4話 魔物討伐
父カルターと兄セリウムが王都へ発ち、キリムが伯爵領に残ってから三年の月日が流れた。
十歳だった少年は十三歳となり、その背丈は大人の兵士たちと変わらないほどに伸びていた。
燃えるような赤髪は相変わらずだが、幼さの残っていた顔つきは精悍になり、肩幅も広くなった。日々の鍛錬によって鍛えられた身体は、もはや少年というより若い兵士のそれに近い。
そして、もう一人。
キリムとともに領軍で鍛錬を重ねてきたバレルズも、ずいぶんと大きくなっていた。
身長こそキリムより頭一つ低いものの、肩幅と胴回りでは決して負けていない。腕も脚も太くたくましくなり、今では大きな盾を軽々と扱うほどである。
並んで立つ二人を見た兵士たちは、口々に言った。
「キリム様は縦に伸びたなあ」
「バレルズは横に伸びたな」
「二人を足して割ったら、ちょうどいい兵士になりそうだ」
もっとも、二人の性格は三年前とさほど変わっていない。
「おい、バレルズ! 今日こそ俺の必殺技を受けてみろ!」
「いいぞ! 今度はオラの必殺技も完成したからな!」
領軍の訓練場に、二人の威勢のいい声が響く。
キリムは木剣を構え、バレルズは大盾を両手で握りしめた。
三年間、二人は何度となく模擬戦を繰り返してきた。
初めの頃はキリムの剣に翻弄されていたバレルズだったが、今ではしっかりついていっている。
特に盾だけを持ったときの守りは堅く、キリムでさえ簡単には崩せなかった。
「行くぞ! 紅蓮三連斬!」
キリムが一気に踏み込んだ。
上段からの振り下ろし。
続けざまの横薙ぎ。
そして身体をひねりながらの斬り上げ。
夢で見たゲームの連続攻撃を参考に、何度も練習を重ねてきた技だった。
カンッ! ガンッ! ゴンッ!
三度の打撃音が響く。
「ぐおっ!」
バレルズの身体がわずかに後退した。
「どうだ!」
「まだまだ!」
キリムがもう一度、踏み込んで木剣を振り下ろす。
バレルズが踏ん張り、大盾を前に押し出した。
「不動の城壁!」
腰を落とし、盾の下端を地面に近づけ、身体全体で衝撃を受け止める。
そこから盾を押し上げ、キリムの木剣を大きく弾いた。
「うおっ!」
キリムが慌てて後ろに跳ぶ。
「へへっ、どうだ!」
「くそっ! また防がれた!」
二人は睨み合った。
その様子を見ていた兵士たちは、腹を抱えて笑っていた。
「ははは! また始まったぞ!」
「必殺技だってよ!」
「しかし、あの二人、本当に強くなったなあ」
笑いながらも、兵士たちは二人の成長を認めていた。
キリムの剣は速く、力強い。
バレルズの盾は重く、堅い。
まだまだ粗削りではあったが、その実力はすでに並の兵士を驚かせるほどになっていた。
もっとも、二人がそれで満足するはずもない。
「バレルズ! もう一回だ!」
「いいけど、でもその前に飯を食わせてくれ!」
「お前、さっき食ったばっかりだろ!」
「あんな量じゃ力が出ないよ」
「言い訳すんな!」
「何を騒いでいる」
背後から聞こえた声に、二人が振り返った。
シャーロッテ・ウオドリーが腕を組んで立っていた。
「隊長!」
キリムとバレルズが背筋を伸ばす。
三年間の訓練で、キリムも年長者に対する言葉遣いを少しは覚えていた。
ただし、口調が丁寧になっただけで、考えることは相変わらずである。
「隊長! 今、新しい必殺技を試していたんです!」
「……必殺技?」
「はい! 三回連続で斬りつける技です!」
「三回斬るより、一回で斬ればいいだろう?」
「それじゃあ必殺技にならないじゃないですか!」
シャーロッテはしばらくキリムの顔を見つめた。
「……そうかい」
深く追及することはしなかった。
この少年の頭の中を理解しようとするのは、三年前に諦めていたからである。
「それより、二人とも。騎乗訓練の時間だ」
「はい!」
キリムは勢いよく返事をした。
バレルズは名残惜しそうに大盾を置いた。
「飯は?」
「後だ」
「はい……」
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騎乗訓練は、二人が領軍で学んできたものの中でも、特に時間のかかった訓練だった。
