17-2 アカベェ攻略戦②
固定されていたナイフが一斉に動き出し、サクへと向かっていく。攻撃魔法を展開して迎撃したくても、それらが形成されるよりもナイフの到達の方が早い。動き出すのが遅れたことを後悔するサクにナイフが迫る。
「せえぃっ!!」
「おお!?」
あと僅かで接触という間一髪で、テンガが大きく右薙ぎに振るった剣から放たれた衝撃波がナイフを蹴散らした。四方八方へと弾かれたナイフは、広間の至る所へと突き刺さっていく。サクが魔法が効かないことを覚えていたテンガは、剣等の刃を持つ得物から繰り出せる魔法を駆使し、迫るナイフを迎撃したのだった。
攻撃魔法の名は斬撃魔法。様々な様式が存在し、今回テンガが駆使したのは多方向へと衝撃波を飛ばすもの。ちなみにサクのような特殊な力を持つ者以外が近くにいた場合、細切れなる程の威力を秘めたものだ。
強力なテンガの一撃に助けられつつ、新たにその魔法をサクは吸収した。しかしながら、安心している余裕など残されてはいない。すでに卓は自らの周囲にいくつものナイフを展開し、その切っ先を2人へと向けていた。
「そぉら、次行くぞ!」
笑うタクは自らの握るナイフの先端を2人に向ける。それに呼応するかのように動き出したナイフは、予測不能な変則軌道を描きながら空を切る音を立てて突き進んでいった。
迎撃のために剣を構えるテンガ。だが、瞬時にサクを守り切れないことを察し、叫んだ。
「サク! 走れ!」
「わ、分かった!!」
テンガに従い勢いよくサクは駆けだした。サクの背面方向からは、到達したナイフを剣で弾き落す甲高い音と、こちらを追い掛けてくるナイフの音が聞こえていた。
ハクの熱線による衝撃とテンガとタクの戦闘で派手に荒れている大広間の中をサクは無我夢中で駆ける。焦りながらも脳内で風の刃のイメージを形にしていたところで、前方へと回り込んできたナイフが2本、向かって来た。
「あっっぶねえ!?」
頭部を逸らして1本目を避け、飛び上がることで下腹部を狙って来た2本目を避ける。生きた心地がしない中、着地と同時に反転してようやく固まった風の刃を展開した。
だが、
「だあっぁ!? よ、予想してたよりも多いっ!!」
風の刃で後ろから来ていた数本のナイフは弾き落すのには成功したが、その数本の倍以上の数のナイフが既に迫りつつあった。対処しきれないと判断して諦めたサクは、再び逃走を開始するのだった。
その場でナイフを迎撃するテンガと、逃げながら時たま迫る数を減らしていくサク。協力せねばならないはずの2人は、卓の思惑通りに引き離されてしまっていた。
ナイフを生み出すことと操作することに慣れ始めた卓は、さらに複雑なナイフの動きで翻弄するために工夫を凝らし続ける。そうして作り上げた隙をついてサクの命を刈り取るため、卓は静かに機会を窺っていた。
「……ん? 何か外が騒がしいな。まあ、どうでもいいが」
戦闘によって発生する衝撃とは違う揺れを卓は感じ取った。大広間の外側において何かが派手に暴れているようだが、自らには関係ないことだと切り捨て、目の前へと意識を戻す。
延々と向かってくるナイフの迎撃にテンガは手一杯な様子。吸血鬼化して運動能力が大幅に向上しているサクも、息を切らし始めている。今が好機であることを察知した卓は、ナイフを両手に持って駆けだした。
確実に仕留めるため、生み出していたナイフの本数を増やす。巡行ミサイルのように蛇行しながら対象を追うナイフと共にタクは駆け、サクを目前に捉えた。ようやく気に入らない存在を”殺せる”ことに喜びを覚えた卓の口元は嬉しそうに歪んでいた。
避けきれないと思ったナイフをサクは展開した攻撃魔法で弾き落していく。その間に死角から迫る卓にサクは気付くことができず、視界に映りこんだ時にはすでに手の届く位置まで入り込まれてしまっていた。
「あ――」
諦めともとれる声をサクは発した。その喉元に向け、卓の凶刃が迫る。
「死ね根暗も――」
「い゛っ!?」
そして、サクの視界は真っ白になった。激しい痛みを”口の中”に感じる。そう、”口の中”に。
「お、おぉ……」
何とも耐えがたい痛みだった。出したくとも”口の中”が痛いので、まともに声が出せない。視界はホワイトアウトしたままで、何が何だかさっぱりだった。
(……あれ。もしかして俺、死んだ?)
