10話 転生少女リリアーナ
リリアーナ視点です
リリアーナが十歳になるかならないかの頃だった。
その日、リリアーナは家の近くにある大きな木に登っていた。
木登りは得意だった。母には危ないからやめなさいと言われていたが、高いところから眺める景色が好きだったし、何より少しだけ大人になったような気分になれた。
空には灰色の雲が広がっていた。
雨が降りそうだな。
そんなことを考えた瞬間だった。
突然、空が真っ白になった。
雷鳴が響くよりも早く、凄まじい衝撃がリリアーナの身体を貫いた。
そして、意識が途切れた。
次に目を覚ましたとき、リリアーナの頭の中には、今まで存在しなかったはずの記憶があった。
電気、テレビ、スマートフォン。
学校、コンビニ、ファミレス。
そして、漫画、アニメ、ゲーム。
自分が日本という国で暮らしていた記憶だ。
雷に打たれる前の記憶が失われたわけではない。けれど、どこまでが今の自分の記憶で、どこからが以前の自分の記憶なのか、少し曖昧だった。
ただ、一つだけはっきりしていることがある。
目を覚ましたリリアーナを抱きしめ、泣いて喜んでいるこの女性が、自分の大好きな母親だということだった。
そして、もう一つ。
この世界、生活水準が低すぎる!
「何、このパン! まず過ぎない!?」
硬い。とにかく硬い。
しかも、ぼそぼそしている。
日本のコンビニで売っていた百円のパンのほうが、百倍おいしい。
「リリアーナ? どうしたの?」
「お母さん、もっとふわふわのパンはないの?」
「ふわふわ? そうねえ。街のパン屋さんなら、柔らかいパンも売っていると思うけど……」
「じゃあ、それ買おうよ!」
「ふふっ。今度、お仕事のお金が入ったらね」
母親は困ったように笑った。
リリアーナの母は、お針子として働いていた。
母親は美しい女性だった。
だが、女手一つで娘を育てる暮らしは、決して楽ではなかった。
それでも、身なりはいつも清潔に整えられていた。古い服でも丁寧に繕い、少ない食材でも工夫して料理を作る。
そんな母親を、リリアーナは大好きだった。
しかし、それとこれとは話が別である。
「毎日シャワーも浴びられないとか、意味わかんない!」
「しゃわー?」
「お湯が上から、ざーって出てくるやつ!」
「まあ、便利そうねえ」
「便利なんてもんじゃないよ!」
お風呂に入りたい。
柔らかいベッドで眠りたい。
おいしいものをお腹いっぱい食べたい。
かわいい服も欲しい。
リリアーナの欲望は尽きなかった。
もっとも、母親が毎日遅くまで働いていることは知っていたので、本気で困らせるようなわがままは言えなかった。
その分、腹が立つのは父親である。
リリアーナは父親の顔を知らなかった。
母親に聞いたところ、どこぞの貴族様なのだという。
(はあ? 平民の女に手を出して、子供まで作っておいて、そのまま放置? 最低じゃん!)
母親は父親を悪く言わなかった。
事情があったのだと、いつも穏やかに話す。
しかし、現代日本の倫理観を持つリリアーナには、到底納得できる話ではなかった。
(貴族って、ほんっとろくでもない!)
