ステージデビュー2
高官の祖父と両親を持つハイリーは幼いころから品位を保つためにと、嫁入り修行や習い事をあれこれと通わされていた。
物心つく前から習っていたこともあり、特に好きでも嫌いでもなかったが、家族の前でそれを披露しても決して褒められることはなかった。疑問を抱きながらも素直に従っていたけれど、いつも心のどこかで孤独を感じていた。
そして年齢があがるにつれ毎日のように祖父や両親から言い聞かせられた言葉。
”早く嫁ぎ先の身分に相応な女になりなさい。そうすれば我々一族は安泰だし、お前も身分や金に困らず一生安泰だ。いいかい、女は口答えするもんじゃない。決して親や先祖に恥をかかせてはいけないよ”
いままでの習い事はすべてハイリーへの愛情からさせていたものではなく、自分が売り物にされるためのものだったのだと理解した。感情を殺して毎日の”仕事”としてこなしていく。
まさかその習い事の一つ、歌がここで役に立つことになるとは。
そして何より―—―—―認めたくないけど歌うことがこんなに自由で心地がいい。
先ほどまで困惑していた人物とは思えないほど堂々とステージに立つハイリーの姿にデイジーは、ふうん、と小さい声で感心した。
マイクを持っていない手は指先まで綺麗に魅せ、デイジーのステージとはまた一味違った、大人の色香が漂う。
皮肉にも、本当にデイジーの言った“特別なステージ”となったのは間違いない。
曲を歌い終わると、観客の大歓声をよそにハイリーは早々にステージから降り、逃げるように再び裏口から裏路地へと姿を消してしまった。
それを見たデイジーも持っていたマイクを雑にロウに押し付けると、ハイリーの後を追った。
「すごい歌上手いじゃない!思ったより上手くてびっくりした~!歌が上手いなら早く言ってよね~」
壁に寄り掛かり、うつむくハイリーにデイジーはわざとらしい称賛の声を掛けた。
実は、ハイリーとデイジーは挨拶を交わすことはあっても、会話をするのは今までで数えるほど。しかも二人きりで話をするのは今回が初めてになる。
「どうしていきなりあんなことをしたの?いくらなんでもあれは酷いんじゃない?せめて、前もって相談してくれていたら良かったのに」
「えー、相談したってどうせ断ってたでしょ?さっきだって断るのかと思ってたのに、ハイリーにあんな度胸があるなんて予想外。歌えるならもっと歌えば良かったのに」
デイジーの、観客に向けた口調と比べて今はどこか棘を感じるハイリーは、会話を切り上げようとする。
「…要件は?」
「わかってるでしょ?ラムの周りにいるだけでいつも何もしないじゃない。こんな時くらいはラムの役に立ってくれないと、うろうろされてるだけじゃ皆だっていい迷惑なのよ」
デイジーの言葉はもっともだった。ラムは何も言わず、何も聞かず居候としてずっと置いてくれている。ハイリーはデイジーに何も言い返せず、自分の足元に視線を落とす。
デイジーはさらにまくしたてた。
「だいたいね、なんでずっとここに居座ってるの?ラムの何なの?男が目当てなら他に行って。今夜の客の顔見た?みんなハイリーに鼻の下のばして、デレデレして…。ここはそういう店じゃないの、あなたも知ってるでしょ?あんたが歌い始めた途端みんな今まで見たことないほど盛り上がって…!あんなの、私が歌ってきた中で今まで見たことない。ラムまであんたの見る目つきが変わって…。ラムの何だか知らないけど店を引っ掻き回さないで欲しいの!」
「私、そんなつもりは…」
ハイリーはデイジーの剣幕に動揺し、数歩後ずさりする。
「そんなつもりがない?言うと思った。なら、出て行ってくれない?それが一番丸く収まるの」
そこへ。
「何話してたんだ?」
ロウとシュエガオが裏口から出てきた。
煙草に火をつけ、そして、デイジーに冷たい視線を送る。
「こいつに何もされてない?」
「何もしてないよ、失礼ね!」
「何か言われても気にしなくていいから。こいつ、自分より客の反応がすげえ良かったからハイリーに嫉妬してんだよ。色んな意味でも。な?」
思わぬロウの言葉にデイジーは即座に反応し、ロウの腹に肘鉄を入れる。
「うるさいっ!そもそもあんたが言い出したんじゃない、ハイリーになんとか歌わせよう、って」
続いてデイジーからの暴露に今度はロウが慌てることとなり、二人は罪の擦り付け合いのように言い合いを始める。
「ハイリー、歌いたくなかった?無理やり歌わせてごめんね」
最終的に自分の一言がハイリーをステージに立たせてしまったことに後ろめたさを感じていたシュエガオは、落ち込んだ表情でハイリーの服の裾を引っ張りながらそう言った。
「いいえ。そうじゃなくて…」
「そうよ、本当は歌を歌うのが好きなんでしょう?悔しいけど観客がハイリーに釘付けだったのは紛れもなく事実。ハイリーさえ良かったら…ステージに立ってくれない?ラムはああ見えて結構頭が古いから…いつまでも同じステージばかりだといつか常連も離れていく日が来る気がする。たまには新しい風も必要だと思うのよ。」
デイジーはおずおずと、それでも勝負に負けを認めたかのようなすがすがしい表情になっていた。
ハイリーの中ではもやもやした感情はまだあったけれど、店を良くしたい、というデイジーの気持ちに共感し、まずは週に1,2回のペースでという条件でステージに出ることを承諾した。




