62 救いの手と、お別れと
「カリウス……? ああ、そうか! あんたがズッキーの言ってたカリウスさんか!」
「ふふ。そうだ。私こそがズッキーの友人で相棒のカリウスだ」
事前に知らされていた情報と現状を照らし合わせ、彼こそがズッキーの友人であるカリウスであることを確信したサク。救いを求めていたその目には輝きが戻り始める。
「さあ、急がねばならないのだろう。行こうか、『 』君……っと。やはり呼べないか」
握手を終えた後にこちらに向けて話していたカリウスの発言の中から、サクの名前だと思われる部分の声が聞こえなかった。何故そんなことになっているのかとサクは不思議に思っていると、カリウスは難しそうな顔をしながら口元を右手で覆い隠した。
サクよりも頭一つ分身長が高く、いい感じに年を重ねたことによる渋みも合わさってとても男前に見える。そして考え事を行う中でのその仕草はとてもかっこよく思えた。
やっぱり外人さんは顔の彫りが深く、日本人とは違ういいものを持っている。サクがしみじみと考えていると、結論に至ったカリウスは口元から手を離した。
「サク君。よし。やはり『實本 冴久』とは別の他人と考えれば呼べるようだな。確認するが、私の発言が全て聞こえていたかい?」
「はい。大丈夫っす。でも、何で俺を呼ぶのにそんなことが必要なんですか?」
「君の口で、自分の本名を言ってみたまえ」
「『 』。あれ? 『 』。『 』!! おおっと? どうなってんすか、これ?」
今になって自分の名を発音することができないことにサクは気づき、混乱しながらカリウスに問いかける。それに対し、冷静に分析した答えが返ってきた。
「つい先ほど君の協力者の発言にあった通り、君がもうこの世界の存在ではないからだと考えられる。詳しいことに関してはまだ調査と研究が必要になるだろうな」
「俺の存在が……」
こんなことが発生するとは思いもしなかった。ここまでの道中において聞くことのできた自分の名は、今横にいる『冴久』に対してであって、『サク』に向けられたものではなかった。『サク』を意識すると、綺麗に消えてしまうようだ。
不思議なことがあるものだとサクが驚いていると、目の前のカリウスは懐に手を突っ込んだ。ごそごそと何かを探しているが、とてもその服の内側に物を入れられる部分があるとは思えない。
となると向こうの世界にあった収納方陣ににたようなものがあるのかもしれない。魔術を研究しているとか言ったことから考えて、あっても不思議ではないはず。というかこの世界に魔法的なものがあったのか。
そんなこんなで思いを巡らせていると、取り出した2つの小さな四角柱の黒い物体をカリウスはサクたちに手渡してきた。サクはそれを受け取るが、冴久はどうしていいか分からずに困惑していた。
冴久は、自分の理解の範疇を超えて進む物事について行けていないようだった。そんな彼に対し、カリウスは優しく話しかける。
「君には後で私の方から色々と説明しよう。間違いなく、君も無関係な存在ではないからな」
「……分かりました」
それを聞いた冴久は、完全に不安を払拭できていない様子のままカリウスが差し出したものを手に取った。何かしらの金属出てきたそれを訝しげに眺める。
手のひらサイズの物体は少しヒンヤリしており、夏場で持っていると心地よく感じられた。両手の中で全体をくまなく確認してみるが、これといって不思議に思えるところはない。一体何なのかとサクたちが疑問に思っていると、カリウスが説明を始めた。
「それを思い切り強く片手で握ってくれ。それで『認識』が完了する」
言われた通りにサクたちは右手で物体を強く握ってみた。すると、握ったところから物体のあらゆる方向に向けて白く光る線が伸びていく。いきなりのことに目を丸くしながらも、嫌な感じはしなかったためにその光が治まるまで握り続けることにした。
全体にまで行き届いていた光の線は徐々に消えていき、元の状態へと戻った。物体を左手に持ち替えて右手が無事かどうかを見てみたが、特に異常はないようだ。
近代的なものとは違う、魔法的な力に似たものをサクはその物体から感じることができた。握る前は感じられなかったそれに気をとられていると、カリウスに手首を掴まれた。
