ヤマさん、異世界で暮らす。
メモに書いておいた素材をリーフルトックで買い集め、ついでに昼食をとって帰る事にした。
植物専門店都市というだけあって、入っている飲食店は野菜にこだわっている系の店ばかりだった。
「野菜は大切やけど、そればかりだと栄養が偏りそうやね。でも、せっかく植物専門店都市っちいう所に来とるけん、そこの特色にちなんだ物を食べるべきやか? 悩むところやね」
「そうですねー。ヤマシロさん、どうします?」
「うーん。ミミィさんが入りたい店を選んでくれん?」
「私が選んでいいんですか?!」
「うん。ミミィさんが食べたいもの食べようや」
「わぁ!! なに食べようかなぁ。あ、ヤマシロさん嫌いな食べ物とかあります?」
「俺、異世界から来とるけん、苦手な料理とか分らんっちゃね」
脂っこい物や、胃に重い物は苦手だが、この国の料理は脂を使わないサッパリ系が多いので、わざわざ言う必要もないかと黙っておく。
「あっ!! そうでしたね。では、私の好みで決めちゃいます」
「うん。そうし」
そこでミミィさんは、今日の夕飯がレイニムームとジャンガップという魚づくしになる予定なので、野菜メインにしようと提案してきた。なる程と納得し、入る店を順番に見て回るミミィさんについて行く。
最終的にミミィさんが選んだのは、野菜で作ったデザートが売りの可愛いカフェだった。
花園をテーマにした、可愛らしくメルヘンな内装のカフェは、俺みたいなヒゲ面なオッサンにはミスマッチ過ぎた。
居心地の悪さを少なからず感じるが、それよりも悪人面のオッサンを引き連れて、こんなメルヘン空間に入店できるミミィさんの肝の太さに驚かされる。
席に案内された後、女性ばかりの店内に視線を向けたりすれば、変質者と思われるかもしれない、という意識が働き、自分の手元や運ばれてきた料理に視線を固定しておく。
全ての料理に食用のカラフルな花が混ざっていたので、少し身構えたが、とくに問題なく食べる事が出来た。
今日のおススメデザートは、全体に隙間なくカラフルな食用花を植えられた、シナモンのような匂いがする巾着芋っぽい物だった。素材と料理名を説明されたが、発音の難しく聞き取れなかったので、結局のところ正体がよく分からない。
半分に割ると花が植えられた芋風な土台部分は紫色で、なんとなく日本でも食べた事があるような、懐かしさを感じる味だった。甘さ控えめで美味しかったが、周囲にある花の食感が邪魔だった。
ちなみに手元と料理に視線を固定していたので、ミミィさんがどのように食事をしているのか見ていない。
昼食のあと、コケに覆われた森のような屋上広場で少し休憩してから、飛行竜に乗ってリッケル地区への帰路についた。
もともとレイニムームを捕まえに行くだけのつもりで、他の素材はリッケル地区で揃えるつもりだったが、予定外に大荷物での帰宅になった。
地下洞窟だとか、よその立体都市などを回ったので、飛行竜の上で間もなくリッケル地区だとアナウンスで聞いた途端、小旅行から帰ってきた時のような疲労感がどっとでた。
まだ住み始めたばかりのリッケル地区だが、見慣れた立体都市群を見下ろすと「帰ってきた」という気になる。
少しずつ、この街に馴染んできたという事だろうか。
飛行竜から降りると、まず魚屋に寄ってレイニムームを引き渡す。ちなみに観覧車のようなエレベーターは使わずに、階段を使った。
歩き回った足にはきついものがあったが、あの観覧車の乗り降りに精神を削られるよりはいい。
魚屋では店主の奥さんが待ち構えていた。店主の奥さんは、いわゆるナイスバディと呼ばれる凹凸のはっきりした体形の……猫だった。
ウチの師匠は人間のお婆ちゃんの姿に、猫耳と猫尻尾が付いているが、店主の奥さんは猫だった。
二足歩行の猫……というのも違い、手足や、体つきは人間なのだが、頭部は完全に猫で全身毛皮に覆われている。
魚屋と猫奥さんの組み合わせに、しっくりくるような……こないような不思議な感覚を覚えながら、レイニムームを引き渡す。
すると猫奥さんは、俺とミミィさんに少し待つように伝え、ご機嫌でレイニムームを受け取って店の奥に引っ込んだ。
数分後、奥さんはレイニムームの頭と骨、鱗とヒレを小さなタッパーのような容器に入れて戻ってきた。
どうやら俺がそれを必要としている事を、店主から聞いていたようだ。
残りのレイニムームを入れているガラスボトルは、タッパーと一緒に後日返しに来てくれればいいと言われ、ありがたく借りて行く事にする。
ミミィさんがレイニムームの調理レシピを奥さんから聞き終わるのを待って、お礼を言って魚屋を後にした。
薬草屋で買うつもりだった『保湿型土嚢袋』は、リーフルトックで買ってきたので、そのまま真っ直ぐニャンでも魔法薬店に戻る事にする。
ちなみに俺と師匠が暮らす住居部分は、魔法薬店の店舗経由でしか入れない。
ここで問題が発生した。
魔法薬店のカウンターの後ろにある扉から住居部分に入るのだが、その幅は1mあるかないか。しかも左右の棚から物がはみ出ていたり、通路の端に物が積んであったりで狭い。
そしてミミィさんは直径1m位の球体。ギリギリ通れるか通れないかだ。
どうぞ、と奥に案内しようとしてそれに気づき、動きを止め思案する。
通れず引っかかってしまったら、どうすればいい?
