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実家を追放された落ちこぼれ陰陽師令嬢、冷たい異国の御曹司と契約婚約したら逃がしてもらえなくなって困っています  作者: ちぴーた


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第十七話:新しい道と絆

 学園を揺るがした旧校舎・地下書庫の妖魔出現から、数日が過ぎた。


 李家のマンションの広々としたリビングで、凛はソファに腰かけ、ようやくリラックスした日々を過ごしていた。

 旧校舎はほぼ崩壊してしまったし、事後調査もあるので学園は今週と来週いっぱいは休校である。


 凛のすぐ隣には鳳龍が腰を下ろしている。

 身体も密着していて、ゼロ距離に近い。

 

(過保護になってない……?)


 事件後から、鳳龍は片時も凛のそばを離れようとしないのだ。

 今も当然のような顔で側に寄り添っている。


「くぅん」

「なぁに、シロ? お腹空いたの?」 


 凛の膝の上には、例の狛犬が陣取っている。

 ちなみに、シロという名前は凛がつけた。

 真っ白でモフモフだから『シロ』という安直な命名で我ながら呆れるが……。


(気に入ってるみたいだから、まあいいわよね)


 何か名前が要るからと、試しに「シロ」と呼びかけると、まるで意思が通じたかのように嬉しそうに鳴いて応えてくれたのだ。

 邪気から解放されたシロはすっかり凛になついてしまい、今やこのリビングを元気に駆け回っている。


(私も居候だけど……同居人が増えて嬉しいわ)


 凛がモフモフの背中を撫でると、シロは「きゅぅん」と甘えた声で凛の頬に鼻先をすり寄せた。


「お嬢様、温かいお茶が入りましたよ。どうぞ」

「ありがとうございます」


 そこへ、陳媽チャンマーがお茶を運んできてくれた。

 大変な事件に巻き込まれた凛を心配し、回復するまで何くれとなく世話してくれている。


「失礼します、鳳龍様、凛様」


 淹れたてのお茶の香りに癒されていると張弁護士がやって来た。


「例の事件について、土御門省および関係各所からの最終報告書がまとまりましたのでご報告に上がりました」

「見せてみろ」

「こちらに」


 張弁護士が手元のアタッシュケースから書類を取り出し、テーブルの上に広げる。


「これは……処分が決まったのですね」

「ええ。封印を自らの血で破り、妖魔を解き放った花石彩香と覇土山聡の両名は学園を退学処分となりました」


 凛が書類に目を通すと、彩香は土御門省の保護観察処分の下、厳しい再教育プログラムを受けることになったそうだ。


 一方の聡も、覇土山家から勘当され、後継者の座を完全に剥奪された。

 次期当主には次男の智樹が推挙されているとのこと。

 二人とも現在は土御門省の直轄施設に身柄を置かれ、外部との連絡を制限された状態で監禁に近い生活を送っているらしい。

 自分の力で一から陰陽術を真面目に学び直せば、いつか術者としてやり直す道だけは残されたという。


「……花石家のほうは?」

「花石家は霊符品質管理の杜撰さが明るみに出たことで信用が失墜した形ですね。当主の花石巌と妻・静江は屋敷で実質蟄居状態で、陰陽師界からは締め出されたと言えます」

「そうですか……」


 張弁護士の説明によると、花石家は法的な破産とまでは至っていない。

 屋敷は差し押さえを免れたということで、今後は身の丈に合った生活を送ることになるとのことだった。


 鳳龍が手にした書類を机に戻した。


「自らが蒔いた種によって表舞台から姿を消した、か」

「そういうことね。……私に出来ることはないし、どうなったか分かっただけで十分よ。張弁護士、ありがとうございました」


 凛もそっと書類を置いた。

 

 胸の中に残っていたのは憎しみや怨念ではない。

 ただ澄み渡るような虚しさを感じた。


 報告を終えた張弁護士は、ふとテーブルの脇に置かれた学習参考書に目を留めた。


「ところで凛様。本当にその、『術者支援コース』に進まれるおつもりで? 凛様ほどの才能があれば、『呪具開発コース』や『陰陽師養成コース』の教師達が放っておかないかと思うのですが……」

「はあ、でも……コスパを優先したいと思っていますので」


 凛の返事に、張弁護士は眼鏡を直そうとした位置のまま固まる。 

 凛のすぐ隣に座っていた鳳龍は「くくっ……」と喉を鳴らして楽しそうに笑い出した。


「実家にいた頃のように昼夜を問わず霊符を作成させられるのも嫌ですし。現場に出ろと言われたらそれこそ危険と背中合わせですし。その点、術者支援コースを卒業して一般職として入省すれば、公務員として安定した収入を得られますから」