そう憤慨していたリリアーナだったが、だからといって自分の力で生活を変えようとは、あまり考えなかった。
できれば働きたくない。
誰かがお金持ちにしてくれないかなあ。
これが、偽らざる本音である。
ただし、母親のためとなれば話は別だった。
ある日、仕事から帰ってきた母親が、疲れた顔で夕食の支度を始めようとした。
「お母さん、今日はワタシが作る!」
「あら、リリアーナ。お料理できるの?」
「任せて! 前世じゃ普通にやってたんだから!」
「ぜんせ?」
「あ、ううん! なんでもない!」
リリアーナは前世の記憶を頼りに料理を始めた。
もっとも、現代日本と違って調味料も食材も限られている。
最初からうまくいったわけではない。
それでも、炒め方を変えたり、香草の使い方を工夫したりして、少しずつ料理の腕を上げていった。
ある日、手に入った小麦粉と卵を使って薄い焼き菓子を作り、わずかな蜂蜜をかけて母親に出した。
「まあ、おいしい!」
母親は本当に幸せそうに笑った。
「リリアーナはお料理が上手ねえ」
「えへへ。もっとおいしいのも作れるよ!」
「楽しみね。でも、無理して高い材料を買っては駄目よ」
「わかってるって!」
リリアーナは胸を張った。
自分の作ったもので母親が喜ぶ。
それは、思っていた以上に嬉しいことだった。
もちろん、自分でもおいしいものを食べられるのだから、一石二鳥である。
そんな母娘の暮らしに、転機が訪れた。
母親が病に倒れたのだ。
最初は軽い風邪だと思っていた。
ところが熱は下がらず、日に日に身体が弱っていった。
薬を買うお金も十分にはない。
母親は苦しそうに息をしながら、それでもリリアーナに笑いかけた。
「大丈夫よ。少し休めば、きっとよくなるから」
「大丈夫じゃないじゃん!」
リリアーナは泣きそうになった。
前世の知識があっても、病気を治す方法なんて知らない。
お粥を作って、水を飲ませて、汗を拭いて。
できることは全部やった。
それでも、母親の熱は下がらない。
「お母さん、死んじゃ嫌だよ……」
リリアーナは母親の手を握りしめた。
お金持ちになりたい。
贅沢がしたい。
働かずに暮らしたい。
そんな願いばかり抱いていた少女が、そのとき初めて、心の底から別のことを願った。
お母さんを助けたい。
ただ、それだけだった。
その瞬間、握りしめた手から温かな光があふれた。
「え……?」
リリアーナにも何が起きたのかわからなかった。
光は母親の身体を包み込み、やがて静かに消えた。
苦しそうだった呼吸が落ち着いている。
額に触れると、先ほどまでの熱が嘘のように引いていた。
「お母さん?」
母親がゆっくり目を開けた。
「あら……なんだか、身体が軽くなったわ」
「お母さん!」
リリアーナは母親に抱きついた。
このとき発現した能力こそ、リリアーナが持つ特別な治癒能力だった。
この世界にも治癒魔法は存在する。
しかし、病に苦しむ人間を短時間で回復させる力は、決して一般的なものではない。
もっとも、当のリリアーナは、そんなことを知らなかった。
(え? なにこれ? ひょっとして私、チート持ち!?)
母親が助かったことを喜びながらも、ちゃっかり自分の能力に期待していた。
その後、母親に頼まれて近所の怪我人を治療したり、病人を助けたりするうちに、リリアーナの噂は街中に広がっていった。
桃色の髪をした少女が、不思議な癒やしの力を使う。
その噂は、やがて一人の貴族の耳にも届いた。
コップトン男爵である。
コップトン男爵は比較的裕福な領地を持つ貴族で、少女の噂を聞いて強い関心を抱いた。
治癒能力の希少性もさることながら、気になったのは少女の髪の色だった。
桃色の髪。
それは、男爵自身と同じ色だった。
男爵は、かつて親しくしていた平民の女性を思い出した。
そして、少女の母親の名前を聞くと、直接会いに行くことにした。
その日、リリアーナの家の前に立派な馬車が止まった。
「失礼する。こちらにリリアーナという少女が住んでいると聞いたのだが」
扉の向こうに立っていたのは、上等な服を着た男性だった。
きちんと整えられた髪は、リリアーナと同じ桃色。
リリアーナは目を丸くした。
(うわっ! ピンク髪のおっさん!)
