金級
古代魔法に関する研究は、ひとまずの区切りを迎えていた。
もちろん、すべてを解明できたわけではない。
むしろ、調べれば調べるほど、新たな疑問が増えていったと言ったほうが正しい。
古代語を理解できるようになったことで、それまで学院の図書館に眠っていた文献の多くを読めるようになった。
誰にも内容を理解されず、棚の奥で埃を被っていた本。
表紙が朽ち、題名すら消えかけている巻物。
古代文明の研究者が、意味の分からない文字列として写し取った石碑の記録。
それらが、今の俺には文章として読める。
物資を遠隔地へ送り届ける送還魔法陣。
古代文字が持つ個々の属性。
魔石を細かく砕き、魔力を通しやすい薬品と混ぜて作る特殊なインク。
魔法陣を構成する文字と、術式全体の関係。
術式を安定させるための配置。
魔力の流れを制御する線。
そして、転送先を指定する座標のような記述。
最初は一文字を理解するだけで何時間もかかった。
それが今では、古代語で記された術式を見れば、大まかな機能を推測できるところまで来ている。
空間を越えて物を移動させられるのなら、理論をさらに発展させれば、世界そのものを越えることも可能なのではないか。地球へ戻る道へつながるのではないか。
そんな期待を抱かずにはいられなかった。
錬金術についても、学院で学べる基礎は一通り身につけた。
止血薬。消毒薬。解毒薬。魔力回復薬。痛みを和らげる薬。魔物の皮膚を溶かす薬品。火がつきやすく、簡単には消えない粘着性の油。
調合に失敗し、部屋中をひどい臭いで満たしたこともある。
薬液が突然泡立ち、容器から溢れ出したこともあった。
それでも、何度も失敗を繰り返すうちに、薬草や魔物素材の扱い方は身についた。
身体強化も、以前とは比較にならないほど安定している。
最初の頃は、力を込めるために集中が必要だった。
走り出す前。
剣を振るう前。
攻撃を受け止める前。
そのたびに魔力を意識し、筋肉へ巡らせなければならなかった。
今では、危険を感じた瞬間に発動できる。
呼吸をするように、とまでは言えない。
だが少なくとも、戦闘の最中に身体強化を使い忘れることはなくなった。
俺は机の上に広げられた写本を眺めた。
積み上げられた紙の束。
古代語を書き写した頁。
その横に記した翻訳。
魔法陣の構造。
実験結果。
失敗した理由についての考察。
机の端には、何度も書き直した転送術式が置かれている。
この数か月間。
俺はほとんど毎日、この机へ向かっていた。
朝から図書館へ行き。
昼は講義を受け。
夜は部屋へ戻って文献を読み続ける。
眠気に耐えきれず、机へ突っ伏したまま朝を迎えたことも一度や二度ではない。
それでもまだ分からないことは多かった。
古代人が地球へ渡ったことを示す、明確な証拠は見つかっていない。
俺の血を古代魔法陣が管理者のものとして認識した理由。
世界を越える移動。
地球へ帰還するための術式。
どれも、断片的な情報しか得られていなかった。
古代語の文献には、空間転送について記されたものはいくつもあった。
だが、それらはすべて、この世界の中で場所を移動するためのものだ。
遠く離れた都市。
別の大陸。
上空に存在したという浮遊施設。
いずれも世界の内側で完結している。
世界そのものを越える方法について書かれた文献は、今のところ一冊も発見できなかった。
「……ないものは、読めないよな」
誰に言うでもなく、俺は呟いた。
学院の図書館に存在する古代文明関連の資料は、ほとんど一度は目を通した。
同じ棚を何度調べても、急に新しい本が生えてくるわけではない。
書庫の管理人へ頼み込み、普段は学生が立ち入れない地下書庫も調べさせてもらった。
教師たちの個人蔵書も、見せてもらえるものは確認した。
他領から取り寄せられる文献も探した。
それでも、求める答えは見つからなかった。
「ここでできる研究は、ひとまず終わりだな」
椅子の背へ身体を預け、俺は小さく息を吐いた。
数か月前まで意味不明だった古代文字が、今では文章として頭へ入ってくる。
そこまで進んだ。
だが、同時に学院の中だけでは、これ以上先へ進めないことも分かってしまった。
『終わったんですか?』
