ヤマさん、更に魚を捕獲する。
魚屋の店主の分も含めて、5匹のレイニムームを捕獲して泉を後にする。
船を繋いだところまで戻りながら、ミミィさんは予想と違ったと話し出した。
「てっきりレイニムームを捕まえるのに、数時間はかかると思っていましたけど、15分くらいしかかかりませんでしたね。移動時間の方が長かったです」
「そうやね。俺もそう思っていたけど、あの場所はかなりの穴場っち事やね」
そんな俺とミミィさんの会話に、船頭の青年は笑いながら返す。
「特殊な目を持った種族の人ならアッサリ捕まえるんですが、普通じゃこんなに早く獲れないですよ。お客さんは水と相性が良さそうだから、魚が泳ぐときの水の動きとかも無意識に察知してるのかもしれないですね。あとは集中力かな?」
「そういえばギルドで測定してもらった魔力測定と適性検査で、忍耐力と集中力が高くて、水属性と植物属性と親和性が高いっち言われたね。それが良かったんやろか」
ただ今回の場合は、水との親和性よりも植物との親和性が大きかった気がする。
船に戻り乗り込むと、青年は次の行先について聞いてきた。
そこで、プッカの木にあげるレイニムームを使った腐葉土を作るため、材料を買い集めに行く話をする。
「でしたら良い商業都市を知ってますよ。植物系の素材とか、植物の育成に便利な物を取り扱っている植物専門店的な立体都市で、その都市のほとんどが植物系のお店で占められているんですよ。ここから4つ先の立体都市なので、このまま船で行きませんか?」
なる程、植物専門店で占められた立体都市があるらしい。新米魔法薬師として気になるところだ。
そしてこの船の船頭の青年は、結構商売上手なようだ。
「そうやね。俺も歳やし、階段の上り下りや4つ先の都市まで歩くのは体力的にきついけん、お願いするわ」
「はい、毎度ありがとうございます。では次は植物専門店都市があるグーロウ地区に向かいます」
そう言うと青年は再び口笛を使って船を動かし始めた。
船が進み始めるとミミィさんが説明してくれる。
「基本的に立体都市は○○地区の何番都市って呼ばれるんですけど、これから行くような特性のある都市は通称が付くんです。多分これから向かうのはグーロウ地区の『リーフルトック』ですね。エィーラ族の古語で植物の町という意味です」
「へー。通称が付いとる立体都市もあるんやね。俺達が住んでるリッケル地区も通称付きの立体都市とかあると?」
「ヤマシロさんが知っている立体都市だと、魔術師ギルドのある立体都市ですね。あそこの正式名称はリッケル地区の5-1番都市ですが、『パパイーヘッデン』という通称が付いています。ゲーダンマ族の古語で隣の魔術師という意味です。あの都市の魔術師ギルドは地元周辺で活躍する魔術師が利用するギルドですので、隣の魔術師。つまり身近に居る魔術師という意味のパパイーヘッデンという意味の通称が付いているんです。あの都市は日常で使う魔術関係に必要な物を売っている店も多く入っていますからね」
なる程。ゲーダンマ族とかエィーラ族とかはよく分からないが、その都市の特性にちなんだ通称がつくのか。
「そういえば、ミミィさんの種族は何族っちいうと?」
「私ですか? 私はカンテン族ですよ」
「か、寒天?」
「はい。カンテン族です。ヤマシロさんは人族ですよね」
「・・・うん。そうやね、人族であっとうよ」
それにしてもミミィさんはカンテン族か。
常日頃からミミィさんは葛切りか寒天みたいだと思っていたが、寒天の方が正解だったのか。
俺の知っている寒天との繋がりがあるのかどうかは分からないが、かなり覚えやすいな。
きっともうミミィさんの種族名は忘れないだろう。
そんな雑談をミミィさんと交わしていると、船は立体都市の地下から表の川にでた。
表の川はプッカの木に覆われていて日陰になっているが、かなり木漏れ日が差し込んでいるので暗くは感じない。
プッカの木の浄化作用のおかげか、綺麗に透き通っていて川底や泳ぐ魚がはっきりと見えている。
川の側面は大小さまざまな大きさの石を積んで出来ているようで、コケや水草がびっしりとはえていた。きっとあの水草が魚の隠れ家になっていたりするのだろう。
「ここの川っち想像していたより深いんやね」
