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【完結】猫のオマケで転生した俺、ハズレスキル【ヒロインインストール】を武器に追放聖女と最強レギオンを目指す  作者: 木風
第一章

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第二十一話 具合の悪い娘を、しかるべき場所へ戻すだけ

 市場の端にある香と護符の露店。

 その前で、白い外套の男が店主に問いかけている。

 淡い茶色の髪を後ろで束ね、首元には神殿の印。笑顔は柔らかい。声も丁寧だ。

 だが、目だけがひどく乾いていた。


「銀髪の若い娘です。具合を悪くしている可能性があります。こちらの方へ迷い込んでいませんか」


 リュミエラの息が、隣で止まった。

 町内社交型の黒髪が、風に小さく揺れる。今の彼女は銀髪ではない。毛先も愉快にくるんとしている。だが、本人の震えまでは隠せない。

 俺は半歩、彼女の前に出た。


「戻るぞ」


 低く言う。

 だが、リュミエラはその場を動かなかった。


「待って」

「危ない」

「でも、何を言っているのか聞きたいわ」


 その声は小さい。

 怖がっている。

 けれど、耳を塞いで逃げる声ではなかった。


 俺は露店の方を見た。

 距離はある。人通りも多い。こちらが黒髪の女連れだと見えても、すぐリュミエラだとは結びつかないはずだ。

 コハクは俺の足元で、低く身を沈めていた。背中の毛は少し逆立っているが、逃げろとは鳴かない。


「少しだけだ。無理だと思ったらすぐ離れる」

「はい」


 俺たちは干し果実の屋台の陰に寄った。

 町内社交型のおかげか、リュミエラの表情は穏やかに保たれている。だが、袖の中の指先は固く握られていた。


 露店主は、白い外套の男に困ったような顔をしていた。


「銀髪の娘ねえ。旅人にはたまにいるが、具合の悪そうな若い娘は見てないな」

「そうですか。もし見かけたら、神殿へ知らせてください」


 男は小さな紙片を差し出した。

 神殿の印が押された護符だ。紙の端に、かすかな金色の粉が光っている。


「もちろん、謝礼はお渡しします。情報だけでも銀貨五枚。保護に協力していただければ、金貨一枚」


 俺は耳を疑った。銀貨五枚。金貨一枚。

 俺たちがここ数日、祠を掃除し、魔物を追い払い、屋根材を運んでようやく稼いだ金とは桁が違う。


 リュミエラの肩が、わずかに揺れた。


 値段がついた。

 彼女自身にではない。

 元聖女の居場所に。

 元聖女の身柄に。


「そんな大金が出るってことは、よほど大事な娘なんだな」


 露店主が半ば感心したように言う。

 神殿の男は、丁寧な笑みを崩さなかった。


「ええ。国にとって大切な方です。いえ、大切だった方、と言うべきでしょうか」


 言い直し方が、嫌だった。

 隣で、リュミエラが細く息を吸う。


「今は聖女様が新しく立たれました。ですが、前の方にも確認しなければならないことがあるのです」

「確認?」

「聖女の器には、祈りの痕が残ります。役目を終えた後も、完全に空になるわけではありません。残った痕が乱れると、周辺に影響が出ることがありますから」


 器……男は、何のためらいもなくそう言った。


 俺の手が、知らないうちに拳になっていた。

 肩に乗せていた布袋の紐が、指に食い込む。


「へえ、難しい話だな」


 露店主はよくわかっていない顔で頷く。

 男はさらに柔らかく笑った。


「難しく考える必要はありません。具合の悪い娘を、しかるべき場所へ戻すだけです」

「王宮へかい」

「それは、こちらで判断します」


 その一言だけ、やけに冷たかった。

 王宮へ戻すとは言わない。神殿へ戻すとも言わない。ただ、こちらで判断すると。


 リュミエラの唇が、かすかに白くなる。

 町内社交型の影響で表情は崩れていない。だから余計に、指先の震えが目立った。


「カナタ」


 彼女が、声を殺して言った。


「私は、何か乱れているのかしら」

「違う」


 リュミエラが小さくこちらを見る。


「お前は乱れてない。あいつらの言い方が腐ってるだけだ」


 口にしてから、少しだけ後悔した。

 場所を考えれば、声を荒げるべきではない。