馬に乗ること自体は難しくない。
しかし、馬上で武器を扱い、周囲の兵士と歩調を合わせ、決められた隊列を崩さず移動するとなれば、話は別である。
特にキリムは、速く走らせることばかり考えていた。
「キーぼん! 前に出すぎだ!」
「はい! すみません!」
「速度を落とせ!」
「はい!」
シャーロッテの号令に従い、キリムが手綱を引く。
かつては隊列を乱して叱られることも多かったが、最近ではずいぶん改善されていた。
一方、バレルズは馬上でも堅実だった。
身体が大きいこともあって素早い動きは得意ではないが、姿勢が安定している。
シャーロッテの指示にも素直に従い、周囲との間隔を崩さなかった。
「よし。二人とも合格だ」
訓練を終えた二人に、シャーロッテが告げた。
「本当ですか!」
「ああ。騎乗技術は十分だ。まだ騎馬戦闘を任せられるほどじゃないがね」
キリムは馬上で拳を握った。
「よっしゃ!」
「キーぼん、馬の上で暴れるんじゃない」
「はい!」
シャーロッテは二人を見上げた。
「さて、そろそろ実際の仕事を覚えてもらおうか」
「仕事?」
「領内巡回だ。次の巡回から二人も参加していいだろう」
その言葉に、キリムの目が輝いた。
「ついに実際の戦闘ですね!」
「巡回だと言っただろう」
「でも、魔物が出たら戦うんですよね?」
「必要ならね」
「よっしゃ!」
キリムは再び拳を握った。
バレルズも嬉しそうだった。
「なあ、キーぼん。巡回って飯は出るのか?」
「知らねえよ!」
「遠くまで行くんだろ? 腹が減るじゃないか」
「お前はそればっかりだな!」
シャーロッテは二人のやり取りを眺めていた。
この三年間、キリムは領軍での訓練だけでなく、魔法の修行にも励んできた。
剣も、槍も、斧も、盾も扱う。
そして、暇さえあれば新しい戦い方を考えている。
バレルズもまた、盾の扱いに関しては目覚ましい成長を見せていた。
二人とも、実戦に出せるだけの力は身につけつつある。
だが、力があることと、兵士として使いものになることは別だ。
「キーぼん、バレルズ」
「はい!」
「巡回中はあたしの命令に従うこと。勝手な行動は許さない」
「分かってます!」
「それから、必殺技とやらに夢中になって隊列を乱すんじゃないよ」
「……はい」
キリムは少し残念そうだった。
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初めての領内巡回は、キリムが想像していたものとはずいぶん違っていた。
馬に乗って街道を進み、魔物や盗賊が現れれば討伐する。
キリムは、そんな仕事だと思っていたのだ。
ところが、実際には村に立ち寄って住民から話を聞き、街道の状態を調べ、ときには橋や水路の様子まで確認していた。
「隊長、これも領軍の仕事なんですか?」
キリムは馬を寄せ、シャーロッテに尋ねた。
「ああ」
「橋とか水路とか、そういうのは別の人がやるんじゃないんですか?」
「修理するのは別の連中だよ。あたしらは使えるかどうかを確かめるんだ」
「なるほど……」
「道が使えなければ兵も物資も動かせない。敵が攻めてきたときに困るだろう?」
「ああ! そういうことですか!」
キリムはようやく納得した。
夢で見たゲームでは、軍隊を動かすのは簡単だった。
地図の上で行き先を決めれば、兵士たちは勝手に移動してくれる。
途中で食料が必要になるものもあったが、数字が減ったら補充するだけだ。
しかし、現実の軍隊はそうはいかない。
馬も人も疲れるし、食料も必要になる。
雨が降れば道がぬかるみ、橋が壊れれば遠回りしなければならない。
なかなか面倒なものだった。
「隊長!」
「何だい?」
「やっぱり敵を倒すほうが簡単ですね!」
「……そうかい」
シャーロッテはそれ以上何も言わなかった。
隣で聞いていた兵士が吹き出した。
「ははは! キリム様らしいな!」
「そりゃそうだろ! 剣を振るほうが得意なんだから!」
キリムは胸を張った。
その横で、バレルズが首を傾げる。
「でもキーぼん、敵を倒しても飯がなくなったら困るだろ?」
「……そりゃそうだな」
