9話 サロンへの招待
二人のもとへ、リンフォンが駆け寄ってきた。
「二人とも! 大丈夫ですか!」
「おう、問題ねえ!」
「オラも平気だべ。ちょっと腕が痺れてるけんどな」
「もう! 見ているこっちは寿命が縮む思いでしたよ!」
リンフォンは呆れたように言いながら、キリムの左肩に目を留めた。
「……って、キリム君! 血が出てるじゃないですか!」
「ん?」
キリムは自分の肩を見た。
制服が裂け、肩から脇腹にかけていくつかの傷ができている。
「ああ、さっきの石礫か」
「さっきの石礫か、じゃありませんよ! 早く治癒の先生に……」
「大丈夫だって。この程度なら」
キリムは戟を地面に立てかけると、右手を傷口へ当てた。
淡い光が傷口を包む。
流れていた血が止まり、裂けた皮膚がゆっくりと塞がっていく。
「ほら、治った」
キリムは何事もなかったように左腕を回してみせた。
「……はあ」
リンフォンは眼鏡の奥で目を丸くした。
「キリム君、治癒魔法まで使えるんですね」
「おう。まあ、ちょっとした怪我ならな」
「ちょっとした怪我って……」
「キーぼんの治癒魔法は便利だべ。オラも何度か世話になってるど」
バレルズが笑った。
その頃、少し離れた場所では、負傷者たちの治療が始まっていた。
「大丈夫ですぅ。私に任せてください」
桃色の髪をした少女が、ツヴァイクの傍らに膝をついていた。
少女の手から柔らかな光が溢れ、負傷した腕を包み込む。
「おお……痛みが……」
ツヴァイクが驚いた声を上げた。
「もう大丈夫ですよぉ、殿下」
少女は優しく微笑んだ。
「なんという治癒魔法だ……」
近くにいた教官も驚きを隠せない。
少女は続いてスイエール、ネビル、フィフルのもとへ向かい、次々と治癒魔法を施していった。
通常なら治療に時間のかかる怪我も、彼女の手にかかれば見る間に回復していく。
「素晴らしい……」
スイエールが自分の腕を確かめながら呟いた。
「これほどの治癒魔法は、初めて見ました」
「ありがとうございますぅ。皆さんが無事で、本当によかったです」
少女は笑顔で答えた。
しかし、その視線がふと、離れた場所にいるキリムへ向いた。
キリムはバレルズやリンフォンと笑いながら話している。
先ほどまで血を流していた肩には、もう傷一つ残っていない。
「……え?」
「どうかしましたか?」
フィフルが不思議そうに尋ねた。
「い、いえ! 何でもありません!」
少女は慌てて首を振った。
それでも、どうしても視線が向いてしまう。
キマイラの巨体。
その傍らで楽しそうに笑う紅髪の少年。
桃色の髪の少女が、呆然とキリムたちを見つめていた。
◇ ◇ ◇
キマイラ討伐から数日が過ぎた。
王立学園では、あの日の出来事が生徒たちの間で話題になっていた。
何しろ、合同実地演習に現れたキマイラを、第一学年の生徒二人が討伐したのである。
しかも、その二人が第二王子とその友人たちを救ったというのだから、噂にならないはずがない。
そんな騒ぎをよそに、キリムとバレルズはいつものように教室の席についていた。
「もぐもぐ……」
バレルズが机の上に置いた大きな紙袋からバゲットを取り出し、かじっている。
「おい、バレルズ。一つくれよ」
「キーぼん、朝飯食ったんじゃねえのか?」
「食ったけど腹が減った」
「しょうがねえなあ」
バレルズは袋の中からバゲットを一本取り出し、キリムへ手渡した。
「おう、ありがとな」
キリムは受け取ったバゲットを大きくちぎり、口へ放り込んだ。
「うん、うめえな!」
「んだな。オラはこいつがあれば幸せだべ」
「お前はいつも食ってるじゃねえか」
「キーぼんだって人のこと言えねえど」
二人がそんな会話をしていると、何人かのクラスメイトが机の周りへ集まってきた。
「なあ、ブラドリー君。ちょっと聞いてもいいか?」
「ん? なんだ?」
「この前のキマイラ、本当に君たち二人で倒したのか?」
「ああ、まあな。リンフォンにも手伝ってもらったけどよ」
「すごいな! 僕も演習に参加していたけど、あんな魔物が出てきたら逃げるだけで精一杯だよ」
「しかも、殿下たちを助けたんだろ?」
「おう。バレルズが間に合ってよかったぜ」
キリムが隣の大男を親指で指した。