「リッケル地区とグーロウ地区周辺の川の深さは、比較的浅い方で平均300マニスくらいですよ。ヤマシロさんも底に足がつかないと思うので、落ちないように気を付けて下さいね」
「ミミィさん。せっかく説明してもらったのにごめんけど、300マニスっち言われても、こっちの単位がいまいち分からんけん、どのくらいかピンとこんとよ」
この世界に来たときに、謎の言語変換が起きた事で大体の言葉は通じるようになっていた。
だが、通貨や物量の単位といったものが、一部理解できなくなっている。
これまで通り、㎏やmlのつもりで話して、うまく変換されて通じるものもあるので、多分変換されないものは、元の世界で言うガロンとかフィートとかの違いにあたるのだろうとは思っている。
「えーと、そうですね分かりやすく説明するなら、100マニスでだいたい私の身長位ですね。なので、このあたりの川の深さは、私を3体積み重ねた位の深さです」
そう説明してくれたミミィさんの身長は、だいたい1m位だろう。もしくは90㎝前後。
それを考えると、川の深さは3メートル前後という事になる。
「けっこう深いんやね」
「そうです、深いんです。なんですがプッカの木で覆われているので、特に柵も設置されてないんですよね。なので川べりからの転落事故って結構多いんですよ」
「立体都市の間ってほぼ川があるんやろ? プッカの木を避けながら川にそって柵を設置するのって大変やろね」
「それもあるんですが、プッカの木が自分で好きな位置に移動しちゃうので、柵の配置に困るっていうのもあるんですよね」
「あぁ……なるほど」
地球じゃ考えられない、異世界ならではの公共事業の悩みがあるもんなんだな、と改めて違う世界にいる事実を思う。
その後もプッカの木に覆われた川を、口笛で動く船に乗って進んでいく。
船の上から、木漏れ日が揺れる川を覗き込むと、見た事の無い川魚を沢山見つける事が出来た。
川幅が4m位のところで、小ぶりな鯵サイズのブルーメタリックの魚が、川を埋め尽くす大群で通り過ぎた時には、少し恐怖を感じた。
光を浴びるブルーメタリックは、幻想的で綺麗ではあったが、あんなに大群だとただ怖い。
魚の群れが過ぎ去った後に、ミミィさんが教えてくれる。
「あの魚はジャンガップです。今の群れはまだ青かったので若い群れですね。青いのは脂が多すぎて美味しくないんです。どう調理しても、脂が表面に固まってべったりするんですよ。もう少し歳をとると、紫っぽくなって油分が減るので、その頃が食べごろです」
ミミィさんが語っている最中に、船の下を紫色の魚の群れが居る事に気が付く。
さっきの群れ程の大群では無いが、1m位の幅でリボンのように長く群れている。
「もしかして、今、船の下を泳いでる、紫色の魚がそれ?」
「それです!! ヤマシロさん! さっきの網です!! 網で捕まえて下さい!!」
「え?! 獲ると? 獲れるやか?」
「私の大好物なんです!! ぜひ獲って下さい!!」
ミミィさんの大好物らしい。
結構お世話になっているミミィさんの大好物となれば、頑張って捕まえるしかあるまい。
だが、ジャンカップの群れは近くに見えて、けっこう深い位置を泳いでいるようだ。
柄の短い網では届かない。
「ミミィさん、俺が船から落ちんように掴まえとってくれんやか?」
「もちろんです!! ヤマシロさん頑張ってください」
そう答えてミミィさんは、葛切りのような触手を伸ばして、俺の胴体に巻き付けた。
ミミィさんの触手が伸びると言う事実に内心驚いたが、そこにはあえてツッコミはせずジャンカップを狙う。
船頭の青年も気を利かせて、ジャンカップの群れに張り付くように船を操作してくれた。
網を持つ手を川に肩付近まで沈めて、ジャンカップを追いかける。
川の流れと船の動きによる水圧が重たく、網を上手く動かせない。スイスイと泳いで網から逃げるジャンカップを、どうにも捕まえられる気がしない。
それどころか、借り物の網を落としそうで気が気じゃなかった。
だけど、若い女の子(?)にお願いされて、応援されてしまえば、良いところを見せたいのが男だ。
オッサンだって、カッコいいところを見せたいのだ。
何とか捕まえられないか考えて考えて、そして思いついた。
これ、魚の周囲の水を魔法で固定して、魚を閉じ込めた状態のまま水ごと持ち上げれば良いんじゃないか?