これが死というものか。呆気ないものだとも思えたが、冴えない自分らしいとも思えてしまっていた。
そんな折、体が急に軽くなった。足が地から離れ、宙に浮いているような感覚。いよいよあの世への旅立ちの時かとしみじみ考えるサクだが、妙な違和感を抱いた。
腹から背にかけてが何かに掴まれているような、というより抱えられているような感じがした。最近のあの世のお出迎えはクレーンゲームのような吊り上げ形式なのかと驚くサクだが、他にも感じるものがある。何度も何度も、頭部に柔らかなものが当たっているのである。
吊り上げに頭部マッサージとは恐れ入った。しかしながら死ぬのであればせめて静かにあの世に昇らせてほしい。そんなこんなで現状の待遇に心中でサクは不満を述べる。
「――~」
「……ふぇ?」
あの世からの声だろうか。何ともふんわりとした声が聞こえたきがした。間違いなくこちらに向けて投げかけられている声。ふんわりした、声だ。
「――ク~? 大丈夫ですか~?」
「……ひゃ、ひゃーひゃ」(か、カーラ?)
「やっと返事をしてくれましたね~。良かったです~。だいぶ強めに舌を噛んじゃったみたいですね~。いきなりですみませんでした~」
あの世からの声などではなかった。声の主は、サクを脇に抱えて大広間を素早く駆け抜けるカーラのものだった。
吊り上げているような感覚は、脇に抱えられているため。心地よい頭部マッサージは走ることであらぶっているカーラの理想郷だった。口の中の痛みは、抱えられたのがいきなりだったために舌を派手に噛んだことが原因らしい。
痛みと違和感の正体を知り、自らが生きていること認識したサク。安堵しているのもつかの間、こちら目がけてナイフが前方から迫ってきた。治癒魔法を展開して口の中を元通りにしたサクがナイフの接近をカーラに告げようとする。
「よいしょ~」
「おお!?」
そのサクの心配は徒労に終わる。カーラは空いている左手を横なぎにふるうと、同時に発せられた衝撃波でナイフが甲高い音と共に吹き飛ばされたからだ。
吸収した魔法の内容からして、つい先ほどテンガが繰り出した斬撃魔法と同類のもの。カーラはそれを素手で繰り出したのだった。
何でこんなに強いのに奴隷として捕まったの。といった至極当然な疑問がサクの心に浮かび上がる間も、カーラは背後より迫るナイフの追跡から逃れ続ける。揺れるたびに頭部を刺激する柔らかさは、サクの疑心を溶かすほどに心地よいものだった。
だらしなく頬を緩ませそうになるサクだが、今が気を抜けぬ戦闘中であることを思い出して気持ちを切り替える。抱えられた状態のままで周囲を探ろうとするサクの視界は、とてつもない光景を捉えてしまった。
「もう一発!!」
「ごあぁっつぁ――!?」
「な、なんじゃあ!?」
大広間の中心辺りで、”雷”が落ちた。轟音と共に落ちたその先にいるのは卓。圧倒的な威力に耐えかね、体中から煙を上げてその場に膝をついてしまっていた。
圧巻の光景にサクも思わず驚きの声を上げてしまったのだが、その光景を目にして自らの視界が真っ白になった正体にも気づく。ホワイトアウトしたあの瞬間にも、卓に”雷”が落ちたのだ。
その雷は、魔法攻撃だった。威力からして最上級クラス。行使することも、制御することも難しいであろうそれを使いこなしているのは、タクの前で棍棒を構えるアイリスだった。
「――しぶといわね。威力抑えてるとはいえ、普通なら気絶してもおかしくはないんだけど」
「この……、女ぁ……!」
「何か言った?」
「がああぁっ!?」
余計な口を叩いた卓に再び雷が降り注いだ。一切容赦のないその一撃が加えられた後、テンガやサクを襲い続けていたナイフが消失し始めていく。どうやら決着がついたようだ。
煙を上げ、虫の息で四つん這いになる卓。焦げたような臭いが充満する中、彼の前で警戒を続けるアイリスの下へテンガが歩み寄っていった。
「容赦がないな、少佐」
