8話 実地演習
王立学園の朝は早い。
もっとも、まだ日も昇りきらないうちから大盾を抱えて走り回る生徒など、そうそういるものではない。
「おい、バレルズ。授業についていけてるか?」
「ギリギリかもしれねえ」
キリムの問いに、隣を走る大男が答えた。
「戦術やら軍事の話ならまだ分かるんだけんどな。法律だの貴族の歴史だの、覚えることが多すぎるべ」
「まあ、そうだな。俺も家名と人の名前を覚えるのは苦手だ」
バレルズは、ブラドリー領軍の軍隊長であり、騎士爵でもあるシャーロッテ・ウオドリーの養子となって、王立学園へやってきていた。
立場はキリムの従者としてだが、元々農民であるバレルズは貴族の勉強に苦労している。
王立学園に入学してから、二人は学園の寮で生活していた。
朝は寮の周囲を走り、それから武器を使った稽古をする。ブラドリー領軍にいた頃から続けている日課である。
シャーロッテ・ウオドリー軍隊長の訓練は、とにかく走ることが基本だった。
剣を持って走れ。槍を持って走れ。盾を抱えて走れ。
王都に来たからといって、その習慣を変えるつもりはなかった。
走り終えたら、今度は武器を使った素振り。今朝は2人とも槍を使って、息を合わせて素振りする。
最後に2人で向かい合って、軽く打ち合ったら終わりである。
「しかし、専科の訓練は物足りねえな」
朝の稽古を終えたキリムがぼやいた。
「仕方ねえべ。学園には、まともに武器を握ったこともねえ奴がいるんだから」
「分かっちゃいるけどよ。もうちょっと歯応えが欲しいぜ」
「キーぼんと同じことやらせたら、怪我人だらけになるべ」
「そりゃそうか」
キリムは笑いながら武器を片づけた。
「よし、腹減った。朝飯にするか!」
「オラも腹減ったべ」
二人は連れ立って寮へ戻った。
汗を流して着替えを済ませ、寮で朝食をとる。
そして、授業に必要なものを持って再び外へ出た。
「もぐもぐ……」
「……おい、バレルズ。お前、さっき朝飯食ったばかりだろ?」
「んだ」
「じゃあ何でまた食ってんだよ」
「腹が減ったからだべ、寮の朝食じゃ足りないべ」
「ははっ! そりゃ仕方ねえな。俺にも一本くれよ」
「キーぼんも人のこと言えねえべ」
バレルズは抱えていた紙袋からバゲットを一本取り出し、キリムへ渡した。
バゲットは細長く焼き上げたパンで、表面は香ばしく、中は柔らかい。
母ケイトリンがブラドリー領で広めたパンである。最近では王都でも売られるようになり、二人にとってもすっかり馴染みの食べ物になっていた。
「うん、うめえな!」
「んだな。これならいくらでも食えるべ」
「お前、本当にいくらでも食いそうだから怖えよ」
二人はバゲットをかじりながら、教室へ向かって歩いていく。
その途中、キリムはピンク髪をした小柄な少女を見つけた。
手にはタオルと、朝食らしい包みを持っていた。
少女は訓練場の方をちらちらとうかがいながら、落ち着かない様子で立っている。
「……何やってんだ、あいつ?」
「ん? 誰だべ?」
「ほら、あそこのピンク頭」
「ああ、あの子か。最近よく見かけるべな」
「誰か待ってんのか?」
「さあ?」
訓練場では、朝から何人かの生徒が汗を流している。
しかし、少女は誰にも声をかけようとしない。
一歩踏み出しては立ち止まり、また訓練場を眺めている。
「……変な奴だな」
「キーぼんが言うか?」
「なんだよ」
「なんでもねえべ」
バレルズは笑いながら先を歩き出した。
キリムもそれ以上は気にせず、その後を追う。
やがて二人は教室へ到着した。
キリムたちが入ると、すでに何人かの生徒が席についていた。
「おはようございます、将軍!」
入って早々、妙に丁寧な挨拶が飛んできた。
