ステージデビュー 1
シーンは「路地裏のうねり」からの続きですが、内容は別の話です。
デイジーにホールへと呼び戻されたラムとハイリーの二人は、薄暗い客席後方へと移動し、そして、一体何が始まるのかと観客と一緒にステージへ目を向ける。
この時、カウンターにいたフージエは気まずそうにステージに背を向け、ロウは不敵な笑みを浮かべていることを二人は知らない。
「ねえ、みんなー!今日は何の日だっけ?」
マイクを持ったデイジーは観客に向けて尋ねると、祭礼の日、と返事が返ってくる。
今まで催したことのない、この、弾けた司会にラムは呆れ、一人首を振る。
「そう、今日は祭礼の日。つまり特別な日でしょ。そんな日はいつもと違う特別なステージが見たいよね?だから」
そう言ってデイジーはステージを降りると、歓声を上げて賑わう客席の合間をすり抜けてまっすぐ進み—――そして、ある人物の前で止まった。
「今夜の特別なステージにふさわしい、特別なゲストを呼んでるよ!」
なんと、デイジーが立ち止まった先は、ハイリーの前。
観客の視線が一斉にハイリーへと集まり、ホールは一気に過熱する。
ハイリーは突然のことに頭の中が真っ白になり、ただただ大きく目を見開き、固まってしまったかのように目の前に立つデイジーを困惑した瞳で見つめた。
デイジーはハイリーの不安げな表情をよそに手を掴むと、ステージへ向かおうとする。
ハイリーは混乱しながらも、今、自分はステージに連れて行かれるのだということを理解し、手を引くデイジーに抵抗した。
そこへ、今夜はまだ起きているシュエガオが駆け寄ってきて、小声で耳打ちする。
「ハイリーは歌好き?今日はシュエもみんなと一緒にいれるからハイリーに歌を歌ってもらいたい」
なんとも出来すぎる流れ。
隣で様子を見ていたラムは、自分とハイリーが路地裏で一息ついている間に、デイジーがシュエガオ、ロウ、フージエと画策したのだろうと予想がついた。
ただ、フージエの様子からすると、恐らく一人反対したらしいことがうかがえる。
「無理よ、私なんかがステージだなんて。あなたがいるのだから十分じゃない」
デイジーはそんなハイリーの言葉は受け付けないとでもいうように再び、ぐい、とハイリーの手を引く。
それでもハイリーは何とか抵抗を続け、何とかして欲しいと、ここのオーナーであるラムに視線を送った。
ところが、返って来た反応は肩をすくめて見せただけ。正確には、自分で決めろ、という意味が込められていた。
断るのも歌うのも自分の自由だという意味。
ハイリーはついさっき、路地裏でラムに諭されたことを逡巡していた。確かに心に引っかかったことはある…。
このやり取りを続けているうち、ホールはすっかり、しん、と静まり返り観客の熱が冷めてしまっていた。
その時。
ロウが手を叩き、無言でホールに熱気を呼び戻しはじめた。それに観客も相乗りし、次第に手拍子がホール全体を包む。そこにすかさずデイジーの司会が入る。
「花火を見に行ったお客さんはざんね~ん!ここにいる人たちだけしか聴けないステージ、歌い手はハイリー!」
ここまで盛り上がってしまっては、後に引くに引けない。拒否しがたい雰囲気にハイリーは顔を上げ、まぶしいスポットライトの光に目を細める。
そして、覚悟を決めステージへ足を進めた。
バンドマンたちも雰囲気を察し、ゆったりとした演奏が流れ始める。
昔からある、誰もが知っている曲の、ジャズバージョン。
ハイリーが歌い始めると同時にどよめくホール。
ぶれのない安定した声量と普段の声とは違う艶っぽくもあり、ややかすれたハスキーな声が哀愁を誘う。
ホールに居る全員がハイリーの歌声に釘付けとなった。
<<続く>>
作中の曲のイメージとしては「蘇州夜曲」です。
イメージに合うジャズバージョンが見つからなかったのですが、有名な曲なので曲自体はもしかするとどこかで聴いたことがあるかもしれません。