「当然よ。殺人罪に窃盗罪。それに逃亡罪を上乗せの近年稀にみる極悪犯罪者だからね、こいつ。容赦する必要なんてないわ」
「そうだったか。だが、まあ、その、なんだ。やり過ぎもいけないとは思うのだが……」
「それ、あたしに呪術をかけた連中の1人であるあなたが言うセリフ?」
「呪術? 少佐にか? それは初耳だ。一体誰がそんなことを指示したと言うんだ。というより、今ここにいる少佐は大丈夫なのか?」
「その反応……。本当に何も知らないの?」
「全く聞かされていない。それは許されざる重罪だ。即刻考案者を処罰すべき……、だが……、まさか……!」
「お察しの通りよ。あそこで伸びてるあなたの父上様が指示したの。まあ、感化されてる状態だったから、もう何も覚えてはいないけどね」
「そう……、か。少佐、今回は本当に迷惑をかけた。父を見捨てたくない私の弱さが生み出してしまった結果だ。本当に、申し訳ない」
深い悔恨の表情のテンガは、アイリスに向けて深々と頭を下げる。精一杯の誠意が込められた謝罪を見せつけられ、責める気が失せてしまったアイリスは大きくため息をついてしまった。
そんな謝罪現場にカーラとその腕から解放されたサクが合流した。それでもなお頭を上げようとしないテンガに向け、アイリスは頬を指先で掻きながら口を開いた。
「もういいわ。邪悪な存在絡みの一件だから、誰が悪いとかも決めつけられないしね。今後は自らの信念を曲げないよう、気を付ければいいと思うわ」
「……そう言ってくれると助かる。ちなみにだが、呪術は解呪できたのか。今は平気なようだが……?」
「現状は問題ないわ。ここにいる現守護騎士のお陰よ」
「ほう。サクが助けたのか。君にも、本当に迷惑をかけてしまったな」
「いやいや。そっちも事情があったなら仕方ないって。家族を見捨てるなんて、普通に考えてもできないだろうし、俺もテンガの立場だったらそうしたさ」
申し訳なさそうに頭を下げようとしたテンガをサクは止めた。先ほどの戦闘で何度か命を救われたこともあって、テンガを責める気は微塵にも存在していなかったからだ。
『秀才』と称される存在でも、家族を見捨てられなかった。孤高の存在でも自身のような一般的な者と同じ感性を持っており、苦悩し、反省しているならば、攻め続ける必要はない。大事なのは、それを踏まえたうえで次へと進んでいくことなのだから。
そんな感じに思慮を巡らせるサクの脳内には、もう会えることはないかもしれない家族の姿が浮かび上がってしまう。作戦開始前に元の世界への想いを封印しようといった矢先にこれ。自らの心の脆さをサクは痛感しつつも、表情に出ないように堪える。心の内側で踏ん張るサクに、テンガは言った。
「……その感性。そしてその特殊な力。君が守護騎士に選出されたことに、ようやく納得できたよ」
「納得?」
「ああ。君のような者だからこそ、世界は選んだのだろう。サク。君は自分をもっと誇ってもいいと思うぞ」
「いやいや……。俺、そんな大層な存在じゃないって……」
清らかな表情でテンガが告げたことが嬉しくはあるが小恥ずかしくも思えたサクは、口ごもりながら答えてしまう。なんとも言えない感情を抱くサクだったが、その足に逃げることに継続的に振動が届いていることに気づいた。
耳を澄ませば、勇ましい掛け声やハクの吠える声も聞こえてくる。城外においては未だに戦闘が続いているようだった。そちらのほうは放っておいて問題ないのかとアイリスに問いかけようとしたサクだったが、彼女の手が頬に添えられたことで口を閉ざしてしまった。
「ごめんねサク。苦戦しているのに気付いて急いでカーラと駆けつけたの。間一髪だったみたいだけど、今痛むところはある?」
「だ、大丈夫だぞアイリス。何にも問題なし」
「そう? 少し動揺してるようにも見えるけど、本当に大丈夫なのね?」
「ああ。本当に問題なし。心配してくれてありがとうな」