声の主は、紺色の髪を高い位置で結んだ少女だった。
眼鏡の奥の瞳を楽しそうに細め、わざとらしく敬礼までしている。
「おう、おはよう。だから、まだ暫定だっての」
「あら、そうでした。失礼しました、暫定将軍閣下!」
「長くなっただけじゃねえか」
少女は、くすくすと笑った。
リンフォン・ソーネワ。
ソーネワ子爵家の令嬢で、キリムやバレルズと同じクラスに所属している。
ソーネワ子爵家は、アーミッド侯爵を中心とする軍閥に属しており、ブラドリー伯爵家とは同じ派閥の間柄である。
その縁もあって、リンフォンは入学当初から二人に親しく接していた。
「それにしても、今日も朝から訓練ですか?」
「おう。日課だからな」
「感心ですねえ。将軍ともなると、やはり鍛錬を欠かさないわけですね」
「だから暫定だって」
「ふふっ、分かってますよ」
リンフォンは笑いながら、今度はバレルズに目を向けた。
「バレルズ君も一緒だったんでしょう?」
「んだ。キーぼんに付き合わされてるんだべ」
「おい、付き合わされてるってなんだよ。お前だって毎朝ちゃんと来るじゃねえか」
「行かねえと、キーぼんがうるせえからな」
「あはは! 大変ですねえ」
「お前らなあ……」
キリムは呆れたように言いながら、自分の席についた。
やがて始業を告げる鐘が鳴り、教室に教師が入ってきた。
白髪交じりの髪と、きれいに整えられた口髭を持つ、中年の教師である。
普段から規律には厳しく、居眠りや私語には容赦がない。
生徒たちはそれぞれ席につき、教科書を開いた。
教師は教壇に立つと、教室を見渡した。
「授業を始める前に、一つ連絡がある」
ざわついていた教室が静かになる。
「来週、専科の合同実地演習を行うことになった」
その言葉に、キリムの顔が上がった。
「今回の演習では、王都郊外の森林地帯で小型魔物の討伐を行う。戦闘を専門とする者だけでなく、各種魔法や支援を学ぶ者も参加する。所属するクラスは関係なく、合同での演習となる」
教室がざわめいた。
魔物の討伐と聞いて喜ぶ者もいれば、不安そうに顔を見合わせる者もいる。
「なお、演習には複数の教官が同行する。危険と判断した場合は直ちに演習を中止する。くれぐれも勝手な行動は慎むように」
教師の説明が続く中、キリムは隣のバレルズに顔を向けた。
「おい、聞いたか?」
「聞こえてるべ」
「魔物討伐だってよ!」
「キーぼん、嬉しそうだな」
「当たり前だろ。ようやくまともに身体を動かせそうじゃねえか」
そのやり取りを聞いていたリンフォンが、小さく笑った。
「ふふっ。さっきまで退屈そうだったのに、急に元気になりましたね」
「そりゃそうだ。魔物相手なら遠慮する必要もねえからな」
「ほどほどにしてくださいね、将軍。学園の演習ですから」
「分かってるって」
そう答えるキリムの顔は、すでに来週のことで頭がいっぱいといった様子だった。
◇ ◇ ◇
一週間後。
王都郊外の森林地帯には、王立学園の生徒たちが集まっていた。
普段は別々の教室で学ぶ生徒たちも、今日ばかりは一緒である。
王族や高位貴族の令息令嬢たちも参加しており、その中には第二王子ツヴァイクと、その婚約者であるレイティシア・プロマンシー公爵令嬢の姿もあった。
第二王子の周囲には、護衛の騎士たちも控えている。
「結構な人数だな」
キリムは戟を肩に担ぎながら、周囲を見渡した。
「合同演習だからな。いろんな専科から集まってるんだべ」
バレルズは大盾とメイスを装備している。
その隣では、紺色の髪をポニーテールにまとめたリンフォンが、弓の弦を確かめていた。
「それにしても、ずいぶん張り切ってますね、キリム君」
「そりゃそうだろ。久しぶりの魔物討伐だぜ?」
