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【完結】猫のオマケで転生した俺、ハズレスキル【ヒロインインストール】を武器に追放聖女と最強レギオンを目指す  作者: 木風
第一章

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第三十九話 君が生きていて、しかも別の力で立ち始めたから

 護符を布で包んだまま、崩れた壁の隙間を抜けて砦の中へ戻った。

 広間には、白金の光の残り香のようなものがまだ漂っていた。


 騎士王型は、もう切れている。

 リューの髪は金から銀へ戻り、彼女は暖炉の近くの壁に背を預けて座っていた。顔色は悪い。手首の布を握る指先が白くなっている。

 それでも、彼女の前には敵の男たちが膝をついていた。

 武器は床にまとめて置かれ、コハクがその上に片足を乗せている。


「にゃ」


 どう見ても、押収品の管理者みたいな顔。


「コハク、偉い。すごく偉い。でも刃物の上に足を置くな。肉球が傷つく」

「にゃあ」


 不満げに鳴きながらも、コハクは武器の上から降りた。

 リューが俺を見る。


「カナタ。外は」

「中央の男は、オクタヴィアが押さえた。外側で魔物を流してた白外套も一緒に捕まってる」


 リューの肩から、わずかに力が抜けた。ほっとしたのだろうか。

 ただ、すぐに表情が固まる。

 俺が護符を握っていることに気づいたのだ。


「何か、見つかったのですね」


 すぐに言うべきか迷う。

 けれど、まずは……


「リュー」

「はい」

「聞くのがつらい話かもしれない」

「……はい」

「今、聞くか。少し休んでからにするか。リューが決めてくれ」


 リューは目を伏せた。

 暖炉には火が残っている。小さく爆ぜる薪の音が、広間のひび割れた壁に吸い込まれていく。

 外では、オクタヴィアの部下なのかレギオンの者なのか、数人の足音がし始めていた。彼女が呼んだのだろう。


 リューは、ゆっくり顔を上げた。


「今、聞きます」

「無理は……」

「無理ではありません。怖いだけです」


 その違いを、彼女はもう言葉にできる。

 俺は布をほどき、護符を見せた。


「外の男が持ってた。表示では、神殿巡礼護符。新聖女ミラベル随行印。魔物誘導香の残滓あり」

「ミラベル様……」


 リューの睫毛が、ほんの少し震えた。

 その名を、彼女は静かに口にした。憎しみの声ではなかった。信じたくない声でもない。

 ただ、胸の奥でずっと避けていた扉を、自分で開けたような声だった。


「中央の男も、漏らした。『ミラベル様は、ただ殿下のために』って。途中で止めたけど、もう遅い」


 敵の一人が、床の上でわずかに身じろぎした。

 リューは護符を見つめていた。


「殿下のために……」


 その言葉が、低く広間に落ちる。


「やっぱり……」


 俺は言いかけて、すぐに止めた。

 断定してはいけない。あの男は、命令とは言わなかった。

 王太子の名前を盾にした。そして、ミラベルの印を持っていた。


「ごめん。正確には、まだわからない。王太子本人の命令書は見つかってない。王宮印もない。オクタヴィアさんは、新聖女の巡礼一行が使う印だって言ってた」

「では、殿下は何も知らないのですか」


 リューの声は、淡々としていた。

 でも、指先は拳を強く握っている。


「それも、わからない。あいつらは、王太子殿下の憂いを取り除くって言ってた。正式な命令じゃないかもしれない。でも、憂いがあるって言える程度には、誰かが殿下の不安や不満を知ってる」


