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【完結】猫のオマケで転生した俺、ハズレスキル【ヒロインインストール】を武器に追放聖女と最強レギオンを目指す  作者: 木風
第一章

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第二十話 父さんに言いつけるわよ

「……リュミエラ様?」


 老婆の声は、街道の上で妙にはっきり響いた。

 豆商人が荷車の手綱を引き、御者台からこちらを見る。荷台の女の子は、布人形を抱いたまま首を傾げていた。

 リュミエラの指が、外套の端を強く握る。

 月光戦姫型の光はもうほとんど消えている。銀髪は元に戻り、すみれ色の瞳だけが、祠の白い石を映して淡く揺れていた。


「人違いです」


 俺は一歩前へ出て言った。

 できるだけ自然に。今すぐ逃げたい気持ちを顔に出さないように。


 老婆は俺を見る。

 目は濁っていない。年を取っているが、見るべきものをちゃんと見ている目だった。


「そうかい……いや、すまないね。年寄りの見間違いかもしれない」


 口ではそう言った。だが、視線はまだリュミエラから離れない。

 このままでは、豆商人も、女の子も、何かを察する。

 俺は喉の奥が乾くのを覚えた。


 その時、視界の端に半透明のウィンドウが出た。


【町内社交型】

接続可能。

対象同意確認待ち。

周辺警戒度 中。


 町内社交型。

 今ここで……確かに、斬って解決する場面ではない。


「リュミエラ」


 俺は彼女にだけ聞こえる声で言った。


「町内社交型、使えるか。ここを穏便に抜けたい」


 リュミエラは一瞬、老婆を見た。

 怖さがある。

 だが、逃げるだけでは済まないこともわかっている顔だった。


「……お願いします」


 小さな返事に頷く。


降臨(インストール)


