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【完結】猫のオマケで転生した俺、ハズレスキル【ヒロインインストール】を武器に追放聖女と最強レギオンを目指す  作者: 木風
第一章

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第三十話 なんか、体型まで変わってないか

【女神型】

接続候補を検出。

用途:庇護・炉火・回復・安息。

条件:対象が休息を望んでいます。

対象同意確認待ち。


 暗い貯蔵庫の中で、その表示だけが淡く浮かんでいた。


 勝つための型ではない。

 押し返すための型でもない。

 庇護、炉火、回復、安息。

 その四つの言葉が、胸の奥に沈んでいく。


 リュミエラは俺の腕の中で、細く息をしていた。

 騎士王型の失敗で、身体の震えがまだ止まっていない。手首には縄の赤い跡。額には汗。銀髪は頬に張りつき、すみれ色の瞳は焦点を保つだけで精いっぱいに見えた。


 今の俺は、また型を使うことが怖い。

 怖いと思う資格があるのかも、わからない。

 さっき俺は、彼女が止めようとした声を聞かなかった。その結果が、今の震えだ。


「リュミエラ。女神型、って表示が出てる」


 そう言うと、彼女はゆっくり瞬きをした。

 俺は一言一句漏らさずに読み上げる。


「用途は、庇護、炉火、回復、安息。条件は、対象が休息を望んでいます。対象同意確認待ち」


 リュミエラの喉が小さく動いた。


「炉火、ですか」

「ああ。俺にもよくわからないけど、火とか家とか、たぶん休む場所に近い力だと思う」

「勝つための型では、ないのですね」

「違う。少なくとも、表示はそう言ってる」


 俺は拳を握り、すぐに開いた。

 力を入れると、また何かを押しつけそうで嫌だった。


「使わなくてもいい。リュミエラが決めてくれ。俺はそれに従う。今は何もしないで、ここで休むだけでもいい」


 外では、遠くなったはずの魔物の唸りがまだ聞こえている。

 男たちの足音は遠ざかった。だが完全に消えたわけではない。ワイバーンの羽音も、時折、壊れた屋根の上をかすめている。

 貯蔵庫の空気は冷たく、古い穀物と土の匂いがした。壁の隙間から入る風が、汗で濡れた首筋を冷やす。


 リュミエラは、自分の胸元へ手を当てた。

 震える指先が、服の布を掴む。


「私は……少し、眠りたいです」


 その言葉は、戦うと言うより勇気が要るものだったのかもしれない。

 眠りたい。休みたい。自分の身体を、役に立てるものとしてではなく、労わろうと思えている。


「でも、怖いです」

「ああ」

「また、私ではなくなるのではないかと」

「怖いなら、やめよう」

「いいえ」


 リュミエラは、ゆっくり首を横に振った。


「カナタが、今度は待ってくれたので」


 その言葉に、息が詰まった。

 待つという、 たったそれだけのことを、俺はさっきできなかった。


「使います。私が、休みたいので」


 俺は頷いた。

 すぐに声が出なかった。


「……わかった」


 視界に表示が開く。


【女神型】

対象同意確認。

用途:庇護・炉火・回復・安息。

攻撃適性 なし。

防御適性 高。

精神安定補助 高。

炉火領域 展開可能。

降臨(インストール)を実行しますか?


 攻撃適性、なし。

 その文字に、少しだけ救われた。


降臨(インストール)


 光は、降るというより、炉の奥からこぼれる火のように滲み出た。


 まず、冷たかった石床に小さな朱色が灯る。

 火ではない。触れても燃えないのに、見ているだけで指先のこわばりが緩む光だ。

 その光が、リュミエラの足元からゆっくり広がった。


 リュミエラの銀髪が、根元から深い藍へ沈んでいく。

 夜のような色だ。けれど、重くはない。毛先には白い星屑のような光が散り、両側の髪は見えない手でゆるく結ばれたように肩へ落ちた。

 すみれ色の瞳は、湖の底に炉火が沈んだような青へ変わる。

 そして、声まで変わった。


「……カナタくん」


 くん……?

