5話 盗賊討伐
キリムが領軍の巡回に加わるようになってから、さらに月日が流れた。
十四歳になったキリムは、相変わらず訓練に明け暮れていた。
背丈はすでに大人の兵士と肩を並べ、厚い胸板とたくましい腕を持つ少年に成長していた。
そんなキリムが最近、好んで使う武器がある。
槍である。
「ふんっ! はあっ!」
訓練場に、キリムの掛け声が響いた。
長い槍を両手で構え、前方に突き出す。
続けて一歩踏み込み、石突を返して横から打ち込む。
その動きは力強く、しかし思いのほか滑らかだった。
「キーぼん、最近は槍ばっかりだな」
大盾を抱えたバレルズが声をかける。
「ああ! 槍はいいぞ。遠くまで届くし、馬に乗っても使いやすいからな!」
「剣はどうしたんだべ?」
「んー、なんか最近、使いづらくてな」
キリムは自分の胸元を見下ろした。
訓練を重ねるうちに、肩や胸の筋肉がずいぶんと発達していた。
身体が大きくなるにつれ、以前のような剣の取り回しが、少し窮屈に感じられるようになっていたのだ。
「剣を振ると、こう、腕が引っかかる感じがするんだよ」
「ふーん?」
「でも槍なら問題ねえ。突きも払いも思い切りできる!」
そう言って、キリムは槍を勢いよく振り回した。
風を切る音が鳴る。
「おおっ! かっこいいだな!」
「だろ!」
キリムは得意そうに笑った。
もっとも、槍を好む理由は、それだけではなかった。
夢で見たゲームの中には、長い武器を振り回し、大勢の敵をなぎ倒す豪傑たちがいた。
とりわけ、巨大な戟を操る武将の姿は、今でも鮮明に覚えている。
いつか自分も、あんな武器を使ってみたい。
そんな憧れもあった。
「なあ、キーぼん。槍の必殺技はできたのか?」
「まだだ!」
「なんだ、まだなのか」
「簡単にできるわけねえだろ! 必殺技だぞ!」
「そうなのか?」
「そうなんだよ!」
二人は大真面目だった。
「まったく、あんたたちは……」
背後から呆れた声がした。
振り返ると、シャーロッテが立っていた。
「隊長!」
「キーぼん。槍を使うのは構わないが、振り回してりゃ強いってもんじゃないよ」
「分かってます!」
「特に馬上じゃ、周りの兵を巻き込まないように気をつけな」
「はい!」
「それから、今日は二人とも巡回に出てもらうよ」
「はい!」
キリムは元気よく返事をした。
しかし、シャーロッテの表情はいつになく険しかった。
---
今回の巡回は、いつもとは少し違っていた。
領内の街道で、商人の馬車が襲われる事件が続いていたのだ。
積み荷が奪われ、護衛の兵士が負傷したという。
村々では盗賊の噂が広がり、街道を利用する商人も減っていた。
「盗賊ですか……」
キリムは馬上でつぶやいた。
「ああ。十人以上の集団らしい。森を根城にして、商人を狙っているようだね」
シャーロッテが答えた。
「なら、さっさと討伐しましょう!」
「そう簡単にはいかないよ。相手は魔物じゃない。こっちの動きを見て逃げるし、罠を仕掛けることだってある」
「なるほど」
「それに、捕まえられるなら捕まえたい。ほかに仲間がいないか、誰が盗品を買っているのかも調べないといけないからね」
「面倒ですね」
「……分かってくれるか?」
シャーロッテは苦笑した。
しばらく進むと、街道脇に一台の馬車が停まっているのが見えた。
車輪が壊れ、積み荷が散乱している。
馬車の側には、腕に布を巻いた男が座り込んでいた。
「どうした!」
先行していた兵士が駆け寄る。
男は顔を上げると、必死の形相で訴えた。
「盗賊です! 森から突然現れて、積み荷を全部……!」
「怪我人は?」
「俺と、もう一人……。護衛の男は、殺されました」
男はうつむいた。
馬車の陰には、布をかけられた人影が横たわっていた。
キリムは馬から降り、その様子を見つめた。
魔物に襲われた村は、これまでも見てきた。
だが、人間が人間を襲い、命を奪った現場を見るのは初めてだった。
「キーぼん」
シャーロッテが声をかける。
「この男の傷を見てやっておくれ」
「はい!」
キリムは負傷した男の側にしゃがみ込んだ。
「ちょっと腕を見せてもらえますか?」
「あ、ああ……」
布を外すと、腕に深い切り傷があった。
キリムは傷口に手をかざした。
淡い光が広がり、傷口がゆっくりと塞がっていく。
「おお……!」
男が驚きの声を上げた。
「治癒魔法……! ありがとうございます!」