男性もリリアーナを見て驚いていた。
その顔立ち、そして何より髪の色。
男爵には、目の前の少女が誰なのか、すぐに察しがついた。
「……まさか」
そこへ母親が現れた。
「あら……コップトン様?」
「やはり、君だったのか」
二人はしばらく言葉を失っていた。
やがて男爵は、リリアーナへ視線を向けた。
「この子は……私の娘なのか?」
「はい」
母親は静かにうなずいた。
男爵は深く息を吐いた。
「……そうか。私は、何も知らなかった」
母親は責めるでもなく、穏やかに微笑んだ。
「お知らせしなかったのは、私の意思です。あの頃は、あなたにもお家の事情がありましたから」
「しかし、君たちにこれほど苦労を……」
「この子と過ごした日々を、不幸だったとは思っていませんよ」
母親の声は柔らかかった。
けれど、その言葉には確かな強さがあった。
「私が選んだ人生です。そして、この子は私の宝物ですから」
男爵は黙って頭を下げた。
リリアーナは二人の顔を交互に見つめていた。
(……え? ちょっと待って?)
父親がどこぞの貴族だという話は聞いていた。
だが、まさかこんな形で本人が現れるとは思ってもみなかった。
(いやいやいや、だからって十年間も娘の存在を知らないとか、どうなのよ!)
男爵が本当に知らなかったことは、リリアーナにも理解できた。
だからといって、すぐに父親として受け入れられるかといえば、それは別の話である。
母親が苦労してきた十年間を思えば、そう簡単に納得できるものではなかった。
(ま、ちゃんと反省してるみたいだけどね!)
その後、男爵は母娘をコップトン男爵家へ迎え入れたいと申し出た。
母親はすぐには返事をしなかった。
リリアーナの将来を考え、男爵と何度も話し合った末に、その申し出を受け入れた。
こうしてリリアーナの生活は一変することになった。
そして、男爵家へ移ったリリアーナが、最初に驚いたのは食事だった。
「なにこれ! おいしい!」
柔らかいパン。
たっぷりの肉。
新鮮な野菜に、甘いお菓子。
今までの生活では考えられないご馳走が、毎日のように食卓に並んでいた。
お風呂もある。
ベッドもふかふか。
綺麗な服だって着られる。
(なにこれ、最高じゃん!)
父親のことは、まだ好きになれない。
しかし、男爵家の暮らしには何の罪もなかった。
リリアーナは遠慮なく贅沢を満喫した。
男爵も、突然できた娘がかわいくて仕方がなかった。
リリアーナが新しいドレスを欲しがれば、すぐに仕立て屋を呼んだ。
珍しいお菓子を食べたいと言えば、わざわざ取り寄せた。
かわいい靴も、髪飾りも、欲しいと言えば大抵は買ってもらえた。
「お父様! このドレス、もう一着欲しい!」
「ほう、気に入ったのか。ならば色違いも仕立てさせよう」
「えっ! いいの!?」
「もちろんだとも!」
(ちょろっ!)
リリアーナは満面の笑みを浮かべた。
男爵としても、今まで何もしてやれなかった娘への埋め合わせをしたい気持ちがあった。
ただ、その甘やかしぶりには、母親も少々困っていた。
「コップトン様。あまり甘やかしては、この子のためになりませんよ」
「いや、しかし、これまで苦労をさせたのだから……」
「それとこれとは別です」
母親が穏やかな笑顔でそう言うと、男爵は少しだけ困った顔になった。
リリアーナはというと、父親の後ろに隠れていた。
(お母さん、余計なこと言わないでよー!)
