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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第三章 帰るべき場所へ
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63 未来への旅立ち

「――んん?」



 いつの間にか閉じていた目を開け、その視界の先をサクは確認する。そこは草原でもなければ、爽やかな風も吹いてはいない。殺風景な密閉空間は、ここがカプセルの中であることを認識させた。

 淡い光で照らされる内部を見て、もう彼が自分の中にいないことがよく分かった。今一度その場で感謝していると、出入り口が開いていった。

 差し出されたカリウスの手を借り、転ばないようにサクはカプセルから出ていく。降り立った部屋には、冴久だけでなく、カリウスの頼みを聞いて行動していたセシリーの姿もあった。



「どうやら、世界とも最後に話ができたようだな」


「え? 分かるんすか?」


「ああ。私はこの世界と心を通じて交信できるからね」


「はー……。本当に凄いんすね、カリウスさん」


「当たり前だ。伊達に天才をやっているわけじゃないからな」



 そういって腕を組んで自らを誇るカリウス。実際に凄いから偉そうにしたところで若干腹立つとか指摘できないでいると、セシリーが呆れたようにため息をついた。



「ごめんなさいね。悪意はないの。何か威張ってるなーって程度に流してくれるとありがたいわ」



 娘の発言を受けてその態度を崩したカリウス。やはり親子だとそういった部分をよく理解しているようだ。

 微笑ましいやり取りを見ているのもいいと思えたが、自らに時間が残されていないことをサクは思い出す。戻るための方法をカリウスへと問いかけようとした、その時だった。



「うおぉっと!?」



 サクの胸が突然輝き始めた。肉体そのものが発光しているわけではないようだ。光源である光球は胸から飛び出し、分散すると同時にサクの体全体を包み込んだ。

 全身を包む光は少しずつ強くなっていく。部屋の随所にある照明よりも光量が増したところで、カリウスが口を開いた。



「――なるほど。どうやら、その光が世界から君に送る最後の援助のようだ。喜びたまへサク君。これで帰れるぞ」


「マジっすか。結局、最後の最後までお世話になりっぱなしだな、俺」


「そう自分を卑下することはない。世界は言っているぞ。全ては君が頑張った結果だとね」


「そういってくれると助かります。向こうに帰っても、俺なりに頑張り続けますね」


「私も、この世界存続のために尽力しよう。安心して、君を待つ人々の下へと帰りなさい」



 互いに簡潔な決意表明をしたサクとカリウスは微笑み合う。2人の目の奥にはまだ見えぬ未来をより良いものとしようと熱意が滾っていた。

 そうしたやり取りの間にも、温かな光は光量を増していく。後少しで直視できないほどにまで到達しようとしたところで、サクの前に”冴久”が立った。

 相も変わらずの冴えない顔。自分自身であるそれを見て、サクは少し笑ってしまう。自分であれば、彼であれば特に気にすることはないだろう。彼こそが、≪實本さねもと 冴久さく≫なのだから。



「最後にもう一回。元気でな、俺!」


「そっちこそな。異世界での生活エンジョイしろよ~」



 にやける冴久のその言葉に応え、サクも他人から見れば少し気持ちの悪い笑みを浮かべた。2人の冴えない男子のやり取りは、少々不気味と言えるものだった。

 体の輝きは最高潮に達し、部屋全体を明るく照らしあげる。その時はやってきた。最後にもう一度、この場にいる全員と世界にに向けて感謝の意を示すためにサクは息を深く吸い込む。

 そして、ありったけの思いを込めてサクは叫んだ。



「ありがとうございました!!」



 最後の一言の後、サクの視界は真っ白となる。最後の最後でようやく決めることができたことに、サクはとても満足していた。

 さあ、後は帰るだけ。高揚した気分のまま、白く光り輝くトンネルに立つのをサクは待った。

 真っ白な視界が変化し、自らの足も先ほどまでいた部屋とは違うところに立っているのを感じた。意気揚々と歩を進めようとしたが、凄まじい異変が視界に入り込んできた。



「んじゃこりゃ!? あかん!! これはマジであかん!!」



 いつもの似非関西弁を言い放ちながら、サクは駆けだした。白く光り輝く綺麗なトンネルが、音をたてて崩れ始めていたからだ。

 もしや時間切れなのか。ここが崩壊しているということは、『道』が閉ざされようとしているに違いない。間に合ってよかったとも思うが、もう少し時間を稼げなかったとのか心の中でカノンに叫んだ。

 とにかく走る。崩落してきた真っ白な破片を避け、すでに人一人分の幅になっている道をひいひい言いながら。崩壊に合わせて出口も小さくなっているのがさらに焦りを募らせる。

