ロウの特技と秘密3
と、しばらく沈黙が続いていたその時。
ガシャガシャガシャ――—。
突然、何者かが蛇腹シャッターを外から叩く音が響いた。
その場にいる全員が一斉に音の鳴る方へ視線を向ける。
「…ロウ、お前、まさか詐欺の事でまだ”赤豹”に狙われてるってことは……ないだろうな?」
まさかそんなことはないだろうとは思いつつも、話の流れからフージエは確かめずにはいられず、声を震わせながら尋ねる。
「……それはない。絶対だ」
それまでずっと口を噤んでいたロウはどういう根拠なのか、しかし、はっきりと一言そう答えた。
ガシャガシャ!
バンバンバンッ――—!
蛇腹シャッターは依然としてガシャガシャと音を立て、次第にその音は激しくなる。
シュエガオも異様な空気を察したのか一人遊びをやめて、いつのまにかラムの傍へと身を寄せていた。
皆は目を合わせて息を飲み、相手の様子を伺う。
すると。
「ねえ!いないの!誰かいるんでしょ?早く開けないとシャッター壊すよ!!荷物重いんだから~!!」
シャッターを派手に叩く音とともに聞こえてきたのは女の声――—デイジーだった。
◇
実は、デイジーも昨日のうちからラムたちと酒盛りをしようと密かに計画していたのだが、特にラムたちと約束は交わさず、長い時間一緒に居ればなんとやらで、声を掛けなくともどうせみんなここに集まるだろうと予想がついていた。
実際デイジーの予想通りとなり、そして彼女自身も今ちょうどラムの店へとやってきたところだった。
「お前、うちのシャッター壊す気かよ、派手に蹴飛ばしやがって!」
ラムはやれやれとため息をつきながら再びシャッターを開けると、その隙間から、ずい、と大きなビニール袋を持った片手が現れた。ラムはそれを受け取ると、続いて不機嫌そうなデイジーが姿を現す。
その姿を見て、ようやくフージエたちもほっと一安心した。
特にロウは話題が自分から逸れたこともあり、心の底からほっとしていた。
というのもラムの推察はかなり鋭く、答えとしてはラムの予想通り”赤豹”に殴られ、あざができていたからだ。
その原因としては詐欺の件とはまったく関係ない個人的なもの。とはいえ、面倒な相手に変わりはなく、万が一喧嘩に発展してまったらラムにバレてしまう、という気の短い自分への不信感と今度こそラムに見放されるという不安から何が何でも話すわけにはいかなかった。
しかし、いつまた詰問されるかは時間の問題だろう、とロウは心の片隅で一応覚悟はしていた。
「まだ食べれるでしょ?いろいろ買ってきたから広げてよ。シュエガオにはスイカ買ってきたよ」
デイジーはツカツカと皆が囲んでいるテーブルまで行くと、手に下げたつまみや酒、菓子が入ったビニール袋をテーブルに、どか、と置いた。
すると荷物が当たってつまみ皿をひっくり返し、酒の入ったグラスを倒し、テーブル上が一瞬でめちゃくちゃになった。
全員一斉にテーブルの端から酒が滴り落ちる前に、慌てて椅子から立ち上がった。
「おい!なんで荷物をわざわざここに置くんだよ!」
「テーブルなんて向こうにいくらでもあるだろ、アホか!」
フージエたちは口々に文句を言う。すると、勝気なデイジーも負けじと文句を言い返す。
「アホとは何よ!この荷物の量を見ればわかるでしょ!なのにさっさと場所を空けないあんたたちが気が利かないのが悪いんじゃない!そもそもねぇ、フーが先に来てるならうちに荷物を取りに―—―」
まったくもって本来のデイジーはステージ上のデイジーとは別人格なのだと、ハイリーはあらためて認識した。それでも、こんな雰囲気に心を和ませながら、こぼれた酒を拭くための布巾を取りにカウンターへ向かう。
今まで将来に希望を持てたことなどなかっただけに、自分にも”楽しい”と思えるひと時があることが妙におかしく、そして、初めて自分の居場所を見つけたような心地よさを覚えていた。