「でも、今回の相手は小型魔物ですよ?」
「小型でも魔物は魔物だろ」
「ふふっ。まあ、お二人が一緒なら安心ですけど」
「おう、任せとけ」
「キーぼん、あんまり張り切りすぎるなよ」
バレルズの忠告を、キリムは笑って受け流した。
やがて教官から演習の説明が始まった。
今回の課題は、少人数の班を組み、指定された区域内に生息する小型魔物を討伐することだった。
討伐数だけでなく、周囲の警戒、仲間との連携、負傷者への対応なども評価の対象となる。
「よし、俺たちは三人でいいな」
「そうですね。よろしくお願いします」
リンフォンが笑顔で頭を下げた。
「キーぼん、分かってると思うけど、勝手に突っ込むんじゃねえど」
「分かってるって。お前もしつこいな」
「分かってる奴は、朝からそんな顔してねえべ」
「どんな顔だよ!」
二人のやり取りに、リンフォンがまた笑った。
◇ ◇ ◇
森林に入って間もなく、最初の魔物と遭遇した。
茂みの中から姿を現したのは、犬ほどの大きさの獣型の魔物だった。
一匹、二匹。
そして、少し離れた茂みにもう一匹。
「三匹ですね」
リンフォンが素早く周囲を確認した。
「オラが正面を受けるべ」
「おう。俺は左だ」
「では、私は右を警戒しますね」
三人がそれぞれの位置につく。
先頭の魔物が牙を剥き、バレルズへ飛びかかった。
「ふんっ!」
バレルズは盾を斜めに構え、突進してきた魔物を弾き飛ばした。
魔物は地面を転がり、慌てて起き上がろうとする。
そこへメイスが振り下ろされた。
鈍い音とともに、魔物が動かなくなる。
一方、左から飛び出した魔物へ、キリムが戟を突き出した。
鋭い穂先が魔物の胴を貫く。
そのまま身体をひねり、魔物を振り払った。
「キリム君、右!」
リンフォンの声が飛ぶ。
最後の一匹が草むらから飛び出していた。
同時に、リンフォンの放った矢がその前脚を射抜く。
魔物が体勢を崩したところへ、キリムが踏み込んだ。
戟の刃が一閃する。
「はい、おしまいっと」
三匹の魔物は、あっという間に討伐された。
「……もう終わりかよ」
キリムは物足りなさそうに戟を肩へ担ぎ直した。
「キーぼん、小型魔物なんだからこんなもんだべ」
「そうなんだけどよ」
リンフォンは倒れた魔物を確認しながら、二人を見比べていた。
「それにしても、息が合ってますねえ」
「まあ、ガキの頃から一緒に訓練してるからな」
「それだけじゃないでしょう? ほとんど合図もしないで動いてましたよね」
「そうか?」
キリムは不思議そうな顔をした。
「別に普通だろ?」
「普通じゃないと思いますけどね」
リンフォンは眼鏡を指で押し上げた。
「バレルズ君は、キリム君の動きをよく分かっているんですね」
「まあ、何年も一緒に戦ってりゃ、嫌でも分かるべ」
「嫌でもってなんだよ」
「キーぼんは、すぐ前に出たがるからな」
「あはは! それは分かる気がします」
リンフォンの笑い声を背に、キリムは先へ歩き出した。
「それより次だ、次!」
「キーぼん、待つべ!」
その後も三人は順調に討伐を続けた。
小型魔物を相手にキリムとバレルズが苦戦することはなく、リンフォンも周囲の警戒や射撃で二人を支えた。
午前の演習が終わる頃には、三人は教官から十分な成果を上げたと評価されていた。
しかし、キリムだけは不満そうだった。
「なんか、物足りねえなあ」
「キーぼん、まだ午後もあるんだべ」
「そうだけどよ。もうちょっと強いのがいてもいいだろ」
「そんなこと言って、本当に強い魔物が出てきたらどうするんです?」
リンフォンが呆れたように尋ねた。
「そりゃ、倒すに決まってんだろ」
キリムは当然のように答えた。
◇ ◇ ◇
