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【完結】猫のオマケで転生した俺、ハズレスキル【ヒロインインストール】を武器に追放聖女と最強レギオンを目指す  作者: 木風
第一章

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第四十話 みんなで

 その日の俺たちにできたのは、王都へ向かう準備ではなかった。


 まず、座った。

 それも、かなり情けない座り方。

 俺は暖炉の前の床に尻をつき、脇腹を押さえたまま壁にもたれる。リューは毛布を肩へ掛け、暖炉の横で膝を抱えていた。コハクは俺たちの間に丸くなり、尻尾で自分の鼻先を覆っている。

 広間には、さっきまでの戦いの跡が残っていた。

 灰の足跡。床にこぼれた水。壊れた棚。黒い煙の苦い匂い。壁に刺さった矢の穴。門の外から入り込んだ湿った土の匂い。


 勝った。

 でも、勝った場所はだいぶ悲惨だった。


「……まず、飯にしようか」


 俺が言うと、リューがこちらを見た。


「この状況で、食事ですか」

「この状況だから食事です。俺の前世知識によると、人間は飯を食べないと動けない」

「それは、こちらの世界でも同じだと思います」

「異世界共通仕様だった」


 軽口を叩いたが、声に力はない。

 それでも、リューの目元がほんの少し緩んだ。


「では、私が」

「駄目」


 俺は即答した。


「今日は俺がやる。リューは座ってろ」

「カナタも怪我をしています」

「俺は痛いけど立てる。リューは騎士王型の反動がある。あと、昨日言った水汲み一往復もまだ借金として残ってる」

「水汲みと料理は別です」

「借金が利息で増えたと思っとけって」

「よくわからない理屈です」


 リューは少し不満そうだった。

 だが、立ち上がろうとはしなかった。

 手首の布を見れば、無理をしないでくれと思う。顔色もまだ白い。騎士王型の金色は完全に抜け、銀髪はいつもの色へ戻っていたが、身体の奥に疲労が残っているのは見てわかった。


 俺は立ち上がり、調理場へ向かう。


 調理場は、戦場の続きだった。

 棚は斜めに倒れ、豆の袋は裂け、鍋は床に転がっている。

 火かき棒は、リューが握っていたせいか、端に白金の光の跡がほんの少し残っていた。触れると、ただの鉄の冷たさが戻っている。


「これ、伝説の剣の残骸みたいに見えるけど、火かき棒なんだよな」


 俺が呟くと、コハクがいつの間にか足元へ来ていた。


「にゃ」

「お前も来たのか」

「にゃあ」

「じゃあ、とりあえず豆を踏まないでくれ」


 コハクは豆を避けるどころか、わざわざ匂いを嗅いでから、興味をなくしたように横を通った。

 猫、自由すぎる。


 俺は床に散った豆を拾えるだけ拾い、土や灰のついたものは除けた。無事だった豆を小鍋に入れる。乾いた肉を細く切り、しなびた玉葱に似た野菜を刻む。刃物を握る手に力が入らない。

