理性と女神と馬車の揺れ
【※ランハート視点→ソフィー視点→ランハート視点と変わります】
デートの返事をソフィー嬢から貰い、数日後、良い天気に恵まれた日に俺はソフィー嬢を迎えに行った。
「ソフィー嬢のお迎えにあがりました」
俺が執事に通され、目的を告げると、執事が頷く前にソフィー嬢の声が掛かった。
「ランハート様!」
大きくはないけれど、でも、良く通る美しい鈴の様な声で「ランハート」の名前が響き、階段から少し急ぎ足にソフィー嬢は降りて来られた。
「ソフィー様」
執事が私に微笑んだ後、少し咎める声でソフィー嬢を呼ぶと、ソフィー嬢は俺の前で優雅に礼をした。
「ごめんなさい、ジャスパー。ランハート様の馬車が窓から見えたので」
「はい。お呼びするまでお待ちになって欲しかったですが」
執事が困った様に、でも、微笑みながらそう言うと、ソフィー嬢は頬を染めて「早く、お会いしたかったのですもの」と少し小さな声で言った。
「!!」
本当に、この人はなんと可愛い人なんだろう。
美しいだけでなく、こうやって、恥ずかしそうにする仕草がとても可愛い。
以前は綺麗な人だと思っていたが、今は綺麗で美しく、可愛くてといくらでも、ソフィー嬢の魅力的な部分が増えていっている。
「私も早くお会いしたかった」
思わずそう返すと、「え」っと言ってソフィー嬢が顔を上げて、ぽぽっとまた頬が赤くなった。
「嬉しいです…」
頬を押さえながら、でも白い肌がピンクに染まる姿はとても綺麗で可愛らしく、私は思わず、ぐっと、拳を握りしめた。
「おほん」
執事が咳を一つすると、ソフィー嬢が「は」っと小さく息を飲んで、俺も腕を差し出した。
「ソフィー嬢、では参りましょう」
「はい」
優しくソフィー嬢が俺の腕に手を添えると、俺は一度、皆に礼をしてゆっくりと馬車に向かった。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
執事と侍女、そして数人のメイド達に見送られながら馬車に乗り、デートへと出発した。
******
馬車に乗るとランハート様は優しく私を席に座らせた。
「今日は良い天気で良かった」
「本当に」
私がそう言うと、ランハート様は「はは」っと小さく笑った。
「ランハート様?」
「いや、すみません。初めてソフィー嬢と植物園に向かった時も、馬車の中で私は天気の話をしたな、と思いまして。私は代わり映えがしないと、おかしくなってしまいました」
「そんなこと!ランハート様はいつも素敵ですわ!変わらない美しさ。魅力があるのですわ!」
なんてことをランハート様は言うのかしら。
いくらランハート様であってもランハート様を侮辱するようなことを言うのは許されないわ。
「あ、すみません、思わず…」
ん?でも、ランハート様であれば、ご自分を叱咤し、高見に目指されるという事かしら。自分を超えるのは己のみということ?流石、ランハート様、と言う事だけれども。
ただ、大きな声を出してしまって、はしたなかったわ。
しょんぼりして下を向くと、そっと私の手をランハート様が握ってくれた。
「ソフィー嬢。そうやっていつも、私を褒めてくれるのは大変うれしいです。貴女の隣に立ち、恥ずかしくないように、私は常にそうありたいと思っています」
「ランハート様…」
ランハート様の上に誰もいず、ランハート様の下にも誰もいず、唯一無二の存在。それがランハート様。その方が私の事をそんなに思ってくれるなんて。
私は思わず胸が熱くなって、涙が出そうになったのだけれど、ここで泣いては化粧も落ちる。醜い顔は絶対に見せたくないと、気合で涙をゴクンと飲み込むと、ランハート様を見上げた。
はあ、なんて格好いいのかしら。もう好き。
私は馬車の窓から入る光に照らされたランハート様をただただ見つめていたのだった。
*********
「ランハート様…」と潤んだ瞳で私を見つめるソフィー嬢。
白い肌に少しピンクがさした頬。ぷっくりと形の良い唇から、俺の名前が零れる。
潤んだ瞳で上目遣いに私を見つめる女神。
女神…女神…女神…
吸い寄せられるようにソフィー嬢の頬に手を置こうとした瞬間。
ガン!!!!!
「きゃあ!!」
「ソフィー嬢!!」
馬車が石を踏んだのか車体が浮いた。
俺に抱き着き、驚いた顔をする女神はどんな顔でも美しかった。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ」
ソフィー嬢に怪我がないか確認しているとすぐに外から「すみません!石が!お怪我は?」と声が掛かった。
「大丈夫だ。気を付けてくれ」
「はい!申し訳ありません!」と、返事があり、俺はそれまで、ずっとソフィー嬢を抱きしめていた事に気付き、すぐにソフィー嬢から身体を離した。
「あ…」
ソフィー嬢は名残惜しそうに私のジャケットを掴んで慌てて離した。
ガン!!
俺は思わず、馬車の壁に頭を打ち付けた。
「ランハート様!?」
「あ、すまない。ちょっと」
「ええ?凄い音がしましたけれど?」
「坊ちゃま?何か?」
「いや、大丈夫だ」
外からも、馬車の中からも俺は心配されたが、一番の心配は俺の心の中だ。
こんなに可愛い人と馬車の中で二人きり。今更ながら、ソフィー嬢の美しさに俺は参ってしまっている。こんなに綺麗で清楚な人に自分の醜い欲を知られてしまったら。
俺が目を瞑っていると、そっと、頭にハンカチが当てられた。
「大丈夫ですの?」
小さな柔らかい手が俺の頭を心配そうに撫でている。
………。
くっ!!
ガン!!!!
落ち着け、落ち着け。いいか、ソフィー嬢は女神。汚れなき、白百合の女神、紫水晶の妖精と言われているお方だぞ。
「ふーーーーー」
もう一度頭を勢いよくぶつけると、ようやく冷静になれ、深く深呼吸をした。
「ラ、ランハート様?」
「すみません、ちょっと馬車に酔ったようです」
「ぼっちゃま?!大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、問題ない」
外からも中からもやはり心配されたが、それぞれに声を掛けた。
「馬車に?ああ、先程の。分かりますわ。私もまだ、胸がドキドキしていますもの。驚いてしまいましたわ」
そう言って、ソフィー嬢は自分の胸を押さえた。
俺は思わず、その美しい胸元をじっと見つめている事に気付き、もう、自分の目をそのまま自分で目つぶししようかと思った。
「ランハート様もドキドキですわね。手が熱いですもの」
俺が目つぶししようかどうしようかと悩み目を瞑っていると、ソフィー嬢は俺の手を取って自分の手で握り込んだ。
「体温が高いのですね」
柔らかい。
小さい。
可愛い。
俺はソフィー嬢に触られるがまま、カフェに着くまで、ずっと手を握られていた。
「あら。ランハート様、こんな所にほくろが。ふふふ、可愛い」
いや、可愛いのはソフィー嬢で…。ほくろが可愛い?そうなのか?そうなんだろうな…。
ああ、もう、俺はどうしたらいいんだ。俺の理性はどこまで持つんだ。
ああ、俺の女神はなんて可愛いんだ…。
※ランハートは仲の良い、男友達、家族の前では自分の事を俺…。ソフィーの前や教師、会社では私呼びです。