午後の演習が始まった。
各班は教官の指示に従い、午前とは別の区域へと移動する。
キリムたちから少し離れた場所では、ツヴァイクたちの一行も演習を進めていた。
第二王子ツヴァイクを中心に、婚約者のレイティシア、蒼髪のスイエール・プレソーブル、緑色の長髪をしたネビル・ノーレル、そして白髪で小柄な西方ウェンスター帝国の第五皇子フィフル。
護衛騎士や教官も同行しており、周囲にはほかの生徒たちの姿もあった。
「お、王子様たちも頑張ってるな」
キリムが横目で眺める。
「スイエール様の氷魔法は見事ですよ。氷の貴公子と呼ばれるだけのことはありますね」
リンフォンが言った。
確かに、少し離れた場所ではスイエールが氷魔法を使い、魔物の足を凍りつかせていた。
近くではネビルも槍を手にしており、小柄なフィフルは剣を振るっていた。
「へえ、なかなかやるじゃねえか」
「キーぼんも、たまには魔法使ったらどうだべ?」
「小型魔物相手にか? もったいねえだろ」
そんな話をしながら、三人は森の中を進んでいた。
そのときだった。
ズズズ……。
地面が、わずかに揺れた。
「……ん?」
キリムが足を止める。
続いて、森の奥から大きな音が響いた。
バキバキバキッ!
木々が倒れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。
「何だ!?」
教官の一人が声を上げた。
次の瞬間、森の奥から巨大な影が飛び出してきた。
獅子の頭。
背中から伸びる山羊の頭。
長くうねる蛇の尾。
そして、背中には大きな一対の翼があった。
「キ、キマイラだと!?」
近くにいた教官の声が裏返った。
キマイラは巨大な獅子の口を開き、森を震わせるほどの咆哮を上げた。
「ガアアアアアッ!」
「全員、下がれ! 演習を中止する!」
教官たちが叫ぶ。
だが、キマイラは逃げ惑う生徒たちを無視し、ツヴァイクたちの方へ向かってきた。
「殿下、お下がりください!」
護衛騎士が剣を抜き、キマイラの前に立ちはだかる。
しかし、キマイラの前脚が振るわれると、騎士は剣ごと弾き飛ばされた。
「くっ!」
スイエールが杖を向ける。
地面から氷の柱が突き出し、キマイラの進路を塞いだ。
だが、キマイラは勢いを緩めない。
巨大な前脚が氷柱を叩き割った。
「そんな……!」
ネビルが槍を構え直した。
フィフルも剣を握り、ツヴァイクの前に出ようとする。
その瞬間、キマイラの山羊の頭が大きく口を開いた。
周囲の地面から、無数の石礫が浮かび上がる。
「魔法だ! 伏せろ!」
教官の叫びと同時に、石礫が猛烈な勢いで放たれた。
ドドドドドッ!
「うわああっ!」
ツヴァイクが吹き飛ばされる。
スイエールの氷の防壁も砕かれ、ネビルは槍を構えたまま地面に叩きつけられる。
フィフルも剣を振るって石礫を払おうとしたが、間に合わず、数メートル先まで転がった。
「きゃっ!」
レイティシアは咄嗟に両手を突き出した。
彼女の周囲に半透明の障壁が現れる。
石礫が次々と障壁にぶつかり、激しい音を立てた。
障壁には亀裂が走ったものの、どうにか攻撃を防ぎきった。
「はあっ……はあっ……」
レイティシアは荒い息をつきながら、周囲を見渡した。
ツヴァイクも、スイエールも、ネビルも、フィフルも倒れている。
護衛騎士たちも負傷し、教官は生徒たちの避難に追われていた。
「殿下!」
レイティシアが叫ぶ。
その声に反応したかのように、キマイラの獅子の頭が彼女へ向いた。
「……っ!」
巨大な前脚が振り上げられる。
もう一度、防御魔法を使おうとするが、間に合いそうにない。
前脚が振り下ろされる。
その瞬間だった。
「どっせええいっ!」
ドガァンッ!