こうして、母親には頭が上がらないリリアーナも、男爵にはすっかり甘えるようになっていった。
そんなある日、男爵はリリアーナの治癒能力を詳しく調べるため、教会を訪ねることにした。
娘の力が普通の治癒魔法とは違うのではないかと、以前から気になっていたのだ。
男爵の依頼を受けた教会は、経験豊かな治癒術師たちを集め、リリアーナの能力を調べることにした。
最初に試したのは、怪我の治療だった。
リリアーナが患者の患部に手を当てると、温かな光があふれ、傷がみるみる塞がっていった。
教会の治癒術師たちは感心したものの、これだけなら高度な治癒魔法でも可能だった。
しかし、次の検証で彼らの表情が変わった。
長く病に苦しんでいた患者に、リリアーナが手をかざしたときだった。
衰弱していた患者の呼吸が落ち着き、顔色がよくなっていく。
治癒術師たちは互いに顔を見合わせた。
「……これは」
「これほど短時間で回復するとは……」
通常、病に対する治癒魔法は難しい。
傷の治療とは異なり、原因を見極め、患者の状態に合わせて慎重に治療する必要がある。
ところがリリアーナは、そのような知識を持っていない。
そもそも治癒魔法の専門的な訓練すら受けていないのだ。
「お嬢様。今の治療は、どのようになさったのですか?」
「え? ワタシは治れーって思っただけだけど?」
「……それだけですか?」
「うん。それだけ!」
リリアーナは得意げに胸を張った。
治癒術師たちは困惑した。
少女が嘘をついているようには見えない。
しかし、従来の治癒魔法の知識では、この能力をうまく説明できなかった。
検証を終えた後、教会の高位の聖職者がコップトン男爵を呼び出した。
「男爵閣下。お嬢様の能力について、我々の見解をお伝えします」
「うむ。どうであった?」
「極めて珍しい能力です。既存の治癒魔法とは異なる性質を持つ可能性があります」
「それほどか!」
「はい。断定はできませんが、あるいは神の加護に類するものかもしれません」
「神の加護……!」
男爵は驚きの声を上げた。
「ただし、現時点では正体がわかりません。お嬢様の能力については、今後も慎重に調べる必要があるでしょう」
「なるほど。いや、よくわかった。世話になった!」
男爵は上機嫌で教会を後にした。
娘に素晴らしい才能がある。
それだけでも嬉しかったのに、神の加護の可能性まであるという。
男爵の喜びようは大変なものだった。
こうしてリリアーナは、教会からも特別な存在として注目されることになった。
桃色の髪を持つコップトン男爵令嬢には、通常の治癒魔法では説明できない力がある。
神の加護を受けているのではないか。
そんな噂が貴族社会にも広がっていった。
もちろん、当のリリアーナはご満悦だった。
(やっぱり! ワタシって特別なんじゃん!)
父親は自分をかわいがってくれる。
お金もある。
治癒能力まで特別だと言われた。
もはや、自分の将来に不安などなかった。
さらに男爵は、娘の才能を伸ばすため、王立学園への入学を考えるようになった。
貴族の子弟が通う王立学園には、家格や特別な才能を持つ生徒が集められるエリートクラスが存在する。
通常、男爵家の子女が入ることは難しい。
しかし、教会が能力の希少性を認めたリリアーナであれば、特例として入る可能性があった。
「リリアーナ。お前には王立学園で学ぶだけの才能がある。エリートクラスへの入学も十分に考えられるぞ」
「エリートクラス?」
「ああ。王国でも特に優秀な子弟が集まるクラスだ」
「ふーん。なんかすごそう!」
「もちろんだとも! お前の才能なら、きっと立派な治癒術師になれる!」
男爵は誇らしげだった。
その一方で、娘が貴族社会で困らないよう、礼儀作法の教師をつけることも考えた。
しかし、リリアーナは勉強が好きではなかった。
「えー! そんなの面倒くさい!」
「いや、しかし、学園では礼儀作法も必要になるぞ?」
「大丈夫だって! ワタシ、ちゃんとできるもん!」
「そうか? ならば、まあ……」
男爵は娘の自信満々な笑顔を見ると、それ以上強く言えなかった。
母親からは、きちんと勉強させるようにと言われていたのだが。
結局、必要最低限の教育は受けさせたものの、それ以上は娘の希望を優先することになった。
男爵自身は、貴族社会の常識をよく理解している。
ただ、かわいい娘にはどうにも甘かったのである。
そして、その日のことだった。
新しいドレスを着せてもらったリリアーナは、自室の大きな鏡の前に立っていた。
