてくる。
空を覆う樹木。幾重にも絡み合った枝。昼間でも薄暗い内部。木々の間を漂う黒い霧。
そして今俺たちは金級狩人としてその深層へ向かおうとしていた。
『帰ってきましたな』
アークが鼻を高く上げ、森の匂いを吸い込む。
「懐かしい?」
『肉の匂いがします』
「そればっかりだね」
『森で肉の匂いがするんは重要です』
「今回は食べられないように気をつけて」
『金級なったんですから、多少は安全になったんちゃいます?』
「金級は安全の証明じゃないらしいよ」
『何のために熊と戦ったんです?』
「深層へ入る資格を得るため」
『ほな、今からでも返してきません?』
「行くよ」
『やっぱり、金級ならんほうがよかったですわ』
アークのぼやきを聞きながら。
俺は黒い霧の漂う森へ足を踏み入れた。
森の奥へ進むにつれ。
見覚えのある景色は少なくなっていった。
木々はさらに太くなる。
何人もの大人が腕を広げても、幹を囲めないほどの巨木。
根は地面から大きく盛り上がり、壁のように進路を塞いでいる。
地面は湿り、歩くたびに靴が柔らかな土へ沈む。
見たことのない植物も増えた。人の頭ほどもある赤い花。近付くと花弁を閉じ、地面の下へ潜ろうとする。触れれば一瞬で葉を閉じる蔦。暗闇の中で青白く光る苔。幹から透明な液体を流す木。薄い羽根を持ち、植物なのか虫なのか分からない生物。
魔力感知を広げれば草木の一つ一つから、強い魔力を感じる。地面、根、霧、空気。森全体が魔力を帯びている。
それは学院の訓練場や、町の外では感じたことのない濃さだった。
まるで森そのものが巨大な生き物として呼吸しているように感じられる。
『主』
先を歩いていたアークが足を止めた。
尻尾が下がる。耳が前を向く。
『何かおる』
まだ姿は見えない。
巨大な何かが歩くたび地面から振動が伝わってくる。
ドスン。
少し間を置いて。
ドスン。
木の幹が軋む。
枝に止まっていた鳥たちが、一斉に飛び立った。
羽音が森の上へ消えていく。
『でかいです』
「隠れよう」
声を落とし。
俺とアークは、地面から盛り上がった太い根の陰へ身を潜めた。
身体を低くする。呼吸を抑える。気配遮断の魔法を自分とアークへ薄く広げた。完全に姿を消せるわけではない。だが、魔力と気配を弱めることはできる。
ドスン。
ドスン。
振動が近付く。
地面に落ちていた小石が、僅かに跳ねる。
やがて木々の向こうから巨大な影が現れた。
最初に見えたのは、太い脚だった。
灰色の皮膚。木の幹のような脛。その上に、大きな胴体が続く。身長は五メートルを超えていた。肩幅だけで、人間二人分以上ある。丸太のような腕。腰には、巨大な獣の皮を荒く巻き付けている。右手に持っているのは、削った大木をそのまま棍棒にしたものだった。
そして額の中央人の頭ほどもある巨大な目が一つだけ存在していた。
「サイクロプス……」
俺は息を潜めたまま呟いた。
古い魔物図鑑にも記載されていた、一つ目の巨人。
圧倒的な怪力に分厚い皮膚そして高い耐久力。知能はそれほど高くないが獲物を見つければ、どこまでも追い続ける。その一つ目が、周囲を見回していた。
視線が動くたびまるで強い光を当てられているような圧力を感じる。
『主』
アークの念話が震えていた。
『こいつ、腹減ったしか考えてません』
「俺たちに気付いてる?」
『まだです』
サイクロプスの左肩には、大きな鹿が二頭担がれていた。
首が折れ身体から血が垂れている。どうやら狩りを終え、巣へ戻る途中らしい。
今は満腹ではない。だが既に獲物を得ている。わざわざ俺たちを探す理由はない。
やり過ごすべきだ。
深層の調査が目的であって魔物を片端から倒すことが目的ではない。俺はアークへ動くなと目で合図した。
サイクロプスが前を通り過ぎる。
足音。体臭。獣の血の匂い。