紅い髪のキリムは、同年代の生徒たちの中でも頭一つ抜けた長身である。鍛え上げられた肩や腕には、長年の訓練の成果が現れていた。
しかし、その隣のバレルズはさらに横幅がある。
樽のように太い胴体に、分厚い胸板と丸太のような腕。全身がずっしりとしており、座っていても周囲の生徒より一回りも二回りも大きく見えた。
二人が並ぶと、教室の机や椅子が妙に小さく見えてしまう。
「それにしてもバレルズ君、その巨体
でキマイラの攻撃を受け止めたんだって?」
「んだ。けんど、盾が壊れちまったべ」
「キマイラの攻撃を受けたんだから仕方ないだろう。よく無事だったな!」
「まあ、オラは丈夫だからな」
バレルズは照れくさそうに頭をかいた。
「そういや、ブラドリー君。キマイラを倒したときの武器は何ていうんだ? 普通の槍じゃなかったんだろ?」
「戟っていうんだ。特注品なんだぜ!」
「おお! なんだかすごいな!」
「二年ぐらい使ってるんだが、やっと手に馴染んだんだ」
「キーぼん、嬉しそうだなあ」
「そりゃ嬉しいに決まってるだろ!必殺技がやっとできるようになったんだから!」
キリムは得意そうに笑った。
そのとき、教室に入ってきたリンフォンが、二人を囲む人だかりを見つけた。
「あらあら。今日も人気者ですね、将軍」
「おう、おはよう。だからまだ暫定だって」
「ふふっ。キリム君もバレルズ君も、すっかり有名人ですね」
紺色のポニーテールを揺らしながら、リンフォンは二人の席へ歩み寄った。
「しかし、キマイラ戦は楽しかったなあ!」
キリムは残ったバゲットを口へ放り込みながら言った。
「軍隊で戦うのもいいけどよ、ああいう強敵との戦いもいいな!」
「オラはもう勘弁だべ。盾は壊れるし、疲れるし……」
「でも、演習の成績は良かったんだろ?」
「それはそうだけんど、問題はほかの授業だべ。卒業までに単位が足りるか心配なんだど」
「そりゃ大変だな」
「他人事みてえに言うんじゃねえべ!」
「ははは!」
キリムの笑い声に、クラスメイトたちもつられて笑った。
やがて始業の時間が近づき、生徒たちはそれぞれの席へ戻っていった。
「そういえば、お二人にお話があるんです」
リンフォンが少し声を落とした。
「例のキマイラの件なんですが、学園の先生方だけでなく、軍部でも調査しているそうですよ」
「そりゃそうだろうな。王子様が襲われたんだからよ」
「ええ。それで、まだ噂の段階なんですけど……ナンセーブが関係しているんじゃないかって話があるんです」
「ナンセーブ?」
キリムが眉を上げた。
「またあいつらか?」
キリムがはじめて戦争に参加したときの相手だ。
「もっとも、今回のキマイラとの関係は、まだ何も分かっていませんけどね」
「ふうん……」
キリムは少し考え込んだ。
あれほどの魔物が突然現れたのは不自然だが、外国の軍勢が関わっているというのは、いささか話が飛躍しているようにも思える。
「それでですね。父から聞いた話なんですが、どうやらナンセーブ軍がまた動き始めているらしいんです」
「……ほう?」
キリムの目つきが変わった。
「近いうちに、再びセントーンへ攻め込んでくるかもしれないと」
「……戦争か!」
キリムが勢いよく立ち上がった。
「おい、バレルズ! 聞いたか!」
「聞いてるべ。けんど、キーぼん。オラたちは学生なんだど」
「だからどうしたよ。戦争なら俺たちの出番だろ!」
「単位が……」
バレルズが情けない声を出した。
すると、リンフォンが眼鏡を指で押し上げた。
「あ、それでしたら、従軍で単位が認められる制度がありますよ」
「……なんだって?」
バレルズが顔を上げた。
「従軍すれば、実際の軍務経験を専科の単位として認めてもらえるんです。それに、共通科目の方も優遇されるそうですよ」
「……」
バレルズはしばらく黙っていた。
「ほ、本当か?」
「ええ。もちろん手続きは必要ですけど」
その言葉を聞いた途端、バレルズが勢いよく立ち上がった。
「キーぼん! 行くべ!」
「おう!」
「オラたちの単位がかかってるべ!」
「俺はそっちじゃねえけどな!」
二人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
