《再始》3.魔術学院について
「さて。今から君らの教室に向かう訳だが…」
言葉を切り、トウヤの顔を見る。
「トウヤはここの事を知らないだろうから、桜とルビアにおおよその事を聞いておくといい」
そのまま桜とルビアを見て。
「二人はこの学院の事を、大まかに説明してやってくれ」
そして、歩き出す4人。
説明を始めるべく、歩きしなに桜が口を開く。
「さて……何から説明したらいいかな」
そして、ちょっと考えてから。
「先ずは名前から、かな」
桜はそこで一端言葉を切り、それからトウヤに向き直って言う。
「フラムベル魔術学院。それがこの学院の名前。名前の通り、魔術を教える学校よ」
トウヤは自然と呟く。
「魔術……」
忘れているような、どこか聞き覚えのあるような、そんな響きに、トウヤは一瞬記憶の奥底に意識を向けかけたが、トウヤの誰ともなく向けた言葉に、桜が答える。
「そう。魔術。何も無いところに炎を起こしたり、物に触れずに動かしたり、自然の摂理に反する事象をも可能にする、超常現象を引き起こす技術。それが魔術」
桜の言葉に、沈みかけた意識は再び会話に向けられ、トウヤは桜の言葉を要約する。
「つまり、絶大な力を得る事が出来る技術?」
言っておいて、トウヤは言葉に懐かしさを覚えたが、続く桜の言葉に、やはりそれは掻き消えていった。
「そうよ。だから、ここには人間も、人間で無いものも、魔術を求めるという想いを同じくして、存在する」
桜は言いながら、隣を歩くルビアに視線を向ける。
「例えば、私は見ての通り翼人と呼ばれる種族なの。人間には無い、飛ぶための翼を持ってる」
ルビアは背中から生える鳶色の、その立派な翼を少しだけ震わせた。そして、桜とルビアの視線は前を向き、リフィを見据える。
「リフィ先生は木霊で、元々魔術を扱う種族だから、当然学院にもたくさんのエルフがいるわ。エルフは耳が長いから見たらすぐわかるよ」
トウヤは、前を歩くリフィの両耳が、自慢げにピクピクと動いていたのを見逃さなかったが、取りあえず何も言わず話を聞く。ルビアが言葉を切ると、続けて桜が話し出した。
「他にも、頭が獣の姿をしている獣人とか、極めて人間に近い種族の妖精族とか、後、数は少ないけれど魔族とかもいるわね」
一息ついて、桜は振り向き、また話を続ける。
「だから、この学院には、割と人型をしてない生徒もたくさんいるわ。むしろ純粋な人間の方が少ないくらいで、髪の色なんかも一見変わってるように見えるかも」
「みんながみんな、桜みたいな和人じゃないからね」
「和人?」
聞きなれない言葉に、トウヤは聞き返す。
「えぇと、和人っていうのは、私やトウヤみたいに髪が黒い人の事を特別にさす言葉よ」
そう言って、桜は和人についての詳しい説明を始める。
「普通、魔力…魔術を行使するための力を体内で作れる人間は、自然と髪の毛に魔力が溜まりやすいんだけど、魔力が溜まると、髪の毛ってブロンドとかに変色しちゃうのね。で、私たちみたいに魔力を溜めていても髪の毛が変色しない人間は、魔力に馴染みやすい体質をしていて、魔力に調和するから和人って呼ぶのよ。個性みたいなもので珍しくもないわ」
魔力は人によって性質が違う。
炎や水、風、もしくは毒や光やもっと特殊な属性もある。
それらは全て、多く蓄えれば蓄えるほど、自然を逸脱し、その属性によって器を苛む。その許容値が大きく、親和性が高いのが、和人である。
「和人じゃない人間のほうが大多数だけどね」
トウヤは、そこまで聞いて、ふと思った事を口にした。
「ってことは、クラスには色んな種族が混じっているってことか」
その呟きに、再び桜が口を開く。
「そうだね。特にうちのクラスは…」
そう言って、ここまで笑顔だった桜の表情が、苦笑いに変わる。
ちょうど廊下の窓から、中庭を隔てた向こうの校舎が見える。
そこには、いくつもの人影が歩いている。人種や姿形もバラバラな、魔術を志す者たちの姿が。
それを見て、今度はルビアがクラス分けについて説明をし始めた。
「この学院には3つの段階のクラスがあって、もっている魔力の量とか資質によって、ウルズ、ヴェルザンディ、スクルドのクラスに分けられるの。ホントはオラクルってクラスもあるけど、今は置いといて」
トウヤは、運命の女神三姉妹の名前のクラスだなと思いつつ、ルビアの説明を聞く。
