私の女神 ランハート視点
どうも義姉様が書いた『女神が愛した地味男』の大ヒットの影響だろう。
信じられない事だが、俺は今、街で“最高の『地味男』と呼ばれている。しかも、『地味男』というのはどうやら褒め言葉らしい。
俺が地味男なのは自他共に認める所なのだが、褒め言葉、というのが不思議なものである。
以前は悪口のように使われることが多かったであろう『地味』という言葉。それが、最近は「控えめ」「堅実」「お淑やか」「品がある」「礼儀正しい」と同じように並んで「地味」と使われる。
ちょっと笑ってしまうが、褒められるのならばよいか、と呼ばれてもそのままにしている。
そして今日も俺の会社…というか、養父となったレオナルド叔父上の会社である、S・クランで会議の為、王都の街を歩くと色々な方から挨拶をされた。
「クラン会社の地味の方、良いお天気で。あの、これ、宜しければ、店に飾って下さい」
「綺麗な花だね。有難う、代金は後で持ってくるよ」
「いえ、あの、それは不要で」
「ああ、女神の地味様、今日はお一人ですか?パンが焼き立てですが、あとで届けても良いですか?」
「クルミパン?ソフィー嬢が好きな物だね?有難う、多めに買わせて貰うよ」
「いや、コレはお供えですが」
「御機嫌よう、地味様。良いリンゴが入りました。どうぞ」
「ああ、有難う。店の者に後で回らせよう」
「あの、女神様への貢物…」
にこやかに街行く人がよく挨拶をしてくれる。
平民の方は私達貴族と触れ合う事を嫌がる。もし、何か無礼があれば、貴族からどんな仕打ちがあるか分からないと怖がられるのだ。
それでも、俺が地味なせいか、こうやってどんどん商品を売り込んでくる。
ソフィー嬢は馬車で移動が多いし、街中を一人で歩く事はない。それに女神に話しかける勇気が皆無いのか、遠目に見ているだけの様だが、その分、俺にはどんどん皆話しかけるようになった。
これが、地味の良さなのだろうか?
私がそう思っているとまた話し掛けられた。
「女神の地味様、新しい栞はいつ発売ですか?遠方の親戚が欲しがってまして」
「新しいシリーズだね?雨期前に発売予定だ。購入してくれるとソフィー嬢も喜ぶだろう」
「女神様が…喜ぶ?」
「女神様の笑顔が見れる?」
「女神様の幸せの為に…」
話していると、皆がソフィー嬢の事を想像したのか、頬を赤らめて、嬉しそうににこにこしていた。
老いも若きも女性も男性も皆がソフィー嬢の虜。俺はその様子を見て「皆、ジャムもワインも新商品が出る。ソフィー嬢の新しいポスターも店に出されると思う」というと、皆が一斉に俺に振り向いた。
「新しいポスター!」
「女神様の!」
「どんなポーズを!」
俺は皆が話し出したので、その脇を通り過ぎ、店へと向かった。
流石、ソフィー嬢、大人気だな。
そう思いながら、S・クラン店に入ると、店は相変わらず繁盛していた。大繁盛、という程ではないが、ぽつぽつ、と客はいつも入っている。
そして、ここの店員はレオナルド叔父上の親戚筋と、ミレー伯爵に嫁いだ叔母の親戚筋から選ばれた者が店員となっている。
店員は皆貴族で、客が平民だろうと、皆同じように対応する。丁寧に上品に、それがこの店のモットー。店の名前をソフィー嬢にした以上、彼女のイメージを壊す事の無いように、と言うのが我が一族全員の一致の意見だった。
「御機嫌よう、叔父上は上かな?」
「副社長、お疲れ様です。社長は社長室です」
「有難う」
客が俺の方を見て、「あ」と言っているのが分かったので、小さく会釈をすると、慌てて下手な礼をされた。
こういうのも増えた。平民は貴族に礼をするのも嫌がる人もいる。上手に出来ず、下手だと、かえって不敬だ、と叱られると。しかし、俺には構わず皆、一生懸命礼をしてくれる。これもソフィー嬢のおかげなのだろう。
俺は綺麗に礼を返すと、階段を上り、社長室へと向かった。
「叔父上、ランハートです」
社長室をノックし、声をかけると、すぐに「入ってくれ」と中から声が掛かった。
「相変わらずの人気者だったかな?」
俺は花とリンゴを事務員に声を掛けて渡し、支払いの事を伝えた。もし、断られるようだったら、店の割引券を渡す様に伝えた。
「ええ。街を歩くと、皆、何かしらソフィー嬢に食べて貰おうと色々渡してきます」
「女神のナイトは大変だな」
