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【完結】猫のオマケで転生した俺、ハズレスキル【ヒロインインストール】を武器に追放聖女と最強レギオンを目指す  作者: 木風
第一章

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第二十九話 私は、戻りません

 自分の失敗でリュミエラを膝から崩れさせたまま、俺は床に押さえつけられていた。


 石床の冷たさが頬に貼りつく。

 脇腹が焼けるように痛い。盾の男の靴底が背中を押し、息を吸うたびに肺が狭くなる。

 足首には鎖。手から剣は離れている。

 広間の入口では、コハクが魔物と男たちの間に立ち、背中を丸めていた。


 リュミエラの手首には、縄がかかっている。

 彼女は立ち上がろうとして、また膝をついた。

 騎士王型の失敗ログが、視界の端で紫に焼きついて離れない。


【騎士王型】

強制接続失敗。

対象精神負荷 大。

使用者警告:対象の意思確認を再評価してください。


 わかっている。もう、わかっている。

 でも、わかるのが遅すぎた。


「動くな」


 中央の男が言った。

 縄を持つ男が、リュミエラの手首を引く。彼女の肩が小さく跳ねた。


「……うるせぇ。リュミエラに触るな」


 俺は床に頬をつけたまま言った。

 声は掠れていた。

 男は俺を見下ろし、薄く目を細める。


「君には決定権がない」

「本人にはある」

「本人の判断能力が保たれているなら、な」


 また、その言い方だ。

 保護、確認、判断能力。

 丁寧に聞こえる言葉で、リュミエラ本人の声を後ろへ追いやる。


 リュミエラが顔を上げた。

 額には汗が浮かび、唇は白い。それでも、彼女は男を見た。


「私は、戻りません」

「戻る場所をあなたが決める必要はない」

「私のことです」

「あなたは、ただの娘ではない」


 男はしゃがみ込み、リュミエラの顔を覗き込んだ。

 その距離に、俺の喉が鳴る。


「前聖女。王太子殿下の元婚約者候補。祈りの痕を残した器。新たな役割を受け入れられる素地まである。君が野に放たれていること自体が、不安定要素だ」

「私は、ものではありません」

「ものではない。だから、主は話を聞きたいと仰っている」


 主……その言葉が、広間の空気を少しだけ変えた。


「主って誰だ?王太子か?」


 男は、すぐには答えなかった。

 その沈黙が、答えよりも嫌だった。


「王太子殿下のお名前を、軽々しく口にするな」

「じゃあ違うんだな」

「君が知る必要はない」

「あるだろ。リュミエラを連れていこうとしてるんだぞ」


 男は少しだけ笑った。


「王太子殿下の憂いを取り除くことは、国のためになる。そう考える者は多い」


 命令とは言わないのに、王太子の名を盾にする。

 王太子本人なのか、神殿なのか、新しい聖女側なのか、それともその全部を利用している誰かなのか。

 わからない……わからないまま、目の前の男たちはリュミエラへ手を伸ばしている。


「ふざけるな」


 吐き出した声は、低かった。


「殿下のためとか、国のためとか、主がどうとか、言葉だけ大きくして、本人の声を消すな」

「はっ!君がそれを言うのか?彼女に役割を入れた張本人が!」


 男の言葉が、まっすぐ胸を刺した。


「今も失敗したばかりだ。守るためと言えば、相手の意思を越えていいと思ったのだろう?」


