贈る相手のいない煙管
店を閉めた後。ラムがいつものように一息ついていると、今夜も寝付けないハイリーがホールにやってきた。
初めて見るラムの冴えない表情に、体調が悪いのだと気づく。
「またここで寝るつもり?こんなところで寝るから疲れが取れないんじゃない?」
そう言いながら、どこかに風邪薬はないかと周りを見回してみるが、どこにあるのか全く見当もつかない。
「…薬ならねぇよ」
「あなたが倒れたら誰がシュエガオの面倒見るの」
「てめぇ一人ならどうにでもなるが、子供一人抱えているとそうも言ってらんねぇな。それで?お前は行くところは見つかったのか?」
「その呼び方、やめてくれる?」
ムッとするも、ラムの質問に答えないハイリー。
「…そうだな、お前、煙管持ってたよな?」
再度のラムのお前呼ばわりに、ハイリーは鋭い視線を向けつつ、スカートのポケットに入っている煙管を取り出して見せた。
「これが何か?」
「俺が預かっておく」
「それは…!」
ラムに煙管を取り上げられ、ハイリーは慌てて身を乗り出す。しかし、この家に置いてもらっている手前、取返すために動いた手が止まった。
煙管がラムの胸ポケットに収まるのを複雑な心境で見守った。
実は、ラムもハイリーがこれを大事にしていることは薄々わかっていた。
「何も盗もうってんじゃない。ここを出る時になったらちゃんと返してやるさ」
そう言われたハイリーだったが、あれを贈りたい人はもうこの世にはいない。それはすでに理解していた。とはいえ、ハイリーは煙管は吸わない。つい反射的に体が動いてしまったものの、取り戻したところで煙管の行き場がないことに気づき、押し黙ってしまった。
少しの沈黙の後、ラムはおもむろに立ち上がると店の裏口を開け、外に出るよう促した。
外には相変わらず、ちらつく蛍光灯に照らされた薄暗い通路が見える。人通りがないことが唯一、現在の時間が深夜だと気づかせてくれる。
「こんな時間にどこへ…?」
「電影中心。映画、見に行くか」
脈絡のないラムの行動に、ハイリーは文句の一つも言ってやろうと思った。
が、思い当たる言葉が見つからない。
思えばラムはハイリーの素性について未だに何も聞いてこない。ハイリー自身、自分に起きていることがまだ受け入れられず、とてもじゃないが誰かに打ち明ける心境にもなれず、過去を聞かれないのは有難かった。
これでさっきまでのもやもやした気持ちを帳消しとして、今夜は素直に映画の誘いに乗ることにするハイリーだった。




