第14話 市場は恋を織り込み中
午前は自由時間。
軽井沢たちと合流した俺は、白鳥たち女子社員と一緒に海で遊ぶ。
久しぶりの海だが、こうしていると少しだけ学生時代に戻った気分になる。
女性陣はみんな今風の水着。
とはいえ、そこは社会人だ。
誰一人として攻めたデザインはいない。全員、無難にまとめている。
「……黒の水着にしなくて正解だったな」
俺はホッと胸をなで下ろすが、その独り言を軽井沢に聞かれてしまう。
「黒の水着ってまさか、白鳥ちゃんと水着選びデート!?」
「ギクッ! ……ち、違う、あれはただの市場調査。な、なあ白鳥!」
慌てて否定した俺だったが、日焼け止めを塗り直していた白鳥が顔を上げる。
「はい。あれは間違いなく市場調査でした」
即答だった。
「安くない買い物でしたので、客観的評価をいただくために同行してもらいました」
「ほらな!」
俺はすかさず畳みかける。
「白鳥はまだ金の使い方に慣れてないし、元銀行員の俺が面倒見てやらないと危なっかしくて仕方がない」
だが全員そろって、深いため息をついた。
「……マジでお似合いだよ、二人とも」
その後は海で泳ぎ、ビーチで寝転び、アイスを食べる。
実に平和な休日だった。
白鳥も、あの日買った完全防備セットのおかげで快適そうである。
「鷹城さんのおかげで完璧です!」
白鳥が小さくガッツポーズを決める。
「それより、もう一人でうろつくなよ。さっきみたいにナンパされたら面倒だから」
「分かりました」
白鳥は素直にうなずいた。
「今後は、鷹城さんから絶対に離れません」
そう言って、ぺこりと頭を下げる。
「あんなチャラい連中に連れて行かれたら、何されるか分からないぞ」
「ええ。せっかく貯めたお金をカツアゲされたら、たまりませんから」
「いや、カツアゲじゃないから。アイツらの目的はお金じゃないから」
「お金じゃないなら問題ないのでは?」
白鳥が不思議そうに首をかしげる。
……ダメだコイツ。
お金が減る話には敏感なのに、そっち関係が鈍感すぎる。
俺が頭を抱えると、軽井沢が肩をポンと叩いた。
「鷹城さん、もう責任を取ってあげた方がいいっすよ」
「何の責任?」
「そうです。何の責任ですか?」
ナンパ野郎の話なのに、なぜか俺が責任を取らされる話になり、意味が分からず首を傾げると今度は軽井沢が頭を抱えだした。
「……もう勘弁してください。お似合いすぎて砂糖吐きそう」
「「え……? 砂糖って吐けるの?」」
俺と白鳥は、思わず顔を見合わせた。
◇
みんなでBBQを楽しんだ後は、いよいよレクリエーション企画。
ビーチバレー大会である。
各部から1チーム参加。優勝チームにはギフト券が出るらしい。
「優勝予想を発表するぞ!」
軽井沢が、どこから持ってきたのかホワイトボードを砂浜に引っ張り出した。
「現在のオッズはこちら!」
営業部チーム 1.8倍
システム部チーム 4.5倍
総務部チーム 6.8倍
「会社イベントで賭けるな!」
俺のツッコミも虚しく、すでに資本主義の戦いが始まっている。
ちなみに、この勝敗で飲み会の傾斜配分が決まるらしい。
その時、人事部長がパンパンと手を叩く。
「経理部からはエントリーがなかったので、こちらで指名します」
「エントリーが……なかった?」
他チームを見ると、営業部は活きのいい若手社員二人組。
システム部の二人は、準備運動がガチ。
総務部は女性チームだが、明らかにスポーツ経験者の動き。
対して経理部は元々女子比率が高めの職場であり、20代の男子は俺しかいない。
ものすごく嫌な予感がする。
「鷹城くん、白鳥さんペア!」
「……は?」
一瞬、思考が止まった。