リンフォンが慌てて割って入る。
「まだ戦争が始まったわけじゃありませんよ?」
「分かってるって。始まったら行くんだよ!」
「始まる前に手続き調べておくべ!」
「……私、戦争に行けとは言ってませんからね?」
リンフォンは呆れたようにため息をついた。
そのときだった。
教室の入り口付近が、にわかにざわついた。
生徒たちの視線が、一斉に扉へ向けられる。
そこには、蒼い髪をきれいに整え、眼鏡をかけた男子生徒が立っていた。
「キリム・ブラドリーはいるか」
「ん? 俺だが?」
キリムが返事をすると、男子生徒は眼鏡の奥から冷たい視線を向けた。
「第二王子ツヴァイク殿下がお呼びだ。昼休みにサロンへ来るように」
「……王子様が? ああ、分かった」
「殿下がわざわざお前をお招きになるのだ。光栄に思うがいい」
そう言うと、男子生徒はキリムの返事も待たずに立ち去った。
「……なんだ、あいつ?」
「スイエール・プレソーブル様ですよ。宰相閣下のご嫡男です」
リンフォンが小声で教えてくれた。
「ああ、キマイラのときにいた氷魔法の奴か」
「氷の貴公子、と呼ばれている方ですね」
「へえ。氷の貴公子ねえ……」
キリムは男子生徒の去った扉を見つめた。
「礼の一つもなかったな」
「まあ、ああいう方ですから……」
リンフォンは苦笑いした。
「それより、第二王子殿下からのお招きですよ。何のお話でしょうね?」
「さあな。護衛でも頼みたいんじゃねえか?」
キリムはあまり興味がなさそうだった。
何しろ今は、ナンセーブとの戦争の方が気になって仕方ないのである。
◇ ◇ ◇
昼食をとった後に短めの仮眠までとったキリムは、第二王子の待つサロンへ向かった。
会談をしたいとのことだが、おそらく護衛か側近としての勧誘だろうとあたりはついていた。
キリムも自身が学年で一番強いという自信はある。
しかし、護衛なら学園内にもすでに配置されている。
そう、サロンの扉の前に立つ騎士のように。
「ご苦労様です。キリム・ブラドリーと申します。第二王子殿下はこちらにいらっしゃいますか?」
キリムが挨拶すると、扉の前に立つ騎士は気さくに応えてくれた。
「おお、ブラドリー騎士団長のご子息か。確かにツヴァイク殿下とそのご友人は中に居られる。それにしても、でかいなあ。まだ一学年だろ?」
騎士もキリムと大して変わらない背丈があり、がっしりとした体格をしている。
「伯爵家でいいものを食べさせてもらってますから。そうだ、ケイティ商会のバゲットは食べてもらえましたか? あの商会、母がやってるんですよ」
「おお、知ってるぞ! 朝にも食べたよ。最近、騎士団の兵舎近くにも店ができてな」
「そうなんですか?」
「ああ。バゲットに肉や新鮮な野菜を挟んだやつがうまくてな。あのソースドレッシングがまたたまらん!」
「ははは! 母も喜びますよ」
「そうか、伯爵夫人の商会だったのか。いや、あの店ができてから兵舎でも評判でな」
騎士は嬉しそうに笑った。
キリムもつられて笑う。
何やら母の商売は、王都でも順調らしい。
「騎士様は王都騎士団ですか? それとも近衛?」
「騎士様はやめてくれ。エンリケだ。エンリケ・タットール。エンリケと呼んでくれ、轟雷将軍」
「ははっ、まだ暫定ですよ」
「そうだったな! 一応、今は近衛だが、この間までは騎士団にいたんだ」
そう言って差し出された右手を、キリムは握り返した。
大きく、硬い手だった。
キリムは王族との会談より、このままエンリケと話を続けていたいと思った。
しかし、そのとき。
サロンの扉が静かに開いた。
「……キリム・ブラドリー様でいらっしゃいますか?」
澄んだ少女の声が響いた。
その声を聞いた瞬間、キリムは動きを止めた。
透き通るように美しく、清楚でありながら、どこか甘い響きを含んだ声。
そして、何より。
聞き覚えがあった。
キリムが振り向くと、そこには紫がかった美しい髪をした少女が立っていた。
吊り目がちの瞳に整った顔立ち。
気品に満ちたその姿は、まさしく絵に描いたような公爵令嬢である。
綺麗だ。
とても、綺麗だった。
「……あ、はい! 俺が、いや、私がキリム・ブラドリーです!」
思わず声が裏返った。
少女は少しだけ微笑んだ。
