《再始》2.近衛トウヤ
その晩。
学院最上部の一画。
月明かりの入り込む広間の円卓に、16人の魔術師の姿があった。それぞれの種族や、得意とする魔術は多岐にわたり、バラバラ。その唯一の共通シンボルが、学院を示す紋章の入ったローブであり、その場の全員が学院の教師でもあった。
臨時の職員会議である。
もちろん、議題は侵入者の件だ。ただし、その前の定期報告が続いており、本題はまだ切り出されていない。
円卓に集うローブに隠れた顔は、そのほとんどが少しの緊張をもっていたが、その長ー学院長代理と、その副官、そしてリフィだけが静かな表情をしていた。
「では、次の議題ですが…先ずはサー・アンシェンテからお願い致します」
進行役である副官から指名され、リフィは立ち上がり、円卓の魔術師たちへと告げる。
「本日昼頃にあった学院内部への侵入者の件だが、まず、侵入者の確保および聴取は完了した」
リフィによる聴取は、探査と暴露の魔術を発動した状態で行われており、侵入者の少年が本当に記憶をなくしてしまっている事に偽りは無かった。
「次に、侵入者の正体だが、神無家の魔術師であると推測される。家紋入りの羽織を着ていただけなので、彼が本家なのか分家なのかは不明。現時点では部外者の可能性も否定はできない」
リフィの報告に、教師たちは僅かにざわめく。
神無家といえば、かなり有名で強力な力ー魔術師的にも政治的にもーをもつ家系である。分家を3つ従えており、多次元から生徒を集められるほどの力をもつ学院でさえ、簡単には手出しの出来ない相手なのだ。
円卓が動揺するのも無理はない。
だが、リフィのさらなる言葉で、円卓は再び揺れる事となる。
「これは要望なのだが、少なくとも彼の記憶が戻るまで、彼をウルズクラスの生徒として受け入れたい。如何だろうか?」
学院長代理だけが穏やかな表情を崩さぬまま、教師たちはそれぞれ言葉をこぼす。
「いやいや、神無の息のかかった侵入者を置いておく等、愚者のすることだ。今すぐ別次元へと返してしまう方が良いではないか」
ある者は、神無の脅威を考慮して、見ざる聞かざるの対応をせよ、と告げる。賛同する者もあり、また別の意見を言うものもいる。
「いっそ、神無に送り返してしまうのが早かろう」
「いや、侵入者として処断し、隠蔽してしまえ」
リフィの意見に賛同する者は居ない。反対も賛成もしない者はいたが、魔術師として強すぎるが故に、リフィの味方は多くない。また、抱え込むリスクの方が大きい事は、リフィにも理解できるため、この反対は予想の範疇ではあった。
なので、リフィは何かあれば侵入者として処断するという誓約をたてる事で、これを押し通そうとしていたのだが、学院長代理が口を開く。
「静粛に」
静かな言葉だが、円卓はそれだけで静寂を取り戻す。
その上で、学院長代理は微笑んだ。
「良いではないですか。せっかく学院に来たのです。現状問題ないのであれば、サー・アンシェンテに任せてみましょう」
「…有難うございます、学院長代理」
鶴の一声にそれ以上の反対はなく、侵入者は新入生となる。
空気の澄んだ、静かな夜の事であった。
***
翌朝、ホームルーム前にリフィに呼び出された桜とルビアは、保健室の前でリフィを待っていた。待っている間、ルビアは背中の翼を毛繕いしている。対して桜は、特に不安そうな様子こそなかったものの、緊張はしているようで、癖なのか、長い黒髪を指先に絡めたりして弄んでいる。
「緊張してるね、桜」
それを察して、ルビアは羽根を繕うのを止める。
ルビアと桜は学院に入ってからの親友である。ウルズクラスになる前、オラクルクラスと呼ばれる事前教育クラスで打ち解けて以来の仲だ。
「大丈夫。私も一緒だよ」
ルビアは桜の過去や家庭の事、神無家の事についても、桜から聞き及んでいた。不安は多いだろうと思い、ルビアは桜の手を取る。桜はそんなルビアの言葉にありがとうと言い、少しだけ表情を和らげた。
そんな二人の元へリフィが歩いてくる。
「待たせたな。早速だが、部屋に入ろうか」
リフィに連れられ、二人は保健室へと入る。
入った途端、保健室特有の魔術薬の香り…少しだけ鼻を突く、日常にはあまり無い匂いがした。朝の日差しが、中庭に面した窓から差し込み、保健室を照らす。中にはいくつかのベッドが並んでおり、角にある一か所だけがカーテンによって仕切られていた。そして、そんな保健室の主が、3人の元にパタパタと駆けてくる。
「おはよう、シスター・フェイト」
「おはようございます、リフィ。桜さんにルビアさんも、おはよう」
リフィの挨拶に笑顔で返し、後ろにいた二人の生徒にも挨拶をした女性。
シスター・フェイト。
本名をフェイト・プリスティンというこの女性は、学院で治癒魔術を教えてくれる教師であるとともに、保健室の管理者だ。黒い修道服、そのフードの下からはブロンドの髪が覗き、桜やルビアと違って、少し尖った三角形の耳が僅かに、隠れるように見える。