「だから飯は大事なんだ」
「お前、意外と頭いいな!」
「へへっ!」
シャーロッテは二人の会話を聞きながら、小さく笑った。
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巡回隊が三つ目の村に到着したとき、村長から魔物の出現が報告された。
「森から大きな狼のような魔物が現れまして、畑や家畜が襲われているのです」
「何頭いた?」
シャーロッテが尋ねた。
「五、六頭はいたと思います。もっといるかもしれません」
「被害は?」
「家畜が何頭か……。幸い、村人に大きな怪我はありません」
シャーロッテはうなずいた。
「分かった。森を調べよう。村人はしばらく森へ近づけないようにしておくれ」
「ありがとうございます!」
村長が何度も頭を下げる。
その横で、キリムは目を輝かせていた。
「隊長! 討伐ですね!」
「ああ」
「俺たちも参加できますか!」
「参加させるために連れてきたんだよ。ただし、あたしの命令を守ること」
「はい!」
「バレルズ、キーぼんを頼むよ」
「分かりました!」
「ちょっと待ってください! 俺がバレルズを守るんじゃないんですか!」
「どっちでもいい。勝手に飛び出すなと言ってるんだ」
キリムは口を尖らせた。
その様子を見て、バレルズが笑っている。
「へへっ、キーぼんは俺が守ってやるよ」
「お前に守られなくても大丈夫だよ!」
「じゃあ盾はいらないのか?」
「……いや、それは困る」
バレルズは得意そうに胸を張った。
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討伐隊は森の入り口で馬を降りた。
木々の間は狭く、馬上で戦うには適していない。
先頭に盾兵、その後ろに槍兵。弓兵は左右の状況を確認しながら進む。
キリムとバレルズは隊列の右側に配置された。
「キーぼん、バレルズ。右側を頼むよ」
「はい!」
「前の兵が崩れない限り、自分から敵を追うんじゃない」
「分かりました!」
「二人とも、あたしの目の届くところから離れるんじゃないよ」
「分かりました!」
「……よし」
森の中は薄暗かった。
枝葉の隙間から差し込む日差しが、地面にまだら模様を作っている。
キリムは剣の柄に手をかけながら周囲を見渡した。
魔物との戦い自体は初めてではない。
しかし、正式な討伐隊の一員として参加するのは初めてだった。
胸が高鳴る。
恐怖ではない。
ようやく自分の力を試せるという期待だった。
やがて先頭の兵士が片手を上げた。
全員が足を止める。
木々の向こうに、灰色の大きな影が見えた。
狼に似た魔物だった。
普通の狼より一回り大きく、長い牙が口元から突き出している。
一頭。
二頭。
さらに奥から三頭。
「いたぞ!」
兵士の声が響く。
「盾、前へ。槍兵は間隔を保ちな」
シャーロッテの号令で、兵士たちが動いた。
盾が並び、その隙間から槍が突き出される。
弓兵が矢をつがえた。
魔物の一頭が飛びかかってきた。
ガンッ!
盾が牙を受け止める。
直後に槍が突き出され、魔物が倒れた。
別の一頭が横に回り込もうとしたが、弓兵の矢がその行く手を遮った。
キリムは思わず前へ踏み出しかけた。
「キーぼん!」
バレルズが声をかける。
「……分かってる!」
キリムは足を止めた。
目の前では、兵士たちが整然と動いている。
盾兵が攻撃を受け止め、槍兵が敵を突く。
弓兵は逃げ道を塞ぎ、シャーロッテは全体の動きを見て指示を出す。
誰も勝手には動かない。
夢の中で遊んだゲームとは、ずいぶん違っていた。
あちらでは敵が現れれば、自分から飛び込んで倒せばよかった。
しかし、ここでは自分の立ち位置にも意味がある。
右側を守るよう命じられたのは、右側から敵が来たときに対処するためだ。
そう考えていたときだった。
「右だ!」
兵士の声が響く。
木々の間から、一頭の魔物が飛び出してきた。
隊列の側面を狙ったのだ。
「バレルズ!」
「任せろ!」
バレルズが一歩前に出た。
大盾を構え、腰を落とす。
魔物が牙を剥き、大きく跳躍した。
「不動の城壁!」
ドンッ!