 戦いの疲れが、後から来ている。

 薬草を少し入れ、残った塩をほんのわずか落とした。


 鍋を火に掛けると、脂と玉葱の匂いが立つ。

 焦げた誘導香とは違う、食べ物の匂いだ。

 干し肉の塩気が湯に溶け、豆がゆっくりふくらんでいく。湯気が頬に当たり、冷えた肌が少しずつ戻ってくる。


 美味いかどうかはわからない。

 リューの料理と比べたら、たぶんだいぶ雑。

 でも、鍋の中で食べられるものが温まっているというだけで、広間の空気は少し変わった。


 木椀を二つと、コハク用の小皿を持って戻る。

 コハク用には塩気の少ない湯を少しだけ入れた。


「はい、戦勝雑スープ」


 俺が木椀を差し出すと、リューはそれを両手で受け取った。


「戦勝、ですか」

「勝ったからな」

「……勝ったのですね」


 リューは木椀の中を見つめた。

 湯気が銀髪に触れて、彼女の頬を薄く濡らす。


「私は、勝ったのですね」


 二度目は、自分に言い聞かせるような声。

 俺は椀を持ったまま、少し考えてから頷いた。


「勝った。リューが勝った」

「騎士王型が、ではなく?」

「騎士王型も使った。でも、その前に型なしで前に出た。敵の癖を見て、作戦を立てて、俺を止めて、コハクに合図して、火かき棒を持って立った」


 リューの指が、椀の縁をゆっくりなぞる。


「私は、聖女ではなくても、何かできるのですね」


 その言葉は静かだった。

 リューは、ほんの少しだけ目を伏せた。その口元に、かすかな笑みが生まれた。

 大きな笑顔ではないけれど、誇らしさに似たものが、確かにそこにあった。

 でも、広間の壊れた壁よりも、昨日の黒い煙よりも、ずっと大きなものを動かした気がした。


「できる! しかも、けっこうすごい」

「けっこう、ですか」

「かなりすごい」

「言い直しました」

「面接なら加点されるやつ」

「カナタの面接評価は、あまり信用できません」


 コハクが小皿の匂いを嗅ぎ、少し舐めてから、満足したのか丸くなった。

 食べるのか食べないのかはっきりしない猫だ。


 リューがスープを一口飲んだ。

 豆はまだ少し硬い。干し肉は塩気が強い。野菜も大きさが不ぞろいだ。

 俺なら自分で作っておいて、うーん、となる味だった。


「……温かいです」

「味は?」

「温かいです」

「二回言った」

「温かさは大事です」

「味の評価は避けられた」


 リューは椀で口元を隠した。

 少しだけ肩が揺れる。笑ったのだと気づいて、俺は脇腹を押さえた。


「笑うと痛いけど、今のは悪くない痛み」

「痛いなら笑わせないようにします」

「それは困る」


 広間に、穏やかな沈黙が落ちた。

 穏やかと言っても、床は汚れ、壁は壊れ、敵の証拠品は布に包まれて暖炉の横に置いてある。完全な安心ではない。

 それでも、俺たちは温かいものを飲んでいた。

 それは、確かに勝った後の時間だった。


 リューはスープを半分ほど飲んでから、椀を膝に置いた。


「カナタ」

「うん」

「私は、勝って嬉しいのだと思います」


 言葉を選ぶように、ゆっくりとした声だった。


「誰かを傷つけたことが嬉しいのではありません。捕まえられずに済んだことも、もちろん嬉しいです。でも、それだけではなくて」


 リューは自分の手を見た。

 縄の跡を巻いた布の上へ、もう片方の手を重ねる。


「自分で決めて、立てたことが、嬉しいのだと思います」


 俺はすぐに言葉を返さなかった。

 そのまま受け取りたかった。


「それは、ちゃんと誇っていい」

「誇る」

「うん。胸を張るやつ」


 リューは姿勢を少しだけ正した。

 毛布を肩に掛けたままなので、胸を張るというより、寒そうな小動物が頑張って背筋を伸ばしている感じになった。


「こんな感じでしょうか」

「だいぶかわいい」

「かわ、いい?格好いいではなく?」

「格好よくてかわいい」

「両方ですか」

「両方」


 リューは不思議そうに瞬きをした。

 それから、椀へ視線を戻す。


「では、両方で受け取ります」


 俺は何か言いかけて、やめた。


 食事のあと、俺たちは片づけを始めた。

 全部は無理だ。だから、今日寝る場所と火を使う場所だけを先に戻す。


 俺が壊れた棚板を壁際へ運び、リューが座ったまま布を畳む。コハクは監督らしく、暖炉の近くで目を細めているだけだった。