ポヨポヨと弾んでいるミミィさんだから、押し込んだらいけるか? いやいや、満員電車じゃあるまいし、それはダメだろう。なにより女性を住居に押し込むのは犯罪行為では?
だからといって、通れそうか本人に確認するのも、太ってると言っているみたいで、女性相手に失礼じゃないだろうか?
「ヤマシロさん、どうしたんですか?」
考え込んでいる俺に、ミミィさんが不思議そうに声をかけてくる。
悩んでいても仕方が無いと結論づけ、遠回しに確認することに決める。
「あー。うちの住居スペースに招こうかと思ったんやけど、通路に物を置きすぎてしまったけ、こんな狭いところに女の子を案内するんは悪いかと思ったんよ」
「なる程です。この通路から住居スペースに入るんですね。大丈夫です、私は物が多くても気にならないですよ。お店の裏ってだいたい物が積みあがってるものですし、私の職場も書類の入った箱やファイル棚で通路がかなり狭くなっているんですよ」
「……そう? ミミィさんが気にならんって言うなら良いけど。……じゃあ、どうぞ」
大丈夫というのは通れるという事と同義なのか悩みつつ、奥へ誘導する。
するとミミィさんは…… 縦に伸びた。
細長い球体。楕円形になったミミィさんは器用に跳ねながら、通路と階段を進んでいく。
作業場を通り土足禁止の居間に上がる段差の所で、濡らした手拭きを用意し、そのうえで跳ねてもらう。居間に辿り着いたところで、ミミィさんは元の綺麗な球体に戻った。
お客さん用の座布団をミミィさんに用意し、奥の台所でお茶をだすと、作業場に荷物を置きに行く。
その後はミミィさんと向かい合って、お茶を飲みながら出先の事を振り返りお喋りをした。
お喋り休憩が終わったところで、作業場で肥料の元を作り始める。
ミミィさんに相談し、絞めて30分以内に調理する必要があるというレイニムームは、素材となる頭と骨、鱗とヒレを切り離した後の身を、ミミィさんに引き渡し調理開始して貰う事になった。
どうやらミミィさんは、猫奥さんにレシピを聞いている時点で、そのつもりだったらしく、快く引き受けてくれた。
台所の調理器具や調味料の説明を一通り説明して、作業場と台所の準備が完了すると、レイニムームを捌き身を台所のミミィさんに引き渡す。
初めて生きた魚を捌くので、頭を落とすのに苦労したうえ、骨を取り外すときに身がボロボロになってしまった。
謝罪しながら引き渡すと、つみれにして酒蒸しするから問題ないと。ただし、ジャンガップを捌くときは、そばで指示を出すと言われた。心の準備をしておこう。
作業場に戻ると、切り離した素材部分と猫奥さんに貰った素材部分の加工を開始する。
頭と骨は、七輪でカリカリに焼く。頭は火が通りやすいように半分に切断してから網にのせ、骨の部分はすぐに火が通るので、後から網に乗せる。
使う炭はガリャ竹で作った炭と指定があった。ガリャ竹の炭はあまり使う機会が無いので、リーフルトックくらいでしか取り扱ってないと、売ってくれた店の主人が話していた。
それが本当なら、リーフルトック行きを勧めてくれた船頭の青年に感謝しなければいけない。
鱗やヒレはしばらく低級ポーションにユリューという花の花びらと一緒に漬け込んでおく。
このユリューと呼ばれる花。リーフルトックで買ったが、レイニムームを捕獲した小島に咲いていた、赤い百合のような花だった。これがユリューだと知っていたら、あの小島で採取していたのに…… と少し悲しくなりながら購入した。
焦げ付かないように気を付けながら、カリカリに焼いたレイニムームの頭と骨を粉々にすり潰し、他の素材や薬草と混ぜ合わせる。
毎度のことながら薬草達から細かく指示をされるので、それに従う。
リーフルトックで薬草を買う際も、薬草の声が聞こえていたので質の良い物を選んで買う事が出来た。
そのため、購入した店では同業者と勘違いされかけた。否定して魔法薬師だと言うと半分納得して貰えた。
ようやく肥料の元が出来たので、保湿型土嚢袋に、樹木用の土6割、植物系の素材をブレンドしたものを2割、その他の素材をブレンドした物1割、レイニムームを使った肥料の元を1割。の分量で混ぜ合わせながら詰めて縛る。
