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【完結】猫のオマケで転生した俺、ハズレスキル【ヒロインインストール】を武器に追放聖女と最強レギオンを目指す  作者: 木風
第一章

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第二十三話 私はどこにいるのでしょうか

 リュミエラの声は、暖炉の火よりも静かだった。

 胸の奥にそのまま沈んでいく。

 俺は折れた炭を握ったまま、すぐに言葉を返せなかった。


 違う。そう言いたかった。

 でも、その一言だけで済ませていい話ではない。

 俺のスキルが表示した言葉は、確かに「器容量」だった。神殿の男が口にした「聖女の器」と、同じ響きの言葉。

 俺がどれだけ否定しても、リュミエラの耳には同じ刃に聞こえただろう。


 暖炉の中で、薪が低く爆ぜる。

 焦げた木の匂いと、布に何重にも包んだ小瓶から漏れる甘く焦げた香りが、広間の空気に薄く混る。

 コハクは木箱の上に座り、小瓶とリュミエラを交互に見ている。


「リュミエラ」


 俺はようやく口を開いた。

 喉がひどく乾いている。


「俺が何を言っても、今すぐ安心しろとは言えない。あの表示は、最低だ」

「カナタが悪いわけではありません」

「いや、俺は悪くないって逃げたら駄目だ」


 リュミエラが、少しだけ顔を上げる。

 すみれ色の瞳は揺れていた。

 涙はない。


「俺のスキルは、お前の身体に型を入れる。髪が変わる。声も変わる。戦い方も変わる。俺はそれで助けられてきた」

「私も、助けられました」

「それでも、あいつらの言う器と紙一重だ。そこから目を逸らしたら、俺も同じになる」


 口にすると、胃のあたりが重くなる。

 でも、言わなければならない。


 リュミエラは胸元に手を当てた。

 何かを押さえ込むような仕草。


「私は、怖いです」

「ああ」

「月光戦姫型になると、光が出ます。精密魔導型では、心が遠くなりました。爆裂魔導型では、一撃にすべてを注ぎたくなりました。薬師型では、身体の中が見えすぎました」


 指先が、服の布を握る。


「どれも役に立ちます。誰かを助けられます。カナタも助けられます。それは、嬉しいのです。でも、型が増えるたびに、私の中にはまだ入る場所があるのだとわかってしまいます」


 俺は、何も挟まなかった。

 ここで励ましの言葉を被せたら、彼女の声をまた押し込めることになる。


「聖女ではなくなっても、神殿から離れても、私はまだ何かを入れられる身体で……それなら、私はどこにいるのでしょうか」


 最後の言葉は、息に近かった。


 俺は膝の上の作戦帳を見た。

 木板には、炭の黒い文字が並んでいる。

 月光戦姫型。

 町内社交型。

 精密魔導型。

 爆裂魔導型。

 薬師型。

 聖女型はまだ書かれていない。

 そこに、リュミエラ本人の名前はない。


 俺は炭を置き、木板を裏返した。


「カナタ?」


 リュミエラが不思議そうに見る。

 俺は新しい面に、炭で大きく書いた。


 リュミエラ。


「最初に書くべきだった」


 文字は歪んだ。

 前世のノートでも、会社の仕様書でも、こんなに緊張して名前を書いたことはない。


「作戦帳の一番上は、型じゃない。お前だ」

「私……?」

「ああ。型はその下だ。月光戦姫型も、町内社交型も、精密魔導型も、爆裂魔導型も、薬師型も、全部リュミエラの下に書く。お前を入れ物として見るんじゃなくて、お前が使うかどうか決める道具として書く」


 リュミエラの瞳が揺れる。


「道具、ですか」

「俺の言い方が下手だったら止めてくれ。でも、少なくともお前が道具じゃない。お前を動かすための型でもない。お前が選んで、使うか捨てるか決めるものにしたい」


 それが、今の俺に言える精一杯だった。


「俺は、お前を月光戦姫型だから助けたんじゃない。精密魔導型が使えるから一緒にいるんじゃない。爆裂魔導型が強いから、ここにいてほしいんじゃない」


 言葉をひとつずつ置く。

 取りこぼさないように。


「最初に草の中で見つけた時、お前は立てなかった。力もなかった。俺のことも疑ってた。正直、めちゃくちゃ重いことも言われた」

「……すみません」

「謝るところじゃない。あの時の俺は、お前が強い型になるなんて知らなかった。それでも放っておけなかった」


 リュミエラの喉が、小さく動いた。


「砦で作ったスープ、うまかった。棚を拭く時、端の埃まで見つけるところもすごい。湯浴み場に関してだけやたら譲らないところも、結構好きだ。コハクにまで敬語で話すところも、怖くても知ろうとするところも、型じゃない」


