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【完結】猫のオマケで転生した俺、ハズレスキル【ヒロインインストール】を武器に追放聖女と最強レギオンを目指す  作者: 木風
第一章

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第二十五話 戦わない。追わない。拾わない。触らない

 旅人のための祠が、魔物を呼ぶ目印にされていた。


 その報告を持ってレギオン出張所へ戻ると、受付の老人は俺たちが差し出した小瓶と紙片を見て、しばらく黙った。

 布の上に置いた瓶の底では、黒い砂のような沈殿が揺れている。

 コハクは俺の肩の上で、瓶から顔を背けていた。


「これは……神殿の印に見えるね」


 老人の声は低く、いつもの苦笑もない。


「見えるだけかもしれません」


 リュミエラが静かに言った。


「神殿の香に似せています。でも、祈りに使うものとは違います。底に混ぜ物がありました。魔物の鼻に残るように、かなり薄く作られています」

「君にはわかるのかい」

「少しだけ」


 リュミエラはそれ以上言わなかったし、老人も追及しなかった。

 その代わり、小瓶を直接触れないように木箱へ入れ、蓋をした。


「これは、こちらで預かる。オクタヴィアさんにも回そう。彼女は今、北森の奥へ入っている」

「もう行ってるのか」

「ああ。今朝早くにね。魔物の流れが強まっているそうだ」


 北森。昨日から何度も聞いた場所だ。

 その言葉だけで、背中のあたりが冷える。


「君たちは、奥へ行くんじゃないよ」


 老人は俺たちを見て、はっきり言った。


「今回の件は、低級冒険者の調査範囲を越えている。旧監視砦の仮使用者として、周辺の安全確認をするのはいい。だが、北森の奥へ入るな。香の痕跡を追うなら、祠から旧監視砦までの浅い道だけにしなさい」