「レイティシア・プロマンシーと申します。先日の実地演習では、危ないところをお救いいただき、ありがとうございました」
「い、いえ! ご無事で何よりです!」
キリムは慌てて背筋を伸ばした。
レイティシアは丁寧に頭を下げると、サロンの中へとキリムを促した。
「ツヴァイク殿下がお待ちです。どうぞ、こちらへ」
「は、はい!」
再び、その声。
キリムの胸が妙に騒いだ。
こんな美少女と会った記憶はない。
なのに、どこかで聞いたことがある。
それも、随分と昔に。
何だっただろうか。
◇ ◇ ◇
「遅いぞっ!」
サロンに入るなり、怒号が飛んできた。
中央のソファにふんぞり返る、金髪のふくよかな少年。
第二王子ツヴァイクである。
その声にキリムは我に返った。
「第一学年、キリム・ブラドリーです。殿下のお招きに応じて参りました」
「ふん。王族からの招待だというのに、随分と悠長なことだな」
遅いと言われても、まだ昼休みの時間である。
気の短い王子様だ。
そんな王子の周囲には、先ほど教室に来た蒼髪の眼鏡、緑色の長髪、そして白髪の小柄な少年がいた。
緑髪の少年は仕立てのよい服を着こなし、優雅に紅茶を嗜んでいる。
白髪の少年は小さな身体でソファに腰掛け、愛想よく笑っていた。
「殿下が直々にお呼びになったのです。招待の時刻より先に参上して、お待ちするのが礼儀というものでしょう」
蒼髪のスイエールが眼鏡を直しながら言った。
「どうやら、地方ではそのような礼節を学ぶ機会もないようですね」
「まあまあ、スイエール。そう責めてやることもないだろう」
緑髪の少年が紅茶を口に運びながら笑う。
「王都に来たばかりなんだから、仕方ないさ。そうそう、ブラドリー君。ここのサロンの敷物は君の泥のついた靴で踏んでいいモノではないよ?」
少年は得意そうにサロンに敷いてある毛足の長い絨毯を指差す。
「うちの商会が西方から取り寄せた最高級品なんだ。田舎じゃ、まずお目にかかれないだろうね」
「へえ、そうなのか」
キリムはちらりと足元をみる。
「……まあ、君には違いが分からないかもしれないけどね」
少年は満足そうに微笑み、もう一口紅茶を嗜んだ。
ネビル・ノーレル。
王国一の商会を実家に持つ、裕福な伯爵令息である。
「でもでも、ツヴァイク殿下はそんなこと気になさらないよね?」
白髪の小柄な少年が、可愛らしい笑顔を浮かべた。
「だって、殿下はお優しいもの! 地方の伯爵家の方にも、こんなふうにお声をかけてくださるんだから!」
「ふん、当然だ」
ツヴァイクは満足そうに頷いた。
フィフル・ウェンスター。
西方ウェンスター帝国の第五皇子である。
小柄な身体に愛らしい顔立ち。その笑顔は人懐っこく、いかにも無邪気な少年といった風情だった。
キリムは、そのやり取りを黙って聞いていた。
なんだか随分と偉そうな連中である。
しかし、王都の貴族というのはこういうものなのかもしれない。
ここは貴族の付き合いを学ぶ場所でもあるのだ。
「キリム・ブラドリー。お前の武勇については聞いている」
ツヴァイクが口を開いた。
「暫定とはいえ将軍の位を持ち、先日のキマイラも討伐したそうだな」
「はい」
「地方の伯爵家次男にしては、なかなかの働きだ」
「ありがとうございます」
「そこでだ。お前が望むなら、私の側近候補として取り立ててやってもよい」
ツヴァイクは得意そうに胸を張った。
「学園内では私の護衛を務めるがよい。いずれ私が王太子となった暁には、お前にも相応の地位を与えてやろう」
「おお! さすがツヴァイク殿下!」
フィフルが小さな手で拍手した。
「こんな素晴らしいお話、滅多にないよ! ねえ、ブラドリー君?」
「殿下の側近という地位は、金銭で買えるようなものではありませんからね」
ネビルが意味ありげに笑った。
「僕の家の商会でも、殿下のお役に立つためには随分と苦労しているんだよ。それを君は、武芸一つで手に入れられるというんだから、羨ましい限りだね」
「殿下のご厚意、ありがたく受けるべきでしょう」
スイエールが当然のように言った。
キリムは少し考えた。
確かに、将来の王太子の側近というのは魅力的な話なのだろう。
しかし。
ついさっき、バレルズと戦争に行く約束をしたばかりである。