問題は、動き回る魚をうまく捕捉して固定できるかだ。
試しにやってみるが、中々成功しない。魚だけ捕捉すればいいかと思いきやそうじゃない。
魚も動いているが、川の水も流れ動いている。つまり動いている魚と川の水の両方を捕捉しなくてはいけない。
だが、俺にはベルトコンベヤーで延々と流れていく餅を何時間、何十年と追いかけ続けた集中力と忍耐力がある。
魚と川の水を船の上まで持ち上げられなくても、せめて網の中まで持ってこれたら後は引き上げるだけだ。
そうして、服の袖を肩までビショビショに濡らしながら、目的地に着くまでになんとかジャンカップを6匹捕まえる事に成功した。
正直、レイニムームを捕まえるよりも大変だったが、ミミィさんが大喜びしてくれたので苦労して捕まえたかいはあった。
捕まえたジャンカップは、表面がザラザラしたビニールのような素材の透明な袋を船頭の青年に分けて貰って、川の水と一緒に入れた。
2匹は協力してくれた船頭の青年に渡すことにした。
残りの4匹は全部ミミィさんに渡そうとしたのだが、ミミィさんが捕獲した俺の分が無いのはおかしいと言うので、2匹づつ分け合う事にした。
船から降りて、植物専門店都市のリーフルトックに入り、ミミィさんと並んで歩く。
ミミィさんはジャンカップと水入りの袋を、頭の上に乗せてご機嫌だ。
お祭りの金魚すくいがうまくいって、はしゃいで帰る子供のようにも見える。
葛切りのような触手が、袋が落っこちないように大事そうに押さえている。さっきその触手が伸びていたことには触れずにおく。
ご機嫌なミミィさんいわく、ジャンカップは、すりおろしたゴニアンにキャナリカという香辛料を混ぜたものに、30分ほど漬け込んでから網焼きにすると美味しいらしい。
ゴニアンがなんだか分からないし、キャナリカと呼ばれる香辛料はたしか家には無かったと思うので、リーフルトックで買って帰ることにする。
植物系の物が多い都市なら、香辛料の店や八百屋が入っていてもおかしくはないだろう。
ゴニアンが野菜かどうかも分からないが、そこはミミィさんに探してもらう事にしよう。
その話の流れで、何故かミミィさんと一緒に夕食を作って食べる事になったが、まぁよしとする。
オッサンと一緒に飯作って食べて、なにが楽しいのかとは思うが、ミミィさんはご機嫌なので気にしないことにした。
片袖が肩まで濡れている状態で歩き回るのは少し恥ずかしかったが、それでも興味を惹かれる店が多く、ミミィさんとかなり歩き回った。
リーフルトックは都市自体が植物でできているように見えた。
一応土台となる建物や骨組みがあるのだろうが、その土台となる建物から植物が生い茂り、複数の樹木が合わさって建物の表面を覆ってしまっている。
正直に言おう、集まっている人たちの声に上乗せされて、植物の声が聞こえてくるので、かなり騒がしい。
うるさすぎて、引っ越す事があっても、俺はここやこの近所では暮らせないな、と判断した。
建物の壁でキノコを育てて売っている店も有った。
この国の住居は全てが賃貸で持ち家は無いと聞いているが、壁や床でキノコや薬草を育てるのは問題にならないのだろうか。
良いのか? 良いんだろうな。こうして商売をやっているという事は……。
そっと視線で問いかけると、ミミィさんは小さく横にフルフルと揺れた。
どうやら駄目らしい。
「私、この地区の担当じゃなくて良かったです……」
ミミィさんはそう小さく呟くとため息をついた。
どうやら異世界の役場の担当者には、色々な苦労があるようだ。
グーロウ地区担当の役場の人達に心の中でエールを送って、キノコ屋さんから離れる事にした。




