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NISA貧乏株式会社 ~元銀行員の俺。NISA貧乏の美人経理を金融知識で救ったら、妙に懐かれた~  作者: くまひこ


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第21話 老後マネー最大の罠

 あれから白鳥とは話していない。


 昼休みも自分で弁当を作ってくるようになり、社食には行かず、経理部の打ち合わせ卓で他の女子社員と一緒に食べている。


 俺とは挨拶を交わす程度。


 ただそれだけ。


 そんな日々を送っているうちに、老後マネー王決定戦、その最終日がやって来た。



         ◇



 今まで以上に熱気あふれる会場。


 橘主任によって示された本日のテーマは、




【住宅ローン、繰上げ返済 ✕ 運用。王道カプはどっち?】




「まさかの腐女子ネタとは……」


 橘主任のイタズラもこれで3回目だが、白鳥のことが頭を離れず、どうにも笑う気にはなれない。


 だが会場は、老後最大のテーマに否が応にも盛り上がっている。


「王道カプというのが分からんが、俺だったら一括返済するかな」


「それやると、せっかくの退職金がごっそり減るぞ」


「でも借金が残るの普通に嫌だし、早く身ぎれいになった方がいいって」


「いやいや、ゼロ金利時代に借りたローンは金利も低いし、運用しながら働いて返せばいいじゃないか」


 そんな議論があちこちで起きているが、それもそのはず。年金と違って住宅ローンは若手社員にも身近なテーマ。


 定年後のローン返済はみんな不安なのだ。軽井沢たちチャラ男軍団も、


「35年ローンだと、余裕で老後も返済地獄」


「40歳で借りたら、返し終わるの75歳だぞ。マジヤベえぜ……」


 27歳の軽井沢が、まだ家も買ってないのにゲッソリしている。


「あら、私のことを心配してくれてるのね」


 真壁課長が皮肉を込めて彼をからかう。


「いえいえ、1800万円も預金をお持ちの真壁課長の心配など、とてもとても」


 そんなコメンテーターの中で、白鳥だけは終始無言。


 俺とは目も合わそうともせず、舞台袖で待機している久我を見つめている。


 その横顔を見ているだけで、胸の奥がキュッと締め付けられる。


「くっ……」


 そこで橘主任がマイクを握る。


「それでは時間になりましたので、老後マネー王決定戦・最終戦の開幕です」



         ◇



 最終戦も久我が口火を切った。


「退職金で住宅ローンを繰上げ返済すべきかどうかは、非常に悩ましい問題です」


 スクリーンにモデルケースが映し出される


・ローン残高  1200万円(残り10年)

