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実家を追放された落ちこぼれ陰陽師令嬢、冷たい異国の御曹司と契約婚約したら逃がしてもらえなくなって困っています  作者: ちぴーた


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第十六話:笑顔の帰還

 眩い浄化の光がゆっくりと収まり、屋上に穏やかな陽光が戻ってきた。


 不気味な声は絶叫とともに霧散し、あれほど吹き荒れていた黒煙と邪気は跡形もなく消え去っている。


「終わった……のね」


 深く息を吐いた凛の足元で、ぽてんと小さな何かが転がった。


「きゅぅん……」


 それは真っ白でモフモフとした小さな仔犬だった。

 どうやら、影と呪いが削ぎ落とされた巨獣の残骸の中から現れたようだ。


「えっ……!」


 驚く凛がまじまじと見つめる。

 脚は太くずんぐりしていて、頭には小さな角が生えている。

 これはいわゆる——。


「……狛犬?」

「わぅん……」

「これがさっきの妖魔……ううん、龍脈の守護神……なの……?」


 邪気を払われ、本来の神聖な姿を取り戻した——と言うべきなのだろうか。

 だが、元気がない。

 霊力を使い果たしてしまったと見える。


「可哀想に。私の霊気を分けてあげるわね」


 モフモフの頭を撫でながら、凛は自らの霊気を流し込んでやる。

 しばらくすると目に見えて元気になり、膝の上へ飛び乗ってきた。


「わっ。元気になったのね。良かった……」


 抱っこしてあげると、今度は頬をペロペロと舐め始めた。

 完全になついている。

 鳳龍が呆れたように言った。


「神獣を手なづけたのか?」

「えぇっ、そんなつもりじゃ……」

「本来なら地に還るか、そのまま姿を消すはずなんだが……。どうも阿凛についていきたいみたいだな」

「えっ」


 狛犬を見ると、愛くるしい瞳で凛をじっと見つめ返してくる。



「……ついてきたいの?」

「きゅ〜ん!」


 肯定を示すように鳴く姿に、凛の口元が自然とほころぶ。


「鳳龍、あの……連れていってもいい?」


 鳳龍は面白そうに瞳を細めた。


「もちろん。阿凛は敬語も抜けたようだし、神獣でもペットでもなんでも構わない」

「……っ!?」


 言われて初めて自分の口調に気づいた凛の顔が、一瞬で朱に染まった。


 これまでは常に敬語で一歩引いていた自分。

 それが、無意識のうちにくだけていたのだ。


「あ……ご、ごめんなさい……っ! 失礼だったわ……。その、改めますから……」


 慌ててまた敬語に戻ろうと取り繕う凛。

 だが鳳龍は、赤くなってうろたえる凛の手を、愛おしそうにキュッと握り締め直した。


「直さなくていい。むしろ……そっちの方が好きだ」

「〜〜〜〜っ!?」


 真顔でストレートな言葉を口にする鳳龍に、凛は耳まで真っ赤にして俯いてしまう。

 腕の中の狛犬が「きゅん?」と首をかしげる中、鳳龍は悪戯っぽい笑みを浮かべて凛の頭を撫でるのだった。





 旧校舎の屋上から校庭へと戻った凛と鳳龍を待っていたのは、大勢の人だった。

 その多くは生徒や教師達だったが、ようやく駆けつけた土御門省の術者もたくさんいた。

 翔宇がいち早く二人に気がついて駆け寄ってくる。


「小爺! 凛ちゃん!! 無事で良かった。こちらは捕物の最中だよ〜」

「え?」 


 よく見ると、校庭には凛の継母の静江、それに父の巌までいるではないか。

 もう一人、着物姿の年配の男がおり、聡の父の覇土山家当主だと思い当たった。

 どうやら事態を聞きつけてやってきたようだが、皆一様に青い顔をしている。


 見ると、人だかりの中心で彩香と聡が土御門省の術者たちにがっちりと捕縛され、手枷をはめられていた。