暖炉の前で丸くなっていたアークが、顔だけをこちらへ向けた。
炎の暖かさを独占するように、敷物の中央へ寝転がっている。
半分眠っていたらしく、目は細い。
「終わったというより、行き詰まった」
『同じことですやん』
「違うよ」
『何が違うんです?』
「終わったなら、もうやることがない。行き詰まったなら、別の道を探せばいい」
『言葉遊びに聞こえますな』
「そうかもしれない」
俺は机の上に置かれた古代の地図へ目を向けた。
文献の中に挟まれていたものだ。
現在の地形とは細かな違いがある。
だが、山脈や大きな河川の位置は一致していた。
地図の一部には、今では存在しない施設を示す印が記されている。
その中には、黒霧の森と思われる場所にも複数の印があった。
何を示しているのかは分からない。
遺跡。
観測施設。
転送門。
あるいは、ただの集落だった可能性もある。
それでも。
学院の外へ出なければ、確かめることはできない。
『ほな、明日から何するんです?』
アークが大きく欠伸をする。
「そうだな」
俺は椅子の背へ深く身体を預けた。
窓の外では、冷たい風が木々の枝を揺らしていた。
薄曇りの空。
灰色の雲。
もうすぐ冬が近い。
学院で得られる知識には限界がある。
古代文明について本格的に調べるなら、自分の足で遺跡を探さなければならない。
そして、今の俺にはもう一つ確かめたいことがあった。
魔法。
錬金術。
身体強化。
念動力。
学院で学び、鍛えた技術が、実戦でどこまで通用するのか。
訓練場の的は動かない。
こちらの隙を狙うこともない。
殺意を向けてもこない。
だが、本物の敵は違う。
魔物は止まってくれない。
こちらの準備が整うまで待ってくれることもない。
考え。
動き。
弱点を狙い。
殺そうとしてくる。
本当の戦いの中で使えて初めて、技術は自分のものになる。
「黒霧の森へ戻ろうと思う」
その言葉を聞いた瞬間。
アークの耳が、ぴんと立った。
眠そうだった目が、一気に開く。
『肉あります?』
「たぶんね」
『ほな、行きましょう』
アークは即座に立ち上がった。
丸くなっていた身体を伸ばし、尻尾を大きく振る。
「目的を聞かないんだ」
『主が黒霧の森へ行く言うたら、どうせ危ないことするんでしょう』
「分かってるなら、もう少し嫌がらない?」
『嫌がっても行くんでしょう?』
「まあね」
『なら、美味い肉があることを期待するほうが建設的です』
「前向きだね」
俺は机の上の地図を指でなぞった。
森の外縁。
中層。
そして、そのさらに奥。
地図上にも詳細が記されていない場所。
「深層を調べたい」
アークの尻尾が止まった。
『深層?』
「ああ」
『森の奥の奥です?』
「そう」
『人が行ったら帰ってこん言われとるところですやん』
「よく覚えてるね」
『そういう大事なことは覚えとります』
黒霧の森は、外側と内側で危険度がまるで違う。
人間が薪や薬草を採取する外縁部。
狩人たちが魔物を狩る中層。
そして。
ほとんど人間が踏み込まない深層。
巨大な魔物。
知能の高い魔物。
群れを作り、獲物を追い詰めるもの。
古代から姿を変えていないとされる怪物。
どれほどの種類の魔物が生息しているのか。
どれほど広いのか。
最奥に何があるのか。
黒霧の森の深層について、正確なことを知る者はほとんどいない。
過去に調査隊が組まれたことはある。
だが、帰還できた者は少なかった。
生還者の記録も曖昧だ。
巨大な影を見た。
人間の言葉を話す魔物がいた。
空が見えないほど大きな木が生えていた。
霧の中で仲間の声が聞こえた。
存在しないはずの建物を見た。
そんな話ばかりが残っている。
俺も、黒霧の森で暮らしていた頃に中層までは何度も入った。
だが、本格的に深層へ足を踏み入れたことはない。
当時は実力が足りなかった。
知識も装備もなかった。
そして、踏み込む必要もなかった。
だが今は違う。
古代の地図には、黒霧の森の奥へ何らかの印が残されている。
古代文明に関わる遺跡が存在する可能性がある。
それにサトゥルドス子爵領で発見した古代施設が、地上からはほとんど分からない場所に隠されていたことを考えれば深層にも同じような施設が眠っていてもおかしくない。
