第17話 圧勝だったのに、なぜか修羅場が始まった件
「鷹城のシミュレーションは、ラップ担当者が高コストファンドばかりを組み込んだ極端なケース。通常あり得ません」
久我は営業スマイルを崩さない。
「低コスト商品を選べばそこまで不利にはなりませんし、当行にはお客様のニーズに応じた豊富な商品ラインナップがあり、担当者と相談しながら決めれば問題ないかと」
「低コストって、どのくらいかしら?」
高坂さんの質問に、ここは自分の出番だとインデックス派の白鳥が身を乗り出した。
「オルカンなら0.05%程度。S&P500やTOPIXも0.1%台で投資ができます」
「つまりそれらを選べば、コストは実質1.5〜2%程度に抑えられると?」
「はい。銀行は良きパートナーであり、フィデューシャリー・デューティーに則り、お客様に合った最適なプランをご提案いたします」
高坂さんの問いに久我がスマートに答えるが、俺は即座に反撃。
「担当者がみんな良心的ならいいのですが、とんでもない行員も中にはいますからね」
そう言って鬼塚をにらんでやると、もの凄い形相で俺をにらみ返してきた。
なんだ、自覚あるんじゃん。
「つまり、二重で手数料が徴収される仕組みが問題であり、そういった可能性がゼロではないと申し上げたかったのです」
俺の反撃に白鳥もすかさず援護射撃。
「そのラップ口座の手数料って、投資したり解約したりする人件費ですよね」
主戦場を定め、俺に目配せをする。
(コイツ、中立のくせに俺にキラーパスを出してきやがった。だが、切り口がいい。これでラストまでの道筋が決まったな)
「その通りです。つまりその程度のサービスなのに、手数料があまりに高すぎます」
俺が切り返すと、白鳥が待ってましたとばかりに食いついてきた。
「毎月一定額の取り崩しなんて、証券会社のアプリで設定できますよね? しかも手数料ゼロで」
彼女のコメントに俺も乗っかる。
「さらに言えば、リバランスなんてそう頻繁にするものではないし、ラップ口座の場合はリバランスをすればするほど、余計な手数料がかかってしまいます」
「証券アプリは無料なのにね」
「例えば、証券アプリを使って低コストファンドを自分で運用した場合、期待リターン5%なら毎年100万円ずつ取り崩しても85歳時点で1500万~2000万円。つまりまるまる退職金が残る可能性だってあります」
「さすが私のオルカン。全然減ってない!」
すると、さすがにマズいと思ったのか橘主任が白鳥を諫める。
「コメンテーターは中立の立場を守って発言してください。いくら鷹城くんの恋人だからって、さすがにやりすぎです」
「恋人っ……! わ、私たちそんなんじゃありませんっ!」
顔を真っ赤にして必死に否定する白鳥に、会場は大爆笑。俺も居心地が悪く、
「……それと白鳥、特定の金融商品を推す行為もやめた方がいいぞ」
「はっ……!」
白鳥が慌てて口を押さえる。
「そ、そうでした……」
会場から、さらに生暖かい視線。
何だよその『お前らもう付き合ってるだろ』みたいな顔は。
それでも久我は崩れない。
「ラップ口座の価値は、単なる資産の取り崩しだけではありません。老後の資産管理を自分で続けるのは想像以上に精神的負担が大きい。運用管理を代行するエージェント――そう考えていただければ」
そして営業スマイルのまま、さらに追撃を入れてきた。
「他にも年金、相続、介護資金。老後には、投資以外にも様々なお金の問題が出てきます。銀行なら、それらを一括して提案できます」
……来たな、本丸。
「それも別に銀行じゃなくていい」
俺は即座に切り返した。
「行政の無料相談窓口もあるし、税理士や独立系FPもいる。その都度相談料を払ったってラップに任せるより遥かに安い」