 それはどこか大人の余裕を孕んだ、ひどく甘やかで、けれど確かにリュミエラ自身の声でもあった。


「んんん??」

「こっちにおいでっ!」

「は?」


 お互いの距離感が、型によって一瞬で書き換えられていた。

 俺が戸惑って少し動くより先に、リュミエラの方が動いた。しなやかな腕が伸びて、俺の肩をぐっと引く。


「ちょっ」

「大丈夫」

「大丈夫じゃ――」

「ボクに任せて」

「ボク!?」


 気づけば、完全に引き寄せられていた。

 背中に柔らかな腕が回る。文字通り、胸の中に包み込まれていた。


「…………」


 何も言えなかった。

 ただただ、温かかった。

 型の不思議な力が、俺の体の中で凝り固まったものに優しく触れてくる。今日の戦闘の恐怖。騎士王型の失敗。男の器という冷たい言葉。そういう黒く沈んだものが、彼女の体温を通して、少しずつほどけていく。


 そこで、数秒遅れて、俺は気づいた。


「……なんか、体型まで変わってないか」


 至近距離でその豊かな柔らかさに直面し、ようやく脳が余計な情報を処理してしまった。

 今、そこを見る場面ではない。

 それはわかっている。しかし、わかっていても現実は近い。


「カナタくん、小さいことを気にし過ぎだよ」

「変わってる気がするんだが。なんか、いろいろと……」

「何だい?」

「いや、すみません」

「本当にしょうがない子だなあ、君は。よしよし」


 頭を優しく撫でられる。


「ありがとうございます……」

「君は本当によく頑張っているよ。ボクが保証する」

「にゃー」


 コハクまで、どこか満足げに鳴いた。

 何に対して俺は礼を言っているのか、自分でもよくわからない。

 だが、型の中で、リュミエラは慈愛に満ちた手で俺の背中を、頭を、ずっとあやし続けるように撫でていた。


 貯蔵庫の床に薄い光の輪が広がっていく。

 輪の中心には、小さな炉のような紋が浮かぶ。石を積んだかまど。そこに灯る火。

 コハクが光の輪の中へ前足を入れた。

 すると、ふわりと毛が立つ。


「にゃ……」


 警戒ではない。これは、気持ちいい時の声だ。

 コハクは何事もなかったように、リュミエラの膝の横へ丸くなった。


「お前、切り替えが早いな」

「にゃ」

「今のは、ここ安全、みたいな声か」

「にゃあ」


 リュミエラの手が、自然にコハクの背を撫でた。

 指先の震えが、少しだけ落ち着いている。


【女神型】

庇護領域 展開。

炉火領域 安定。

外部探知 低減。

誘導香影響 遮断中。

軽度回復 開始。

休眠誘導 対象選択可能。


「外から見つかりにくくなってる。香の影響も遮断中。軽度回復も始まってる」


 俺が表示を読むと、リュミエラは俺の髪を撫でながら、穏やかに笑った。


「よかったね、カナタくん」

「俺まで効いてる」

「庇護領域だからね」

「ありがたいけど、申し訳なさが増える」

「じゃあ、あとで水を汲んできてくれる?」

「水汲みで許されるなら、何往復でもする」

「まずは一往復でよいよ。君は本当に極端だなあ」


 淡い会話が、暗い貯蔵庫の中に落ちた。

 笑えるほどではない。それでも、呼吸の間に少しだけ空気が戻る。


 リュミエラは、俺の背中をゆっくり撫でながら、声を落とした。


「……カナタくん」

「ん」

「今日、怖かった?」

「まあ……」

「何が一番怖かった?」

「お前が連れていかれそうになったときだ。それだけは本当に生きた心地がしなかった」

「ふふ、下界の子供たちは本当に仕方ないな。でも、嬉しいよ」

「下界ってなんだよ!?」

「ボクもね、怖かったんだ。カナタくんが反動で動けなくなったとき、本当に怖かったんだから」


 俺は少し黙った。


「……本当に悪かった」

「謝ってほしいんじゃないよ。カナタくんが傷ついて、動けなくなることが怖かったの。……カナタくんに何かあったら、胸が張り裂けそうだった」


 心地のいい沈黙が流れた。いや、心地いいだけではない。

