謎めいた男
「これ、とても便利ね」
ハイリーはとても感心していた。
ハイリーのいう、これ、とは強弱が3段階から選べて、自動で風を送ってくれる青い3枚羽根のついた扇風機の事。窓があっても風が通らないこの場所ではとても重宝する。
夕方のこの時間、ようやくラムは眠りにつく。
ハイリーがここへ現れる前、シュエガオは仕方なくラムに付き添い寝をするか、一人で、もしくは近隣の子達と遊んだりしていたが、いつも遊べるとは限らない。今はハイリーがいるため、常に話し相手がいることがとても嬉しかった。
扇風機に当たりながら台所で小腹を満たしていたが、この暑さにある食べ物が思い浮かぶ。
「かき氷食べに行こうよ」
こうして、二人は屋台街へ出かけることにした。
屋台街といっても日用品や小物などのちょっとした雑貨を売っている露店もあり、ハイリーにとってはどれもこれも新鮮な風景だった。
食べ物の匂いがあちこちで混ざり合い、路地を進む度に匂いが変化する。
そして、炒めるフライパンの音や、使い古した油の匂い、出来立ての料理から立ち上る熱々の湯気、足底に纏わりつく不快な感触…。路地はとても賑わっていた。
シュエガオはかき氷屋を探して右に左に視線を動かす。
「おかしいなぁ、いつもこの辺にかき氷屋あるのに」
ハイリーは自分の好奇心を一旦抑え、一緒にかき氷屋を探す。
前から歩いてくる人の流れをかわしながら、たくさんのメニュー看板に隠れた露店を一つ一つ確認していく。
イカの鉄板焼き、ネギの焼き餅、砂肝の五香紛炒めに、羊の串焼き、豚皮丼ぶり…。現代でも食べ続けられている料理に納得する一方で、初めて見る料理に感心しながら歩いていると、とある露店の後ろに伸びた薄暗い路地裏が目に入った。
正確にはその路地裏で店を広げている人物に。小太りで、分厚い眼鏡のようなもの(ゴーグルのこと)を掛けた、ちょっと変わった格好をした男性がいた。
あんな奥まった路地裏で店を広げて客の目に留まるのだろうか、と、ハイリーはどこか謎めいたその男がやけに気になった。
「あっちにあった!」
シュエガオはハイリーの手を引っ張り、屋台街のさらに奥に向かった。
露店は大抵いつも決まった場所で店を開くのだが、今日のかき氷屋は準備が遅れたため到着した時点で空いていたこの場所で開くことにしたのだという。
シュエガオはカラフルな寒天やフルーツを乗せたココナツ味のかき氷を、ハイリーは小豆や亀ゼリーを乗せた薬膳風のかき氷を注文し、路地裏で体を冷やす。
「ハイリー、なんだかおばあちゃんみたい」
あながち間違っていないシュエガオの一言に、ハイリーはドキリとした。自分が清朝の時代の人間だということはまだ誰にも言っていない。
そう思ったところでハッとした。
かき氷がハイリーの手から滑り落ちる。
ハイリーがここ、つまりラムの店の裏で気が付く直前までは、確かに清朝の上海にいた。そして、あの人を亡くした悲しみで行く当てもなくさまよっているとき、誰かとすれ違いざまにぶつかった。その時のその人物―――先ほど路地裏で見かけた、あの謎めいた小太りのゴーグル男と姿格好がやけに似ていたことを思い出す。
今までおぼろげだった記憶が一瞬にして鮮明になる。
なぜ、清朝にいたはずのあの男もここにいるのか。
なぜ、ハイリーが清朝から現代へ来てしまったのか。
あの人物なら何か知っているかもしれない、そう思いハイリーはあの人物を見かけた路地裏へと駆け出した。
ところが、見かけてからそう長い時間が経っていないにも関わらず、結局どこの裏路地を探してもあの男の姿を見つけることはできなかった。