もう少し。
あと数歩で離れる。そう判断した瞬間だった。
俺の足元の湿った土の下に隠れていた細い枝が体重を移したことでぱきりと小さな音を立てて折れた。ほんの僅かな音だがサイクロプスの一つ目が、瞬時にこちらへ向いた。
濁った黒い瞳孔。その中に、根の陰へ隠れる俺とアークの姿が映った。
『見つかった!』
「走れ!」
俺たちは左右へ飛び出した。
直後空気が唸る。
巨大な棍棒が振り下ろされた。
轟音。
先ほどまで隠れていた木の根が、粉々に砕ける。
土。木片。石。それらが爆発したように吹き飛んだ。
一瞬遅れていたら身体ごと地面へ叩き潰されていた。
サイクロプスが咆哮する。耳を塞ぎたくなるほどの音。空気が震え、胸の奥まで振動が響く。
担いでいた鹿を地面へ放り投げ。
棍棒を両手で構えた。
『主! こいつ、わいらも持って帰る気です!』
「持ち帰られる前に逃げる!」
身体強化を全身へ巡らせる。脚。腰。背中。腕。魔力によって筋肉が強化される。
俺は地面を蹴った。
サイクロプスの正面から外れるよう。
円を描いて側面へ回り込む。
一つ目である以上正面方向への視野は広いかもしれない。だが左右の目で位置を測ることはできない。奥行きを正確に捉える能力は低いはずだ。試す価値はある。
俺は地面に転がる石を、念動力で一斉に持ち上げた。十。二十。大小さまざまな石。それらをサイクロプスの顔面へ飛ばす。
石が空気を裂く。
サイクロプスは反射的に片腕を上げた。
一つしかない目を守る。その隙に距離を詰める。
剣を抜き狙うは脚。分厚い筋肉が盛り上がった膝裏。関節なら他の場所よりは弱いはずだ。
「はっ!」
剣を振るう。
刃が灰色の皮膚へ食い込んだ。
硬い。
まるで古い革を何枚も重ねた上から、木を切っているような感触。
身体強化と念動力を重ねても剣は筋肉へ食い込んだだけだった。骨までは届かない。
「浅い!」
サイクロプスが片脚を振り上げた。
蹴り。
俺は身体を低くして避ける。足そのものには触れていないが通り過ぎた風圧だけで、身体が横へ押された。
一撃でも受ければ骨が折れるでは済まない。
『主、右!』
アークの声。
横を見ると大木そのものの巨大な棍棒が、こちらへ迫っている。
避ける時間がない。
俺は両手を棍棒へ向けた。念動力を全力で叩きつける。
棍棒が俺の身体から数十センチ上へずれる。
俺は地面へ伏せた。
頭上を大木が通り過ぎる。
風圧で髪と外套が激しく揺れる。
背後の何本もの木が、まとめて薙ぎ倒された。
幹が折れる音。枝が砕ける音。地面が揺れる。
「力では勝てない」
俺は転がりながら起き上がる。
サイクロプスは棍棒を振り切った姿勢。
次の攻撃へ移るまで僅かな隙がある。
正面から首を切断するのは難しい。
皮膚も筋肉も厚い。胸へ剣を突き刺しても心臓へ届く前に叩き潰される。ならば弱点を狙う。弱点は一つしかない。
俺は再び石を浮かせた。今度は顔面だけではない。頭。胸。肩。広い範囲へばらばらに飛ばす。
サイクロプスは石を避けようともせずただ一つ目を守るため、腕を上げた。
予定どおり。
「アーク!」
『目ぇ潰したります!』
アークが地面を蹴る。
サイクロプスの正面へ回り込み風魔法を放った。
鋭い突風に乾いた土、落ち葉、細かな木片それらが一斉に巻き上がる。
サイクロプスの一つしかない目へ直撃した。
『グオオオオオオッ!』
巨人が悲鳴を上げる。
目へ両手を当て棍棒が地面へ落ちた。
轟音。土が揺れる。
「今だ!」
俺は倒れた木の幹へ飛び乗った。
身体強化。一歩。二歩。木の上を走り高く跳ぶ。
一瞬サイクロプスの肩より上へ出た。目の横に巨大な顔が間近にある。
臭い。汗。血。腐った肉。鼻を突く体臭。
だが、気にしている余裕はない。
俺はサイクロプスの肩へ着地した。サイクロプスが俺を振り落とそうと、身体を捻る。
