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【完結】猫のオマケで転生した俺、ハズレスキル【ヒロインインストール】を武器に追放聖女と最強レギオンを目指す  作者: 木風
第一章

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第三十八話 その名前が、初めて敵の口から落ちた

 黒い煙の残りを引きずりながら、中央の男は旧監視砦の外へ逃げ出した。


 追おうとした足が、広間の入口で止まる。

 煙が濃い。喉を刺す苦い匂いが、誘導香とは別の形で息を塞ぐ。吸い込めば、今度は俺が動けなくなる。

 リューは光剣を握ったまま、俺の横に並んだ。

 金色に変わった髪が、煙の中でも白金に光っている。


「追いますか」

「追いたい。でも、煙がまずい」

「はい。カナタは吸わないで」

「リューもだ」


 門の外では、魔物が暴れている。

 弓兵が放った黒い粉と、中央の男が撒いた煙のせいで、魔物の流れがまた乱れていた。

 コハクは塔の下まで戻ってきて、背中を膨らませながら門を睨んでいる。


「にゃあっ!」


 コハクの威嚇の声に合わせるように、リューが剣を床へ向けた。


「退け」


 白金の線が、石床から門の外へ伸びる。

 魔物たちは一瞬、見えない壁に鼻先を押されたように後ずさった。

 だが完全には退かない。命令の圧で止められる時間にも限界があるのだろう。


【騎士王型】

保持時間 残り短。

対象疲労 上昇。

精神負荷 中。


 表示を見て、俺は奥歯を噛んだ。


「リュー、もう長くない」

「わかります」


 彼女の声は落ち着いている。

 だが、呼吸は少しずつ荒くなっていた。


 広間の敵たちは、中央の男が逃げたことで完全に乱れている。

 弓の一人は弦を断たれ、もう一人は門の魔物を見て動けない。短槍の男は槍を拾おうとしているが、騎士王型の圧で膝が鈍い。縄の男は顔を押さえ、盾役は壁際で息を整えている。鎖の男は、痛めた手首をかばったまま後退していた。