のぞき込むような目でこちらを見るアイリス。その優しさは大変ありがたいものだったが、この緊張下でも美しいアイリスが間近に迫り、それだけでなく心配して触れてくれたことでサクのヘタレスキルが反応してしまっていた。
その綺麗な青い瞳は、真っ直ぐに向けられている。そこにある気遣いは嘘ではなく本物。無事を確かめるように頬に触れる柔らかで温かな手の破壊力は、凄まじい以外のなにものでもなかった。
できればずっとこのままの状態でいたい。そんなことを考えてしまっていたサクの耳に、聞き慣れた声が届いた。
「おじょ、いえ、少佐。お待たせしました」
「ゲイリー。もう済んだの?」
ハクの熱線で空いた穴から、ゲイリーが現れたのだ。少々険し目な面持ちのまま、アイリスへと話しかける。
「城外、および城内の制圧、8割ほど完了いたしました。完全制圧も時間の問題かと」
「そう。予想よりも順調でなによりだわ」
「ハク様が派手に暴れてくれたおかげですな。しかしながら、まあ、派手過ぎて少し問題が。こちらの試算表をご覧になっていただけますでしょうか」
「分かった。ちょっと行ってくるわ、サク」
「おう」
そういって、柔らかな笑みを最後に向けてアイリスはゲイリーの下へと向かっていく。ほんの一瞬ではあったが、その笑顔もサクが無意識のうちに遠ざかっていくその背を追ってしまうほどの破壊力をもっていた。
本当の、本当の、本当に、こんな俺でいいのか。その輝かしい笑みが向けられるに値する存在だとはサク自身思えなくて仕方がない。何度目か分からない自責の念が心中で渦巻き続ける。アイリスには不相応な自分自身だが、それでも見てくれているという事実は変わらない。彼女の期待を裏切らないため、サクは守護騎士としての役割を為すために動き出した。
四つん這いから地に崩れ落ち、戦闘不能状態に陥っている卓に近づいていく。本人が気を失っていても、その体から発せられる歪な赤いオーラは健在。怒り狂う怨嗟の念が込められた表情を形成しては消えを繰り返しているオーラに、サクは恐る恐る手を伸ばしていった。
あと少しで、指先が触れる。これでこのアカベェ攻略戦におけるサクの役目は終わり。この果てに待つ冴えなくも心安らぐひと時を手にするため、サクはオーラへと触れるのだった。
「!?」
――しかし、そう簡単には終わらなかった。
触れた瞬間発せられた衝撃波が、卓の近くにいたサクたちを弾き飛ばした。突然のことで声を上げることもできず、大広間の端の方へと追いやられてしまう。
飛ばされた全員が状況を理解できない中、最初に声を上げたのはテンガだった。
「――一体これはなんだ」
驚愕の一言を発したテンガは、目を見開いて大広間中心部の天井の方を見つめていた。彼の視線の先へと他の者も視線を移したのだが、理解しがたい光景に硬直してしまった。
『――ォォォォオオ……!! ォォォオオオオアアアアアアァァああああああああ!!』
怒声とも、唸り声とも、断末魔の叫びともとれる耳をつんざくような声。精神を不安定にさせるようなそれを発し続けているのは、異様に膨張し、天井付近に浮かび上がった真っ赤なオーラだった。
球状のオーラの表面は無数の様々な生物の顔で埋め尽くされ、激しく波立っていた。まるで内側から何かが突き破らんと暴れているようにも見える。
異様。そうとしか言い表せない変化を遂げたオーラに、誰もが恐怖を抱いていた。どうすることが正しいのかも分からない状況の中、誰も動き出すことができなかった。
『アアアアァァァァァ、アアアアアアアっ!! イイイイイイィィィィィッ、アァァァァアァアァアァアァアアア!!』
オーラが発する声量はさらに大きくなっていく。それに連なって、表面も激しく揺れ動く。
そして、特大の叫び声が響き渡った。
『ガアアアアアアアアアァァァァァァァっ――』
次の瞬間、オーラは爆音を轟かせてはじけ飛んだ。
そして――
『――……』
――オーラの中から、真っ黒な人型の『何か』が降り立ったのだった。