最後に保湿型土嚢袋を、キュッカ産の葦を編んだものに入れて、更に土嚢袋に入れる。
別にキュッカ産の葦でなくてもいいのだが、俺がキュッカ弁で話しているのを聞いた店主が、謎の気を利かせてキュッカ産を出してくれた。値段も変わらないし、葦で編んでさえあればなんでも良いので、そのまま買ってきた。
これを10日ほど置いておけば完成だ。腐葉土は10日でできるのか? と思わないでも無いが、元の世界で腐葉土を作った事は無いし、素材も世界も違うからこれで良いのだと自分を納得させる。
作業場の隅に袋を置いて、綺麗に掃除をすませて手を洗い台所に行くと、ミミィさんから着替えるよう言われた。
どうやら服に土や素材のかけらがついていたようだ。
そう言われると全身が作業で汗やら土埃で汚れているような気がして、このまま調理に混ざるのはまずい気がする。
ミミィさんに水も浴びてくる事を伝えて、風呂場に移動した。
ざっと全身を洗って着替えを済ませて、台所に戻ると、何故か夕食後に戻るはずの師匠が台所の椅子に腰かけてお茶お飲んでいた。
「あれ? 師匠、今日は友達と夕食するんじゃなかったと?」
「それが、友達の一人が喫茶店を出ようと立ち上がった時にビックリ腰になってねぇ」
「び、ビックリ腰? ……えぇと、それでその人は?」
ギックリ腰じゃなくて? と疑問に思いつつも話の続きを聞く。
「お孫さんが迎えに来てくれたよ。だけど、夕食どころでは無くなって、そのまま解散になったさね」
「なるほど。それは大変やったね」
「だから予定より早く帰って来たけど……。どうやらお邪魔虫になってしまったようだねぇ」
そう言って、師匠はニマニマしながら風呂上がりの俺を眺める。どうやら物凄く勘違いされている気がする。
「いやいや、師匠。お邪魔虫って事は無いばい」
「そうですよ! お魚もお師匠さんの分も十分足りますよ」
元気にミミィさんも師匠に伝えるが、多分師匠が言っているのは夕飯の魚の量の話ではない。
「おや、私もご相伴に預かって良いのかい?」
「はい、どうぞ!!」
どうやら夕飯の話に移行してしまったので、誤解をとく流れから外れてしまった。
仕方が無いので、ミミィさんが帰った後に誤解を解くことにしよう。
その後、師匠にはお茶を飲んでいてもらい、ミミィさんとジャンガップを調理したり、他のおかずを作ったりして、3人で夕飯を食べたりお喋りしたりと、ゆったりと過ごした。
ミミィさんを自宅まで送り届けた後、師匠の誤解を解こうとしたが『おやおや。そうかい、そうかい』とニコニコしながら相槌を打ってはくれるが、本当に理解してくれているのか微妙なところだった。
10日後、さっそく出来上がった肥料を持って、プッカの木に会いに行こうと店の横にある階段をのぼる。
階段を登りきって、川沿いの歩道にでたところで、驚いた。
川沿いのプッカ並木、それはいつもと同じだが、階段を登りきったちょうど目の前に見える位置に、他の木よりも3倍の太さ、太い枝を一回転させて円を作っている個性的な木が居る。
間違いなく、この木は『祝福の葉』をくれたプッカの木だ。
だけど、この木は歩道をずっと先まで歩いたところに根を下ろしていたはず。
そう呆然としていると、プッカ並木から笑い声が聞こえる。
〈〈〈 おひっこし ドッキリ 大成功 〉〉〉
〈 これから よろしくたのむぞ 見習い魔法薬師の小僧 〉
どうやら、魔法薬店のすぐそばに引っ越してきたらしい。
どうも雰囲気がお爺さんっぽいから、長く生きているプッカの木なのかもしれない。
とりあえず袋を足元に降ろし、聖者の木へと頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
木が近所に引っ越してきたり、よく分からない種族が沢山いたり、ファンタジー世界のようで科学も発達していたり、増築され続けた継ぎ接ぎだらけの立体都市が立ち並ぶ、この不思議な世界の大きな国の街の一つ。
そんな地球とも日本とも遠く離れた、異世界の片隅で、俺はこれから暮らしていく。
これにてヤマさん完結です。ありがとうございました。