 帰らなくちゃいけない。向こうには待ってくれている人たちがいる。その向こうこそが、≪サク≫のいるべき場所だからだ。



「間に合えええぇぇぇっ!!」



 目の前まで迫った出口に向け、サクは吸血鬼化して溜め込んだ力を脚部で解放し、飛び込んでいった。

 真っ白な景色が変わり、体が不思議な感覚に陥る。立っているのか座っているのか。何が何だか分からない状態で、サクの意識はぐちゃぐちゃになっていくのだった。







     ◆






「――ここでいいかな、冴久君」


「はい。送ってくれてありがとうございました、カリウスさん」



 商店街近くにある公園へと戻ってきた冴久は、見送りのために付いてきてくれたカリウスに頭を下げる。人気のなかった公園には、子供たちが戻りつつあった。

 快適な室内から蒸し暑さ全開の外気に晒されて汗が滲み出始める中、冴久はその手に持っていた物をカリウスへと差し出した。



「これ、返しますね。一般人の俺が持っていていいものだとは思えませんし――」


「いや、それは既に君の物だ。うまく使いこなしてほしい」


「え゛? いいんですか?」


「一度『認識』したら書き換えは出来ぬ代物でね。悪用してはだめだぞ」


「わ、分かりました。じゃあ、いざって時に使わせてもらいますね」



 これまでの日常ではありえなかった魔術的要素を持つ便利道具を冴久は恐る恐るズボンのポケットの中へとしまう。扱いきれないだろうという不安が彼を慎重にさせていた。

 平凡な一般人として未知の物への恐怖感がぬぐえ切れていないことをその様子から察したカリウスは、からかうように笑みを浮かべた。



「ちなみにだが、これで君はこちら側へと足を踏み入れたことになる。気を引き締めたまへよ」


「……こちら側とは?」


「表層を構成する一般社会から、裏側にある魔術社会にだよ。ようこそ、『”元”抵抗力』、實本冴久君」


「うえぇ!? ま、マジすか!? いや、でも、俺魔術なんか使えませんし、何もできないんですが……」


「はっはっはっ。いいリアクションをする。安心し給えよ。君はいつも通りの日常を過ごせばいい」


「そ、そうなんですか?」


「驚かせてすまない。君を頼るとなると余程の時以外ないだろうから、気にしなくて構わないよ」


「そう……、ですか。分かりました」



 たじたじといった様子の冴久はカリウスの笑みに苦笑いで返す。少しやり過ぎたかとカリウスが考えている間に、公園は本来の賑わいを取り戻し始めていた。

 あまり目立たない端の木陰にいるとはいえ、これ以上の長居はまずいか。そう考えたカリウスは冴久へと別れを告げようとするが、それよりも早く冴久が告げた。



「ちなみにですけど、その”余程のこと”っていつかは来るんですか」


「んん? まあ、来る可能性はある。そうならないように善処するが、どうしたんだい、そんなことを聞いて」


「俺にしかできない事なのなら、呼んでください。やれる限りやりますんで」


「……ほう」



 想定外の冴久の進言に、思わずカリウスは小さく声を漏らす。眼前にいる冴久の様子に変わりはないが、その内に秘めた思いの強さがその発言から滲み出ていた。



「どうしてそう思い至ったのかな。怖くはないのかい」


「そりゃ、めちゃくちゃ怖いし不安だらけですよ。でも、今日会ったもう一人の俺は、右も左も分からない中頑張りぬいた末にここへとやってきたんですよね」


「まあ、そうだな」


「今ここにいる俺が、もしかしたらもう一人の俺の立場になった可能性もあった。だけど、同じなら乗り越えられたはず。なら、俺だってやりゃできるってことですよね」


「そうとも、いえるかな」


「なら、負けてらんないですよ。あの”俺”が頑張ってるなら、ここにいる”俺”も頑張らないと。だから、もしその時が来たら呼んでください」


「……そうか。分かった。その時が来たら、迷わず頼らせてもらうよ」



 冴久の申し出を受け入れたカリウスは、嬉しそうな笑みを浮かべる。そんな彼の内側に、いつもの相棒の声が響く。



(――素晴らしい心を持っているだろう、彼は)


「――ふふっ。その通りだな」


「ん? 誰と話してるんですかカリウスさん。……っはぁ! まさか、あの研究所で話してた通りなら、まさかこの世界と……!?」


「そんなところだ。ではそろそろ失礼するよ冴久君。もし私に会いたいのであれば、『風間雨京』君に声をかけてくれ」


「風間雨京? 隼人の友達ですね。分かりました。でも、何で彼に何ですか?」


「それはだな――」



 冴久の問いに応えつつも、カリウスの体は歪み始めていた。そして『空案湾曲移動』でその場から立ち去る直前で、言い放つのだった。



「――彼こそが、”我々”の最後の希望だからだよ」





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