俺は剣を両手で握った。身体強化を腕へ集中し念動力を刃の背へ重ねる。
狙うのは眼球の奥の脳。
「これで終わりだ!」
剣を突き出した。
ぐしゃり。柔らかな抵抗。刃が眼球を貫きさらに奥へ。薄い骨を割り頭部の内部へ沈む。
サイクロプスが絶叫した。音というより空気そのものを叩きつけられたような衝撃。
肩の上にいる俺の身体が揺れる。
巨大な手がこちらへ伸びてくる。掴まれれば終わりだ。
俺は剣を引き抜いた。
サイクロプスの肩を蹴り地面へ飛び降りる。すぐに立ち上がり、距離を取る。
背後でサイクロプスがふらついた。
両手が空を掴む。
一つ目から大量の血が流れ、足元がおぼつかない。そして巨体が仰向けに倒れた。
地面が大きく揺れ、周囲の枝から、葉が一斉に落ちた。
サイクロプスの手足が数度痙攣する。やがて動かなくなった。
『死にました?』
アークが慎重に近付く。
身体を低くし。
すぐ逃げられる距離を保っている。
「たぶん」
『たぶんは嫌です』
「目の奥まで刺したよ」
『深層の魔物ですやん』
「それを言われると否定できないな」
俺は近付かなかった。
血に濡れた剣を念動力で浮かせる。
倒れたサイクロプスの上へ運び。
もう一度。
潰れた目の奥へ突き刺した。
剣を左右へ動かす。
反応はない。
「死んでる」
『最初からそれやったらよかったですやん』
「動いてる相手の目に、遠くから簡単に剣を入れられると思う?」
『主ならできそうです』
「無理だよ」
『やる前から諦めたらあきません』
「アークは時々、俺のことを何だと思ってるの?」
『首ちょんぱする人』
「まだ今回は首を切ってない」
『目ぇ刺した人に訂正しときます』
サイクロプスの胸から、強い魔力を感じる。
拳より大きな魔石。濃い茶色の強い土属性の魔力。
俺は死体へ直接触れず念動力で解体用の短剣を浮かせた。
『またそれで取るんです?』
「巨体の下敷きになりたくないからね」
もし完全に死んでいなかったとしても距離を取っていれば逃げられる。それに魔物の血や体液へ触れずに済む。短剣を胸へ当て皮膚を切り開く。硬い。戦闘中の剣と同じく刃が簡単には通らない。俺は念動力を強め短剣へ圧力を加える。少しずつ皮膚を裂く。筋肉を開き魔力感知で位置を探る。やがて濃い茶色の魔石が露出した。拳よりも大きい。表面は歪で内部には、土が渦を巻いているような模様が見える。念動力で周囲の筋肉を切り離すし魔石だけを持ち上げる。あらかじめ用意した水へ沈め念動力で回転させ、汚れを落とす。布も宙へ浮かせ直接触れないまま拭き取った。さらに皮、腱、牙どれも高価な素材になる。だが深層で荷物を増やしすぎるのは危険だ。大型の魔物を倒すたび、すべてを持ち帰っていては動けなくなる。俺は状態の良い牙を一本。強靱な腱を一部。皮を小さく切り取った。
「最小限だけ持っていこう」
『肉は?』
「サイクロプスの?」
『鹿のほうです』
アークは、サイクロプスが落とした鹿を見ていた。
「それなら少し持っていけるかな」
『さすが主です』
「その時だけ褒めるよね」
その日の午後。
森の上空から、大きな鳴き声が響いた。
甲高い鳥の声。
それでいて。
獅子の唸り声にも似た、低い響きが混じっている。
俺は反射的に空を見上げた。
幾重にも重なる枝葉。
その隙間。
僅かに見える青空を、巨大な影が横切った。
「グリフォン!」
鷲の頭部に獅子の胴体。背中から伸びる巨大な翼に太い脚。その先には、獲物の肉を容易に引き裂きそうな鋭い鉤爪が生えている。
学院の魔物図鑑で何度も見た姿だが絵と実物では、迫力がまるで違う。
グリフォンは森の上空を大きく旋回していた。
翼を広げるたび木々の上の葉が風で揺れる。
上空から俺とアークを正確に捉えている。
『見られてますな』
アークが空を見上げながら呟く。
「獲物だと思われてる」
