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NISA貧乏株式会社 ~元銀行員の俺。NISA貧乏の美人経理を金融知識で救ったら、妙に懐かれた~  作者: くまひこ


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第16話 開幕!老後マネー王決定戦

 会場は、異様な熱気に包まれていた。


 セミナーに参加した多くは、定年退職予定者を始めとする50代社員。


 それ以外にも、資産運用に興味のある者や『社食金融バトル』をいつも楽しんでいる野次馬も集まり、ちょうど100名で打ち切り。


 運よく参加できた社員たちが、会議室に並べられたパイプ椅子に隙間なく座っている。


「何でこんなに来るんだよ……ウチの会社って、もしかして暇なのか?」


 舞台袖から会場を覗いた俺は、この会社に転職したのが間違いだったんじゃないのか、本気で頭を抱えた。


 しかも、老後の資産形成セミナーなのに、あり得ないほどの熱気。


 まるで格闘技のリングサイドか、あるいはアイドルの握手会だ。


「大丈夫かよ、この会社……」



 そんな会場正面には大型スクリーン。


 その左右に演台が二つ。まるで討論番組。


 舞台右側のひな壇には、白鳥、軽井沢、高坂さん、真壁課長の四人が座っており、もはや情報バラエティ番組かM−1だ。


「鷹城さん、頑張ってください!」


 舞台のそでに俺が待機しているのを見つけた白鳥が、応援を飛ばしてくる。


「コメンテーターは中立だからな」


「数字で久我をぶん殴るっす、鷹城さん!」


「いや、俺そんなキャラじゃねえし」


「あんたたち二人とも、変な商品を紹介したら承知しないからね」


 高坂さんが腕を組んで臨戦態勢。私は騙されないよオーラが半端ない。


「二人ともって……銀行なのに全然信用されてないんだな、久我のやつ」


 反対側の舞台の袖で控える久我を見ると、思わず苦笑いがこぼれた。


 そんな中、真壁課長だけが静かに台本を確認している。


「これでも結構勉強したし、個人投資家目線での論点整理は私に任せて」


「……真壁課長だけ、普通に資産形成セミナーのテンションですね」





 その時、前方スポットライトが点灯し、ざわついていた会場が一瞬静まる。


 そして壇上に現れたのは、黒髪ショートカットの司会者――橘主任だった。


「人事部のエース、橘主任!」


「今日も凛々しくお美しい……」


 客席のチャラ男たちが盛り上がるが、橘主任はそれを華麗にスルーした。


「皆さま、本日は資産形成セミナーにお集まりいただきありがとうございます」


 よく通る声が大会議室に響く。


「これより特別企画『100人が選ぶ!老後マネー王決定戦』を開催します」


 わあっと拍手が起こる。


「マジでこのタイトルでやるのか。クイズ王決定戦かよ」


「まずはルール説明です」


 俺のツッコミも華麗にスルーされて、スクリーンにはルールが表示される。


【参加者、各1票】

【多数決方式】

【全3戦、先に2勝した方が優勝】


「「「わあああああ!」」」


 初めて見たよ。老後の資産形成セミナーで大歓声が上がる光景を……。


「社員の皆さまが定年退職後に直面する様々な課題をテーマに、より良い選択を行えるための一助になればと企画いたしました」


 さすがは人事部。建前だけは完璧だ。


「そして第一回戦のテーマがこちら」


 スクリーンが切り替わる。


【豊かな老後のために、俺が考えた最強の投資商品】


 このどこか中二臭のする今日のテーマに、だが会場の空気が一変する。


 定年間近の社員たちが身を乗り出すが、その表情は真剣そのもの。


 年金。


 退職金。


 再雇用やパート・アルバイト。


 老後の不安は尽きないのだ。


「では、選手入場です」


 俺は深く深呼吸し、舞台袖から中央へ歩き出した。


 反対側から、久我も姿を現す。


 いつもの営業スマイル。


 だが、その目は笑っていない。