「浅い道だけ」

「そうだ。何か見つけたら戻って報告する。戦わない。追わない。拾わない。触らない」

「子供への注意みたいですね」

「似たようなものだろう」


 何も否定できない。

 この数日、俺たちは触らない方がいいものを何度も見つけている。


 老人は簡単な調査依頼として、書類に印を押した。

 祠から旧監視砦方面への誘導香痕跡確認。

 異常があれば即時報告。

 報酬は安い。だが、正式登録の実績にはなる。


「それと、猫をよく見ておくんだ」


 老人が言った。


「オクタヴィアさんが、琥珀の瞳の猫が嫌がる場所には踏み込むな、と言っていた」

「本当に何を知ってるんだ、あの人」

「さあね。少なくとも、俺よりは知っている」


 コハクが、俺の肩で短く鳴いた。

 偉くなった気でいるのか、責任を感じているのかはわからない。

 たぶん、前者だ。




 祠から旧監視砦へ続く道は、昼でも薄暗かった。


 北森の端を回り込む細い獣道で、普段は木こりや薬草採りが使うらしい。足元には枯れ葉が積もり、湿った土の匂いが強い。鳥の声はあるが、近いところで鳴くものはいない。

 祠の裏から続いていた黒い線は、草の根元に点々と残っていた。

 見ようとしなければ、ただの泥や古い染みだ。

 だが、コハクはその一つ一つを嫌そうに避ける。


「本当に、魔物の道しるべみたいだな」


 俺は布越しに地面の一点を指した。

 黒い粒が、葉の裏に塗られている。雨が降ってもすぐには流れない場所だ。


「人間の目ではなく、魔物の鼻に残るようにしています」


 リュミエラが言った。

 今日は型を使っていない。銀髪のまま、外套のフードを深くかぶっている。

 それでも、香の残りが近づくと顔をしかめた。


「無理するなよ」

「はい。今は、少し気持ち悪いだけです」

「それは無理の一歩手前だ」

「では、少し休みます」


 彼女は素直に立ち止まった。

 以前なら「大丈夫です」と言って歩き続けただろう。

 俺はそれだけで少し安心した。


 水を飲ませ、周囲を確認する。

 足跡が多い。

 小型魔物のもの。狼型のもの。甲羅鼠らしい小さな爪痕。どれも香の線に沿って、祠から旧監視砦方面へ進んでいる。

 ただ、不自然に整列しているわけではない。

 匂いに引かれ、迷いながら近づいた跡だ。


 コハクが少し先で立ち止まった。


「コハク?」


 呼んでも返事がない。

 猫は地面ではなく、横の木の幹を見ていた。

 そこには、細い傷があった。

 人の腰くらいの高さに、斜めに三本。

 爪痕に見える。


「魔物か」

「にゃ……」


 俺が近づこうとすると、コハクが低く鳴いた。

 止まれ、という声に俺は足を止める。

 リュミエラもすぐに気づいた。


「どうしましたか」

「コハクが嫌がってる」


 木の幹に残った傷の下には、香の黒い粒が塗られていた。

 だが、それだけではない。土の上に、靴跡がある。

 魔物の足ではなく、人間の靴跡。

 踵が深く沈み、つま先が北森の方を向いている。


「人がいた。しかも、最近だ」


 昨日か、今朝か……はっきりはわからないが、古い跡ではない。

 雨に崩れておらず、枯れ葉も完全には被っていない。


 リュミエラは息を呑んだ。


「神殿の男でしょうか」

「断定はできない。でも、香を置いたやつの可能性は高い」


 コハクは靴跡を嗅ごうとせず、少し離れた場所からじっと見ている。

 魔物の匂いではなく、人の匂いを警戒している。


「お前、魔物よりそっちが嫌なのか」

「にゃ」


 俺は鞄から作戦帳を出し、靴跡の形と位置を書き留めた。

 前世でこんな山道の現場検証をすることになるとは思わなかった。

 しかもメモ用紙は木板。


「靴跡、木の傷、香の粒。ここで何かを置いたか、塗ったか」

「カナタ、こちらにもあります」


 リュミエラが少し先の草を指す。

 草の葉に、黒い線が細く残っている。

 線は北東へ続いている。

 旧監視砦へまっすぐではない。いったん北森の浅い方へ入り、そこから回り込むような形だ。


「老人の注意、思い出そう。奥へは行かない」

「はい」

「でも、浅いところまでは見る」


 俺たちはコハクを先頭に慎重に進む。

 ただし、いつものように自信満々ではない。何度も立ち止まり、耳を伏せ、風の匂いを確かめている。

 リュミエラは俺の後ろを歩き、草や石に残る香の跡を見ていく。


 森の空気は、少しずつ重くなっていく。

 土の湿り気が増え、木の根が地面をうねる。風が葉の上を滑るたび、どこかから甘く焦げた匂いが流れてくる。

 それは強い匂いではない。だから余計に嫌だった。

 見えない糸で、少しずつ首を引かれているような感覚がある。


 やがて、道が小さな開けた場所に出ると、そこだけ草が大きく倒れていた。

 木の枝が折れ、地面が深く抉れている。大きな何かが暴れた跡に俺は思わず足を止めた。


「なんだ、これ」


 爪痕……?

 俺の手のひらよりずっと大きい。三本の爪が土を裂き、石にまで傷をつけている。

 さらに、倒れた草の上には、灰色がかった鱗が一枚落ちていた。

 薄いが硬い。指で弾くと、金属に似た乾いた音がした。


「ワイバーン……?」


 リュミエラが呟いた。


「ワイバーンって、翼のあるやつか」

「はい。普通はもっと山側にいます。北森の浅いところへ来る魔物ではありません」


 ここ数日、普通ではないことばかりだ。

 だが、ワイバーンはさすがに洒落にならない。


「戦ったら?」

「今の私たちでは、避けるべきです」

「同感」


 コハクが、倒れた草の周囲をゆっくり歩く。

 鱗には近づかない。爪痕にも鼻を寄せない。代わりに、少し離れた地面を見ている。


「にゃ」


 コハクが鳴いた方に行くと、そこにも靴跡があった。

 人間のもの。しかも、一人ではない。

 二人、いや三人分はある。踏み荒らされてはいるが、魔物の足跡とは明らかに違う。


「人が、ワイバーンの跡のそばにいた」


 リュミエラの声が硬くなる。


「追われていたのでしょうか」

「わからない。けど、変だ」


 俺は周囲を見回す。

 ワイバーンが暴れたなら、もっと広い範囲に痕跡があるはずだ。

 羽が枝を折る。尾が草を払う。重い体が着地した跡が残る。

 だが、開けた場所の中央から先は、妙に綺麗だった。


 爪痕はある。鱗も落ちている。草も倒れている。

 でも、その先の足跡がない。


「飛んだんじゃないですか」

「なら、翼で枝が折れるはずだ。上を見てみろ」


 見上げると、木々の枝はほとんど折れていない。

 少なくとも、巨大な翼が通った跡には見えない。


「着地した跡はあるのに、飛び立った跡がない」


 自分で言って、背中が冷えた。


 ワイバーンがここにいた。

 でも、そこから先の移動痕跡がない。

 まるで、この場所で突然消えたみたいに。


 視界の端に、ウィンドウが開く。


【痕跡解析】

大型飛行魔物反応あり。

移動痕跡 途中消失。

残留魔力 微量。

人為的干渉 高。


「人為的干渉、高」


 俺は表示を読み上げた。

 リュミエラの顔が白くなる。


「ワイバーンを、消したということですか」

「消したのか、呼んだのか、隠したのかはわからない。でも自然じゃない」


 コハクが低く唸った。

 猫とは思えない、腹の底に響く声だった。


 その視線の先には、開けた場所の奥へ続く細い道がある。

 そこには、魔物の足跡はない。

 人間の靴跡だけが続いていた。


 方角は、旧監視砦。


「戻るぞ。これは報告案件だ。追わない」


 リュミエラは頷いた。

 だが、その瞬間、森の奥で何かが鳴いた。


 鳥ではない。狼でもない。もっと高く、金属を引っかくような、耳の奥が痛む鳴き声。


 リュミエラが肩を震わせる。

 コハクの尻尾が一気に膨らんだ。


「今のは……」

「ワイバーン、かもしれません」


 彼女の声は小さかった。


 俺は剣を抜いた。

 戦うためではない。

 逃げる時に、少しでも邪魔を切るためだ。


 足元には、突然消えたワイバーンの痕跡。

 その先には、旧監視砦へ向かう人間の靴跡。

 そして森の奥から、姿の見えない翼ある魔物の声が聞こえていた。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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