『犬は美味しくないで!』
「向こうに言って」
『聞こえてへんやないですか!』
「グリフォンは?」
『食う、殺す、持って帰るしか考えとりません』
「十分伝わった」
グリフォンの翼が大きく広がる。
一度。
二度。
ゆっくり羽ばたいた。
次の瞬間翼を一気に畳み巨体が空から落ち始めた。
急降下。
最初は小さな影だったものが一瞬ごとに大きくなる。
風を切り裂く音。低い唸り。空気の振動。凄まじい勢いで近付いてくる。
「木の下へ!」
俺とアークは左右へ跳んだ。
太い木の幹の枝の張り出した場所へ駆け込む。
直後グリフォンの鉤爪が、つい先ほどまで俺が立っていた地面へ突き刺さった。
轟音。
土と石が爆発するように弾ける。細い根が引きちぎられ大きな穴が開いた。深く抉られた地面には四本の鉤爪の跡が、はっきりと残っている。
まともに食らえば身体強化を使っていても無事では済まない。
グリフォンは攻撃を外したと判断するとそのまま前脚で地面を蹴った。
翼を広げる。空へ戻るつもりだ。
「逃がすか!」
俺は右手を突き出した。
念動力をグリフォンの後脚へ集中させる。
グリフォンの身体が僅かに沈んだ。後脚が不自然に下へ引かれる。だが完全には止まらない。
翼が空気を叩く。一度羽ばたくたび凄まじい力で、俺の身体が前へ引かれる。
「くっ……!」
歯を食いしばる。脚へ身体強化。腰を落とし両足で踏ん張る。
だが空を飛ぶための力。その翼力は、俺の念動力を上回っていた。
少しずつ身体が引きずられていく。このままでは俺まで空へ持ち上げられる。
念動力を解除すべきか、そう考えた瞬間。
『主!』
アークが吠えた。
横殴りの突風がグリフォンの片翼へ叩きつけられた。
羽根が大きく乱れ、左右の翼が生み出していた力の均衡が崩れる。グリフォンの巨体が空中で傾いた。片翼だけが押し戻され身体が横へ流れる。その先の太い枝にグリフォンが激突した。
ばきばきっ。
枝が何本も折れ、大量の羽根が舞う。
グリフォンは体勢を立て直せず折れた枝を巻き込みながら地面へ落下した。
重い衝突音に土煙が立ち上がる。
俺は念動力を解除した。
すぐに駆け出す。
「今だ!」
翼を傷付けた。今なら空へ逃げられない。空中から急降下を繰り返されればこちらに勝ち目は薄い。地上にいる間に仕留める。
だがグリフォンも、ただの大きな鳥ではなかった。地面へ落ちた直後獅子の後脚で土を蹴り巨体を跳ね起こす。
倒れていると思い距離を詰めた俺へ巨大な嘴が突き出された。
速い。
俺は剣を抜いた。
身体を斜めへずらし嘴を横へ受け流す。
ぎいんっ。
甲高い音。金属同士を叩きつけたような衝撃。
剣を握る腕が痺れた。
「硬い……!」
グリフォンの嘴。表面は、普通の鋼より硬い。受け流しただけなのに剣の刃には、小さな欠けが生じていた。
続けてグリフォンが右前脚を振るう。
俺は身体強化を腕と腰へ集中した。
剣を盾のように構える。避けきれない。鉤爪と剣が激突した。
凄まじい衝撃。
腕だけでは受け止められず身体ごと後方へ吹き飛ばされた。
一メートル。
二メートル。
背中から木の幹へ叩きつけられる。
肺の中の空気が、一気に押し出された。
「ぐっ……!」
息ができず視界が揺れる。背骨の周囲へ鈍い痛みが走った。
『主!』
アークが駆け寄ろうとする。
「大丈夫!」
俺は片手を上げアークを止めた。
大丈夫ではない。背中が痛い。腕も痺れている。だが動ける。
グリフォンが翼を広げる。
片翼は、枝へ衝突したせいで羽根が乱れ付け根から血が滲んでいる。
それでも完全に飛べなくなったわけではない。何度か羽ばたき地面から身体を浮かせようとしている。一度空へ戻られれば同じ方法で地上へ落とせる保証はない。
「ここで仕留める」
俺は木の幹へ手をつきゆっくりと立ち上がった。