「スクルドクラスには比較的魔力の少ない人間やワーウルフなどの獣人が多くて、クラス数が9つある。ヴェルザンディクラスには、風や土などの元素属性を持つ風霊とか土霊みたいな精霊族や妖精族が多いかな。クラス数は4つ。最後に、私たちの在籍するウルズクラス。ウルズはうちの1クラスだけなんだけど、ここには特に魔力が多かったり、魔術を扱い慣れている木霊や魔族が選抜されて集められていて、種族はばらばらなんだ。だから、うちのクラスは天才肌が多くて、かなり個性が強いよ」
説明してくれたルビアも、桜同様、苦笑いを隠せずにいた。トウヤは、これから配属されるクラスに一抹の不安を覚えたが、不安を抱いたところでどうしようもない事だろうな、と早々と諦める事にして思考を切り替える。
「生徒はたくさんいるんだな」
トウヤの疑問に、桜が答える。
「学院全体ではだいたい500人位ね。食堂とかは共通だから、お昼は中々大変よ?」
その横から、ちなみに、とルビアが補足する。
「ウルズクラスは全寮制で、その他のクラスは城下町で下宿なんだ。城下町は卒業生もたくさんいて、なかなか面白いよ」
「クラスの中には学生街で人形劇して出稼ぎしたりする子もいるし、魔術用品なんかも売ってる。普通の服とか雑貨店もあるし、喫茶店とかもあるわね」
学生たち相手の商売だけでなく、そこが既にひとつの経済をなしているようだ。話を聞くだけで、活気溢れる町並みが目に浮かびそうだった。
「ごめん、脱線したわね」
学院の説明の途中だったが、今の話もなかなか興味深いとは思った。そんなトウヤの内心を置いて、桜はその他の学院の説明をしてくれる。オラクルと呼ばれる基礎知識クラスが有ることや、世界樹のこと、授業の時間や施設等。様々あるが、それでもまだまだ学院の話は尽きない。
説明も終わらないまま、リフィが歩みを止めて振り返る。どうやら目的地に着いたらしい。1階の保健室からここまで来るのに、二回階段を上ったことから、ここは3階だろう。近くに窓が無いので確認はできないが。
「さて、教室の前まで来た訳だが、取りあえず桜とルビアは先に入っておいてくれ」
返事をして、桜とルビアは、「それじゃ後で」と、トウヤに手を振ってから教室に入っていく。桜の手によって教室の扉が開かれ、中から喧騒が漏れてくるのを聞き、トウヤは意味も無く抱いた不安を大きくした。
そこに、やはり絶妙のタイミングでリフィの言葉がかかる。
「少年、緊張しているね?」
悪戯っぽい目つきに、トウヤは不安が濃度を増していくのを感じた。
(道理で、桜もルビアも苦笑いをする訳だ…)
担任からしてこの有様。はてさて中はどうなっている事やら。
トウヤがそんな事を思っていると、リフィも教室の中へと姿を消した。
「では私は先に教室に入るが、後から君を呼ぶので、それから教室に入ってきてくれ」
トウヤはもはや拭いきれない不安を抱きつつ、リフィに指示された通り、リフィに呼ばれるまで扉の前でしばし待たされることとなった。
するとしばらくして、廊下の向こうの曲がり角の方から、誰かが歩いてくるのにトウヤは気付く。
背丈はトウヤと同じか、それよりも少し低くて、目つきは鋭い。青系の服装で、見た感じからは性別は解からない。目つきから、何となく少年の様な気がして、無意識にトウヤはその誰かを男だと判断した。
けれど、トウヤにとって一番印象的だったのは、むしろその髪色だった。
(紺色の髪……)
ざんばらに切られた肩口までの髪は、光によく映える紺一色に染まっている。トウヤは、その人物に、正しく言えばその髪色に、少しだけ見とれてしまっていた。なので、みられていたその少年と目があった。
気付いて、とても不機嫌そうになる少年。少年はトウヤに向かって言った。
「お前、誰だ」
威圧的な口調。けれどその声色は中性的で、声変わり前の声のように聞こえる。
「今日からこのクラスに転入してきた近衛トウヤと言います」
少なくとも、この時間に制服を着ておらず、廊下を歩いているのなら、生徒では無いだろう。その上で考えて、リフィのような子供っぽい外見の先生もいるようなので、一応失礼の無い対応をと思って、言葉を選んだつもりだったが、目の前の少年はさらに機嫌を損ねたのか、トウヤをきっ、と睨みつけ、そのままふらりと何処かに言ってしまった。
その背中を見つめ、トウヤは思う。
(一体、何だったんだ……?)
それを考える暇も無く、教室内からリフィの声がかかり、トウヤは切りかえて教室へと入る。