横から飛び込んできた大盾が、キマイラの前脚を斜めに弾いた。
凄まじい衝撃に大男の足が地面を滑る。
しかし、その巨体は倒れない。
「ぐおっ! こいつは重てえべ!」
バレルズだった。
「キーぼん!」
「おう!」
続いて、キリムが駆け込んできた。
戟を大きく振りかぶる。
「おらあっ!」
上段から振り下ろされた戟の刃が、キマイラの右後ろ脚を切り裂いた。
「ギャアアッ!」
キマイラが悲鳴を上げた。
そのまま身体をひねり、キリムへ向き直る。
「まだだ!」
キリムは続けざまに戟を横へ薙ぎ払った。
ところが、キマイラは巨体に似合わぬ軽やかな跳躍で、その刃をかわした。
「ちっ、速えな!」
着地したキマイラの山羊の頭が、再び大きく口を開いた。
「キーぼん! 魔法だべ!」
「おう!」
キリムは素早くバレルズの背後へ回り込む。
バレルズは大盾を構え、両足を踏ん張った。
ドドドドドッ!
無数の石礫が盾を打ちつける。
盾の裏でバレルズの腕が震えた。
しかし、二人は動かない。
やがて石礫の雨が止んだ。
「……ふう。なかなかやるじゃねえか」
「キーぼん、あいつ、思ったより厄介だべ」
「ああ。巨体の割に素早い……が、あんまり硬くないぞ」
キリムは先ほど切りつけた右後ろ脚を見た。
傷口から血が流れている。
「刃は通る。だったら、当てりゃいいだけだ」
「簡単に言うべなあ」
「お前が押さえてくれりゃ、なんとかなるだろ」
「まったく、しょうがねえなあ」
バレルズは大盾を構え直した。
「行くべ!」
「おう!」
バレルズが盾を前に突き出し、キマイラへ向かって進む。
キマイラは獅子の頭で唸り、再び前脚を振り下ろした。
「ふんっ!」
バレルズが盾の縁で前脚を弾く。
同時に、キリムが地面を蹴った。
身体強化の魔法が全身に巡る。
「はあっ!」
通常では考えられないほど高く跳び上がったキリムは、空中で戟を構えた。
狙いはキマイラの背中にある翼。
「おらあっ!」
鋭く振り払った戟の刃が、翼の一部を切り裂いた。
羽が宙を舞う。
「ギャアアアッ!」
キマイラが暴れ、キリムは地面へ着地した。
その頃、少し離れた場所ではリンフォンが負傷者たちのもとへ駆け寄っていた。
「殿下! 離れましょう!」
「ぐっ……腕が……」
ツヴァイクは顔を歪め、倒れたまま右腕を押さえていた。
「レイティシア様! 動ける方を安全な場所へ! 負傷者は私たちで運びます!」
リンフォンが周囲へ声をかける。
レイティシアも立ち上がり、負傷したスイエールへ駆け寄った。
「スイエール様、お怪我は?」
「……大丈夫です。それより、あの二人は……」
スイエールはキマイラと戦うキリムたちを見つめていた。
「キリム君とバレルズ君です。今はお二人に任せて、早く下がりましょう」
リンフォンがそう促したところへ、別の区域から教官たちが駆けつけてきた。
「負傷者を運べ! 動ける生徒は直ちに退避!」
「治癒魔法ができる奴を呼んでこい! 騎士たちは退路を確保してくれ!」
教官たちは素早く負傷者の救助と生徒の避難に取りかかった。
一方、キリムとバレルズは、なおもキマイラと戦い続けていた。
キマイラの獅子の頭が、牙を剥いてバレルズへ噛みついてくる。
バレルズが大盾で受け流し、キリムが側面から戟を突き出す。
キマイラは身体をひねってかわした。
「ちっ!」
「キーぼん、左だべ!」
「分かってる!」
再び前脚が振り下ろされる。
今度は受け流す余裕がない。
バレルズは大盾を正面に構え、その一撃をまともに受け止めた。
ガギィンッ!