 薄い金色の光が、リュミエラを包んだ。

 月光の名残を上書きするように、銀髪が艶のある黒へ変わっていく。毛先がまた、妙に愉快なくるんとした曲線を描いた。

 すみれ色の瞳は柔らかくなり、硬かった肩から少しだけ力が抜ける。


「あらまあ」


 リュミエラが、老婆に向かって穏やかに微笑んだ。


「大聖堂まで行かれたことがあるのですね。長い道中だったでしょうに、お疲れさまでした」


 口調が完全に町内の世話役だった。

 こんな状況でなければ、俺は全力で突っ込んでいたと思う。

 だが、老婆の表情が変わった。怪しむ色より先に、懐かしむ色が浮かぶ。


「ああ、若い頃に一度だけね。孫が熱を出して、大聖堂で祈っていただいたことがあって」

「それは心配でしたでしょ。お孫さんは、今はお元気ですか」

「元気だよ。もう子もいる」

「よかったわあ」


 リュミエラは、心からそう言うように目を細めた。

 町内社交型の影響かもしれない。

 けれど、たぶんそれだけではない。彼女は元聖女として、その老婆と孫のことを本当に気にかけている。


 豆商人が、緊張を解くように笑った。


「ばあさん、聖女様だなんて驚かせるなよ。この子らは祠をきれいにしてくれた冒険者だ」

「すまないねえ。目元が少し似ていて」

「よく言われるのよ」


 リュミエラが、さらりと受け流した。

 町内社交型、強い。何が強いってコミュ力がとんでもなく強い。

 戦闘適性は低いが、こういう場面では本当に心強い。


「それより、街道の祠はしばらく供え物を新しいものにした方がよさそうです。古い穀物に小型魔物が寄っていましたから」

「ああ、それは困るな。次に通るとき、新しい花を置いていくよ」

「ありがとうございます。古い供え物は、できれば持ち帰って処分してくださいね。魔物も、食べ物の匂いには敏感ですから」


 老婆も豆商人も、素直に頷く。女の子まで、布人形を抱いたままこくこくと頷いていた。

 この型、町内どころか街道まで掌握し始めている。


 荷車が去ったあと、リュミエラは小さく息を吐いた。


「……助かったわあ」

「こっちの台詞だ。今の受け流し、すごかった」

「少し、胸が苦しいわね。でも、あの方のお孫さんが元気だと聞けたのは、よかったわ」


 町内社交型の黒髪が、風に揺れる。くるんとした毛先が視界の端で跳ねた。

 俺はそこを見ないようにした。

 見たら、緊張が変な方向に抜ける。


「このまま町へ行くか」

「そうね。せっかくこの型になっているし、話を聞くなら今がいいわね」

「前向き」

「それと、乾燥豆のお礼も言いいましょ」

「町内力が高い」


 コハクが「にゃ」と鳴いた。

 たぶん同意だ。




 町へ着く頃には、リュミエラの町内社交型は完全に馴染んでいた。


 市場通りに入ると、彼女はまず豆商人の店へ向かった。

 乾燥豆の礼を言い、倉庫の排水溝がその後どうなったか尋ねる。ついでに、古い網の張り方が甘い場所を指摘し、魚油の樽は日陰へ移した方がいいと助言した。

 豆商人は笑っていたが、最後には真面目な顔で頷いていた。


「嬢ちゃん、ほんとによく気がつくなあ」

「あら、困りごとは小さいうちに見ておいた方がいいじゃない」

「小さいうちに見たいものが多すぎる」


 俺が小声で言うと、リュミエラは横目で俺を見る。


「カナタも、肩を庇う癖がまだ残っているわよ」

「俺も小さい困りごと扱いか」

「大きくなる前に見ておかないと、父さんに言いつけるわよ」

「お前、俺の親父知らないだろ!?」


 豆商人から聞けたのは、思ったより多かった。

 首都から神殿の使いが何人か来ているらしいこと。

 新しい聖女のお披露目が近く、街道沿いの祠や宿にも香と護符を配っていること。

 その一方で、前の聖女については「療養に入った」「遠い巡礼へ出た」「王宮から離された」など、噂がばらばらであること。


「新しい聖女の名前は?」


 俺が聞くと、豆商人は腕を組んだ。


「確か、ミラベル様だったかな。可愛らしいお方だって話だ。大聖堂の者がずいぶん褒めてたよ」


 リュミエラの指が、袖の中でわずかに動いた。

 俺はそれを見逃さなかった。


「ミラベル様」


 リュミエラは、町内社交型の穏やかな声で繰り返した。


「その方の護符が、このあたりにもあるのかしら?」

「ああ。旅人の安全祈願だとか。うちにも一枚置いていったよ」


 豆商人は店の奥から小さな紙片を持ってきた。

 白い紙に、淡い金色の印が押されている。香の匂いはほとんどしない。

 だが、リュミエラが紙片へ顔を近づけた瞬間、眉がかすかに寄った。


「どうだ」


 俺が低く聞く。


「普通の護符に見えるわ。ただ、香が……少し違うわね」

「魔物を誘導するやつか?」