 息が止まる。何も言い返せない。


 リュミエラが、俺を見た。

 責める目ではない。でも、傷ついた目だった。


「カナタ……」


 彼女の声はかすれ、最後まで言葉にはならなかった。

 それだけで十分伝わった。いや、その言い方は違う。伝わってしまった。


 勝ちたかった。守りたかった。連れていかせたくなかった。

 だから強い型を押し込もうとした。


 口にすればするほど、神殿の男たちと同じになる。


「ごめん。俺は、お前の声を聞かなかった」


 それしか出なかった。

 リュミエラの目が揺れた。

 その返事を聞く前に、門の方で木が裂ける音がした。


 コハクが鋭く鳴く。

 門の隙間から、狼型の魔物が半身をねじ込んできた。さらにその後ろに、甲羅鼠の群れがいる。誘導香の匂いが濃くなりすぎている。

 男たちの一人が舌打ちした。


「濃度が上がっている。外の流れを戻せ」

「ワイバーンも近いです」


 弓の男が屋根を見上げる。

 壊れた梁の向こうで、大きな影が旋回していた。

 翼が風を叩くたび、砂と木屑が降ってくる。


 中央の男の顔から、余裕が少し消えた。


「回収を急ぐ。女を立たせろ」

「今動かすと壊れます」


 縄の男が、リュミエラの手首を引いたまま言う。

 壊れる。その言葉に、また奥歯が鳴った。


「壊すな。主は生きたままを望んでいる」


 中央の男が冷たく言った。

 生きたまま。それを優しさのように扱う声だった。


 次の瞬間、頭上の屋根が大きく軋んだ。

 ワイバーンの影が、塔の残骸すれすれを横切る。外れかけていた石が崩れ、広間の端へ落ちた。

 轟音と粉塵にまみれ、視界が白く曇る。


「伏せろ!」


 誰かが叫んだ。

 盾の男の足が、俺の背中から外れる。

 その一瞬だけ、圧が緩んだ。


 俺は身体をひねった。

 足首の鎖はまだ残っている。だが、踏まれていないなら動ける。

 床の石片を掴み、鎖の留め具へ叩きつけた。

 一度目は外れない。

 二度目で、金具が歪む。

 三度目で、足首に食い込んでいた輪が少し緩んだ。


「コハク!」


 叫ぶと、コハクがこちらへ飛んだ。

 小さな爪が鎖の端にかかる。猫の力で千切れるわけがない。それでも、引っかかった留め具をずらすには十分だった。

 鎖が抜ける。


「マジいい子!」

「にゃ!」


 褒めている場合ではない。

 でも、言わずにいられなかった。


 俺はよろけながら立ち、リュミエラへ向かった。

 縄の男が彼女を引き上げようとしている。


「リュミエラを離せ!」


 俺は落ちていた短槍を拾い、柄の部分で縄の男の腕を打った。

 相手が呻き縄が緩み、リュミエラの身体が傾いた。


 俺は彼女を抱き留めると、背中越しに震えが伝わる。


「ごめん。少し乱暴に運ぶ」

「……はい」


 返事があった。

 それだけで、胸が詰まる。


 広間では、魔物と男たちが入り乱れ始めていた。

 入口から押し込んできた狼型を、盾の男が押し返す。弓の男が黒い粉のついた矢を外へ放つ。矢が刺さった地面へ、魔物の群れが一瞬だけ引かれていく。

 やはり、あいつらは香で流れを変えている。

 完全に操っているわけではない。だが、押す方向を選んでいる。


「逃がすな!女と猫を確保しろ。男は捨て置け」


 中央の男が叫ぶ。


 俺はリュミエラを支え、調理場へ続く廊下へ走った。

 正面の門は使えない。地下扉の方も男がいる。


 なら、俺たちが直したばかりの調理場の奥!