 だが、飲み込めなかった。


 神殿の男は、露店主にさらに紙片を数枚渡していた。


「宿、鍛冶屋、薬草屋にも配ってください。銀髪の娘は、ひとりでは動けないはずです。誰かに連れられている可能性もあります」

「連れられている?」

「ええ。本人の意思で逃げているとは限りません。悪い者に利用されていることも考えられますから」


 悪い者。つまり、俺のことか。

 妙な笑いが喉の奥に引っかかった。

 レギオンの面接に七回落ちた俺が、元聖女を利用する悪人扱い。出世したのか落ちたのかわからない。


「情報を隠せば、罰があるのかい」


 露店主の声に、少し警戒が混じった。

 男はゆっくり首を振る。


「罰などと言うつもりはありません。ただ、神殿の保護を拒む理由はありませんよね」


 やはり、目が笑っていない。丁寧な言葉が、細い紐みたいに首へ巻きつく。


 リュミエラが、一歩だけ後ろへ下がった。

 俺はすぐに彼女の腕を支える。


「離れるぞ」


 今度は、彼女も頷いた。

 だが、その前にコハクが低く鳴いた。


「にゃ……」


 市場の端、露店の裏側。

 白い外套の男が置いた小瓶から、ほんのかすかに甘く焦げた匂いが流れてきた。

 俺の鼻でもわかるほどではない。だが、リュミエラの顔色が変わった。


「その香……」


 男が、露店主へ小瓶を渡す。


「これは旅人の安全を祈った香です。祠や宿先で焚いてください。魔物避けになります」


 魔物避け。そう言った。けれど、オクタヴィアは言っていた。

 北森には、木の根元に塗られた香油がある。魔物を引っ張る道しるべがある、と。


 リュミエラが、小さく首を振った。


「違うわ。あれは、魔物避けの香じゃない」

「わかるのか」

「神殿の香に似ている。でも、底に混ぜ物があるわ。甘くて、焦げたような……魔力の残り方が変」


 その声は震えていた。

 怖いからだけではない。

 知っているものを、知らない形に歪められていることへの嫌悪が混じっていた。


 俺は露店を見た。

 男はもう、次の店へ向かおうとしている。

 背中はまっすぐで、歩き方も落ち着いている。人を探す者というより、印を置いていく者の動きだった。


「追うか」


 俺が聞くと、リュミエラはすぐには答えなかった。

 町内社交型の黒髪が、頬にかかる。


「追えば、見つかるかもしれないわ」

「それはそうだ」

「でも、このまま放っておけば、あの香が町に広がるんじゃないかしら」


 その通りだった。

 俺たちは、リュミエラを守りたい。

 だが、町に香がばらまかれれば、魔物の流れが変わるかもしれない。祠や宿に置かれれば、人のいる場所へ魔物が寄る可能性もある。


 俺は一瞬だけ目を閉じた。

 最強レギオンを作る。そう言ったばかりだ。なのに、最初にやることが、香の小瓶を止めることになるとは。


「リュミエラ、町内社交型はまだ持つか」

「ええ。戦わなければ、もう少し」

「じゃあ、露店主から小瓶のことを聞く。危険そうならすぐ離れる。あの男は追わない。今の俺たちじゃ、正面から当たるには情報が足りない」

「はい」


 俺たちは露店へ向かった。

 神殿の男はすでに市場の人混みへ消えかけている。

 コハクがそちらを見ていたが、俺の足元から離れなかった。


「あら、先ほどの香ですけれど」


 リュミエラが、町内社交型の柔らかい声で露店主に話しかける。


「旅人用にひとついただけますか。祠の清掃をしておりますので、どういうものか確認したくて」

「ああ、いいよ。神殿の方が置いていったばかりだ。ありがたい香らしい」


 露店主は小瓶を一つ手に取った。

 その瞬間、コハクが「しゃあっ」と鋭く鳴いた。


 市場の音が、一瞬だけ遠のいた。

 露店主が手を止める。

 リュミエラの肩が震える。

 小瓶の中の油が、光を受けてとろりと揺れた。


【警告】

境界反応あり。

魔物誘導痕跡を検出。


 俺は小瓶から目を離せない。

 元聖女を探している男は、町に香を置いていった。

 そしてその香は、魔物を避けるためのものではなかった。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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