「離しなさいよ! 私を誰だと思っているの!? 天才と名高い花石彩香よ!?」

「父上! 助けてくれ! 俺は悪くないんだ!」


 暴れる二人に対し、土御門省の術者が冷ややかに告げる。 


「見苦しいぞ。貴様らが地下書庫の封印結界を解いたのは分かっている」

「どういうことですか! うちの彩香がそんなことをするはずがないでしょう!?」


 継母の静江がヒステリックに食ってかかり、父親の巌も動揺を隠せない様子で立ちすくんでいる。


 面倒事の予感に一瞬怯んだ凛を背に庇うように、鳳龍が一歩前へ出た。

 その圧倒的な威厳に、場がしんと静まり返る。


「お前達はまるで学んでいないようだな。よっぽど、破滅したいらしい」

「小爺、さすがに疲れてるでしょ? 僕がやるから。風雲変幻、天地帰位——急急如律令! 真言ジャンゴン吐真術トウジャンジュッ!」


 翔宇が印を結ぶと、青い光の霊気が彩香と聡の身体に絡みつく。

 先ほどと同じく、彩香と聡は自分達が封印を破ったこと、助けに来た凛を見捨てて逃げたことをペラペラと自白していく。

 

「嘘……信じられない。彩香さんって最低じゃない?」

「聡様にも幻滅したわ……。助けにきた凛さんを見捨てて逃げるなんて……」


 全て告白し終わって彩香と聡が正気に戻ると、その場にはヒソヒソ声と軽蔑の眼差しが満ちていた。

   

「今の話が真実かどうか、しっかり調査してくれ」

「承知しました」


 地下書庫は崩れてしまっているが、呪力の残光を解析することはできる。

 そうすれば、誰が封印を解除し、邪気を呼び込んだかはすぐに判明するだろう。


「土御門省の術者が動かぬ証拠を見つけるのも時間の問題だろうね〜」


 翔宇がのんびりした声を出す。

 それまでの間、二人は投獄され、省の取調室でじっくりと事情聴取を受けることになるらしい。

  

「花石家には他の罪もあるだろう? 翔宇、霊符を出せ」

好啦好啦ホウラホウラ、これだよ〜」


 翔宇が取り出したのは、凛が書いた霊符と、彩香が書いた粗悪品の霊符だった。

 凛の霊符は、凛の祖母の筆を修復した時に書いたあの一枚である。

 鳳龍はそれを土御門省の術者達へと提示した。


「省の鑑定官に分析をお願いしたい。花石家が『花石彩香の作』と偽って市場に出し、莫大な富と地位を得ていたこの高品質な霊符……。真の作者は、花石凛だ」

「なっ……なんですと!!!」


(えぇ……!! 言わないでいいのに……!!)


 凛は頭を抱えたくなった。

 霊符を書けることを、役人には知られたくなかった凛である。


 術者はすぐさま凛と彩香の札を見比べて、さらにこちらをじっと見つめてくる。

 その目には呪力が宿っている。

 凛の霊気を鑑定されているのに違いなかった。


「……なるほど。こちらの霊符は花石凛さんの霊気と完全に一致する。そしてこちらの粗悪品は……花石彩香さんの作になりますね」


「「「……え……!?」」」


 その場にいた生徒や教師達から一斉に驚愕の声が上がった。


「花石家の霊符が……花石凛の手によるものだった……!?」

「落ちこぼれじゃなかったの……?」

「馬鹿、知らないのか? ここのところ、別人のように目覚ましい好成績を収めてるらしいってこと……!」

「それより、彩香さんは霊符なんて作れなくて、凛さんの業績を奪っていただけってどういうこと……!?」


 次々と突きつけられる真実と、周囲からの蔑みの視線。

 彩香は手足をバタバタと動かして地団駄を踏んだ。


「違うわ……!! 私は天才なのよ……っ!! 皆、信じて!!!」


 土御門省の術者が冷たく告げる。


「こちらの本物の霊符は、あなたの霊符とは似ても似つかぬ高度な出来栄えだ。世間を欺く術具の捏造・詐称の疑いで、この件についてと正式に捜査を開始するから、覚悟しておくように」