「行政窓口は運用を代行してはくれません。独立系FPだって商売だ。おかしな商品を勧められる危険性だってゼロではない。でも銀行なら──」
「一番怖いのは、銀行の利益相反行為だ」
久我の笑みが、ほんの僅かに固まる。
会場が静まり返り、さっきまで「安心」を感じていた空気が目に見えて揺らいでいる。
そして俺は確信する。
――第一ラウンド、ここで決着だ。
司会の橘主任がマイクを握る。
「さて、会場の皆さん」
会場が静まる。
「老後に必要なのは『お金の相談相手』ですか? それとも『お金の尽きない設計』ですか?」
……さすが人事部のエース。
論点整理がえぐい。
ラップ口座の本質を、たった一言で突きつけやがった。
「それでは、投票をお願いします」
会場がざわめく。
100人がそれぞれ、スマホの投票アプリに入力していく。
集計後。
スクリーンに結果が表示された。
【鷹城 78票】
【久我 22票】
――圧勝。
大会議室が歓声に包まれる。
「鷹城が勝った!」
「さすがに手数料がエグすぎるだろ!」
「老後に数百万単位で銀行に持っていかれるなんて、冗談じゃねぇ!」
どよめく参加者たち。
コメンテーターの白鳥が、小さくガッツポーズを決めている。
……いやだから、お前は中立の立場だろ。
そんな熱狂の中、ただ一人。
会場最後列の鬼塚だけが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
ギリッ……!
そして投票結果を一瞥すると、無言で会議室を後にした。
一方、負けたはずの久我は、営業スマイルを崩さなかった。
「完敗ですね。とても勉強になりました」
さらっと言って、水まで飲んでやがる。
……コイツ。
普通、78対22で負けたら、もう少しダメージを受けるだろうが!
「……サイボーグか何かか、お前?」
◇
その夜。
駅前の居酒屋では、ささやかな打ち上げが行われた。
「第1戦目の勝利、おめでとうございます」
白鳥が満面の笑みで拍手をする。
「78対22! 圧勝でしたね!」
「まあな。でもこれだけ点差が開いたのは、コメンテーターに助けられた部分も大きい。俺一人ではギリギリだったかもな」
「そんなことないと思いますけど?」
「いや、お前のことだよ白鳥。さすがに俺にパスを出しすぎ」
「うっ……」
白鳥が目を逸らした。
「中立の立場だってことを、すっかり忘れてました……」
「そうね。完全に私情が入っていたわね」
橘主任がすかさず追撃する。
「ううぅ……」
白鳥がしょんぼり肩を落とす。
「でも助かったのは事実。あそこで証券アプリの話を出してくれたおかげで、ラップ口座の本質が一気に分かりやすくなった」
「この私が鷹城さんのお役に立てた!」
白鳥の機嫌が一瞬で復活し、満面の笑み。
喜んだり、悲しんだり。
以前の『鉄壁の白鳥さん』の姿はもうどこにもない。
「それと橘主任も」
俺はジョッキを持ち上げる。
「投票前に放った一言、正直助かりました」
「別にあなたの味方をしたつもりはないんだけど?」
橘主任が肩をすくめ、続ける。
「ラップ口座って結局、『安心をいくらで売っているか』の話だと思っただけ」
「そこですよ。普通は『ラップ=運用』で終わっちゃいますが、あの切り口は鋭かった」
「それは鷹城くんの切り口が鋭かったから、理解できただけよ」
「でも最後に一言でまとめたのは橘主任じゃないですか」
「その土台を作ってくれたのは鷹城くんよ。さすがね」
そんな俺たちのやり取りに、軽井沢がニヤニヤしながら口を挟んできた。
「二人ともいつまで褒め合ってるんすか?」
「「はあ? 別に褒め合ってないけど」」
二人同時に否定すると、軽井沢が即座にツッコミ。
「息ぴったりじゃん!」
「「うるさい!」」
「ほらまた!」
ダメだ。余計に面白がられてる。
「ていうかお前、今日は一言もコメントしなかっただろ。自分を仕事をしろよ!」