「いえ。まだ完全じゃありませんから、無理しないでくださいね。もう一人はどこですか?」
キリムは立ち上がった。
治癒魔法は便利だ。
しかし、死んでしまった人間を生き返らせることはできない。
馬車の陰に横たわる護衛の男へ、もう一度目を向ける。
キリムは何も言わなかった。
もう一人の怪我人へと向かう。
---
盗賊たちの居場所が分かったのは、その日の午後だった。
街道から少し離れた森の中に、使われなくなった木こり小屋があった。
どうやら、そこを根城にしているらしい。
斥候からの報告を受けたシャーロッテは、兵士たちを集めた。
「相手は十二、三人。見張りも立てているようだね」
地面に木の枝で簡単な地図を描きながら、説明を始める。
「正面から盾兵と槍兵を進ませる。弓兵は森の出口を押さえな。残りは左右に回って逃げ道を塞ぐ」
キリムは真剣に聞いていた。
魔物討伐では、目の前の敵を倒すことばかり考えていた。
だが、この一年の巡回で、軍隊の仕事がそれだけではないことを学んでいた。
逃げ道を塞ぐ。
味方の位置を確認する。
敵を取り逃がさない。
それも戦いの一部なのだ。
「キーぼん、バレルズ。あんたたちは右側だ」
「はい!」
「バレルズは盾で前を守りな。キーぼんは槍で援護すること。深追いは禁止だよ」
「分かりました!」
「それから、降伏した相手は殺すんじゃないよ」
「はい!」
キリムは槍を握り直した。
今回は、いつもの魔物討伐とは違う。
相手は人間だ。
だが、騎士になる以上、人間と戦うこともある。
父も、兄も、きっとそうしてきたのだろう。
ならば、自分もやるだけだ。
キリムはそう考えていた。
---
木こり小屋の周囲には、十数人の男たちがいた。
奪った積み荷を運び込み、酒を飲みながら騒いでいる。
そのうちの一人が、森の向こうを見て顔色を変えた。
「おい! 兵隊だ!」
「何っ!」
盗賊たちが慌てて武器を取る。
しかし、そのときにはすでに領軍の兵士たちが森の出口を押さえていた。
「武器を捨てな! 抵抗しなければ命は取らない!」
シャーロッテの声が響いた。
盗賊たちは互いの顔を見合わせた。
そして、一人の男が怒鳴った。
「くそっ! 逃げるぞ!」
数人が一斉に駆け出した。
だが、逃げようとした先には、盾を構えた兵士たちが待ち構えていた。
「止まれ!」
兵士の声が響く。
盗賊の一人が剣を振り上げた。
次の瞬間、盾がその一撃を受け止め、後ろから伸びた槍が男を突き倒した。
戦闘が始まった。
キリムとバレルズが守る右側にも、三人の盗賊が走ってきた。
「バレルズ!」
「おう!」
バレルズが前に出る。
大盾を構え、盗賊たちの進路を塞いだ。
「邪魔だ! どけ!」
男の一人が剣を振り下ろす。
ガンッ!
大盾が攻撃を受け止めた。
「不動の城壁!」
バレルズが叫んだ。
盗賊の剣が弾かれる。
「何だ、こいつ!」
その隙に、キリムが一歩踏み込んだ。
槍が鋭く突き出される。
穂先は男の胸を捉えた。
「ぐっ……!」
短いうめき声。
男の身体が崩れ落ちる。
キリムは槍を引き戻した。
倒れた男は、もう動かなかった。
初めて人を殺した。
その事実を、キリムは理解していた。
だが、立ち止まることはなかった。
「バレルズ! 次だ!」
「おう!」
残った盗賊の一人が、槍を構えるキリムに向かって突進してきた。
しかし、キリムの槍のほうが長い。
間合いに入るより早く、キリムは槍を繰り出した。
男の手から武器が弾き飛ばされる。
「ひっ!」
尻餅をついた男の喉元に、槍の穂先が突きつけられた。
「降参するか?」
「あ、ああ! 降参だ!」
「よし!」
キリムは槍を引いた。
そこへ兵士が駆け寄り、男を取り押さえた。
もう一人の盗賊はバレルズの盾に押し倒され、すでに武器を捨てていた。
「キーぼん! こっちも捕まえたぞ!」
「おう! やるじゃねえか!」
二人は顔を見合わせた。
だが、いつものように笑い合うことはなかった。
周囲には、倒れた盗賊たちの姿があったからだ。
戦闘は、あっけないほど短かった。
領軍の兵士たちは隊列を崩さず、盗賊たちを次々と制圧していった。
大きな抵抗もできないまま、盗賊たちは武器を捨てた。
軍として鍛えられた兵士たちと、寄せ集めの盗賊たち。
その実力差は、あまりにも大きかった。
---
戦闘が終わると、兵士たちは盗賊を縛り上げ、奪われた積み荷を確認していた。
シャーロッテは捕らえた盗賊たちから話を聞き、周囲に残党がいないか調べるよう指示を出した。