 リューは目を閉じた。


「殿下は、私を切り離しました。それは、命じたかどうかとは別に、事実です。私の話を聞かず、神殿からの報告を信じ、ミラベル様の祈りを選びました」


 ここで王太子を軽く罵れば、少しは気が晴れるかもしれない。

 でも、それはリューの傷を俺の言葉で塗りつぶすことになる。


「もし、殿下が直接命じていなかったとしても……私は、殿下の元に戻りたいとは思いません」


 リューはゆっくり目を開けた。


「ああ」


 広間の入口から、オクタヴィアが入ってきた。

 片手に封蝋つきの筒、もう片方の手には骨の笛を持っている。後ろにはレギオンの腕章をつけた男たちが二人、捕縛用の縄を持って続いていた。


「話してるところ、失礼」


 オクタヴィアは軽く言い、床に座らされている敵たちを一瞥した。


「こっちの残りも回収するよ。武器を置いて大人しくしているのはいい判断。猫に見張られてるし」

「にゃ」

「いい顔してるね」


 コハクが少し得意げにした。

 レギオンの男たちは、敵たちを一人ずつ縛っていく。

 鎖の男が抵抗しかけたが、オクタヴィアが一歩近づいただけで黙った。

 圧が違う。


 オクタヴィアは、俺たちの前にしゃがみ込んだ。


「証拠はこれだけあれば十分かな。新聖女ミラベルの巡礼随行印が入った護符。王宮印ではない封筒。魔物誘導に使った香炉と笛。あと、本人たちの言質」

「これで、黒幕が証明できるのか?」


 俺が聞くと、オクタヴィアは片目を細めた。


「黒幕、という言葉の重さによるね」

「どういうことだ」

「少なくとも、新聖女の巡礼一行の道具が使われた。随行印もある。ミラベルの名も出た。王宮の正式命令ではない。ここまでは言える」


 オクタヴィアは封筒を指で弾いた。


「でも、ミラベル本人が命じた文書があるかは、これから調べる。部下が勝手にやった、神殿の一部が忖度した、王太子殿下のためだと信じた。逃げ道はいくつもある」

「忖度で魔物を流されるの、たまったもんじゃないんですが」

「だから証拠を消される前に拾った。君たちが中で勝って、時間を稼いだからね」


 リューが、オクタヴィアを見た。


「ミラベル様は、なぜ私を……」


 言いかけて、そこで止まる。

 オクタヴィアは、少しだけ声を落とした。


「推測でいい?」

「はい」

「君が生きていて、しかも別の力で立ち始めたから」


 リューの肩が、わずかに揺れた。


「前聖女がただ追放されて、どこかで弱って消えるなら、都合がよかったんだろうね。でも君は生きている。街で目撃され、祠で穢れを鎮め、魔物の流れまで乱した。新聖女の正しさを支える物語には、邪魔になる」


 物語。その言葉が、やけに冷たく聞こえた。


「ミラベル側から見れば、君が生きているだけで比較対象になる。あの人は本当に聖女だったのか。なぜ捨てられたのか。新聖女の祈りは本物なのか。民はそういう話をする」

「だから消す?」


 俺の声が低くなる。


「消すか、囲うか、壊れない程度に閉じ込めるか。今回のやり方を見る限り、まずは回収して話を封じるつもりだったんじゃないかな」

「私は、ミラベル様から直接、何かをされた記憶はありません」

「直接じゃなくても、人は追い込める」


 オクタヴィアは淡々と言った。


「神殿の報告を変える。王太子殿下の耳に入る言葉を選ぶ。前聖女は不安定だと囁く。殿下の憂いを取り除くべきだと周囲に思わせる。そういうのは、命令書より厄介だよ」


 王太子は唆された側かもしれない。でも、リューを切り離した責任は消えない。

 その構造が、少しずつ形を持って見えてきた。


「殿下は、ミラベル様に騙されたのでしょうか」


 リューが小さく言った。

 オクタヴィアはすぐには答えなかった。


「その可能性はある」


 やがて、オクタヴィアが言った。


「でも、騙されたことと、君を切ったことは別だよ。人は、聞きたい言葉を選んでしまうことがある。王太子なら、その選択の重さは普通の人より大きい」

「そう、ですね」


 リューは目を伏せた。

 かすかな声だった。


 俺は彼女の横へ座った。

 リューはそれを見て、ほんの少しだけ指を緩めた。


「カナタ」

「うん」

「私は、王都へ戻らなければならないのでしょうか」


 その問いは、重かった。

 逃げ続けるだけでは済まない。証拠がある。新聖女の名が出た。王太子の名も使われた。

 王都と神殿は、もう遠い場所ではない。

 でも、今すぐ戻れば、またあちらの力に飲まれる。


「今すぐは戻らない。戻るとしても、リューが準備できてからだ。証拠を揃えて、味方を作って、こっちの足場を固めてから。連れていかれるためじゃなく、言うべきことを言うために戻る」

「私が、言うのですか」

「リューが言いたいなら」


 そう答えると、彼女は少しだけ息を吐いた。


「まだ、わかりません」

「それでいい。今は、わからないままでいい」


 オクタヴィアが立ち上がった。


「よいしょっと。私は一度レギオンへ戻る。こいつらと証拠を預ける。君たちは今日は休みな」

「休める状況に見えるか……?」

「休まないと、次に倒れる。特にリュミエラが」

「はい」


 リューが小さく頷いた。

 オクタヴィアは俺を見た。


「あと、カナタ君」

「はい」

「王都に行くなら、レギオンとしての形を作っておいた方がいい。個人と逃亡者では潰される。登録されたレギオンなら、少なくともレギオンが口を挟める」


 その言葉に、胸の奥が動いた。


 レギオン。最初は、俺が面接に落ち続けたから作ろうと思ったものだ。

 でも今は、意味が変わり始めている。


 リューを守るためだけではない。

 リューが自分の足で立つ場所を作るため。

 俺とコハクと、これから増えるかもしれない誰かが、同じ灯りの下に戻ってこられる場所を作るため。


「わかった。まずは、ここをちゃんと拠点にします」

「雨漏りだらけだけどね」

「そこは言わないでください」


 オクタヴィアは笑い、捕縛した男たちを連れて出ていく。

 足音が遠ざかると、広間には俺とリューとコハクだけが残された。


 外はまだ曇っている。でも、魔物の唸りはもう聞こえない。

 リューは護符が包まれた布を見つめていた。


「ミラベル様……」


 彼女はもう一度、その名前を呼んだ。

 そして、ゆっくり目を伏せる。


「私が生きていることが邪魔なら、私は生きているまま、あの方の前に立たなければならないのですね」


 新聖女ミラベル。

 王太子の名を使える誰か。

 神殿と王都。


 次に向かうべき敵の形が、ようやく見え始めていた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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