・毎月の返済額  10万円

・退職金    2000万円


「このようなケースを考えてみましょう」


 久我は会場を見渡した。


「もし皆さんなら、どうしますか?」


 あちらこちらから声が上がる。


「全部返す」


「俺も返すかな……」


「借金は早く無くしたいし」


 久我は頷く。


「実際、多くの方が繰上げ返済を選択されています」


 スライドが切り替わる。


【住宅ローンの繰上げ返済】


メリット

・利息負担の軽減

・毎月の返済がなくなる

・精神的な安心感


「最大のメリットは利息負担の軽減です」


 画面にグラフが表示される。


「住宅ローンは借入額が大きいため、金利が低くても支払う利息の総額は決して小さくありません」


 会場から頷き。


「そして何より、老後に毎月の返済がなくなることが大きい」


 その言葉に反応する参加者は多かった。


「老後の家計は、現役時代ほど余裕がありません」


 久我は穏やかに続ける。


「収入は大幅に減り、公的年金と退職金が生活の中心となります」


 スライドが切り替わる。


【毎月10万円のローン返済】

 ⇒ 【毎月0円】


「この月10万の返済がなくなるだけで、家計の自由度は大きく向上します」


「確かになあ……」


「気持ちは楽だよな」


 会場から声が上がる。


「そしてこれは数字で測りにくいですが」


 久我は少し笑った。


「借金がなくなる安心感です」


 多くの参加者が頷いた。


「住宅ローンは人生で最も大きな借金。その借金を完済した瞬間、多くの方が肩の荷が下りたような感覚になると言います」


 スライドが切り替わる。




【老後の三大リスク】


・長寿リスク

・医療介護リスク

・収入減少リスク


「ただし」


 会場が静まる。


「老後には予期せぬ出費があります」


「医療費、介護費用、住宅修繕費」


「そして、子どもや孫への援助」


 参加者たちが頷く。


「ですから私は」


 次のスライド。




【生活防衛資金を残した上での繰上げ返済】


「この考え方をお勧めします」


 会場が再び静まる。


「必要な生活資金を確保し、それでも余裕があるなら繰上げ返済を検討する」


「なるほど」


「全部じゃなくてもいいのか」


 久我が頷く。


「例えば退職金が2000万円あるなら、1200万円を全額返済する必要はありません」


 次のスライド。




【一部繰上げ返済】


「半分だけ返済し、残りは働きながら返す人も中にはいます。その時も、期間短縮型や返済額軽減型など、選択肢もあります」


 高坂さんが大きく頷いた。


「全部かゼロかじゃないのね」


「その通りです。それに全部返してしまうと、団信……団体信用生命保険がなくなってしまい、死亡や重度障害になった際の貴重な保険金が受け取れなくなります」


「そう言えばそうだったわ!」


 久我は営業スマイルを浮かべる。


「大切なのは、自分が安心して暮らせるバランスを見つけることです」


 そして最後のスライド。




【借金のない老後へ】


「老後資金の運用も重要ですが、その前提となるのは安定した家計です」


「なるほど」


「住宅ローンをどう扱うかは、その土台作りだと私は考えています」


 久我は会場を見渡して、


「退職金で繰上げ返済するかどうか。正解は一つではありません。しかし少なくとも」


 ゆっくりと言った。


「老後に借金をなるべく残さない、そこには数字以上の大きな価値があります」


 拍手。


 会場のあちこちで頷く人がいる。


 実に久我らしい、堅実で、分かりやすくて、何より――安心を与えるプレゼンだった。



         ◇



 久我のプレゼンが終わり、会場は静まり返る。誰も反論しようとはしないし、高坂さんですら腕を組んだままだ。


「うん。私なら退職金で一部返済するね」


 真壁課長も頷く。


「オーソドックスだけど、非常によくまとまったプレゼンだったと思うわ」


「住宅ローンを減らして安心を買うって話だろ? 俺もそうすると思うよ」


 軽井沢も納得顔。


 橘主任が会場を見渡す。


「では、久我さんの提案について何か質問のある方は――」


 沈黙。誰も手を挙げない。


 それが答えだった。


 久我の提案は分かりやすい。現実的だし、何より安心できる。


 老後に借金をなるべく残さない。その提案に反対する人間はいなかった。


「異論はなさそうですね」


 橘主任が微笑む。


「では鷹城くん」


 俺にマイクが向けられる。


「久我くんの提案に何か反論はあるかしら」


 会場の視線が一斉に集まる。


 俺はマイクを握って、


「特にありません」


 一瞬、会場が静まり返った。


「……え?」


 軽井沢が固まる。


「ありませんって、どういう意味すか?」


 橘主任さんも首を傾げる。


「これ、討論会なんだけど大丈夫?」


「反論も何も、生活防衛資金を確保する、余剰資金で繰上げ返済する、老後の不安を減らす。そのどれも正しいじゃないですか」


 俺の発言に、久我がこちらを見る。


「少なくとも今日ここにいる大半の人にとって、十分合格点の提案だと思いますけど」


「それじゃあ、勝負にならねえんじゃね?」


 軽井沢がツッコミを入れると、会場からも笑いが起こる。


 俺も少し笑った。


「そもそも住宅ローンの繰上げ返済は論点の分かれるテーマではないし、無理に逆張りしたって勝負に負けるだけですよ」


 そう言って、俺はスクリーンを操作する。


 だが次の瞬間、会場がざわつき始める。


 画面いっぱいに映し出された文字。




【退職金を使わずローンを完済する方法】


「えっ?」


「は?」


「何それ?」


 橘主任も目を丸くする。


「鷹城くん、これは?」


 俺はスクリーンを指差した。


「だから今回は、退職金でローンを返済せずに働いて返そうと考えている人たちへの警告をしようと思います」


「警告って……鷹城くん!?」


 そして次のスライド。




【エスケープ・ラダー戦略】


「その前段階として、定年前から準備できる住宅ローンからの脱出法を提案します」

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