 今、中央の男を追えば、こいつらを放置することになる。

 かといって、ここで全員を押さえきるには騎士王型の時間が足りない。


「武器を置きなさい」


 声が広間に落ちる。敵たちの手が、ほんの一瞬止まった。

 完全な支配ではない。それでも、もう戦意は削れている。弓兵が床へ弓を置き、短槍の男も槍から手を離した。

 盾役は、こちらを睨みながら膝をつく。

 縄の男は迷ったが、コハクが低く鳴くと縄を落とした。


「にゃ」

「コハク、圧があるな」

「にゃあ」


 今だけは猫にも王気があるように見える。

 たぶん気のせいだ。


 俺は煙が薄い方を選び、壁際へ回った。

 中央の男が抜けた崩れ壁の隙間が見える。

 外は曇った空の下、湿った草と壊れた石の匂いが混じっていた。

 黒い煙の筋は、砦の北側へ伸びている。


「行くなら今です」

「でも、リューは」

「私は、ここで残った人たちを見ています。逃げる人がいれば、声を出します」

「一人で?」

「コハクさんもいます」

「にゃ」


 コハクが胸を張る。

 猫に留守番を任せる状況、冷静に考えるとだいぶおかしい。

 でも、残った敵の手元はほとんど潰れている。リューの騎士王型も、あと少しなら持つ。


「無理だと思ったら、すぐ切れ。型を維持しようとするな」

「はい」

「コハク、リューから離れるな」

「にゃ!」


 俺は布で口元を押さえ、崩れた壁の隙間から外へ出た。




 外の風は冷たかった。

 雨の前の湿気が肌にまとわりつく。

 草は踏み荒らされ、灰色の外套の裾が擦れた跡が地面に残っていた。黒い煙は少しずつ薄れているが、甘苦い匂いはまだ鼻を刺す。

 足跡は砦の北側へ続いている。


 俺は脇腹を押さえながら走った。

 痛い。だが、痛いと言っている暇はない。いや、言えと言われていた。


「痛い……っけど走れる!」


 誰に聞かせるでもなく呟く。

 自分の状態を言葉にすると、少しだけ足の置き方が冷静になる。

 砦の外壁を回り込むと、草むらの向こうで人の声がした。


「離せ!」


 中央の男の声だ。続いて、別の声が聞こえた。


「離したら逃げるでしょ」


 場違いなくらい軽い声。けれど、その声を聞いた瞬間、肩の力が抜けかけた。

 草むらを抜けると、そこにオクタヴィアがいた。


 赤い髪を風に揺らし、片手で中央の男の襟首を掴んでいる。

 周りには亡国の王冠(ロストクラウン)のレギオンメンバーらしき人が取り囲んでいる。

 男は地面に片膝をつかされ、両手を後ろでひねられていた。さっきまで俺を追い詰めていた細剣使いとは思えない姿だ。

 もっとも、オクタヴィアの足元には、もう一人倒れている。

 白い外套の男だった。

 市場で見た神殿の男とは違うが、外套の内側には小さな香炉がいくつも吊られている。細い笛のようなものも、泥の上に転がっていた。


「お疲れ~」


 オクタヴィアがこちらを見て言った。


「……お疲れ、じゃないんですが」

「そう? なかなか頑張った顔してるよ」

「助けに来たなら、もう少し早く来てほしかったです」

「それは違うなぁ」


 オクタヴィアは、中央の男の腕をさらにひねった。

 男が呻く。


「私は君たちを助けに来たんじゃない。外側の魔物使いを追ってた。君たちの喧嘩は、君たちが勝った。私は逃げたやつと、証拠を消そうとしたやつを拾っただけ」


 その言い方に、少しほっとする。

 勝ちを奪われなかった。

 俺たちが、リューが、コハクが、積み上げたものとして扱われた。


「……魔物使い?」


 俺は足元の白外套を見た。


「厳密には、魔物を完全に操るほどの腕じゃないね。香と笛と、視認阻害の術具で流れを作ってた。ワイバーンも支配じゃなく、嫌な方向へ追い立てていただけ。だから荒かった」

「それで、あんな無茶な動きに」

「そういうこと」


 オクタヴィアは足元の笛を靴先でこちらへ転がす。骨のような白い笛。

 表面に細い文字が彫られている。読めない。だが、形だけで嫌な感じがした。


「北の森で痕跡を追ってたら、こいつが砦の外へ回り込んだ。中の君たちを追い込む係と、外で魔物の流れを直す係。役割分担は悪くなかったよ」

「褒めるところですか」

「敵を低く見積もると死ぬよ」


 それは正しい。

 地面に押さえられている中央の男が、息を荒くしながらオクタヴィアを睨んだ。


「貴様、亡国の王冠(ロストクラウン)の……」

「知ってるなら話が早いね。逃げ足は悪くなかったけど、煙で自分の足跡を消しきれないのは減点」

「この件に、貴様は関係ない」

「あるよ。北の森の魔物流れを勝手にいじられた。私の担当範囲だ」


 オクタヴィアの声は軽いままだ。

 だが、目は笑っていない。


「あと、この砦。仮とはいえ、使用申請中なんだよね。登録前のレギオン候補者を狩り場に使うのは、レギオン規則的にもだいぶ悪質」

「レギオンなどっ」

「そのレギオンに、今から君の身柄を渡すんだけど」


 中央の男は口を閉ざした。

 オクタヴィアは俺へ視線を向ける。


「中は?」

「リューが押さえてる」

「へえ」


 オクタヴィアの目が、少しだけ鋭くなる。


「いいね」


 彼女は短く言った。

 それ以上、型のことを詮索しない。


 その時、砦の方から白金の光がふっと薄れた。

 騎士王型が切れたのだろう。

 俺の胸が跳ねる。


「リュー!」

「行きな。こっちは押さえとく」


 オクタヴィアはそう言い、中央の男の襟首を掴み直した。

 すると、男の外套の内側から何かが落ちた。

 小さな護符。白い布に、淡い金糸で祈りの紋が縫われている。

 端には、見覚えのある甘い香の染み。


 俺はそれを拾い上げた。布の裏に、細い文字がある。


「読める?」


 オクタヴィアが聞く。

 会話ができている時点で、そこまでコハクと離れてはいないんだろうが、距離があるせいか文字は少しぼやけている。


【神殿巡礼護符】

新聖女ミラベル随行印。

魔物誘導香 残滓あり。


 心臓が、嫌な音を立てた。


「新聖女、ミラベル……」


 俺が呟くと、中央の男が明らかに肩を揺らした。

 オクタヴィアはそれを見逃さなかった。


「へえ。いい反応」

「違う! これは、王太子殿下の憂いを……」

「殿下の命令書は?」


 オクタヴィアが遮った。


「……」

「王宮印は? 正規の保護命令は? 神殿からレギオンへの通達は?」


 男は答えない。

 オクタヴィアは、足元の白外套から小さな筒を拾い上げた。

 蝋で封じられている。封蝋には、王冠ではなく、花を抱く祈り手の紋が押されていた。


「これは王宮印じゃないね。新聖女の巡礼一行が使う印だ」


 彼女は筒を俺へ見せた。

 中央の男の顔から、血の気が引いていく。


「ミラベル様は、ただ殿下のために……」


 言いかけて、男は口を閉じた。

 けれど、もう遅い。落ちた名前は戻らない。


「はい、言質」


 オクタヴィアがにっこり笑った。


 俺は護符を握ったまま、砦の方を見た。

 リューは、あの広間で何を聞くだろう。

 王太子の名を使える誰か。神殿か、新聖女側か、王宮の誰かか。

 その答えの一部が、今、泥の上に落ちている。


「戻る」

「うん。彼女に伝えるなら、急ぎすぎないこと。今の彼女は、たぶん立っているだけで削れてる」

「わかってる」


 言いながら、わかっていないかもしれないと思った。

 だから、言い聞かせる。

 急がない。押しつけない。名前を呼ぶ。


 護符を布で包み、砦へ戻った。

 背後では、オクタヴィアが中央の男を地面へ押さえたまま、軽い声で言っていた。


「逃げた先が私で運が悪かったね。まあ、運だけじゃないけど」


 その言葉を最後に、俺は崩れた壁の隙間を抜けた。


 新聖女ミラベル。

 その名前が、初めて敵の口から落ちた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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