「光栄な事です。私は、地味様と呼ばれていますよ」
「ランハートの地味様はきっと、皆にとっては褒め言葉なんだろうな」
俺は首を傾げたが、まあ、ソフィー嬢は美しいだけでなく、賢く、気品があり、優しい。女神と呼ばれているが、全くその通りだと思う。私はその隣に立てているだけで奇跡の事なんだろうから、少しでも、ソフィー嬢が居心地よくなるようになればと、皆との関係も良くしたいと思っている。
「では、今月の売り上げと、新しい仕入れの事に付いて話をしよう」
「はい。叔父上」
今度の新作のポスター。ソフィー嬢が甘い物を前に本を読んでいるポスターを見た。
今回のポスターもとてもいい。可愛い。
皆、ソフィー嬢を綺麗、女神と言うが、俺はソフィー嬢を知れば知るほど、凄く可愛い人だと思う。
恥ずかし気に頬を染める姿も、美味しい物を食べて、目が少し大きくなりながら上品に食べながらも、最後の一口をゆっくり食べる姿も。勉強する時に、髪の毛をかきあげる仕草も、目が合った時にちょっとはにかんで笑う姿もとても可愛い。
はあ、俺は何回恋に落ちたらいいのだろうか。
「ランハート」
ポスターを見つめていると叔父上から笑われながら声を掛けられた。
「はい」
「そのポスターは、また持って帰っていい。先に仕事を終わらせよう」
俺は、叔父上からからかわれて少し恥ずかしかったが、叔父上も優しく微笑む姿を見て、素直に頷く事にした。
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その頃の街では…。ランハートの想いとはちょっと違った形で、ランハートの噂話がなされていた。
「はー、今日も地味様、素敵だったねえ」
「うんうん、流石女神様のお相手だよ」
「初めはどんな相手が女神様の婚約者かと思ったけどねえ」
「うんうん」
「貴族なのに、偉ぶらないし、でも、しっかりと線は引いてくれる。若いのにしっかりしてる。あれはいい男だよ」
「流石、地味の方だよ」
街ではランハートが通った後にご近所さん達が集まりランハートの噂話をしていたのだ。
しかし、ランハートは少し勘違いをしていた。
ソフィーはとても人気がある。絶世の美女として皆に人気があるのだ。
しかし、ランハートは今、女神の婚約者という事ではなく、『最高の地味男』としてソフィー以上に街では人気があるのだ。
──そう、ソフィー以上にランハートは人気者になっていたのだ。
その親しみやすい、地味顔。穏やかな声。大きすぎず、小さすぎない、背丈も好感の対象として、人々は見ていたのだ。
「うちの娘にもあんな人が婿に来てくれないかなねえ。誠実で、品があって、商売も出来て、そして成績もよいっていうじゃないか」
「地味の方のファンクラブ作ろうか」
「いいなあ、俺も入りたい」
「顔がちょっといいだけの男よりも百倍も千倍もいい男だよ。流石女神様が選ばれるだけあるね」
「しかも、よく見ると、優し気な顔で、落ち着いた色合いで良い男に見えるんだよ。やっぱり品や、優しさは顔にでるのかねえ」
「そうだよ。詐欺師は悪い顔してるじゃないか。ほら、酒場でよくひっかけてる、ベッツ。アイツなんて、もう、悪い顔だもんねえ。昔はもう少しましな顔してたんだけどねエ」
「地味の方、今日も穏やかに話してくれたなあ」
「いいよな。なんだかほっとするよな」
「そうだねえ。地味な子爵様、今日も優しかったねえ。お代はいらないっていっつもいうのにさ。この間、娘が覚えたての礼をしたら、丁寧に礼を返してくれたんだよ。娘、喜んじまって。地味な子爵様は素敵だねえ」
「まったくだよ。地味の方様みたいな人が良い男っていうんだろうねえ」
「ああ、男の俺でもそう思うぜ」
「分かる。俺もあんな男になりてえなあ。女神に好かれるだけあるぜ。ああいうのが本当の良い男ってもんだ」
「そうだねえ。三国一の地味男って言うのは本当だねえ。隣国でも地味様は大人気らしいからねえ。なんだか私まで誇らしい気持ちになるよ」
噂話は街を駆け抜けていく。
そう、当の本人は自分が人気だとは露ほどにも思っていなかったのだ。
「はー。女神様もまた店によってくれないかねえ。でも、女神様は地味様の横にいる時が一番綺麗なんだよ。いいねえ」
ランハートの知らない所でランハートの想いとは別に、ランハートは知らぬ間に人気の地味男へとなっていたのだ。