グリフォンが警戒するように嘴を開く。喉の奥から鳥とも獣ともつかない低い唸り声が漏れる。
翼を広げ、地面を蹴ろうとする。
その瞬間俺はグリフォンの首へ意識を集中させた。
「止まれ!」
上から押さえ付ける。
首を曲げる。
グリフォンの頭部が途中で不自然に止まった。
『ギャアアアアッ!』
鋭い叫び声。
グリフォンが首を振る。念動力を振りほどこうとする。
俺の頭がずきりと強い痛みが走った。
完全に固定することはできず首は少しずつ動いている。
だが一瞬でいい。
「アーク!」
『はい!』
アークが風を放つ。
正面から。
グリフォンの顔へ叩きつける。
砂、葉、羽根。それらを巻き込んだ突風によりグリフォンが反射的に目を閉じる。
今だ。
俺は地面を蹴った。
身体強化を全身へ巡らせる。
一歩。
二歩。
瞬く間に距離を詰める。
剣を両手で握る。
念動力の一部を。
グリフォンの首を押さえる力から。
剣へ移す。
刃を加速させる。
身体強化。剣術。念動力。今の俺が使えるすべてを一撃へ重ねる。
「はあっ!」
剣を横薙ぎに振り抜いた。
一瞬硬い抵抗があった。
だが止まらない。念動力で押し身体強化した腕で振り切る。
グリフォンの首が宙を舞った。
黄金色の瞳が見開かれたまま頭部が地面へ落ちる。
遅れて首を失った胴体から大量の血が噴き出した。
首を失った巨体が本能だけで数歩進む。
俺はすぐに後方へ跳んだ。
グリフォンの身体がふらつく。
一歩。
二歩。
脚から力が抜ける。巨体が地面へ崩れ落ちた。
俺は剣を構えたまましばらく動かなかった。
首は完全に切断されている。胴体は倒れている。
俺は剣に付いた血を振り払い、布を念動力で浮かせ血を拭き取った。
倒れたグリフォンは改めて見ると巨大だった。
翼を広げれば端から端まで十メートル近くある。
硬い嘴。分厚い鉤爪。風を受ける長い羽根。どれも優れた素材になる。
胸の奥にある強い魔力の反応。
風属性と土属性の二つが混じり合っている。
空を飛ぶ翼と地上を駆ける獅子の脚。グリフォンが持つ二つの性質が一つの魔石へ宿っているようだった。
「これは使えそうだ」
『食べられます?』
「素材の話」
『肉も素材ですやん』
「たぶん硬いよ」
『煮込んだらいけます』
「食べる気なんだ」
『せっかく倒したんです。命に感謝して食べなあきません』
「さっきまで、自分が食べられるのを嫌がってたのに」
『それとこれは別の話です』
俺はグリフォンへ直接近付かず。
解体用の短剣を念動力で浮かせた。
胸の皮膚へ刃を入れる。やがて二色の魔力を宿す魔石が露出した。
表面には淡い緑と茶色の模様。見る角度によって内部の光が揺れる。
水で洗浄し布で拭き取り専用の箱へ収める。
羽根も同じように状態の良いものだけを抜いた。
深層へ入ってから。
まだそれほど時間は経っていない。
それなのにサイクロプスに続きグリフォンと強力な魔物と立て続けに戦っている。
「やっぱり深層は、今までの森とは違うな」
『今からでも帰れますで』
「もう少しだけ調べる」
『主の“もう少し”は信用できません』
「大丈夫だよ」
『それも信用できません』
その夜大樹の根元に天幕を張った。
木の根が壁のようになり背後から襲われにくい場所。
周囲へ魔物除けの薬を撒く。臭いを嫌う魔物ならこれで近付かない。ただし深層の魔物にどこまで効果があるかは分からない。
細い糸へ鈴を付け、木と木の間、地面から低い位置に括り付ける。何かが近付けば糸へ触れ鈴が鳴る仕組みだ。目立つ罠ではないが夜襲への備えにはなる。
焚き火は小さくした。明るすぎる光、高く上がる煙はどちらも敵を呼ぶ。
乾いた枝を少しずつくべる。
食事を終えた後俺は研究用の紙を取り出した。
今日の戦い。魔物の特徴。攻撃方法。弱点。使った魔法。有効だった戦術。忘れないうちに記録する。