楽しそうなラムの表情に、自然とあの人の影が重なり、あの時代に出会っていなかったらよかったのに、否、あの人もこの時代にいたらよかったのに、とさえ願いたくなってしまう。
「ちょっと、音楽も掛けてないの?男だけでむさ苦しい!ほらほら、せっかく集まってるんだから盛り上がらないと」
デイジーはまたヒステリー気味に、一人文句を言いながらステージ横にあるレコードを掛けた。
流れてきたのはムードのある、いかにも大人のバーというようなジャズ。
いつもの生演奏とは違うけれど、普段聴かせる側なだけに、たまにはこうしてゆっくりと曲に耳を傾け、仕事の疲れを癒すのにとても適した選曲だと思えた。
と、ロウも何かを取りに来たのか、すでにハイリーがいるカウンターへやってきた。
「俺が拭いとくからデイジーの皿とか持ってきて」
「ええ、わかったわ」
ハイリーは準備した数枚の布巾をロウに手渡そうとした―—―そのとき。ハイリーはふと、さっきの件が気になった。
店内には曲が流れていたが、念のため小声でロウに耳打ちする。
「ねえ、さっきサングラスを外さなかったのって、まさか本当に殴られたの?」
ロウはその言葉に一瞬目を見開き、そして、舌を出していたずらっぽくサングラスを少しずらしてみせた。
左目の周囲が青く変色し、あざになっているのが見てすぐに分かった。
「どうせバレると思うけど、ラムには内緒な?」
「それはいいけど…」
「言っとくけど、今回俺は手は出してねぇからな」
ハイリーはため息を吐いた。時々ラムがロウに手を焼いている姿を見かけ、なんとなくその理由を理解できた気がした。
「なぁ、ついでにちょっと聞きたいんだけど、ハイリーってさぁ…」
「ええ。私が何かしら?」
「いや、俺の勘違いならいいんだが…」
ロウはなにやらもったいぶったように、言葉を濁す。
そしてカウンターに肘をついて真剣な表情でハイリーをまっすぐ見据え、次の言葉を言おうか言うまいかまだ迷っているのだった。
やけにロウの焦らすような言い回しに、ハイリーは眉根を寄せ首を傾げる。
「なあに?私がどうかしたのかしら」
「……前から思ってたんだが、視えるヤツか?」
焦らした挙句、出てきたセリフは要領を得ない問い。
全く理解できなかったハイリーは、一瞬遅れて、え?と聞き返す言葉しか出なかった。
「最近、何か変なもの見なかったか?」
ロウの問いに、忘れかけていた記憶が蘇る。
そう、ハイリーがまさにラムに尋ねようとしてすっかり忘れてしまっていた、あの疑問———何か得体の知れない、とてつもない大きなものが、店の裏をうねって通り過ぎて行ったあの一件である。
「…ええ、見たわ。あなたも見たの?あれは一体なんなの?」
ハイリーは探していた答えを期待し、昨日見たものをそのままロウに伝える。
ところが。
「いや、俺は見てない」
「見てない?じゃあ、どうしてそんな質問を?」
「俺だって見れるものなら見たかったさ。俺は見てないからそれが何なのかは知らねぇが……聞いた感じだとおそらく龍脈じゃねぇかと思う。このクーロンに龍脈が走ってるって噂だからな。すげえ幸運だぞ、龍脈に遭遇したなんて。だがな、それは誰にも言うな」
「どういうこと?」
「俺は風水が少しだけどわかるんだよ。ハイリーがここに来た時から、かなり変わった気を持ったヤツだなと思っててよ、だから、ハイリーも視えるヤツじゃねぇかと思ったんだ。それでだな」
ロウはこっからが本番だ、というその時にデイジーが自分の皿とグラスがないから、早く持ってこいと騒ぎ出し、カウンターの二人の名を呼んだ。
ロウは、じと、とわざとらしくデイジーに視線を向ける。
「いいか、とにかく視えることは絶対誰にも言うな。”赤豹”が龍脈を探してるんだ」
ロウは早口で再び念を押すと困惑しているハイリーをそのままに、デイジーに文句を言いながらテーブルへと戻っていった。