『帰るんは、嫌やないですけど』
アークが俺の顔を見上げる。
『深層まで行かんでもええんちゃいます?』
「入口を少し調べるだけだよ」
『主の“少し”は信用できません』
「危険なら戻る」
『それも信用できません』
「今回は本当に戻るよ」
『毎回そう言うてません?』
「……準備はしっかりする」
『答え変わりましたな』
俺はアークから視線を逸らした。
学院を去ることを決めた。
休学ではない。
退学だ。
学ぶべきことがなくなったわけではない。
魔法についても、錬金術についても、まだ知らないことは多い。
だが。
俺が学院へ入った最大の目的は、古代魔法と地球へ戻る手掛かりを得ることだった。
学院で調べられる範囲は、もう調べた。
ここへ残り続けるより。
外へ出て、自分で遺跡を探したほうがいい。
退学を教師たちに伝えたら驚いていた。
「君の成績なら、卒業まで残ることも難しくない」
「分かっています」
「古代語の研究も、まだ続けられるだろう」
「学院にある資料は、ほぼすべて確認しました」
教師は小さく息を吐いた。
俺がこの数か月、何をしていたのか。
彼も知っている。
図書館に籠もり。
地下書庫へ通い。
教師たちへ何度も古代文明について質問した。
古代語の翻訳結果を見せた時は、最初こそ疑われた。
だが、これまで読めなかった文献同士の内容が一致していること。
古代術式を再現できたこと。
何より、転送実験が成功したことで。
少なくとも俺が古代語を読めることは認められた。
「外で遺跡を探すつもりか」
「はい」
「危険だぞ」
「承知しています」
「承知している顔には見えん」
教師は眉間を押さえた。
「学生というものは、なぜ知識を得るほど無謀になるんだ」
「知識がない時よりは、安全です」
「そういうことを言う者が一番危ない」
どこかで似たようなことを言われた気がする。
アークだったかもしれない。
「止めても行くのだろうな」
「はい」
教師はしばらく黙っていた。
やがて、机の引き出しから一冊の薄い手帳を取り出した。
「これは?」
「卒業生が残した魔物の記録だ」
「卒業生?」
「二十年ほど前、黒霧の森の調査へ参加した男だ」
俺は手帳を受け取った。
革の表紙は擦れ、角が丸くなっている。
中には手書きの地図と、魔物の特徴が記されていた。
「彼は戻ったんですか?」
教師はすぐには答えなかった。
その沈黙だけで、答えは分かった。
「手帳だけが、中層で発見された」
「……そうですか」
「それでも行くと言うなら、持っていけ」
教師は俺を真っ直ぐに見た。
「帰ってこい」
短い言葉だった。
俺は手帳を握り、頭を下げた。
「はい」
荷物を整える。
剣。予備の短剣。解毒薬。止血薬。麻痺毒。魔力回復薬。魔物除けの薬。保存食。水袋。縄。小型の天幕。防水布。解体用の器具。そして、研究用の紙と筆記具。
古代遺跡や未知の魔物を発見した時記録を残すためだ。
衣服も森で動きやすいものへ変えた。
学院で着ていた制服は畳み、荷物の底へ入れる。
もう着る機会はないかもしれない。
部屋を見回す。
机。椅子。本棚。暖炉。
何か月も暮らした場所。
最初に来た時は、何もなかった。
今では机の上に写本が積み上がり、壁には魔法陣の図が貼られている。
俺は必要な研究記録を荷物へ詰めた。
残った文献は学院へ寄贈する。
俺の翻訳が正しければ。
誰かが続きを研究することもできるだろう。
『ほんまに出るんですな』
アークが空になった部屋を見回す。
「寂しい?」
『暖炉は惜しいです』
「そこ?」
『冬の床は冷たいんですよ』
「黒霧の森には暖炉ないよ」
『帰るんやめません?』
「さっきまで肉があるって喜んでたのに」
『肉と暖炉、両方ほしいです』
「贅沢だね」
そうして。
俺たちは学院を後にした。
学院の退学手続きを終えた俺たちは、ダリスティへ向かった。
『肉焼いとります』
「ギルドへ行ってからね」
『冷めますで』
「新しく焼くから大丈夫だよ」
『今焼いとる肉と、後で焼く肉は別の肉です』
「どう違うんだよ」
『今のわいが食べたいか、後のわいが食べたいかです』
「ギルドが先」
アークの不満げな念話を聞き流し、狩人ギルドへ向かう。