「うっ……」
軽井沢を黙らせると、橘主任が突然妙なことを言い出した。
「そうだ鷹城くん、人事部に来ない?」
「え?」
「福利厚生担当で欲しいのよ」
「俺をですか?」
「そう。福利厚生って、保険や年金だけじゃないの。税制や資産形成、公的制度も含めて社員にしっかり説明できる人材が必要なの」
「でも俺、労務の知識なんてほとんどありませんし、さすがに人事部は……」
「そこは専門家が何人もいるし、チームで補っていければいいじゃない」
橘主任はさらに続ける。
「でも、お金の話をここまで分かりやすく説明できる人は貴重なのよ。今日のセミナーを見て確信したわ」
「買い被りすぎです」
「いいえ、本気よ」
さらりと言う。
だが、人事部のエースにそこまで言われると悪い気はしない。
「まあ、評価してもらえたのは嬉しいです」
「冗談抜きで、いつでも歓迎するわよ」
そう言って橘主任が微笑んだ。
だが真壁課長が大きなため息を吐くと、高坂さんも腕を組んで難しい顔をしている。
そして――白鳥の笑顔が、いつの間にか消えていた。
「…………?」
どうしたんだろ、この3人。
さっきまで楽しそうにしていたのに、気のせいかテーブルの空気が冷えきっていた。
だがそんな空気を読まず、
「今回は完敗でしたが、次は負けませんよ」
営業スマイルを崩さないまま、久我が俺にリベンジを宣言した。
「ていうか、会社の飲み会にどうしてお前がいるんだよ。銀行員は帰れ!」
「ですが、資産形成セミナーの打ち上げなら僕にも参加資格があるはず」
「いや、まあそうだけど……お前のメンタルちょっと鋼すぎない?」
「お褒めに預かり光栄です」
それでも営業スマイルを崩さない久我に、俺は心底恐怖した。
「そんなことより、白鳥さんのことを放っておいて平気なの?」
呆れ顔の真壁課長が大きなため息を吐く。
「放っておくって?」
「自分の恋人が目の前で他の女子社員と仲良くしてたら、誰だってこうなるわよ」
そう言って、不貞腐れる白鳥を指差した。
すると白鳥の顔がみるみる赤くなり、
「だから違います! 鷹城さんとはまだ付き合ってません!」
見事な即否定だった。
「「はぁぁぁ……」」
そして、真壁課長と高坂さんが二人同時に特大級のため息を吐いた。
ところが橘主任だけが、意外そうに目を瞬かせる。
「え、本当に付き合ってないの?」
「だから付き合ってませんって!」
「私てっきり、あなたのその態度は照れ隠しだと思っていて、二人は恋人同士だと……」
「違いますっ!」
即答。しかも食い気味。
「だっていつも一緒にいるし、二人の距離感は完全に恋人同士のそれだし」
「本当に違います! ただの先輩後輩です! 私は教わる立場なんです!」
「先輩後輩で言えば、経理部ではあなたの方が二年先輩なんだけど?」
「それはそうですけど……もうっ!」
必死に否定する白鳥と、なぜかモヤモヤする俺。
そして橘主任が、その一言を放った。
「ふーん。じゃあ私が鷹城くんを狙っちゃおうかな」
白鳥の肩がぴくりと震える。
「……は?」
冗談みたいな軽口なのに、白鳥から顔から全ての表情が消えた。
「そうか、白鳥さんは鷹城と付き合ってた訳じゃないんですね」
今度は久我が口を開く。
「なら僕も立候補しようかな」
「はああああ!?」
思わず声を出していた俺。
そして全員の視線が、俺と久我に集まる。
「湘南海岸の打ち上げで、女子社員の皆さんから言われたんです。二人はもう付き合ってるから邪魔しないであげてって。でも僕にもまだチャンスがあったわけですね」
「チャンスってお前、こんなNISA女を……」
「はい。何か都合が悪いことでも?」
「いや……別に……」
白鳥と久我が付き合う。
白鳥が誰と付き合おうと俺には関係ない。
──はずなのに、想像するだけで俺の胸は張り裂けそうだった。