シスターと呼ばれてはいるが、宗教に身を捧げているという訳では無く、魔術的に操を立て、純潔を守っているだけで、修道服は単に趣味なのだそうだ。そして、みている側まで元気にしてくれそうなこのシスターは、顔立ちも良くスタイルにも欠点が無いために、わざわざ怪我をして保健室に来ようとする輩がいるくらいに大人気なのだが、大概は医療班のゴーレムに阻まれ、近づけたとしても、シスターという記号まで用意して貞操を守っている手前、学徒の誰も手を出せないので、浮いた話は今まで皆無らしい。
「おはようございます、シスター」
「………(ぺこり)」
桜は挨拶を返し、ルビアは会釈を返す。そのままシスターはリフィに向き直る。
「今日から生徒としてウルズクラスに編入する事になっていましたね」
シスターの確認に、リフィが答える。
「あぁ。案内なども含め世話役の彼女らを連れてきた訳だが、彼の準備はもうできているかな?」
すると、シスターは目線をカーテンで区切られた方に向け、それからリフィに向き直り、ちょっと待ってくださいね、と微笑んだ。それから、ベッドのそばにいるだろう少年に幾つか言葉を投げかけ、どうやら少年の準備ができたようで、閉められていたカーテンが引かれた。
途端、桜は思わず息を飲んだ。もちろん驚いたのは桜だけでなく、ルビアやリフィも少なからず驚いてはいた。
そこにいたのは、とても印象的な少年だった。
「ふむ…。昨日とはまるで別人だな」
リフィが誰に向けるともなく、呟く。
桜は少年を見て、美しいとさえ感じた。
黒髪は目にかかるくらいまでで、後ろで結い紐を使って長めの髪を纏めており、整った顔立ちがのぞく。男子にしてはかなりの長髪だ。和服の上からでも解かってしまう均整のとれた身体には、余分な肉が無く、獣のようなしなやかさすら感じる。何より、瞳は澄んでいて、その魂が無垢である事を証明しているように映った。
服装は昨日見た着物のままだったが、家紋の入った羽織は着ていない。
そんな少年の鋭利な瞳が、桜を捉えた。
「………――――」
そのままじぃ、と桜を見つめる少年の瞳は、静かに桜を見定めているように見えた。一方、桜も少年に見とれてしまっていて、ぼぉ、と見つめ返す。
(なんだか、初めて会った気がしない…。昨日も見てるから、錯覚、なのかな…)
時間にして2、3秒の間、桜と少年は視線を交わす。離したくても離せない、なにかがある気がして、桜はその深い瞳に魅入られてーーー
「桜。何を見つめあっている?」
そんなリフィの呆れ声に我に返った桜は、慌てて視線を外し、恥ずかしさに頬を染めた。
「桜…一目惚れ?」
ルビアもそんな風に茶化すので、桜はさらに紅潮して、「違うよっ!」と否定した。内心では、緊張を解こうとしてくれたルビアの心遣いに感謝しつつ、桜は今の一瞬で魅了の魔術でも掛けられたのかと思うほどどぎまぎしていた。
(あーもう、なんなの…これじゃホントに一目惚れとか言われちゃうわ…)
その心を顔に出さないよう、桜は静かに、なるべくバレないように深呼吸した。
「で、君は結局、何も思いだせないままかい?」
何事も無かったかのように話し始めるリフィの態度に、桜もルビアも気持ちを改める。リフィの問いに少年は頷く。すると、話を聞いていたシスターが、ぽん、と手を打って、提案する。
「どうせなら、桜さんとルビアさんが、彼の名前を考えてあげてはどうですか?」
加えて「名前が無いと、呼ぶのに不便ですものね」と続けるシスター。その言葉に、リフィは良いんじゃないか?と桜たちに視線を向け、シスターはもちろん、少年の目線も再び桜を捉える。
今度は流石に恥ずかしくて、桜は思わずルビアを見る。すると、ルビアは解かっている、とばかりに、口を開いた。
「トウヤ、というのはどうかな?」
ルビアの提案。
そのトウヤという名前に、桜は聞きおぼえがあった。それは、ルビアの過去の思い出の中にある名前で。
けれどルビアは、気遣うような桜の視線に微笑むことで答える。
桜と同じように、ルビアもまた、彼に何かを感じ取ったようだ。そしてきっと、その名前にふさわしい人物だと直感したのだろう。
桜はルビアの態度を見て、視線を前に戻す。
少年は、ルビアの提案した「トウヤ」という名前を、呟くように、馴染ませるように、繰り返す。そして、少し俯いていた少年が顔をあげると。
「解かった。俺はこれからトウヤと名乗るよ」
そう言ってルビアに微笑み、ルビアもトウヤに微笑み返した。
「それじゃあ、ここらで自己紹介だな」
絶妙のタイミングで、リフィがそう言って、自然とルビアから自己紹介をする。
「私はルビウス。ルビウス=ウリア=ルージュ。ルビアって呼んで」
そのまま視線を桜に向け、トウヤの視線も桜に向く。視線が桜を捉えた時、桜は視線を反らしそうになったが、なんとかそれを我慢して名前を告げる。
「近衛桜。桜でいいわ。よろしく」
二人の自己紹介が終わったところで、再びリフィが言う。
「取りあえず、トウヤは近衛姓を名乗っておいてくれ。こちらにも都合があるのでね」
リフィの言葉にトウヤが頷く。それを確認してから、じゃあ教室に行くか、と言って、保健室から出て行った。それに桜とルビアも続き、最後にシスターに見送られながら、トウヤも付いていった。