「な、なるほど……非常に現実的ですね。……なんだか、私の助手に採用したいくらいです」

「だろう? 素質がありそうだと俺も思う」


 面白そうに頷いた鳳龍は、おもむろに凛の肩に手を回してくる。


「それなら、いっそ李家の術者として俺が迎えたいな。土御門省の一般職より圧倒的に良い手当を出すがどうだ?」

「ええっ! そんなこと言われても……」

「李氏グループの日本法人は学生の就職活動でも人気ランキングに必ず入りますよ」


 張弁護士も言葉を添える。

 だが凛は慎重に答えた。


「でも、私は高卒になるし。大学卒の方ばかりの職場だと気後れしそう……。土御門省は学園卒の高卒者もたくさんいるし、社員寮もあるから」

「住居か。なら、こちらはこのマンションを支給しよう。三食付き、送迎付き。それならどうだ?」

「そんな……」


 今いるこのタワーマンションの住環境を引き合いに出されて、凛の目が白黒する。

 ガッチリと囲い込んで逃がさない構えの鳳龍に、凛は言葉を失った。

 鳳龍はさらなる爆弾発言を放ってくる。


「いっそのこと、香港に来ないか?」

「は……? ほ、香港……!?」

「ああ。俺の本来の拠点はあちらだ。阿凛さえ良ければ今すぐにでも連れていきたいくらいだ」

「む、無理……っ! 言葉も分からないし、文化も違うところにいきなり飛び込んでいくのはリスクが高すぎるわ!」


 どこまでも「リスク管理」を徹底する凛の反応に、鳳龍はついに堪えきれず「ははっ」と声を上げて笑った。

 二人の様子に張弁護士は頬を掻いていたが、書類をしまうと「では私はこれで」と辞していく。

 凛の膝に乗っていたはずのシロも、いつの間にかいなくなっている。


 二人きりになったリビングで、鳳龍は笑いを収めると、凛の手——赤き龍のアザがある左手を、指を絡めてゆっくりと握り締めた。


「リスク、か……。阿凛は本当に賢くて逞しい」

「鳳龍……?」

「だが、覚えておけ。どの仕事を選ぼうが、香港を遠いと言おうが……阿凛が俺の婚約者であることに変わりはない」

「っ……! で、でも……私たちの契約婚約は、学園を卒業するまででしょ?」

「ああ。まだまだ、時間はある」

「でも、元々は私の陰家籍を取得するためと、対印の熱と冷気を解消するためだったわけだから……。陰家籍はもう手続きが進んでいるし、だったら、その……たまに、手を繋ぐくらいの関係でもいいんじゃ……?」

「まだそんなことを言っているのか」

「えっ……」


 鳳龍は目を細め、凛の額に己の額をそっと触れさせた。


「最初は……そうだったかもしれない。……だが今の俺は、阿凛以外の女と婚約するつもりなど毛頭ない」

「〜〜〜〜っ!? ど、どうして……」

「言わないと分からないのか? 本当に?」

「え……その……」

「じゃあ教えてやる」


 そう言うと、鳳龍は凛を抱き上げ、膝に乗せた。


「ひゃあっ」

「阿凛」

「だ、駄目! 言わないで……!」


 凛は顔を真っ赤にしながら、鳳龍の口を塞ごうとする。


「なぜだ?」

「だって……聞いちゃったら、戻れなくなる……」

 

 余裕がない表情の凛だが、鳳龍は逃がさないように抱きすくめ、低く甘い声で耳元に囁いた。


「言わないほうがいいのか?」

「うん……」

「ずるいな、阿凛は」


 そう言いながら、凛の頬に軽く口吻キスを落とす。  


「フォ、鳳龍……!!」

「これくらいは許してくれるだろう? もっと先は、これからの楽しみにとっておこう」

「〜〜〜〜っっ」  

 

 耳まで真っ赤にした凛は、もはや目に薄っすらと涙を滲ませていた。

 

「ゆっくりと言葉も文化も学べばいい。いずれ、阿凛は俺と一緒に来るのだから」


 頭が完全にフリーズしてしまい、凛はもはや抗議の言葉すら紡げなかった。


 偽りだったはずの契約は、いつしか互いの心を包み込み、甘い絆へと変わっていた。

 


次でラストになります。

本日17時10分に投稿します。

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