「ちょっと待ってください!」
俺と白鳥じゃ勝てる気がしない。俺もそうだが、白鳥は正真正銘のインドア派。
スポーツとは無縁のNISA貧乏なのだ。
「人事部長。この人選はさすがに――」
「経理部のみんなからの推薦だし、特に問題はないだろう」
「……え?」
振り返ると、経理部の女子たちがみんなほくそ笑んでおり、経理部長に至っては満面の笑みで親指を立てている。
……やられた。
経理部は端から優勝を狙っておらず、俺たちを生贄にしたんだ。
「はあ………仕方ない。出るか」
「はい!」
白鳥が元気よく返事をする。
「私、ビーチバレーは初めてですが、勝てるように頑張ります!」
その前向きさは偉い。
偉いんだが――俺の胃が、もう頑張れそうにない。
そして試合開始間もなく、俺の予感は的中する。このチーム編成には致命的な問題があったのだ。
「白鳥! 来るぞ!」
「はいっ!」
ふわりとボールが飛んでくる。
白鳥、気合十分。
そして――空振りした。
「え?」
ぽとり。
「…………」
「…………」
白鳥がゆっくりこちらを見る。
「指値失敗です。欲をかきすぎて買えませんでした。現在、株価上昇中」
「マジかよお前……球技、下手すぎだろ」
「でも簿記は得意です」
「経理部だから当たり前!」
第二球。
白鳥、今度こそ本気。
「えいっ! ……当たった!」
たしかに当たった。
だがボールは明後日の方向へ飛び――後方の軽井沢の顔面に直撃した。
「ぶべっ!」
「ナイスシュート!」
「ビーチバレーだよ!」
営業部のコントに、ビーチが大爆笑。
一方の白鳥は、今のプレーを真顔で分析。
「なるほどこのボール、少しボラティリティが高いですね」
「ボラティリティが高いのは、お前のコントロールだからな!」
――その時だった。
「きゃっ!」
砂に足を取られ、白鳥の身体がぐらつく。
「白鳥っ!!」
反射的に腕を伸ばし、彼女の肩を支えた。
「大丈夫か――!」
「はい……」
あれ? 近い。
白鳥の顔が、ほんの数センチ先に。
そして一瞬のはずなのに、妙に時間がゆっくりと流れる。
「すみません……」
「き、気にすんな。それで怪我は?」
彼女の全身を急いでチェックすると、足首が少し赤くなっていた。
「誰か救急箱! 白鳥が怪我をした!」
数人が慌てて走り出すが、当の本人は平然としている。
「大丈夫ですよ。血も出てませんし」
「ダメだ! 今すぐ消毒しよう! もし化膿したり傷跡が残ったらどうする!」
思わず声が大きくなる。
「ですが……」
「リスクの芽は徹底的に潰す! それが銀行員のやり方だ!」
「……なるほど!」
白鳥が真顔でうなずく。
「不確実性の時代に余計なリスクを抱え込むのは危険。さすがは鷹城さんです!」
「分かってるじゃないか!」
「では鷹城さんの提案を採用して、私たちは棄権しましょう!」
「当然だ! ビーチバレーの勝敗より白鳥の身体の方が大事!」
経理部には申し訳ないが、白鳥には代えられない。みんな悔しいだろうが……あれ?
謝ろうと振り返ると、経理部一同、なぜか生暖かい笑顔をしていた。
こいつら、悔しくないのか?
(過保護すぎでしょ、鷹城くん……)
(あれもう完全に付き合ってるよね?)
(ねえねえ、公式発表まだァ?)
一方、営業部は分かりやすく盛り上がっていた。俺というライバルの脱落がよほど嬉しいらしい。
「今の見たか!」
「守りに入る速度、秒速レベルだったぞ!」
「どんだけ好きなんだよ!」
少し離れた場所では、真壁課長がスポドリ片手に試合を総括していた。
「少子高齢化対策……テーマ株ね!」
未公開株とかテーマ株とか、何を言ってるんだあの人?
