ロウの特技と秘密1
祭礼の日から一夜明け、路地の脇に放置された「ゴミ」や汚物がクーロンにいつもの不穏で陰気な空間を呼び戻す。
ラムは重い瞼を開け、枕元にある時計に目をやる。
見ると普段より少し遅くもう少しで昼になろうという時間で、隣ではシュエガオが心地よさそうにまだ寝息を立てている。
世間一般の連休に倣いクーロンでも休暇を取る者は少なくなく、かくいうラムも今夜のナイトクラブを営業しない。
というのもバンドマン5人は出稼ぎで、うち4人が故郷に帰るため演奏者が一人しかいなくなってしまうから。一人欠けたくらいならラムがカバーするのだが、さすがに一度に4人も不在となると“ジャズ”バーが成り立たないため店を閉めるしかない。
貧乏暇なしとはいうけど、年中無休で人をこき使うような悪徳オーナーになるつもりはないため、従業員が休暇を取ると言えば基本的に自由にさせている。
昨夜の閉店時間は夜明け近くになっていたこともあり、片付けをしないですぐに従業員を帰宅させてしまった。
そのため、疲れはまだ残っていたが、やり残した仕事を思い出し、ラムは重い体をゆっくりと起こした。
寝室を出ると楽屋に面した廊下を通り、ホールに入る。
すると、もうだいぶ前に起きていたのかハイリーがカウンターに立っていた。見ると、流しにたんまり溜めていたグラスや皿がもうほとんど片付いている。
「早いな」
「おはよう、ラム。年寄りは早く目が覚めるものよ。朝食は買っておいたから」
ラムはハイリーの“年上ジョーク”にふっと笑って返すと、軽く腹ごしらえを済ませ自分も片付けに取り掛かる。
酒とつまみの補充、備品の在庫確認。ごみをまとめ、それを裏路地へと運び出し———と、その裏路地がふっと視界に入ったハイリーは、ふいに食器を拭く手を止めた。
昨晩、店の裏でラムと休憩を取っていた時に遭遇した奇妙な出来事の記憶が蘇る。
周囲の空気が変わり、周りの音が一切消えたかと思うと、透明な得体の知れない何かが現れて。そしてそれは確実に自分たちの身体を通り抜けて行き…。
そしたらラムの様子が一瞬おかしくなって…。
薬物中毒者が接近してきた時にラムが身を挺して庇ってくれたことも一緒に蘇ったけど、それはすぐに頭の隅へと追いやった。
ともかく、昨日体験したことはハイリーの勘違いだったのか、ラムに確かめてみることにした。
「ねえ、そういえば昨日…」
ハイリーが言いかけたその時。
ガシャガシャと正面入り口の鉄の蛇腹シャッターを叩く者が現れた。
「ラム、居るんだろ?開けてくれ」
声の主はフージエだった。
ラムは内側から掛けた南京錠を外し、シャッターの両開きの片側だけ開くと、すっ、とフージエが入って来た。
「片付けに来た」
「どうせ今夜は休みだから良かったんだが」
「わかってないね、片づけはついで。今日は俺たちの祝日ってことで」
フージエは右手に下げた、屋台で買ったであろうつまみでまるまると膨らんだビニール袋と、左脇に挟んでいた酒瓶を得意げにラムに見せた。
つい数日前にもやったばかりだったが、今夜は店も開けないしフージエの案も悪くない、とラムは返事の代わりににやりと笑い、差し出された酒瓶を受け取り冷蔵庫へ入れた。
早速3人で分担し、片付けを開始する。途中、起きてきたシュエガオも手伝いに加わり、思いのほか早く作業を終えることができた。
皿を並べ、いよいよこれからフージエの差し入れで一息つこうかという時。
「どうよ?これ?」
サングラスを掛けたロウがやってきた。
「おいおい、片付けが終わる頃を見計らってきたんじゃないだろうな?来るの遅すぎ。昼に来いって決めただろ」
「悪ぃ、悪ぃ。ちょっと寝坊しちまって」
どうやらフージエとロウの二人は最初から店の片づけをしに来るつもりだったらしい。
閉店してからまだ半日しか経っていない上に仕事の疲労を踏まえれば寝坊してもなんら不思議ではないし、むしろ当然とも言える。
とはいえ、時間を決めていたにもかかわらずロウがこんなに遅れて、しかも素直に謝るとはなとの珍しいとラムは感じていた。
それより気になるのはロウの外見である。
「派手なシャツ来て普段からガラ悪いのに、そんなサングラス掛けてたら半グレと見分けがつかねぇな」
「屋台の片付けしてたおっちゃんが売れ残りを安くしてくれたんだよ。ほら、これはシュエの土産」
ラムの揶揄をさらりとかわし、持っていたビニール袋をシュエガオに渡した。
「これ、ジェニーちゃんだぁ!!ありがとう、ロウ!」
袋を開け、中に入っている物を見たシュエガオは興奮から何度も飛び上がる。相当欲しかったものだったらしく、全身で喜びを表現していた。
その人形をみんなに一通り見せつけると、早速パッケージを開封し一人で遊び始めた。
「そんで、ハイリーには…」
続けてロウはそう言うと、もったいぶったようにハイリーに両手をひらひらして見せた。そして右手をハイリーの頬辺りに伸ばし———手を戻すと、何も持っていなかったはずのその手には一輪のバラが握られていた。
手品である。
目の前の出来事に驚き、ただ瞬きを繰り返すハイリーに、ロウは持っていたバラを差し出した。
おずおずとバラを受け取るも、挙動不審といったふうにラムとフージエ、ロウの顔を交互に見るハイリー。
「今の・・・何なの?!風水?呪術?」
「嘘だろ?手品見たことねぇの?」
ハイリーの予想外の驚きぶりに調子づいたロウは、次々と別の手品を披露してみせる。
逆さまにした空のコップに外側からコインを入れ、握っていたコインを消し、破ったお札をもとに戻し…。
普段のツンとすましたハイリーとは違い、今は目がキラキラと輝いている様子にロウたちは笑いそうになるのをぐっとこらえた。笑ってしまったらせっかく楽しんでいるのに水を差すことになってしまう。
ロウの披露が終わると、ハイリーは目を丸くしながら惜しみなく拍手を送った。
ところが、ハイリーの高揚感とは反対にラムとフージエは拍手をするでもなく椅子の背に寄り掛かり、落ち着いた様子でハイリーとロウのやり取りを眺めているだけ。
もちろん手品ができるのはすごいことだとはわかっているが、披露するのはいつも決まった同じ手品でステージの余興はもちろん、普段からもラムとフージエによくやって見せていたから、二人はもう見慣れてしまっていたのだ。
それを知りハイリーは一人興奮してしまったことに気恥ずかしく思いながらも、ロウの手品をとても気に入ったのだった。