プラモナスガーンの狩人ギルドは、広場に面した大きな石造りの建物だった。
扉を開けた瞬間。
酒。革。汗。魔物の血。薬品。それらが混ざった独特の臭いが鼻へ届いた。
建物の一階には、大勢の狩人が集まっている。
依頼が張り出された掲示板。受付。素材の買い取り窓口。食事と酒を提供する一角。
壁際には武器を持った男たちが座り、今日の成果や魔物について声を張り上げていた。
外縁部を主な狩場とする者。
中層へ入る熟練者。
見るからに装備の質が違う者もいる。
俺とアークが中へ入ると、何人かがこちらを見た。
若い男と犬。
一見すれば、深層へ挑む狩人には見えないだろう。
俺は受付へ進んだ。
受付にいたのは、髪を後ろでまとめた中年の女性だった。
「ご用件は?」
俺は狩人証を差し出した。
「等級の昇格を申請したい」
女性は狩人証を受け取り、記載された内容を確認する。
その表情が、僅かに曇った。
「昇格先は?」
「金級」
受付の周囲が、一瞬だけ静かになった。
すぐ近くで依頼書を見ていた男が、こちらを振り向く。
奥で酒を飲んでいた狩人も、僅かに顔を上げた。
受付の女性は、俺の顔を見直した。
「現在の等級から金級へ、ですか?」
「はい」
「金級試験は、希望すれば誰でも受けられるものではありません」
女性の声は落ち着いていた。
だが、明らかに警戒されている。
無理もない。
金級は、単に魔物を何体か倒せば上がれる等級ではない。
単独、あるいは少人数で中層の強力な魔物へ対処できること。
逃げるべき時に逃げられること。
他の狩人や一般人を巻き込まず行動できること。
実力だけでなく、判断力も求められる。
「目的を聞いても?」
「黒霧の森の深層へ入るためです」
今度こそ。
周囲の空気が変わった。
酒場の笑い声が弱まる。
こちらを見ていた狩人たちの視線が、露骨なものになった。
受付の女性も、すぐには言葉を返さなかった。
「深層がどのような場所か、理解していますか?」
「ある程度は」
「深層に関して、“ある程度”という言葉を使う者は信用できません」
「完全に理解していると言う者のほうが信用できないと思います」
受付の女性は、僅かに眉を上げた。
周囲のどこかから、小さな笑い声が聞こえた。
だが女性は笑わなかった。
俺の狩人証を手にしたまま、奥の扉へ視線を向ける。
「少々お待ちください」
女性は席を立ち受付の奥へ消えた。
『怒らせました?』
アークが俺の足元へ座る。
「正直に答えただけだよ」
『主の正直は、たまに喧嘩売っとります』
「売ってない」
『買われる側がそう思わんかったら一緒です』
しばらくして。
受付の女性が戻ってきた。
その後ろには、ギルド長がいた。
男は俺の前へ立った。
「金級への昇格を希望しているとか」
「はい」
ギルド長は受付から俺の狩人証を受け取った。
「過去の依頼実績は悪くない。だが、金級には足りん」
「分かっています」
「学院で魔法を学んでいたそうだな」
「はい」
「学院で的を壊せることと、森で生き残れることは別だ」
「それも分かっています」
ギルド長は俺を見たまま、しばらく黙った。
「深層へ何をしに行く」
「調査です」
「魔物狩りではないのか」
「必要なら戦います。ただ、目的は古代遺跡を探すことです」
「古代遺跡?」
「古い地図に、黒霧の森の奥を示す印がありました」
古代語を読めること。学院で文献を調べたこと。古代文明に関係する施設が、深層に存在する可能性があること。
必要な範囲だけを説明する。
地球のことまでは話さない。
俺の血を古代魔法陣が認識したことも、今は伏せておく。
バルガスは黙って話を聞いた。
「それで、金級の資格が必要になったというわけか」
「はい」
「規則を無視して勝手に入ろうとは思わなかったのか」
「思いませんでした」
『ちょっとは思った顔しとりますで』
アークの声を無視する。
バルガスの口元が僅かに歪んだ。
「いいだろう。試験を受けさせる」
受付の女性が驚いたように振り向く。
「ギルド長」
「ただし、通常の昇格試験ではない」
バルガスは続けた。
「金級へ上がるには、中層上部に出た討伐指定個体を倒してもらう」
「指定個体?」
「鎧熊だ」
周囲の狩人たちがざわめいた。