「よし、では行こうか」
「え? どこへぇぇええ!?」
「うおあぁぁぁ!?」
サクの問いかけの途中で、周囲の空間が歪み始めた。今までに感じたことのない違和感に包み込まれて驚愕していると、あっという間に歪みは治まり始めていった。
空に輝いていた太陽は消え、冷たさを感じられるコンクリートの天井が広がっている。取り付けられた照明と機材の画面から発せられる光が部屋の中を照らしていた。こもったような空気だったが、空調が効いているために快適だった。
突然屋内へと移動したことに驚きを隠せない2人。その場で固まっている彼らの手首を離したカリウスは、付いてくるようにと手招きをしつつ部屋にあった扉へと向かっていった。
ここがどこだか分からない今、サクたちはカリウスに従う以外選択肢がない。何も言うことなく大人しくついていき、開かれた扉の向こうへと一緒に進んでいった。
「今使ったのは『空間湾曲移動』。術式自体はその物体に仕込んで合って、『認識』さえすれば誰でも使える優れものだ。試作品であり、コストが高くて量産には向ていないがな」
似たような部屋の中を移動しながら、カリウスは説明してくれた。魔法とは違う呼び名。『魔術』、そして『術式』。そのことに関して聞いてみたい気もしたが、とりあえずはついていくことにサクたちは専念した。
3つ目の扉を超えた先に、今までとは違う少し広めの部屋があった。中央には円形の大きなテーブルと、それを囲むようにして背もたれ付きの椅子がいくつも並んでいた。
数えきれないほどの資料の山が部屋の隅やテーブルの上に置かれているが、そんな中で異彩を放つ存在が椅子の1つに座って入ってきたこちらの方を見ていた。
栗色の髪の毛を肩まで伸ばし、その瞳はカリウスと同じ綺麗な赤色。素直に美しいといえる見た目の女性はその手に持っていた資料を置き、こちらに向けて話しかけてきた。
「お帰りなさい父さん。それといらっしゃい、お二人様」
「ただいま、『セシリー』。準備は出来ているか」
「ばっちりよ。いつでも稼働できるわ」
「そうか。ありがとう。毎度ながらすまんな」
「慣れっこだから気にいないで」
申し訳なさそうに笑うカリウスにセシリーは微笑みを返す。かなり急いでいるというのは雰囲気で伝わっているようで、話の中で出た機材を稼働させるために部屋から素早く出ていった。
綺麗な人だったとサクたちがセシリーの消えた扉の方に気をとられていると、いつの間にかカリウスは移動を始めていた。すでに扉の向こうへと行ってしまった彼を急いで追い掛ける。
急いでくれるのは嬉しいが、まだ何をするかを教えてもらっていない。こんなところで一体何をするのだろうか。ないとは思うが、人体実験とかはやめてほしい。
若干の不安を抱きながら進んでいき、到達した部屋の奥に人が1人入ることができるようなカプセルがいくつか現れた。壁に斜めに立てかけられたそれを動かすための操作盤の前にカリウスが立つと、完璧なタイミングで電力が供給され始めた。
その内の1つの出入り口が開き、淡い光がカプセルの内部を照らす。まさかとサクが考えていると、そのまさかをカリウスが頼み込んできた。
「サク君、この中に入ってもらえないだろうか?」
「……俺が帰ることと関係ある感じですか?」
「ああ。この機材は君のために作り上げたものなんだ。君の力で吸収したモノ、そして君自身の体に残っているモノを検出、保存する機械で、君の内に残る繋がりを断つ機械でもある。作業自体はすぐに終わる。どうしても、入ってほしいんだ」
「……そうですか」
果たしてこの世界に向こうの世界のことを教えていいのだろうか。サクはこれまでの間で多くのものを吸収してきた。そしてこの体には、異世界転生魔法の情報も含まれているに違いない。
時間がないとはいえ、これは素直に従っていいものではないはず。悩み続けるサクがその場でうなっていると、カリウスが真剣な表情でこちらを見つめてきた。
向けられたその目からは、揺るぐことのない意志の強さが感じられた。力強いその眼差しを維持したまま、カリウスは誠心誠意を込めて頭を下げてきた。
「頼む。君の選択が、この世界の行く末を左右することになるかもしれないんだ」