 リューは何度か立とうとしたが、そのたびに俺が見ると、素直に座り直した。


「カナタの目が、立つなと言っています」

「実際に言ってる」

「では、座っています」


 濡れた床には新しい布を敷き、使える豆を袋へ戻す。矢と香の粉は別の瓶に入れ、護符と一緒にまとめた。作戦帳の端に、今日の戦いのことを書いておく。


 灰。

 水。

 棚。

 コハクの粉袋。

 リューの観察。

 騎士王型は本人同意で成功。

 強制接続不可。


 最後に、俺は少し迷ってから書き足した。


『勝った』


 文字にすると、実感が遅れて湧いてきた。


「何を書いたのですか」

「今日の記録」

「見ても?」

「どうぞ」


 作戦帳を渡すと、リューは膝の上で開いた。

 最後の一行を見て、しばらく黙る。


「勝った」


 彼女が小さく読み上げた。

 そして、隣に細い字で書き足した。


『みんなで』


 その三文字を見て、胸の奥が熱くなった。


「リュー、それは、なんか、いいな」

「なら、よかったです」


 リューは作戦帳を閉じた。


 暖炉の火が、少し弱くなっている。

 外は夕方に近づいていた。雨はまだ降っていないが、空は低い。

 オクタヴィアたちはレギオンへ戻り、敵も証拠も運ばれた。砦には、俺たちだけがいる。


 俺は暖炉に薪を足すと、ぱちっと小さな火花が散る。


「リュー」

「はい」

「レギオン、作ろう」


 リューは顔を上げた。


「以前から作ると言っていました」

「あの時は、俺が面接に落ちたからだった。あと、最強レギオンって響きが格好いいから」

「はい」

「今も格好いいとは思ってる」

「そこは残るのですね」

「残る。でも、それだけじゃなくなった」


 俺は暖炉の火を見た。

 壊れた砦。雨漏りする屋根。修繕待ちの棚。手当ての布。作戦帳。コハクの寝床。リューのスープの匂いが、まだ石壁に残っている気がする。


「個人と逃亡者だと潰されるって、オクタヴィアが言ってた。登録されたレギオンなら、レギオンが口を挟める。王都へ行くとしても、神殿と向き合うとしても、足場がいる」


 リューは黙って聞いている。


「だから、作る。俺がどこにも入れてもらえなかったからじゃなくて、俺たちがここにいるって言える場所として」


 言いながら、少し照れくさくなった。

 こういうことを真面目に言うと、前世の面接官に鼻で笑われそうな気がする。

 でも、今ここに面接官はいない。

 リューとコハクがいる。


「最強レギオンを目指すのは、変わらないけど」

「はい」

「最強の意味は、少し変える。強い型を押し込むことじゃない。誰かを役割で縛ることでもない。帰る場所があって、自分で立てて、必要な時に助け合えること。そういう強さにする」


 リューは、ゆっくり瞬きをした。


「それは、強いのでしょうか」

「強い。少なくとも、昨日の俺よりは強い」

「昨日のカナタ基準なのですか」

「だいぶ低いところから始めると、成長が見えやすい」

「前向きですね」


 コハクが「にゃ」と鳴いた。

 賛成なのか、ただ起きただけなのかはわからない。

 リューは少しだけ考え、作戦帳へ手を置いた。


「私も、その場所にいてよいのですね」

「いてほしい」


 今度は迷わず言えた。

 リューは目を伏せ、口元を小さく緩めた。


「では、私も作ります」


 その言葉が、暖炉の火のそばに落ちた。

 廃墟の石壁が、少しだけ家の壁に近づいた気がした。


「明日、レギオンへ行く。オクタヴィアに正式な条件を確認する。依頼実績、拠点の安全確認、必要な書類。足りないものを全部埋める」

「はい」

「それで、ちゃんとレギオンとして名乗る」


 コハクが、暖炉の前で大きく伸びをした。

 琥珀の瞳が、火の色を映す。


 俺たちのレギオンは、まだ影も形もない。

 あるのは、壊れた砦と、作戦帳と、雑なスープと、今日みんなで勝ったという一行だけだ。


 それでも、明日から本当に始める。


 面接に落ちた俺ではなく。

 追放されたリューでもなく。

 猫のオマケで転生した俺と、追放聖女だった彼女と、たぶん一番偉い猫の、最初のレギオンを。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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