桃色の髪。
ぱっちりとした瞳。
整った顔立ち。
そして、男爵令嬢という身分。
そこに王立学園、エリートクラスという言葉が重なった瞬間、リリアーナの頭の中で何かがつながった。
「……あれ?」
リリアーナ。
桃色の髪。
男爵令嬢。
特別な治癒能力。
王立学園。
「……ちょっと待って」
どこかで聞いたことがある。
いや、聞いたどころではない。
何度も何度も見た設定だ。
「リリアーナって……」
鏡に映る自分の顔を見つめる。
「“キミキキ”のリリアーナじゃない!?」
“キミキキ”。
正式名称は『君の心が聞きたくて』。
剣と魔法のファンタジー世界を舞台に、王立学園へ入学した少女が、身分も性格も異なる五人の男性たちと恋愛を繰り広げる乙女ゲームである。
王子様、貴族の御曹司、異国の皇子。
それぞれ個性的な攻略対象が登場し、恋愛だけでなくRPG的な要素も楽しめる。
基本的には王道の乙女ゲームだが、隠し要素も多く、そこそこヒットした作品だった。
そして、リリアーナはそのゲームを何度も遊んでいた。
「やった!」
思わず両手を突き上げる。
「勝った! ワタシが何回“キミキキ”クリアしたと思ってんのよ!」
攻略対象の好みも、イベントの発生条件も覚えている。
どんな選択肢を選べば好感度が上がるのかだって知っている。
もちろん、全てを完璧に覚えているわけではない。
それでも、普通の人間よりはるかに有利なことは間違いなかった。
しかも、自分はゲームの主人公。
教会が加護の可能性まで指摘した、特別な治癒能力も持っている。
これはもう、勝ったも同然ではないか。
リリアーナは鏡に向かって笑いかけた。
「待ってなさいよ、攻略対象のイケメンたち!」
もちろん、彼らは全員好きなキャラクターである。
それぞれのルートで何度も恋愛を楽しんだし、お気に入りのイベントだってある。
だが、今回のリリアーナには、さらに大きな目標があった。
全ての攻略対象に関わることで、その先に開かれる特別な結末。
スペシャルエンド。
何度もゲームを遊んだからこそ、その存在を知っている。
(今度こそ、あのエンディングを目指してやるんだから!)
もっとも、王立学園への入学はまだ先のことである。
それまでの間、リリアーナは男爵家で何不自由ない生活を送った。
新しいドレスを買い、珍しいお菓子を食べ、母親と一緒に買い物へ出かける。
父親におねだりすれば、大抵のものは手に入った。
治癒能力についても、時折教会で調べてもらうことはあったが、厳しい訓練を強制されることはなかった。
そんなリリアーナにも、自分から熱心に取り組んだことが、一つだけあった。
料理である。
前世の知識を生かして作る料理やお菓子は、男爵家でも好評だった。
母親は、そのたびに嬉しそうに笑った。
「リリアーナは本当にお料理が上手ねえ」
「ふふん! もっとすごいのも作れるんだから!」
「でも、食べすぎには気をつけなさいね」
「わかってるってば!」
母親の笑顔を見ると、リリアーナはいつも少しだけ得意な気持ちになった。
そして、料理を作ることにはもう一つの楽しみがあった。
(そうそう、ツヴァイク殿下の好感度アップアイテムって、お菓子だったもんね!)
ゲームの攻略対象たちには、それぞれ好みがある。
好きなものを贈れば好感度が上がる。
もちろん、ゲームの知識を持つリリアーナは、それをよく覚えていた。
(今のうちに練習しておけば、攻略も楽勝じゃん!)
母親を喜ばせるために覚えた料理が、ゲームの攻略にも役立つ。
なんとも都合のいい話である。
やがて月日は流れ、リリアーナは十六歳を迎えた。
王立学園への入学が、いよいよ目前に迫っていた。
教会からも希少な能力の持ち主と認められたリリアーナは、特例としてエリートクラスに迎えられることになった。
桃色の髪を丁寧に梳かし、鏡の前で身なりを整える。
そこには、かつて硬いパンに文句を言っていた少女の面影を残しながらも、美しい男爵令嬢へと成長したリリアーナがいた。
少なくとも、黙って立っている限りは。
鏡の中の自分に向かって、リリアーナはにっこりと微笑んだ。
「さーて、いよいよゲーム開始ね!」
この世界が、ゲームとは違う現実であること。
そして、物語が自分の知っている筋書きどおりに進むとは限らないこと。
このときのリリアーナは、まだ深く考えていなかった。
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