鎧熊。黒霧の森に生息する大型の熊型魔物。全身を覆う毛の下に、金属のように硬い皮膚を持つ。通常の剣や矢はほとんど通らない。力も強く、突進だけで木をへし折る。中層に出現する魔物の中でも、上位に位置する。
「数日前から中層の街道近くへ現れ、狩人を二人負傷させた。討伐隊を編成する予定だった」
「それを倒せば、金級ですか?」
「倒すだけではない」
バルガスの声が低くなる。
「ギルドから監督役を一人つける。戦い方、周囲への配慮、撤退の判断。すべてを見る」
「分かりました」
「失敗すれば、しばらく昇格申請は認めん」
「構いません」
「死ぬ可能性もある」
「深層へ行くなら、それくらい倒せなければ意味がない」
ギルド内が静かになる。
バルガスはしばらく俺の目を見ていた。
やがて。
狩人証を受付へ戻した。
「出発は明朝だ」
鎧熊の討伐試験は、二日後に終了した。
簡単な戦いではなかった。
鎧熊の皮膚は、本当に硬かった。
剣を振るっても刃が弾かれる。
火魔法も表面の毛を焼くだけで、すぐに土魔法で消された。
体重を乗せた突進は、念動力だけでは止められない。
俺は正面から倒すことを諦め。
アークの風魔法で砂を巻き上げて視界を奪い。
念動力で進行方向を僅かにずらした。
鎧熊が大木へ衝突した瞬間。
身体強化で背へ飛び乗る。
首の付け根。硬い皮膚の継ぎ目。そこへ剣を突き立てた。
一度では届かない。暴れる鎧熊から振り落とされそうになりながら念動力で刃を押し込む。
二度。三度。同じ場所へ剣を突き刺した。
最後は、アークが圧縮した風を傷口へ叩き込み。
内部から血管と神経を切断した。
鎧熊が地面へ崩れた時。
俺も魔力を使い果たし、しばらく立ち上がれなかった。
『金級なる前に死ぬか思いましたわ』
アークが隣で息を切らしていた。
「俺も少し思った」
『撤退の判断も試験に入っとったんちゃいます?』
「倒せると思ったから」
『主の“倒せる”は信用なりませんな』
監督役として同行していた金級狩人は、戦闘が終わった後もすぐには評価を口にしなかった。
鎧熊の死体。折れた木。戦闘の跡。俺とアークの負傷。周囲の状況。それらを一つずつ確認していた。
素材は、念動力を使わずに久しぶりに短剣で採取した。
胸の皮膚を切り開く。魔力感知で魔石の位置を探り。傷付けないよう周囲の組織を切り離す。摘出した魔石も、直接手には触れない。水で洗い布で拭き収納箱へ収める。
監督役は、その一連の作業も黙って見ていた。
ダリスティへ戻った翌日。
俺とアークは、再び狩人ギルドへ呼び出された。
ギルド長が受付の奥から現れる。
その手には、新しい狩人証があった。以前のものとは縁の色が違う。金色。
「討伐能力は十分」
バルガスが言う。
「正面から力比べをせず、相手の性質を観察して弱点を探した。同行者との連携も悪くない」
『同行者やなくて相棒です』
アークが念話で訂正する。
「負傷後も周囲を確認し、素材の処理にも不用意に近付かなかった」
バルガスは金色の狩人証を差し出した。
「金級への昇格を認める」
俺は狩人証を受け取った。
手のひらに収まる、小さな金属板。
これがあれば正式に黒霧の森の深層へ入れる。
「ありがとうございます」
「勘違いするな」
バルガスは低い声で言った。
「金級は、深層で生き残れることを保証する資格ではない」
「分かっています」
「深層へ入ることを許される最低限の資格だ」
周囲にいた狩人たちも、誰一人として笑っていなかった。
金級への昇格。
普通なら喜ぶべきことなのだろう。
だが今の俺にとっては、目的地へ進むための入口にすぎない。
「深層へ向かうなら、出発前に必ずギルドへ申請しろ」
「はい」
「予定日と進入経路。それから、帰還予定日を記録する」
「帰還予定日を過ぎた場合は?」
「救助隊は出さん」
バルガスは即答した。
「深層で行方不明になった金級狩人を探すために、別の金級狩人を失うわけにはいかん」
「理解しています」
「だから必ず帰れ」
以前。
学院を辞める際、教師にも同じ言葉を言われた。
帰ってこい。
深層へ向かう者に対して。
人が最後に言えることは、結局それだけなのかもしれない。
「戻ります」
俺が答えると。
ギルド長は一度だけ頷いた。