それに、先ほどからのやり取りを聞いていると、どうにもこの連中とは気が合いそうにない。
王子の側近ともなれば、毎日のように顔を合わせることになるのだろう。
それなら、バレルズと一緒に訓練でもしていたほうが、よほど楽しい。
「ありがたいお話ですが、殿下。申し訳ありませんが、お引き受けできません」
サロンが静まり返った。
「……何?」
ツヴァイクの眉が吊り上がる。
「……なるほど」
スイエールがゆっくりと眼鏡を押し上げた。
「殿下のご厚意を理解できないとは。どうやらブラドリー家では、武芸以外の教育が行き届いていないようですね」
「いえ、自分は暫定とはいえ将軍の位を持っております。近々、ナンセーブとの戦争が起こるかもしれませんので、参戦するつもりなのです」
「戦争だと?」
ツヴァイクが怪訝な顔をした。
「はい!」
キリムは嬉しそうに頷いた。
「ナンセーブがまた攻めてくるらしいんですよ!」
「……貴様、戦争に行きたいというのか?」
「もちろんです!」
キリムは即答した。
そのあまりに迷いのない返事に、ツヴァイクは呆れたような顔をした。
「……ふん。所詮は田舎の武辺者か」
「戦場で武器を振るうことしか考えられないのでしょう」
スイエールも冷ややかに言った。
「まったく、目先の武功にばかり目を向けるとは。殿下の側近になれば、将来どれほどの利益が得られるかも分からないのかな?」
ネビルが肩をすくめた。
「でも、戦争なんて怖いのに、自分から行きたいなんてすごいね!」
フィフルがにこにこと笑った。
「僕だったら、ツヴァイク殿下のおそばにいる方が、ずーっといいなあ!」
「当然だろう」
ツヴァイクは鼻を鳴らした。
そんな彼らの様子を見ていたレイティシアが、静かに口を開いた。
「殿下。ブラドリー様は王国の将軍でいらっしゃいます。国境に危機が迫るのであれば、軍務を優先なさるのは当然ではありませんか?」
「……レイティシア」
「それに、先日の実地演習でのご活躍も見事なものでした。ブラドリー様とバレルズ様がおられなければ、私たちはどうなっていたか分かりません」
そう言って、レイティシアはキリムへ目を向けた。
「改めて、感謝申し上げます」
「……あ、はい!」
まただ。
その声を聞くと、どうにも調子が狂う。
キリムは思わずレイティシアを見つめた。
美しい紫の髪。
少し吊り上がった瞳。
そして、聞き覚えのある声。
……どこで聞いた?
「ふん。もうよい!」
ツヴァイクが不機嫌そうに手を振った。
「そこまで戦場へ行きたいのなら、勝手にするがよい!」
「ありがとうございます、殿下!」
「礼などいらん! 下がれ!」
「はっ!」
キリムは一礼すると、サロンを後にした。
◇ ◇ ◇
廊下に出たキリムは、しばらく考え込んでいた。
何かが引っかかっている。
レイティシアの声。
確かに、どこかで聞いたことがある。
それも、ずっと昔のことだ。
そして、あのサロンの顔ぶれ。
金髪のオレ様王子。
蒼髪の陰険眼鏡。
緑髪の金満ナルシスト。
白髪のショタ皇子。
そして、紫髪の美しき公爵令嬢。
……あれ?
キリムは自分の紅い髪をひと房つまんだ。
紅髪の、騎士団長令息。
「……ん?」
頭の奥で、何かがつながり始めた。
そうだ。
この顔ぶれ。
確かに、どこかで見たことがある。
それに、あのレイティシアの声。
あの声は……。
……ゲームだ。
ずっと昔、一度だけ遊んだことのあるゲーム。
あのとき、画面の中で聞いた声。
レイティシアの声。
あの乙女ゲーム。
たしか、名前は――。
「ああああああっ!」
キリムは突然、頭を抱えた。
「『キミキキ』じゃないか〜!」
その場にしゃがみ込む。
サロンの扉の前では、近衛騎士エンリケ・タットールが、驚いた顔でキリムを見つめていた。
しかし、キリムにはそんなことを気にする余裕もなかった。
そして、もう一つ。
思い出してしまった。
「……ってことは、俺、あの脳筋の騎士団長令息かよ!」
読んでいただきありがとうございます
とりあえずタイトル回収(?)出来たので、連日の投稿はここまでになります。
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