 ……こいつも本気だ。


 100人の視線が俺たちに突き刺さる。


 そして橘主任が、高らかに宣言した。


「では第一回戦――スタート!」



         ◇



 最初に口火を切ったのは、久我だった。


 スクリーンに映し出されたのは、リテール営業の王道プレゼン。


『退職金2000万円。あなたならどう守り、どう使う』


 壇上の久我は、銀行のパンフレットから抜け出てきたような完璧な銀行員だった。


 柔らかな笑顔。


 落ち着いた声。


 相手に安心を与える、営業に最適化された話し方。


「人生100年時代。老後最大のリスクは『長生き』だと言っても過言ではありません」


 会場が静まり返る。


「昨今はインフレ、預金だけで資産は守れません。確実に目減りしていきます」


 長生きリスク。インフレ。預金だけでは全然足りない。


 まずは不安を言語化する。


 そしてその不安に『解決策』を提示する。


 安心を売るのがエース営業の基本戦術。


「そこで重要になるのが、『老後のお金をどう管理するか』です」


 スクリーンが切り替わる。


【プロに任せる安心】


「一番シンプルな答えはプロに任せること」


 久我が穏やかに微笑む。


「インフレに負けない資産運用。市場分析、資産配分、リバランス。そういったお金の諸々すべてをプロが代行します」


「それを実現するのが――ラップ口座です」


 ……来たな。王道中の王道。


「お客様と相談し、老後の暮らしを設計する。銀行がお客様専属の資産管理役としてサポートします」


「あなただけのプライベートバンク。それがラップ口座です」


「おお……!」


 会場から感嘆の声が漏れる。


 刺さった。普通に強い。


「老後に自分で株価チャートを眺めるつもりですか?」


「旅行を楽しむ。孫と過ごす。趣味に時間を使う。そして運用はプロに任せる」


「それが、豊かな老後の一つの形です」


 久我の説明に、参加者が関心を示す。


「これはいいな……」


「プロに任せれば安心だ」


 会場の空気が少しずつ久我へ傾いていく。


 さすがだ。安心を売るのがやはり上手い。


「そして、老後世代に人気なのが――毎月分配型投資信託です」


 来た。真打登場。


「質問いい?」


 ここでひな壇から真壁課長の質問が飛ぶ。


「毎月分配型って、運用益だけじゃなくて元本を取り崩して分配することもあるんでしょ? そんなことすると残高がどんどん減っていくんじゃないの?」


 それに久我が即座に応じる。


「老後は資産形成期ではありません。取り崩し期です」


「取り崩し期?」


「真壁課長のような現役世代は増やすことが目的。ですが老後は違う。退職金や資産を少しずつ使いながら、管理していく段階です」


 誤魔化さずにそっちから攻めるか。


「毎月分配型は、毎月定期的に分配金を受け取れる可能性がありますので、年金の不足分に充てる。生活費の補填に使う。あるいは、ちょっとしたお小遣いにする。そうしたお客様のニーズととても相性がいい」


「でも、それって資産を削ってるだけじゃないの?」


 真壁課長が鋭く突っ込む。


 だが久我は崩れない。


「ご質問に頂いたように、相場によっては運用原資を取り崩すこともありますが、高齢者の多くの方は、退職金を少しずつ取り崩す前提で老後設計されています」


「つまり毎月分配型は――運用しながら計画的に取り崩す商品でもあるわけです」


「なるほど……」


 会場から納得の声が漏れる。


 上手い。


 この商品の問題点を、ニーズ側の言葉に置き換えやがった。


「このように、現役時代と老後ではお金の管理の仕方が大きく変わります。ただ増やすだけでなく上手く取り崩す。そう言ったお金の相談ができるのも、最初にご説明したラップ口座のメリットです」


 まだ来るのか。


「年金、相続、介護資金、贈与――老後は、お金の悩みが次々と出てきます。そんな時に、相談できる窓口がある。あなた専用の担当者がいる。プロに気軽に聞ける。それ自体が、老後の安心に繋がると考えています」