そんな空気の中、久我だけが爽やかな笑顔でこちらへ歩いてくる。
「さすがだな、鷹城」
「何がだよ、久我」
「銀行を辞めても、リスク管理を怠らない。さすがは僕の元ライバルだ」
その瞬間、みんなの頭上に巨大な『?』が浮かんだ。
「リスク管理は、銀行員じゃなくても当たり前のことだろ?」
俺の言葉に、白鳥も即座にうなずく。
「その通りです鷹城さん。私たち商社マンも余計なリスクは徹底的に潰すべきです!」
「どちらかというと俺たち経理マンだが?」
「その姿勢、僕も見習わないとね」
「勝手にしろ久我。行くぞ、白鳥」
「はいっ!」
「「「…………」」」
そんな当たり前の会話を、なぜか社員たちは唖然と見ている。
そして軽井沢がポツリと一言。
「銀行員って、みんなバカなの?」
真壁課長までドン引き。
「久我くんも、まさかの同類だったなんて」
だが当の久我は、爽やかな営業スマイルのまま首をかしげる。
「同類って、僕と誰が……?」
そしてビーチは盛大なため息に包まれた。
「「「はあぁぁぁ……ダメだこりゃ」」」
◇
夕方。
湘南の海は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。
オレンジ色の夕陽が海に溶け、波音だけが静かに聞こえてくる。
レクリエーションも終了。
片付けを終えた参加者たちは、帰り支度を急いでいた。
営業部はまだ元気に騒いでいるが、準備を終えた俺たちは先に帰ることにした。
潮風の帰り道。
ペットボトルのスポドリを持った白鳥が、小さく息をついた。
「……今日は楽しかったですね」
国道134号線の歩道。
俺は海を眺めながら彼女に答えた。
「まあ、楽しかったな」
「ビーチバレーは残念でしたね」
「白鳥が軽症でよかったよ」
「鷹城さんが迅速に手当てしてくれたので」
白鳥が小さく笑う。
遠くから、営業部のアホみたいな笑い声が聞こえてきた。
「……そういえば」
「ん?」
「水着の市場評価をまだ頂いてませんが」
「あれ? 朝、言わなかったっけ?」
「終値ベースでお願いします」
「…………」
顔が熱くなる。
だが白鳥は真顔だ。
本気で聞いている。
逃げ道がない。
数秒黙り込んだ末、俺は観念した。
「……似合ってた」
「…………」
白鳥、停止。
みるみる顔が赤くなる。
……何だよその反応。
お前が聞いたんだろ。
だが数秒後。
壊れたロボットみたいに再起動した。
「……もう少し定量的に。できれば数字で」
「数字で言うのかよ!」
「な、何点でしたか?」
「恥ずかしくて、そんなの言えるか!」
執拗に追撃してくる。
……こっちはもう限界なんだが!?
「は、八じゅ――」
「100点満点ですよ、白鳥さん」
突然、背後から爽やかな声が飛んできた。
「久我……お前」
「100点満点! ストップ高ですね!」
今日初めて覚えた単語を、白鳥が得意げに使う。
そして久我も営業スマイルでうなずく。
「はい。極めて堅調です」
――ズキリ。
胸の奥が、わずかに痛んだ。
(この気持ちはまさか……いや断じて違う! なんで俺がこんなNISA女に……)
「おーい! 鷹城さんと白鳥ちゃん!」
そこへ軽井沢が割り込んできた。
「軽井沢?」
「今から営業部の打ち上げ! 二人も強制参加!」
「え……なんで俺たちが」
「いいから。白鳥ちゃんも来るだろ?」
「え? 鷹城さんが行くなら……」
「よし決まり!」
軽井沢が俺たちの背中を強引に押す。
そのまま営業部の連中に囲まれ、半ば強引に連行されてしまった。
一方、取り残された久我は、即座に女子社員たちに包囲される。どうやら別口の打ち上げに連行されるらしい。
そして彼女たちか、こちらに向かって手を振った。
「ここは私たちが何とかするから〜!」
「二人とも末永くお幸せに〜!」
……何言ってんだ、あいつら?
「これから久我さんと飲みに行くみたいですね。みんな元気だなあ」
「俺たちも大概だけど」
白鳥が無邪気に笑うが、彼女たちの会話を聞いて首を傾げる。
「でも、あれどういう意味でしょうか?」
「あれって?」
「ほらみんな、久我さんを取り囲んで『私もリスク管理して』ってお願いしてますけど」
「…………」
「しかも目をハートにして」
「リスク管理? ……あっ!」
思わず声が漏れた。
「何か分かりましたか?」
「……い、いや全然分からん! なんにも分からん!」
「怪しいですね……」
「とにかく急ぐぞ!」
俺は白鳥の肩を軽く押し、駅へ向かう。
そんな俺たちの背後から聞こえる営業部の笑い声が、やたらと楽しそうだった。