 花石家の悪事が全て明るみに出て、彩香と静江はへなへなとその場に崩れ落ちた。

 鳳龍の横に並ぶ凛に必死で手を伸ばす巌。


「り……凛!! その……私が悪かった! 娘なのだから、助けてくれるのだろう……?」

「貴様……まだそんなことを!」

「鳳龍、私が話すわ」


 凛は鳳龍を制して、一歩進み出た。


「お父様……。いえ、花石家ご当主。そんなこと、出来る訳がないじゃないですか」

「なっ、何を言っている!? お前が花石家に戻れば、全て解決するだろう!」 

「犯罪者の家に戻るつもりはありません」

「なんだと……!!」


 激昂しかかる巌だったが、凛は突き放すように言った。


「お役人様の言葉を聞いていなかったのですか? あなたがたの行いは、捏造と詐称。立派な罪です」

「…………!」

「それに、私はご当主に確認しました。私が花石の霊符を書かなくても良いのかと」


 巌はハッとした。

 確かに、凜を追い出した時にそんなことを言っていた。


「その時にあなたは仰いました。『役立たずのお前の霊符などゴミ屑だ、天才の彩香さえいればお前など不要だ』と。そして、私を花石家の陰家籍から除籍したのではありませんか」


 凛の発言に、その場が大きくどよめいた。


「除籍……!? そんな、非道い……!」

「いくらなんでも、それは……」


 花石家への非難の声に、巌は動揺し周囲を見回した。


「だ、だがそれは彩香と静江がそうしろと……! どうせすぐに謝ってくるからと……!」

「除籍は陰陽師にとって社会的な死にも匹敵する。当主ならば良くご存知のはずでは?」

「ぐ……」

「決断なされたのはご自身です。私はもう花石家とは関係ありません」

「…………」


 巌はもう何も言えなくなっていた。

 彩香と静江の嘘を真に受けていた。

 本当の天才だった凛を虐げて追い出した。

 それは全て事実だったからた。

 今や、凛は李家の御曹司と婚約し、手の届かない存在になってしまった。


 そして、もう一人。

 聡も、覇土山家の当主たる父親に怒鳴りつけられていた。


「聡……! 貴様は覇土山家に泥を塗りおって! なぜこのような惨めな虚飾に加担したのか!!」 

「ち、父上……! 俺はただ騙されていただけです!!」

「それが愚かだと言うのだ」


 鳳龍がサラリとトドメを刺した。


「お前は、自分の目で確かめるべきだった。霊符をきちんと検分すれば、真の作者が誰かなど、すぐに分かることだったはずだ」

「…………!」


 聡の脳裏に、弟・智樹の言葉が再現された。

 智樹には確かに忠告されたのだ。

 「本物の霊符を書いていたのが本当に誰だったのか……兄さん、一度ちゃんと自分の目できちんと確認した方がいいんじゃない?」と……。


 絶望に顔を歪め、聡もまた膝を折った。


 そこに鳳龍が宣言する。


「李家は本日をもって、花石家および覇土山家との一切の取引を停止する。……自らの罪と向き合うことだな」


 それが引導となった。

 泣き崩れる彩香に、絶望に顔を歪めた聡、それに頭を掻きむしる静江、無言で立ち尽くす巌……。

 

「もう行きましょう」

「……気は済んだか?」

「ええ」

「僕、車を回してくるね〜」


 生徒や教師達、それに土御門省の術者達に背を向けて、凛は歩き始めた。

 翔宇は運転手を呼びに駆け出していく。


「……疲れたけれど、なんだかすっきりしたわ」


 腕の中で気持ちよさそうに眠る狛犬の背中を撫でながら、凛がぽつりと呟く。


 もう、縛られなくていいのだ。

 

「このアザは忌み子の証しではなかったし……。家からも出られた。それに……」

 

 凜は空を見あげた。

 青く晴れ渡った、気持ちの良い青空。

 そして、自分を信じて支えてくれる頼もしい存在——。


「どうした?」

「ううん、なんでもないわ」


 隣を歩く鳳龍に、凛はにっこりと微笑んでみせたのだった。

 


お読みいただきありがとうございます。

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