 ……徹底的に押し込んで来やがる。


 会場の空気が、じわじわ久我側へ寄っていくのが分かる。




 その時だった。


 会場最後列に、とある人物が目に入る。


「……鬼塚……なのか」


 二度と見たくない顔がそこにあった。


 俺の敗北を見届けに来たのか、腕を組み、酷薄な笑みを浮かべている。


「久我……お前」


 久我に視線を送るが、俺のことは完全に無視して説明を続けた。



        ◇



 久我のプレゼンが終わると、会場の空気は完全に銀行側になっていた。


 次は俺の番だ。


 一呼吸置く。そして、


「今の提案、悪いものではありません」


 会場がざわつき、鬼塚部長が意外そうに眉を動かした。


「ただし――」


 スクリーンが切り替わる。


『手数料1.5%~2%』


「コストの話が、完全に抜け落ちています」


 ざわ……。


 会場の空気が変わった。


「この2%。数字だけ見ると小さく感じられるでしょうが、円に直すと話は別です」


 俺は次のスライドを映し出す。


【退職金2000万円】


「仮にこの退職金2000万円すべてをラップ口座で運用したとします」


「株、債券、REITを組み合わせたバランス運用なら、年4%程度の期待リターンを見込むケースが多い」


 俺の説明に、高坂さんが即座に反応する。


「期待リターンって、預金の利息みたいなものかい?」


「似ていますが、預金と違って確実な保証はありません。過去の平均がそうだったから、今後それぐらい期待できるという意味です」


「つまり、損をする可能性もあるわけね」


「あります」


 さすがは預金派。損する可能性に極めて敏感だ。




「では、ここからはシミュレートです」


 スクリーンに数字が並ぶ。


【年4%・運用期間20年】


「65歳から85歳まで20年間運用した場合、2000万円は約4400万円になります」


「そんなに!?」


 高坂さんが声を上げ、会場もどよめく


「ちなみに年利1%の定期預金なら約2400万円。たった3%の差で2000万円近い開きになります」


「どうしてそんなに差が……」


 これはまだ序章。本番はここからだ。


「ただし老後は資産形成期ではありません。久我が言ったように取り崩し期です」


 ざわざわざわ………。


「ここから毎年100万円ずつ取り崩していくと、どうなるか」


 次のスライド。


【毎年100万円取り崩す場合】


「定期預金なら85歳時点で約240万円残ります」


「一方、ラップ口座の場合は約1400万円」


 会場がざわつく。


「うそ……だろ」


「毎年100万取り崩しても、まだ半分以上も残ってる」


 普通は……そう思うよな。


 だが、本題はここから。


「さて」


 俺は次のスライドを表示する。


「ここから手数料2%を差し引くと……」


「「「えっ、手数料?」」」


「ラップ口座の手数料は、残高に対して毎年発生します」


「初年度なら2000万円の2%=40万円」


「40万円!?」


 高坂さんが悲鳴を上げる。


「これを20年間払い続けると、85歳時点の残高は約550万円になります」


 会場が静まり返った。


「……え?」


「ちょっと待って」


「さっきは1400万って……」


「はい。手数料で消えます」


 俺は淡々と告げる。


「せっかく増えた大半を、銀行が手数料として持っていくのです」


「何てことなの!」


 高坂さんがブチ切れるが、話はまだ終わらない。


「さらに恐ろしいことに」


 スクリーンが切り替わる。


『毎月分配型:信託報酬1.5%』


 会場がざわつく。


「先ほど久我が紹介した毎月分配型ですが、こちらにもコストがあります」


「まさか……」


「ラップ口座2%+投信1.5%」


「合計3.5%」


 息を呑む音。


「期待リターン4%から3.5%引いたら、実質残るのは0.5%です」


「その結果――」


 最後のスライド。


【85歳時点:残高 約110万円】


 会場が完全に凍りついた。


「……嘘でしょ」


「定期預金より少ない……?」


「はい」


「しかも重要なのは――」


 俺は会場を見渡す。


「運用益は相場次第。得する年も、損する年もある」


「でも、手数料は違う。確実に取られます」


 ゴクリッ……


「相場が悪くても取られる。資産が減っていても取られる」


「だから、想像以上の速さで老後資金が削られていく可能性がある」


「酷い……」


 高坂さんが呟く。


「銀行って、庶民を食い物にしてるの……?」


 会場の視線が、一斉に久我へ向かった。


 後方席では、鬼塚部長の表情が歪む。


 それでも久我の営業スマイルは崩れない。むしろ――少しだけ口角が上がった。




「鷹城のシミュレーション、数学的には正しいかもしれません」


 会場がざわつく。


 「ただし」


 久我が、静かにマイクを握り直した。


「その前提が極端であり恣意的。そしてある事実を無視しています」


 ……来る!


 銀行トップ営業の、本気の反論が!

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