「……悪用はしないでくださいね」
「もちろんだ。だから、頼む」
「ふう、分かりました。入りますよ」
「……ありがとう。この恩は忘れないよ」
サクの返答を聞き、カリウスは喜びに満ちた表情を浮かべながら顔を上げる。少々大げさに過ぎる喜びかたに見えたが、サクの選択によって光明が見いだせたカリウスにとってその喜びは当然のものだった。
誘導に従い、サクはカプセルの中へと入りって体を横たえる。出入り口が閉まり、透明な壁の向こうからはこちらを心配した目で冴久が見守っていた。
これによって、世界の行く末が左右される。本当にそうなのであれば自分はこの世界に対して大きく貢献できることになるかもしれない。
向こうの世界には申し訳ないが、これまでの人生を過ごしたこの世界に対しての1つの恩返しであるとサクは捉え、静かに機材が動き始めるのを待った。
やがて、カプセルの中の淡い光が徐々に煌びやかなものへと変化していく。全身がそれに照らされたサクは、心全体を見透かされているような感覚に陥った。自らの中を全て確認され、必要性のあるもののみが向こう側へと複製されていく。
あまり心地いいとはいえない状態だった。終わりの見えない作業の中で、サクの意識は徐々に薄れ始める。何とか見持ちこたえようと奮起するも、あえなくサクは瞼を閉じてしまうのだった。
◆
開けることができるようになった目を開ける。ぼやけた視界には光は映らず、カプセルの内部のものとも違う景色が映った。
爽やかな風が吹き、いつの間にか立っていたサクの体に活力を与えていく。はっきりとした意識で辺りを見渡してみると、そこは『創造主』と最後に戦った純白の空間だった。
ともなれば彼がいる。そして、この対面が最後のものとなることも、サクは理解していた。一度目と二度目では大きく印象が変わった彼を探そうとしたとき、背後に気配を感じた。
ゆっくりと振り向いたところに、ズッキーは少し寂しそうな顔をして立っていた。爽快感溢れる風景に似合わない服装の彼は、静かに口を開いた。
「その時が来たな、サク君」
「っぽいな。ありがとうな、これまで支えてくれて」
「私は君の力を引き出したに過ぎない。成長すれば、その力はさらに強大なものとなっていくだろう」
「ほーん。ま、可能な限り頑張るよ」
サクらしい返答を聞き、ズッキーは沈んでいた表情を笑顔へと変える。満足そうな様子だが、その体は光の粒子となって徐々に消滅を始めていた。
それを目の前で見守るサク。悲しいといった感情はなかった。消えていくズッキーに、この世界の意思に、深く感謝しながら、逸らすことなく視線を向け続ける。
「君の『存在の力』。所謂『魂』の部分から、私という向こうの世界にとっての異物は取り除かれる。これで、君は向こうの世界で問題なく暮らせるはずだ」
「そっか」
「私が消えても力はそのままだ。思う存分に役立ててくれ」
「……この状況で確認するのもなんだけど、この世界は大丈夫なのか?」
「心配はいらない。カリウスのような友人が頑張っているし、非常時に備えて『抵抗力』の予備も用意してある」
「その予備ってのは誰なんだ」
「『風間 雨京』。君の町にいたあの少年だよ」
「あー……、あいつがそうなのか……」
『高望山』の頂上で会った彼が、自分の後釜となる存在のようだ。自分とは違ってはきはきとしていて、明るい性格は誰からも好かれそうに感じる。
世界の意思であるズッキーが言うのであれば安心はできる。カリウスのことを友人と慕うまでどのような過程があったのかを知りたかったが、それを問いかける時間はもう残されていないようだった。
その体はほとんど透明になっており、胸の奥には輝く光球が見えた。そんな状態のままで、ズッキーはサクに手を差し出してくる。それに応え、サクは固い握手を交わした。
「”奇跡”を生んでくれた君に改めて礼を言おう。ありがとう、サク君。そして、さようなら」
「ああ。さようならだ、ズッキー」
その言葉を聞き、ズッキーは満足そうな笑みを浮かべながら完全に消滅した。残された光球はサクの体の中へと入りこんでいく。温かな輝きを体の内側で感じながら、サクは静かにつぶやいた。
「ありがとう」