キリムは少し離れた場所で、槍についた血を拭っていた。
キリムは不思議なほど落ち着いていた。
魔物と戦うときも、盗賊と戦うときも、相手が自分や仲間を殺そうとするなら、倒さなければならない。
そう教わってきたし、そう考えていた。
ただ、倒した盗賊の顔は、まだはっきりと覚えていた。
さっきまで剣を振り上げていた男が、今は動かなくなっている。
魔物と違い、相手も自分たちと同じ言葉を話す人間だった。
「キーぼん」
声をかけられ、キリムが振り向く。
シャーロッテだった。
「初めてだったね」
「……はい」
「怖かったかい?」
キリムは少し考えた。
「いえ。戦ってるときは、特に……」
「そうかい」
「でも……」
「うん?」
「人間って、魔物より簡単に倒れるんですね」
シャーロッテはしばらく黙っていた。
「そうだね。人間の身体は、あんたが思っているほど丈夫じゃない」
「はい」
「だから、槍を向ける相手は間違えるんじゃないよ」
キリムは顔を上げた。
「分かっています。俺は騎士になるんですから」
その答えに、シャーロッテは小さくうなずいた。
「なら、いいさ」
シャーロッテはそれ以上、何も言わなかった。
長年戦場に立ってきた彼女にとって、人を殺した兵士が何を感じるかは、それぞれ違うことも分かっていた。
泣く者もいる。
震える者もいる。
何も言わない者もいる。
そして、キリムはどうやら、戦うことを当然の役目として受け入れているらしい。
それが正しいかどうかなど、簡単に答えの出るものではなかった。
---
「キーぼん」
今度はバレルズがやってきた。
大盾を背負い、いつもより少し真面目な顔をしている。
「どうした?」
「オラたち、本当に盗賊を倒したんだべな」
「ああ」
「人間だったべな」
「そうだな」
バレルズはしばらく黙っていた。
「……オラ、盾で押さえつけたやつが、すげえ怖がってたのを覚えてるべ」
「そりゃ怖いだろ。捕まったら罰を受けるんだから」
「そうだべな」
バレルズは小さくうなずいた。
キリムは友人の顔を見た。
「なあ、バレルズ」
「何だ?」
「お前が盾で止めてくれなかったら、俺もあんなに上手く戦えなかったと思う」
「……そうか?」
「ああ。あいつら、俺のところまで一人も来られなかったからな」
バレルズは少し照れくさそうに笑った。
「へへっ。じゃあ、またオラが盾で守ってやるよ」
「おう! 頼んだ!」
二人は軽く拳を合わせた。
いつもの訓練場と同じ仕草だった。
ただ、今度は木剣でも、練習用の盾でもない。
本物の武器を手に、人間と戦った後だった。
---
領軍は盗賊たちを捕縛し、奪われた品物を回収して村へ戻った。
捕らえた盗賊たちは、領都で取り調べを受けることになった。
馬車を襲われた商人たちは、取り戻された積み荷を前に何度も頭を下げた。
「ありがとうございます。本当に……!」
キリムは少し照れくさそうに頭をかいた。
「いえ、仕事ですから」
そう答えてから、ふと思う。
騎士になるということは、こういうことなのだろう。
剣や槍を振るい、敵を倒す。
それだけではない。
人を守り、街道を守り、領地を守る。
シャーロッテが何度も教えてくれたことだった。
キリムは腰に下げた剣へ目をやった。
昔から使い続けてきた剣だ。
だが、今日の戦いでは一度も抜かなかった。
手にした槍を見る。
長く、頑丈で、力を込めて突けば相手を容易に倒せる。
今の自分には、こちらのほうが合っている気がした。
「よし!」
キリムは槍を握り直した。
「隊長!」
「何だい?」
「これからは槍を中心に鍛えたいと思います!」
シャーロッテはキリムを見た。
「構わないよ。あんたの体格にも合っているだろうしね」
「ありがとうございます!」
「ただし、剣の稽古もサボるんじゃないよ」
「……はい」
少しだけ不満そうな返事だった。
シャーロッテは笑った。
「何だい、その顔は」
「いえ! 何でもありません!」
キリムは慌てて背筋を伸ばした。
十四歳のキリム・ブラドリー。
初めて人間と戦い、初めて人を殺した。
それでも、騎士になりたいという気持ちは少しも変わらなかった。
むしろ、領地を守る兵士としての役割を、以前よりも強く意識するようになっていた。
そして、その手に握る武器もまた、少しずつ変わり始めていた。
Xにて投稿報告とAI生成画像の挿絵をポストしています