「いいえ。そこまで強くないわ。でも、神殿のものにしては、匂いの底が甘すぎる」


 甘すぎる。

 俺にはわからない。

 だが、リュミエラには引っかかるらしい。


 豆商人に礼を言い、俺たちは次に宿へ向かった。

 最初に泊まった街道沿いの宿の女将は、俺たちを見るなり腰に手を当てた。


「生きてたかい、旧監視砦の物好きたち」

「呼び名が広まってる」

「そりゃ広まるよ。あそこに住もうなんて、最近じゃ一番の変わり者だ」


 女将は豪快に笑った。

 リュミエラは町内社交型のまま、深々と頭を下げる。


「先日は、古布をありがとうございました。おかげで寝床を作ることができたわ」

「あら、礼儀正しいねえ。役に立ったならよかったよ」

「それから、少しお伺いしてもいいかしら。最近、神殿の方がこちらにこなかったかしら」


 自然だ。

 あまりにも自然に本題へ入った。

 俺なら、間違いなく怪しまれていた。


 女将は少し考えた。


「来たよ。白い外套の若い男が一人。旅人向けの護符を置いていった。ついでに、銀髪の若い娘を見なかったかって聞かれたね」


 俺の背中に冷たいものが走る。


「銀髪の若い娘」

「ああ。具合が悪くて迷っているかもしれない、とか言ってたよ。親切そうな口ぶりだったけど、目が笑ってなかったね」


 リュミエラの顔が、町内社交型の穏やかさを残したまま、静かに強張った。


「その方は、どこへ行ったのかしら?」

「西へ行った。市場と祠を見てくるって。あんたたち、何か心当たりがあるのかい」


 女将の目は鋭い。

 リュミエラが答える前に、俺が口を開いた。


「銀髪の娘なら、旅人にはそこそこいます。俺たちも、少し目立つから気をつけようと思って」

「ふうん」


 女将は納得したような、していないような顔をした。

 だが、深追いはしなかった。


「まあ、気をつけな。ああいう、丁寧すぎる男は面倒なことを持ってくる」

「覚えておきます」


 宿を出ると、リュミエラはしばらく黙っていた。

 市場の喧騒が遠く聞こえる。焼いた肉の匂い、果物の甘い匂い、馬車の車輪の音。その中に、さっき聞いた話だけが、妙に重く沈んでいた。


「カナタ」

「ああ」

「その方は、私を探しているんじゃないかしら」

「だろうな」

「神殿の方なら、私が生きていることを確認したいのかもしれないわ」

「確認だけで終わるならいいけどな」


 リュミエラは袖の中で手を握った。

 町内社交型の影響で表情は柔らかい。けれど、指先には力が入っている。


「型を解くか?」

「もう少しだけ。このままの方が、人の話を聞けるわ」

「無理するな」

「無理はしないわよ。怖いけど、知っておきたいわ」


 その返事に、俺は頷いた。


 次に向かったのは、鍛冶屋だった。

 旧監視砦の修繕に必要な釘と金具を見てもらうためだ。鍛冶屋の親父は、俺たちが持ってきた壊れた金具を見るなり鼻を鳴らした。


「古いな。軍の規格だ。今の釘とは寸法が違う」

「使えますか」

「直せばな。ただ、手間賃はもらうぞ」

「財布が泣きます」

「財布を慰める仕事はしてない」


 正論だった。

 リュミエラが横から、にこりと微笑む。


「この金具を直していただく代わりに、旧監視砦の安全報告で、鍛冶屋さんのお名前を補修協力者として記載してもいいかしら。レギオンの方が確認に来られた時、仕事の丁寧さが伝わると思うわ」


 鍛冶屋の親父が、ぴたりと黙った。


「……嬢ちゃん、商売がうまいな」

「あら、ただお願いしているだけよ」

「それがうまいんだよ」


 結局、金具の修理費は少しだけ安くなった。

 町内社交型、恐ろしい。


 その帰り道。

 コハクが急に足を止めた。


「コハク?」


 猫は市場の端、香や護符を扱う小さな露店の方を見ていた。

 店先には、白い紙片と小瓶が並んでいる。

 その前に、白い外套の男が立っていた。


 若い。

 背は高くない。淡い茶色の髪を後ろで束ね、首元には神殿の印らしき銀の飾りを下げている。

 彼は露店の主人に何かを尋ねていた。

 笑顔は丁寧だ。

 だが、女将の言った通り、目は笑っていない。


「最近、このあたりで銀髪の娘を見ませんでしたか。体調を崩しているはずなのです」


 男の声が、風に乗って届いた。


 リュミエラの息が、隣で止まる。

 町内社交型の黒髪が、ほんの少し揺れた。

 コハクの背中の毛が、静かに逆立つ。


 神殿の男は、リュミエラを探していた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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