重い衝撃が響いた。
バレルズの足が地面を滑る。
しかし、その大盾は魔物を押し返した。
「今だ、キーぼん!」
「おう!」
キリムが踏み込む。
剣を振り下ろし、返す刃で横に斬りつける。
「紅蓮三連斬!」
よろめいた魔物へ、さらに一撃。
下から上へとくり出された攻撃に魔物が倒れた。
「よっしゃ!」
キリムが歓声を上げる。
「キーぼん! まだ終わってないよ!」
シャーロッテの声が飛んだ。
「はい!」
キリムは慌てて剣を構え直した。
その後も魔物は何度か隊列に襲いかかったが、兵士たちの連携を崩すことはできなかった。
最後の一頭が逃げようとしたところを弓兵が仕留め、討伐は終了した。
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兵士たちに大きな負傷者はなく、確認できた魔物の群れはすべて倒された。
キリムとバレルズの二人で一頭を仕留め、初めての討伐に満足していた。
「どうです、隊長! 俺たち、ちゃんと戦えたでしょう!」
キリムが得意そうに尋ねる。
「ああ、悪くなかった」
シャーロッテは素直に認めた。
「特にバレルズ。あの盾の受け方はよかったね」
「へへっ!」
バレルズが照れくさそうに笑った。
「俺の剣はどうでした?」
キリムが身を乗り出す。
「剣も悪くない。ただ、あんたはもう少し周りを見ることだね」
「はい!」
「それと、必殺技の名前を叫ぶのはやめな」
「ええっ! なんでですか!」
「敵に何をするか教えてどうするんだい」
「でも、叫んだほうが強そうじゃないですか!」
「……強そうなだけだろう」
キリムは少し考え込んだ。
「確かに……」
納得したかに見えたが、すぐに顔を上げた。
「じゃあ、次は技を出してから名前を叫びます!」
「好きにしな」
シャーロッテはため息をついた。
兵士たちが笑っている。
そんな中、キリムは先ほどの戦闘を思い返していた。
自分が倒した魔物は、一頭だけだった。
それでも、兵士たちはほとんど傷つくことなく、群れを討伐してしまった。
夢の中のゲームなら、自分一人で何十頭も倒したところだ。
だが、今回は違う。
盾兵が敵を止め、槍兵が攻撃し、弓兵が逃げ道を塞ぐ。
誰かが目立つ必要はない。
全員が自分の役割を果たせば、それだけで敵を倒せる。
「……なるほどな」
キリムが小さくつぶやいた。
「どうした、キーぼん?」
バレルズが尋ねる。
「いや、軍隊ってすげえなと思ってさ」
「そうだな!」
「一人で戦うより、ずっと楽に勝てるんだな」
「オラもそう思う!」
バレルズが力強くうなずいた。
キリムは拳を握った。
「よし! じゃあ次は、俺たち二人でもっと強い敵を倒そうぜ!」
「おう!」
「俺の必殺技と、お前の必殺技を組み合わせれば無敵だ!」
「おおっ! それはすごいな!」
「だろ!」
二人は顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。
その様子を見ていたシャーロッテは、再びため息をついた。
どうやら軍隊の戦い方を理解したようで、肝心なところは何も変わっていないらしい。
「ほら、二人とも。村に戻るよ」
「はい、隊長!」
「戻ったら飯だべ!」
「お前はまた飯かよ!」
三人の賑やかな声が森に響いた。
十三歳になったキリム・ブラドリー。
その剣の腕は着実に上がり、身体も大きく成長していた。
しかし、騎士への道はまだ始まったばかりである。