盾から嫌な音が響く。
「ぐおおっ!」
バレルズの膝がわずかに沈んだ。
盾の表面に大きな亀裂が走っている。
「おい、バレルズ! 盾は大丈夫か!」
「もう一発は勘弁してほしいべ!」
「じゃあ、こっちから行くぞ!」
「おう!」
バレルズが盾を押し出しながら踏み込む。
そして、右手のメイスを振り上げた。
「どりゃあっ!」
キマイラは大きく身をかわす。
メイスは空を切った。
その直後、山羊の頭が口を開いた。
「またかよ!」
キリムが舌打ちする。
石礫が無数に浮かび上がり、二人へ向かって飛んできた。
バレルズは亀裂の入った大盾で身を守る。
だが、キリムは下がらなかった。
「ふんっ!」
身体を半身にして、石礫の直撃を避けながら前へ踏み込む。
いくつかの石礫が左肩や脇腹をかすめ、制服が裂けた。
血が滲む。
しかし、キリムは止まらない。
キマイラの動きは、もう見切った。
初撃で傷付けた右後ろ脚をわずかにかばっている。
翼を切り裂いたことで、跳躍の勢いも鈍っていた。
あの巨体に似合わぬ素早さも、跳躍する方向も。
キリムは戟を握り直した。
「紅蓮――」
地面を蹴る。
「三連斬!」
上段から戟を振り下ろす。
キマイラは素早く身体をずらした。
刃が地面を打つ。
「まだだ!」
続けざまに、横へ薙ぎ払う。
キマイラは再び小さく跳び上がり、刃をかわした。
だが、キリムはその動きを待っていた。
「そこだあっ!」
横へ振り抜いた戟を、その勢いのまま鋭く下から上へと振り上げる。
跳び上がったキマイラの背後で、蛇の頭が大きく口を開いていた。
ザシュッ!
戟の刃が蛇の頭を捉えた。
「ギャアアアアッ!」
キマイラが悲鳴を上げ、着地した身体が大きく揺らぐ。
紅蓮三連斬。
上段からの振り下ろし、横薙ぎ、そして下段からの振り上げ。
三つの斬撃を途切れることなく繰り出す、キリムの得意技の一つである。
「バレルズ!」
「おうよ!」
キリムの声に、バレルズが踏み込んだ。
キマイラの山羊の頭が、次の魔法を放とうと口を開く。
しかし、それよりも早く。
「どっせええい!」
バレルズのメイスが山羊の頭を横から叩きつけた。
ゴギィンッ!
鈍い音が響く。
キマイラの首が不自然に曲がり、巨体の動きが止まった。
「キーぼん! 今だべ!」
「おう!」
キリムは戟を大きく引いた。
踏み込んだ右足を軸に、身体を一回転させる。
遠心力を乗せた戟の刃が、キマイラの胴体へ叩き込まれた。
「おらああああっ!」
ズバァンッ!
深々と刃が食い込んだ。
「グ……ガアア……」
キマイラの巨体がぐらりと傾く。
そして。
ドズゥンッ!
大きな地響きとともに、地面へ崩れ落ちた。
キリムはしばらく戟を構えたまま、その様子を見ていた。
獅子の頭も、山羊の頭も、蛇の尾も、もう動かない。
「……ふう」
キリムが戟を下ろした。
「終わったな」
「んだな」
バレルズも大盾を下ろした。
その表面には大きな亀裂が入り、盾の縁もひしゃげている。
「こりゃ、修理しねえと使えねえべ」
「悪かったな。無理させちまった」
「まったくだべ」
バレルズは苦笑いすると、キリムの持つ戟に目を向けた。
「しかし、キーぼん」
「ん?」
「紅蓮三連斬、戟で出来るようになったな」
「おう! やっとまともに繋がったぜ!」
キリムは嬉しそうに戟を持ち上げた。
「剣とは勝手が違うからな。何度か試してたんだけどよ」
「最後の一撃もなかなか見事だったべ」
「だろ? あれも必殺技にできるかな!」
キリムは満足そうに笑った。
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