 恥ずかしくて、あたたかくて、苦しくもある沈黙だ。


「リュミエラも、怖かったんだな」

「うん」

「ごめん」

「しょうがないから謝罪は受け取るよ。でも、今は自分を殴る時間じゃない」

「そんな物騒な」

「心の中でやりそうな顔をしていたからね」


 女神型、距離感がおかしいだけではなく、妙に鋭い。


「先ほどのことを、すぐに忘れることはできません」

「わかってる」

「怖かったです」


 一瞬だけ、リュミエラの声がいつもの彼女へ戻った。

 型の甘やかな口調の奥から、傷ついた本人の声が覗く。


「でも、今は、眠るんだ」


 謝罪の言葉をまた重ねそうになって、飲み込んだ。

 今必要なのは、俺の後悔を聞かせることではない。彼女を眠らせることだ。


「休んでくれ。俺は起きてる」

「カナタくんも怪我をしているよ」

「寝たら、次に何かあった時に動けない」

「じゃあ、少しだけ横になって。起きていても構わないから」

「それ、できるのか」


 リュミエラが手を伸ばすと、光の輪がふわりと揺れた。

 貯蔵庫の床に積もっていた古い麻袋が、青白い光に包まれる。埃っぽかったはずの袋が、見た目だけ少しまともな寝床に変わった。

 物理的に清潔になったのか、そう感じるだけなのかはわからない。

 どちらにせよ、今はありがたい。


 さらに、庇護領域が少し縮んだ。俺とリュミエラとコハクの距離が、妙に近くなる。

 炉の火を囲む家族みたいな距離だ。


「距離が近い」

「領域を狭めた方が、外部探知を避けやすいようだよ」

「理屈はわかる。わかるけど近い」

「嫌かい?」

「嫌じゃないから困ってる」

「じゃあ、困っていて」

「女神型、けっこう雑だな」

「にゃ」


 コハクが鳴いた。たぶん同意だ。


 俺はリュミエラを麻袋の寝床へ横たえた。

 彼女の手首には、まだ赤い縄の跡が残っている。女神型の光がそこに触れると、少しだけ色が薄くなった。

 完全には消えない。消えなくていいのかもしれない。俺が忘れてはいけない跡でもある。


 やがて、部屋を満たしていた女神型の光が、ゆっくりと引いていった。

 満ちていた温かなエネルギーが、端の方から静かに退いていく。

 型が、少しずつ解けていく。


「……あ」


 リュミエラがハッと気づいた。

 腕が離れると、俺とリュミエラの間に、いつもの普通の距離が戻った。

 数秒の、強烈な沈黙があった。


「…………」

「…………」

「うにゃ」


 コハクだけが呑気に鳴く。


「……やっぱり、体型も変わっていたな」

「変わっていませんっ!」


 リュミエラは、顔を真っ赤にして毛布を胸元まで引き上げた。

 さっきまで下界の子供たちと言っていた女神は、もういない。

 いるのは、恥ずかしさで耳まで赤くしたリュミエラだった。



「カナタ」


 リュミエラの声が、眠気と恥ずかしさの間で揺れていた。


「はい」

「次に型を使う時は、私の名前を先に呼んでください」

「わかった。必ず、リュミエラの名前を呼ぶ。型の名前より先に」

「はい」


 彼女は、ほんのわずかに口元を緩めた。

 青白い光の名残が、彼女の瞼へそっと落ちる。

 リュミエラの呼吸が、少しずつ深くなっていく。

 怖さも、痛みも、全部が消えたわけではない。敵はまだいる。旧監視砦は見つかった。王太子の名を使える誰かが、彼女を狙っている。


 何ひとつ終わっていない。

 それでも、リュミエラは眠った。

 コハクはその横で丸くなり、琥珀の瞳だけを薄く開けている。

 俺は壁に背を預け、脇腹を押さえながら、貯蔵庫の扉を見た。


 女神型は、勝つための力ではなかった。

 戦場の真ん中に、小さな炉を置く力だった。

 傷ついた人に、今は眠っていいと告げるための力だった。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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