 あそこには、崩れた壁の隙間がある。人ひとりがやっと通れる程度だが、外の貯蔵小屋へ抜けられる。


 コハクが先に走ると廊下の途中で、弓が一本飛んできた。

 俺はリュミエラを抱え込むようにして壁へ寄る。矢は石壁に当たり、黒い粉を散らした。

 甘く焦げた匂いが鼻を刺す。


「くそ、しつこい」


 脇腹が痛み、足がもつれる。

 それでも、止まれば終わる。


 調理場へ飛び込むと、棚が半分倒れていた。

 昨日までリュミエラが拭いていた棚だ。豆の袋と鍋が床に転がっている。

 こんな時なのに、それがやけに悔しかった。


「コハク、隙間!」


 コハクが壁の裂け目へ向かう。

 だが、そこで低く鳴いた。


「にゃ……」


 外にも魔物の気配がある。

 使えない。


 俺は舌打ちし、倒れた棚を引いた。

 古い貯蔵庫の扉がある。中は狭いが、厚い石で囲まれている。逃げ道ではない。

 隠れるだけだ。

 時間を稼ぐだけだ。


 それでも今は、それしかなかった。


「入るぞ」


 俺はリュミエラを支え、貯蔵庫へ入った。

 コハクが続く。

 扉を閉め、内側から木箱を押し当てる。

 暗い。

 小さな通気穴から、灰色の光が細く入るだけだ。

 石壁は冷たく、古い穀物と乾いた土の匂いがする。


 外では、男たちの声と魔物の唸りが重なっていた。

 中央の男の声が、廊下の向こうで響く。


「今は引く。香を切れ。ワイバーンをこれ以上近づけるな」

「女は」

「動かせば壊れる。場所は割れた。次は囲めばいい」


 足音が遠ざかる。

 しかし、安心はできない。

 次は囲めばいい。その言葉だけが、貯蔵庫の暗さに残った。


 リュミエラは、俺の腕の中で細く息をしていた。

 騎士王型の失敗で、身体はまだ震えている。

 俺は彼女の手首に残った縄の跡を見た。

 赤い線が、白い肌にくっきり残っている。


「……ごめん」


 また同じ言葉が出た。

 何度言っても足りない。

 でも、言うたびに軽くなる気もして、嫌だった。


「俺は、お前を守るつもりで、お前の声を消した」


 リュミエラは目を開けた。

 暗がりの中で、すみれ色の瞳だけがかすかに光を拾う。


「カナタは、私が騎士になればよかったのですか」


 胸の奥を、冷たい針で刺されたようだった。


「違うっ。俺は……俺は、勝てる型が欲しくなった。お前じゃなくて、勝てる役割を見た」


 言葉にした瞬間、自分の中で何かが沈んだ。


「最低だ……」

「最低、とは思いません」


 リュミエラは、ゆっくり首を横に振った。


「でも、怖かったです」


 その一言が、一番重かった。


「もうしない。絶対に、強制接続はしない。どんなに追い詰められても、お前の声を聞かないまま押さない」


 リュミエラはすぐには答えなかった。

 当然だ。約束は、破った後ほど軽く聞こえる。


 外の騒ぎが、少しずつ遠のいていく。

 魔物の唸りも、ワイバーンの鳴き声も、薄くなった。

 男たちは香で流れを変え、いったん退いたのだろう。

 逃げ切ったわけではない。ただ、後回しにされただけ。


「王太子殿下が、本当に命じたのでしょうか」


 リュミエラが、小さく言った。


「わからない。あいつは命令だとは言わなかった。だけど、王太子の名前を使える誰かがいる。神殿か、新聖女側か、王宮の誰かか。少なくとも、リュミエラが生きていることを邪魔だと思ってるやつだ」

「私が、生きていることを」

「邪魔だと思う方が、おかしい」


 言うと、リュミエラは少しだけ目を伏せた。


「でも、私はまた見つかりました」

「見つかっただけだ。終わりじゃない」


 そう言った俺の声は、強くなかった。

 脇腹は痛い。足は震えている。武器は手元にない。リュミエラは立てない。コハクも疲れて、貯蔵庫の入口で伏せている。

 終わりじゃないと、言葉だけで支えている状態だった。


 その時、視界の端に、淡い白い表示が浮かんだ。


【女神型】

接続候補を検出。

用途:庇護・回復・安息。

条件:対象が休息を望んでいます。

対象同意確認待ち。


 ただ、守って、眠らせるための型が、暗い貯蔵庫の中で静かに表示されていた。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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