 言っていて、頬が熱くなってきた。

 何を並べているんだ俺は。

 でも止めなかった。ここで照れて引っ込めたら、肝心なところが届かない。


「全部、リュミエラだ」


 リュミエラは何も言わなかった。

 ただ、胸元を押さえていた手が、少しずつほどけた。


「俺は、お前にいてほしい。型のためじゃない。聖女だったからでもない。お前がリュミエラだからだ」


 言い切った瞬間、広間がやけに静かになった。

 暖炉の音だけが鳴っている。

 コハクまで黙っていた。

 普段なら茶化すように鳴きそうな場面なのに、さすがに空気を読んだらしい。


 リュミエラは、ゆっくり息を吸った。

 吐く息が少し震えている。


「カナタ」

「ん」

「私は、それを信じたいです」


 信じます、ではなかった。

 信じたい。それが、今の彼女には正直なのだろう。


「すぐに信じなくていい」

「はい」

「何度でも言う。必要なら、毎日でも言う」

「毎日は……ちょっと……」

「だな。重かったら三日に一回にする」

「そこは、少し考えさせてください」


 ほんのわずかに、リュミエラの口元が動いた。

 笑みというには小さい。でも、さっきまで沈んでいた目に、わずかな温度が戻った。


 その時、視界の端に新しい表示が浮かんだ。

 白ではない。青白く、冷たい文字だった。


【聖女型】

接続候補を検出。

適性 高。

状態 凍結。

接続 拒絶。

理由:対象が該当役割を拒否しています。


 俺は息を止めた。


 聖女型。

 来てほしくないものが来た。

 だが、表示は接続可能ではない。

 凍結。

 拒絶。


「何か、出ましたか」


 リュミエラが聞く。

 俺は、一瞬だけ迷った。でも、もう隠さないと決めた。


「聖女型だ」


 リュミエラの身体が強張る。


「状態は凍結。接続は拒絶。理由は、対象が該当役割を拒否しています、って出てる」


 読み上げると、リュミエラは目を見開いた。

 顔色がまた少し白くなる。だが、その白さの奥に、違うものもあった。


「私が、拒絶しているのですか」

「そう出てる」

「聖女型を」

「ああ」


 リュミエラは、自分の胸に手を当てた。

 今度は押さえ込むためではなく、確かめるように。


「拒んで、いいのでしょうか」

「いい。戻りたくない役割なら、拒んでいい。怖い型なら使わなくていい。聖女だったことを全部捨てろなんて言わない。でも、聖女に戻れって表示が出ても、俺は押さない」


 視界の端で、聖女型の文字が小さく揺れる。

 まるで、こちらの返事を待っているみたいに。

 俺は心の中ではなく、はっきり声に出した。


「聖女型は使わない。少なくとも、リュミエラが自分で望むまでは」


 表示が、少しだけ薄くなった。

 消えはしない。凍った文字のまま、奥へ沈む。


【聖女型】

状態 凍結継続。

強制接続 不可。


 不可。その二文字に、初めてほっとした。


 リュミエラは長く息を吐いた。

 膝の上で、指が震えている。怖かったのだろう。今も怖いのだろう。

 それでも、彼女は目を逸らさなかった。


「私は、もう聖女ではありません」

「ああ」

「でも、聖女だった頃に祈ったことまで、全部嫌いになったわけではありません」

「うん」

「人が助かるのは、嬉しかったです。誰かが泣き止むのも、よかったと思いました。ただ、私が私でなくなるのは、嫌です」


 ゆっくりとした言葉だった。

 ひとつずつ、自分の中から取り出しているような声だった。


「なら、それでいい」

「いいのですか」

「いい。祈りたい気持ちと、聖女に戻りたくない気持ちは、別でいい」


 リュミエラは唇を結んだ。

 目元がかすかに赤い。でも、泣かなかった。


「カナタ」

「うん」

「私の名前を、もう一度呼んでいただけますか」


 胸の奥が詰まった。

 俺は作戦帳に書いた文字を見た。

 型より先に書いた名前。


「リュミエラ」


 彼女は、目を閉じた。その名前を、身体の内側へ落とすみたいに。


「はい」


 小さな返事だったけれど、その声はさっきよりずっと彼女自身のものだった。


 暖炉の火が揺れる。

 小瓶の甘く焦げた匂いはまだ消えない。

 神殿の男も、魔物誘導香も、聖女型の凍結表示も、何ひとつ片づいていない。


 それでも作戦帳の一番上には、もう型ではなく、彼女の名前がある。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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